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君の屍が視える  作者: 紫音みけ
第二章
10/20

5.僕の不気味な体質

 


       〇




 海に面した広場は人で賑わっていた。

 街の中心部から離れているものの、大型ショッピングモールやアミューズメントスペースが広がるそこには、平日でも多くの親子連れやカップルが訪れる。

 そんな海辺の街に建つ観覧車は、特に若者のデートスポットとして有名だった。


 観覧車の前には人の列ができており、十組ほどが順番を待っていた。


 僕らはその最後尾に立つと、お互い無言のまま、まるで申し合わせたかのように同時に観覧車を見上げた。


「……結構、古いんだね。観覧車」


 思わず、そんなムードのない発言をしてしまった。


 しかしそれほどまでに、観覧車の老朽化は進んでいた。

 遠くから見ればそれほどでもないけれど、こうして近くで見てみると節々のサビが目立つ。


「これ、落ちたりしないよね?」

「不吉なことを言わないでください」


 逢生ちゃんは苦笑しながら言った。


 僕は本気のつもりだったけれど、伝わらなかったらしい。


「いや、ほんとにこれ危ないんじゃない?」


 なんとなく、嫌な感じがした。

 僕の勘はよく当たるから。


「じゃあ、やめます?」


 少しだけ残念そうな声で逢生ちゃんが言う。


 うん、と即答しかけたけれど、ギリギリで飲み込む。


 せっかく、逢生ちゃんが乗りたがっていたのだ。

 ここまで来てお預けだなんて、ちょっと可哀想だと思う。

 できることなら乗せてあげたい。


 でも。


「ちょっと、試していい?」

「え?」


 僕はそう断りを入れてから、彼女の手を握り、列の外へ出た。


「な、なんですか?」


 いきなりのことに驚いたのか、彼女の声は少しだけ上擦っていた。


 僕は彼女と手を繋いだまま、列の最後尾を見つめた。


 先ほどまでは僕らが一番後ろだったけれど、僕らが列から外れた後、一組の家族連れがそこへやってきた。

 したがって今、列の最後尾にはその家族連れが立っている。


 彼らは、それまで僕らが乗るはずだったゴンドラに乗る。

 その未来が決まった瞬間。


「……あ」


 家族連れの、姿が変わった。


 父と、母と、幼い娘――一瞬前まではどう見ても健康そのものだった彼らは、今は顔中を真っ赤な血で染め上げていた。

 頭から大量の血を流し、顔面にも多くの擦過傷を作っている。


 それは、数秒前までは僕らの身に降りかかるはずの運命だった。


「結人さん? どうしたんですか?」


 隣から声を掛けられて、僕はハッと我に返る。


 不思議そうにこちらを見上げる逢生ちゃんの顔を見ると、彼女はもう、どこにも血を流してなどいなかった。


 まさかと思い、僕はすかさずスマホを取り出して、カメラアプリで自分の顔を確認した。

 画面に映し出された顔には、やはりどこにも怪我はなかった。


 運命が、変わったのだ。


「……逢生ちゃん、やっぱり観覧車はやめよう」

「えっ?」


 僕は彼女の手を強く握り直し、その場から歩き出す。


「ど、どうしたんですか? 何かあったんですか?」


 事情を知らない逢生ちゃんは、大きな目をぱちくりとさせている。


「嫌な予感がするんだよ。あの観覧車、たぶんゴンドラが落ちるよ。早く離れた方がいい」

「な、何を言ってるんですか?」

「僕にはわかるんだ」


 いきなりこんなことを言っても、信じてもらえるとは思わない。

 変な人だ、と思われるかもしれない。

 それでも、彼女の命には代えられない。

 たとえ僕がどんなに気味悪がられたとしても、彼女が無事ならそれでいい。


「ねえ、待ってください。結人さん、あなたもしかして――」


 僕の手に引かれながら、彼女は言う。


「人の死体が視えるんですか?」

「!」


 その言葉に、思わず僕は立ち止まった。


「……今、なんて?」


 恐る恐る、僕は彼女を振り返った。


 色白の、どこにも怪我をしていない彼女の、ぱっちりとした瞳が僕を見つめている。


「あなたは……これから死ぬ人の姿が、視えるんじゃないですか?」


 どこか確信を持ったような眼差しで、彼女はまっすぐに僕を見上げる。


「……どうして、それを」

「視えるんですね?」


 確認するように聞かれて、僕は返事ができなかった。


「結人さん。さっき、あのゴンドラが落ちるって言ってましたよね。それは本当ですか?」

「……えっと」


 僕が目を逸らすと、


「落ちるんですね?」


 まるで僕の思考を見透かすかのように、彼女は強い口調で聞く。


「ゴンドラが落ちるというのなら、その前にみんなを避難させないと」

「避難?」


 いきなり彼女がそんなことを言い出したので、僕は耳を疑った。


「避難させるなんて、そんなの……できっこないよ。だって、いくら僕が注意を促したところで、事が起こるまでは誰も耳を傾けてはくれないんだから」

「やってみなければわかりませんよ。それに、問題のゴンドラに乗る人さえ止められたら、それで大丈夫なんでしょう?」

「それは、そうだけど……。どうしてそこまでしようとするの? 赤の他人だよ?」


 助けたところで、自分に何かメリットがあるわけじゃない。

 むしろ、自分がどんな行動を取るかによっては周囲から奇異な目で見られるかもしれない。

 そんな危険を冒してまで、どうして他人を助ける必要があるのだろう?


