05 蝶の夢
「お待たせ致しました。厳選4種盛りでございます」
並べられた肉を前に、感嘆の声を漏らす二人。
「見事よのう! ただ肉を切って盛付けただけで、ここまで美麗にするとは!」
「生で! もう生で食べましょう!」
シロが手を伸ばすのを制し、ドルムントが肉を網の上に置く。
「シロよ、落ち着くのだ。これらの肉は、焼く事でその旨みを十二分に発揮する。今は耐えるのだ!」
ドルムントが慎重に肉の焼き加減を吟味する。ジュウジュウと香ばしく焼ける肉の香りに、シロの表情は緩みっぱなしだ。
「よし! 今がベスト・オブ・焼き加減! さあシロよ、存分に堪能しようぞ」
二人は同時に肉を口に含んだ。
「ぬうあ……」
「ほにゅう……」
うん。二人が幸せそうで何よりだ。
”ドルムントがいた世界には無いの? 焼肉とか弁当とか”
ひとしきり焼肉を堪能し、メイプルシロップのかかったバニラアイスを頬張るドルムントに尋ねる。魔王だと言う位なのだから、豪勢な料理とか食べ尽くしていそうなものなのだが。
「肉を焼く位の事はするが、魔族は食い物には無頓着だからのう。この様な旨い料理は初めて食べた! しかし、酒はアースの人間の造る物の方が美味であるな!」
そういえば勇者と酒を飲んだと言ってたっけ。
いまいち関係が分からないが、勇者に殺されてこちらに来た訳だし、あまり深くは聞かないでおこう。
会計を済ませ、店を出る。
まさか店員も客が異世界の魔王と猫又だとは思いもよらないだろうな。
その日の夜、僕とシロはドルムントの意向で、二人で特訓をする事になった。
「また焼肉食べさせてくれるのでしたらお付き合い致します」
シロとは焼肉で手を打った。肉食系女子め。
そんな訳で僕達は今件の公園にいた。特訓を開始して数分で、僕がボコボコにされた事も付け加えておこう。
「妖を食べたというのに……才能の片鱗も感じさせないとはさすがですね」
僕を見下し、彼女は呟いた。
すいません、全然ついていけないです。
それからしばらく僕に付き合ってくれていたのだが、
「そもそも私も猫又になったばかりですし、教えるとか無理」
そう言い残し、彼女はどこかへ去って行った。
うん、教えるのって難しいよね。
公園に一人取り残される。
このままここで特訓しようにも、何をすればいいかもよく分からない。
シャドウボクシングをしてみる。誰にも見られてないとは言え、恥ずかしい。
「やあ、苦戦しているようだね」
振り返ると、長髪の少年が立っていた。
いつから見られていたのだろうか。結構恥ずかしい。
「よければ僕が付き合うよ」
流石にそこで宜しくお願いしますと言う程お人好しではない。
僕が見える人には一応警戒しておいた方が無難そうだし、そもそも彼も人でない可能性が高い。
黙って彼と距離をとる。戦わないで済むなら戦いは避けたいし、逃げれるのなら逃げたい。
「警戒するな、と言うのも無理だよね。ダーキニーの事は僕が代わって君に詫びよう。僕は君を害するつもりは無いから安心して欲しいんだけど」
あの女性の事を知っている。警戒を解ける理由は……無いな。
僕は踵を返し、全速力で走り出した。
「つれないなあ。ま、信用なんてできないだろうけどさ」
あっという間に追いつかれ、肩を掴まれる。おそらく力なんて全く込めて無いのだろうが、動けない。
「あの猫っ娘との続きを僕とするかどうかは置いておいてさ、少し話に付き合ってよ」
是も非も無い。僕は逃げる事を諦めた。
……問われるまま、僕は自分に起きた事を彼に話す。魔王との出会い、猫又との出会い、そして彼の知り合いであろう女性を食べた事。
「あははっ。ユキノ君の話は面白いねえ」
敵意は感じられない。彼は面白そうに僕の話を聞いていた。
「ダーキニーの事は気にしなくていいよ。彼女とは……そうだな、仕事の上司と部下というような関係だっただけだからね。ちなみに僕が上司だよ」
部下が死んでしまっても気にしない上司とは、それはまたとんでもないブラック企業だな。
そんな事を考えながら彼を見る。見た目は12,3歳位の少年といった風貌だが、年功序列ではないのかもしれない。
「そうすると君の望みは自分の体を取り戻す事なのかな」
勿論身体は取り戻したい。
だけど、ドルムントがいなければ僕は死んでしまっていただろうし、その恩に報いたいという気持ちもある。彼がこちらでの生活を楽しみたいと言うのであれば、もうしばらく身体を貸しているのもやぶさかではない。
それに彼が僕の身体にいるのは、本来死んでいた僕が存在する為であると聞いている。おいそれと身体に返ってしまっていいものなのかも疑問だ。
「魔王の話が本当だっていう確証は無いだろう? もしかしたら君の身体を乗っ取る為の嘘かもしれないし、利用されているだけかもしれない。仮に真実だとして、それは彼の世界の事情かもしれないと思わないかい」
彼は僕の顔を覗き込む。
ドルムントの話には確かに確証はないが、僕は彼を信じている。
「どうして?」
理由とか理屈なんて無い。彼が僕の”友達”だからだ。
「ふうん」
彼は納得できたのかできていないのか、気の抜けた返事をする。
「ところでさ、『胡蝶の夢』って知ってるかい? 夢の中で蝶だった男が目覚めて、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか、という話なんだけど」
突然話題ががらっと変わる。
初めて聞いた。要はどっちが夢か分からないという話だろうか?
「うん。結果彼は人だったんだけど、彼はどちらになりたかったんだろうね」
彼の言いたい事が分からず首を傾げる。
「変な話をしてごめんね。僕もユキノ君の友達になりたいだけなんだ」
襲ってくる様子も無いし、害意がある訳でも無さそうだ。
僕としても僕の姿が見える人と知り合えるのは嬉しい事だし、ひとまず彼の言う事を信じても問題無さそうなので了承する。
「ありがとう。僕の名前はショウ。何かあったら力になるよ」
こうして僕にまた一人友達ができた。