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4.君のことが好き

 


       〇




 僕のことが心配だからと、逢生ちゃんはもう少しだけ一緒にいてくれることになった。


 年下の女の子から心配されるなんて、一人の男として本当に情けない。

 もともとは僕が彼女を守るつもりで関わりを持ったはずなのに、いつのまにこうなってしまったのだろう。


「ねえ、結人さん。もう一度港の方まで行ってみませんか?」


 隣を歩く彼女はそんな提案をして、ぱっちりとした瞳でこちらの顔を覗き込む。


「港?」


 僕はあまり乗り気ではなかった。

 あの場所には、あまり良い思い出がない。


「大丈夫ですよ。もう観覧車には乗りませんから」


 そう先回りして、彼女は苦笑した。


 そして、


「私のことも、心配しなくて大丈夫ですよ。もう、自殺したりなんかしませんから」


 僕の一番恐れていることを、彼女は否定する。


「本当に?」


 どこにも保障なんてない。

 人の命は、失われてしまったらそれで終わりだ。

 決して取り戻すことはできない。


「本当に、本当ですよ。……どうすれば信じてもらえますか?」


 このやり取りも二回目だ。


 一回目は先週のこと。

 彼女が初めて自殺を否定したときのことだった。


 あのとき、僕は彼女の言葉が信じられなかった。


 そして今回も。


 僕はあの日から何も変わらず、ずっと彼女の心を疑い続けている。


「……逢生ちゃんはさ、お父さんの気持ちがわかるって言ったよね。死んだ人間の、後を追う人の気持ちが」


 先ほど逢生ちゃんの言っていたことを、僕は口にした。


「それはやっぱり、逢生ちゃんもまだ自殺を考えているってことじゃないの? 自分も死んで、お父さんのところへ行こうとしているんじゃないの?」


「違いますよ」


 少し強めの口調で、彼女は否定した。


「確かに私は……先週までの私は、父に執着していました。きっと私は、自分の手の届かないものをこの手で掴みたかったんだと思います。父が生きていた頃から、私も何となくわかっていたんです。父の心はもっと遠いところにある。私の手の届かないところにあるって。だから……父が死んでから、私も手を伸ばそうとしたんです。遠くへ行ってしまった父の手を、私も掴みたかった。でも――」


 そこで一度切ると、彼女は長い黒髪を揺らして、涙を浮かべた瞳で、僕の方を見上げた。


「でも、あのとき……駅のホームで線路に飛び込もうとしていた私の手を、あなたは掴んでくれたでしょう?」


 言われて、僕は思い出す。


 彼女と初めて会った日。

 明らかに死ぬ気でいた彼女を、僕は引き留めた。


「最初は驚きました。どうして見ず知らずの私の手を掴んでくれたんだろうって。でも、どうせ正義感とか使命感とか、その場の成り行きとかで掴んだんだろうなって思いました。結人さん自身も、キーホルダーがどうとか……曖昧なことを言っていましたし」


 その点については僕も弁解しようがない。

 事実、キーホルダーがなければ僕は彼女を見殺しにしていたかもしれないから。


「でも、ね」


 彼女はそう言って、ほんの少しだけ足を速めたかと思うと、今度は僕の前へ先回りして、そこで立ち止まった。


 彼女のぱっちりとした瞳が、僕を正面からまっすぐに射貫く。


「あなたに何度も引き留められるうちに、私の心境も変わっていったんです。この人は私のことを見てくれている。守ってくれようとしている。そう思ったから、私……あなたのことをもっと知りたいって思ったんです」


 僕は足を止めて、同じようにまっすぐ彼女を見つめていた。


「あなたのことが気になるから、私は……あなたのそばにいたいと思ったんです。だからもう、自殺なんてしません。……信じてもらえませんか?」


 そんな彼女の思いに、僕は水を浴びせられたような感じがした。


 胸の内でずっともやもやとしていたもの。


 なぜ彼女を引き留めたのだろう。

 なぜ彼女のことが気になるのだろう。

 なぜ彼女に生きていてほしいのだろう。


 もともと人付き合いが苦手で、『普通』の接し方を知らない僕にはわからなかったけれど。


 今、やっとわかった気がする。


「……僕も、一緒にいたい」


 なんてことはない、人間らしい感情だったのだ。


「僕は、ずっと君と一緒にいたい。君のことが、好きだから」


 好きだからこそ一緒にいたい。


 大切だから。

 守りたいから。


 そんな僕の強い思いは、彼女には重荷かもしれないけれど。


 けれどいつか、もしも彼女が僕と同じように、強い思いを抱いてくれるのなら。


 彼女はずっと、僕のそばで生きていてくれるのかもしれない――と、初めてそんな風に思った。



 

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