06 魔王、引きちぎる
「僕はここにいるからさ、何かあればいつでもおいでよ」
そう言うショウさんと別れ、コンビニに戻るとシロが駐車場の隅でこちらに背を向け、何かしていた。
覗き込むと、鼠で遊んでいる。
「あ、お帰りなさい。ご主人様」
僕に気付き振り返る。
特訓を放り投げて鼠で遊んでいるとは……ご主人様とは何なのか。
「お互いの訓練とは言われましたが、ご主人様弱いんですもん」
返す言葉が見当たらない。
確かに僕とシロとでは、一方的にやられるだけだ。
「ドルムント様の意向として護衛も兼ねているのは分かってますが、守られてばかりでは何も変わりませんし」
仰る通りです。
そもそもドルムントが訓練をつけてくれれば万事解決なのではないだろうか。魔王と言えば魔物を統べる存在なんだから、部下の訓練位してそうなものなのだが。
「おお、戻っておったか!」
ドルムントはバックヤードでシュークリームを頬張っている。
僕はとりあえず、ショウという名の妖に出会ったことと、シロとの訓練がうまくいかない事を伝える。できればドルムントから訓練をつけてほしい旨を付け加えて。
「ふーむ。我がユキノの訓練をのう……」
歯切れが悪い。何か不都合があるのだろうか。
こちらの世界では力を上手く発揮できないとは言っていたが、僕に稽古をつけるくらい、さして問題は無いと思うが。
「魂が崩れぬ様に、出来るだけ我の魔素に触れさせたくはないのだがな……どれ、少しここで待っておれ」
ドルムントは立ち上がり、部屋を出て行った。
出ていく間際、魂が崩れるとかなんとか言っていた気がした。
数分後、戻ってきた彼は平然としていたが、その出で立ちはこちらが狼狽してしまうものだった。制服の胸付近が血で赤く染まり、手には赤く脈打つ肉片を持っている。
「待たせたな。ひとまずこれを食せ。これならばユキノへの影響は最小限で収まり、魔力を得られよう」
いや、食せと言われましても。
肉塊は原型を留めていない。部位を想像させない為の配慮のつもりだろうか。その配慮は完全に無駄だけど。
だって制服の胸部分が血まみれだし。得るどころか俺の身体、大事な部分を失ってますが。
「大事無い。少しだけならすぐ生えてくる!」
そう言って彼は親指を立てている。
生えてくるって言っちゃったよ。引きちぎったの確定じゃないか。
流石にそのお肉を口に運ぶのは抵抗がある。
「腑抜けのご主人は、またドルトムント様へ迷惑をおかけしているのですか」
ドルムントの魔法なのか、シロの能力なのか分からないが、彼女は他人に気付かれず、監視カメラにも映る事無く浸入し、僕の背後に控えていたようだ。
そしてこの状況はまずい。以前、妖のお姉さんを食べさせられた時の場面が思い出される。
「ウダウダ言ってねえでとっとと食え。ヘタレ野郎」
彼女はドルムントの手からモザイクを掴み、僕の口に突っ込んだ。
吐き気に襲われながら、何とかそれを飲み込んだ。
彼女には今後、主人様への態度を教えていかねばなるまい。
それにしても、僕に協力する為に自身の心臓(僕の身体だが)を平気で差し出すドルムントは何者なのだろう。
「我は吸血鬼の真祖、肉体の再生位朝飯前よ! 言わなかったか?」
初耳だ。
異世界にも吸血鬼とかいるのか。
「それよりご主人様。何か変化はございますか?」
シロに言われ、自分の体を見る。
見た目の変化は無いように思える。
「我の血肉でユキノを半吸血鬼にした。難しく考えず我と兄弟になったと思えばよい!」
妖のお姉さんの心臓に続いて吸血鬼の心臓を食べた僕は、妖と吸血鬼のハーフになったってことか。
もう完全に人間やめてるな。
「自分の心臓を食べるなんて経験、妖でも中々無いよ。貴重な経験をしたねえ」
話を聞き終え、ショウさんは笑いながら言った。
バイトの後に相手をするとドルムントと約束を交わした僕は、手持ち無沙汰だったので公園に向かった。そこでショウさんと再会し、別れてからの経緯を話したのだ。
ちなみにシロは廃棄弁当を食べ、眠ってしまった。自由な猫娘だ。
「それでユキノ君としては、魔王との特訓の前に僕と訓練をしたいと」
その通りです。
仮にも魔王だし、部下に戦い方を教えたりした事もあるとは思うのだが、ぶっつけ本番なあの性格では、基礎的な部分から習うのは難しそうだ。
僕は格闘技どころか、喧嘩すらしたことが無い。戦い方の基礎から教えてもらえないと、体の動かし方が全く分からない。
「勿論協力するよ。友達だからね」
ショウさんは笑顔でそう言ってくれた。有り難い。やはり持つべき者は友だ。
会ってから数時間だけどね。
「じゃあまずはユキノ君のモチベーションを上げてみようか」
そう言うと、彼は自分の右手首に爪を突き立てた。鮮血が、地面へ滴り落ちる。
「こっちに来て、僕の血を舐めてごらん」
ショウさんに言われるがまま、滴る彼の血を僕は手で受け止め口元へ運ぶ。芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。
抵抗感もなく、鮮血を口に含む。
甘い香りが口いっぱいに広がる。続いて濃厚な旨味が脳を刺激する。
今まで味わった事の無い味に思わず陶酔してしまう。
「気に入ってくれたようで何よりだ。もっと味わいたければ、僕を引き裂けばいいよ」
そうだ、もっと味わいたい。
彼を引き裂いて、浴びながら飲み干したい。
血が欲しい。血が欲しい。血が欲しい。
僕は雄叫びを上げながら、目の前の血袋に飛びかかった。