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君の屍が視える  作者: 紫音みけ
第一章
3/20

3.転落死体の君

 


       〇




 その日のすべての受講を終え、帰路に就く。


 今日はバイトもないし、せっかくだからカフェにでも寄っていこう――なんて考えながらふと視線を上げると、見覚えのある人物の姿が目に入った。


「……あ」


 校舎の屋上に、一人の少女が立っている。


 長い黒髪に、薄手のカーディガン。

 顔はよく見えないけれど、たぶん、間違いない。


「また、あの子か」


 思わず呟いていた。


 昼間の、駅で会ったあの女の子だった。


 まさか同じ大学に通っていたとは――じゃなくて。

 あの自殺志願者があんな場所に立っているということは、つまり、これから飛び降り自殺でもするつもりなのだろう。


 さすがに、自分の通っている大学で自殺があったとなると体裁が悪い。

 特に、僕のような就職活動真っ只中の学生にとっては尚更。


「ちょっと、待って」


 およそ聞こえるはずのない弱々しい声を発しながら、気がつけば僕はまた、彼女の方へと駆け寄っていた。

 といっても、さすがに今から屋上へ向かっても間に合わない。

 僕は、彼女が飛び降りようとしている先――ちょうど彼女の落下地点となるべき場所へと走った。


 すると彼女も僕のことに気づいたのか、どこか一点だけを見つめていた彼女の顔が、ふっとこちらに向けられた。


 遠くてよく見えないけれど、その小さな頭からは赤い血が噴き出ているように見える。

 これもおそらくは未来の姿――屍の様子なのだろうけれど。


「また、あなたですか」


 咎めるような声が、上から降ってきた。


「どいてください。危ないですよ」

「危ないことをしようとしてるのは君の方だろ」


 僕の声が聞こえたかどうかはわからない。


 彼女はしばらく何かを考えるように固まっていたけれど、やがてハッとしたように周囲を見渡した。


 つられて僕も辺りを見回す。


 すると、僕らの周りにはいつのまにか人が集まっていた。

 軽く十人はいるだろうか。

 遠巻きに、警戒するようにこちらの様子を窺っている。


 そこで僕はちょっと緊張した。

 人に注目されるのはあまり得意じゃない。


 無言のまま、それらの視線を受け止める。


 そんな微妙な空気が数秒流れた後。


 飛び降り自殺を図ろうとしていた女の子は、ゆっくりとその場から後退したかと思うと、次の瞬間にはこちらに背を向けて走り出していた。

 まるで追手から逃げるような挙動だった。


 人が多くなってきたせいだろうか。

 とりあえず、出直すことにしたのだろう。


 そんな彼女を眺め終えてから、僕はまたしても胸の内で呟く。


 もしかすると彼女も、僕と同じくらい人が苦手なのかもしれない――と。


 

 



       〇






 また、邪魔をしてしまった。


 バスの車窓から見える街の夕景を眺めながら、後悔の念と罪悪感とに苛まれる。


 これだけ彼女の自殺を妨害しておきながら、このまま何事もなかったかのように僕は普段の生活に戻る――そう考えると、一体僕は何だったのだろう、という気分になる。


 何の意味もなく、ただ彼女の邪魔をした。

 それは、僕が最も忌み嫌っていたはずの行動だ。


 誰かと関わりを持つのなら最後まで。

 それができないのなら、最初から関わるべきじゃない――と、そう思っていたのに。


 けれど、このまま終わりだという予感は、なかった。

 上手く言えないけれど、第六感のようなものだった。


 僕は昔から、なんとなくだけれど、予感めいたものを感じ取ることがある。

 人の死を予見できることに通ずるものがあるのかもしれない。


 僕はまた、あの女の子と出会う――そんな予感があった。


 

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