「それを言うなら、結人さんだって同じじゃないですか。……赤の他人であるはずの私を助けてくれたのは、あなたですよ」


 その言葉に、僕は今度こそ何も答えられなくなってしまった。


 逢生ちゃんはゆっくりと僕の手を離し、観覧車の方を振り返ると、


「あの家族連れですよね?」


 僕たちの元いた場所を見つめ、駆け出した。


 僕はその場に突っ立ったまま、呆然と彼女の背中を見つめていた。


 順番待ちの列に割って入り、何かを必死に訴えている彼女。

 危うくゴンドラに乗り込みそうになっていた家族を、彼女は力ずくで引っ張り出す。

 そのうち騒ぎを聞きつけたスタッフたちが集まってきて、彼女の身体を取り押さえる。

 問題のゴンドラは無人のまま上昇する。


 そして。


「!」


 皆が、息を呑む。


 無人のゴンドラは車輪の一角から外れると、一瞬にして数メートル下の地面に落下し、固いコンクリートの上に打ち付けられて大破した。


 すべてがスローモーションのように見えた。


 必死に何かを叫んでいる逢生ちゃんの姿も。

 彼女を取り押さえるスタッフの動きも。

 砕け散るゴンドラの窓も。

 事故に驚いて振り返る人々も。


 どこか遠い世界の光景のように、僕の目には映っていた。


 

 



       〇






「……どうしてあのとき、僕を信じてくれたの?」


 帰りの電車に揺られながら、僕は尋ねた。


 あのとき、嫌な予感がする、なんていう僕の曖昧な発言を、どうして信じてくれたのだろう。


 隣に座る逢生ちゃんは、「えっと……」と少しだけ言い淀んでから、


「私の父も、視える人でしたから」


 と、小さな声で言った。


「え?」


 彼女の言っている意味がわからず、僕は首を傾げた。 


「死相が視える人だったんですよ。近いうちに亡くなる人の、死ぬときの姿が視えてしまうんだそうです。……結人さんも、そうなんでしょう?」


 そんな彼女の告白に、僕は心臓が止まるかと思った。


「私、そういう体質の人は父以外に見たことがなかったんですけど……。意外と、他にもいるのかもしれませんね」


 そう冗談っぽく言った彼女の表情は穏やかだった。

 きっと、大好きな父親のことを思い出していたのだろう。


「逢生ちゃんには視えないの?」


 僕が聞くと、彼女は少しだけ残念そうに、


「はい……」


 とだけ答えた。

 その横顔は、口元には微笑を浮かべていたものの、どこか物憂げな雰囲気を漂わせていた。


 そして僕は、そんな彼女の白い頬に、小さな擦り傷があるのを見つけた。


 きっと、先ほどの騒ぎの中で付いてしまったのだろう。


「……逢生ちゃんがもし、僕と同じ体質だったら……身が持たなかったかもしれないね」

「ふふ。どうでしょうね」


 小さく笑った彼女の顔には、どこにも死相は見当たらなかった。


 

 



       〇






 翌朝になって、僕は祖母に電話を掛けた。


「あ、おばあちゃん? 久しぶり」

「ああ。結人」


 スマホのスピーカーから、祖母の穏やかな声が聞こえてくる。


 正直、僕はこの優しげな声が苦手だ。


 原因はわかっている。

 祖父が亡くなってから――僕が祖父の死を予言したあのときから、祖母はどことなく僕の存在を遠ざけるようになったからだ。


「この間の、母さんの四十九日のときはありがとね。色々と任せちゃって……」


 ぎこちないながらも、最低限の挨拶は済ませておく。


 対する祖母は「ああ」とか「うん」とか、短いけれど返事はしてくれる。


「それで、おばあちゃん。……一つ聞きたいことがあるんだけど」


 本題は、ここからだった。


 この質問をするまでに、僕は一晩悩んだ。


 この話を祖母にはするな――と、生前の母から言いつけられていたからだ。


「あのさ……僕の、体質のことなんだけど」


 電話口で、祖母は黙っている。


 僕は一度深呼吸をしてから、聞いた。


「親戚の中に、僕と同じ体質の人って他にもいるの?」


 言い終えた後の数秒間は、何の音も聞こえないくらいに静かだった。

 僕も、祖母も、何も言わない。

 周りの雑音さえ耳に入ってこない。


「……あんたの、他に」


 やっと祖母が口を開いた。


 そう思った瞬間。


「……そんな化け物、いるわけないだろおおおおおおおおおおおッ!!」


 耳をつんざくような怒号が、スピーカーの向こうから飛んできた。


 反射的に、僕はスマホを落としてしまった。


 ゴツ、と嫌な音を立てて、それは床の上に転がった。


 慌てて拾い上げると、すでに通話は切れていた。


(化け物……?)


 祖母の絶叫が、耳にこびりついている。


(僕は……)


 反論する気なんてさらさらなかった。


 僕は、化け物。

 そんな当たり前のことは、周りを見ていればわかる。


 でも。


 ――私の父も、視える人だったんです。


 彼女の。

 逢生ちゃんの父親までもが、そうだったとは思わない。


 なら、この体質は一体何なのだろう?


 『普通』の人にはない、この感覚は。


 僕の不気味なこの体質は、一体どこからやってきたのだろう――?



 

第二章 (終)

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