04 魔王、キャラが崩れる
僕は今自宅にいる。
目の前には、皿を挟んで僕の身体(中身はドルムント)と猫又のシロ。
皿の上には脈打つ心臓が置かれている。
「己の身位守れる様になりたいと言ったのは主じゃろう。早く喰え」
かれこれ一時間、僕は皿の前で鎮座している。
確かに僕は、今後襲われた時に備えて力をつけたいとドルムントに頼んだ。シロやシロの母親の様に、僕にも魔力を注入して欲しいと願ったのだが、
「我は霊体の扱いが苦手なのだ」
霊体の固定化について話をした時もネクロマンサーに頼めと言ってたのだった。
そう簡単に強くなろうなんて都合が良すぎるか。
「簡単に強くなりたいと姑息な手段を願うご主人様に朗報がありますよ」
漫画を読み、無関心そうだったシロが突然そう言った。
こいつ、僕の心が見透かせるのか。
「私やご主人様の様に、人が"妖"と呼ぶような存在は、同じく"妖"を食べる事で強くなれます。簡単でしょ?」
それで彼女はあの女性を食っていたのか。
いやでも、僕には口や食道等の器官が無い。食べるという行動を取れない。
……できたとしても、人間のような形の妖を食べるのは厳しいけど。
「霊体のご主人様は、妖の魂を食べればいいんですよ。丁度ドルムント様が持ってますし」
ドルムントを見る。彼は非常に分かり易く目を泳がせていた。
「わ……我はそんな物持っておらぬぞ。霊体の扱いは苦手だと言ったではにゃいか」
うーん?
まだ彼との付き合いは浅いが、僕に対して非常に協力的なのは分かる。
その彼が下手ではあるが、誤魔化そうとしているのに無理に下さいと言うのも気が引ける。
「私は鼻がいいですから、とぼけても無駄です。それともドルムント様は、そこまで度量の小さなお方なのですか。もしくはご自身がお持ちの品が、魂でないと本気でお思いなのですか」
シロは容赦無くドルムントに詰め寄る。黙っていれば可愛い少女なのだが……。
「分かった! 出す、出すから我をそう苛めるな!」
そうして彼が取り出したのが、脈打つ心臓だった。
冒頭へ戻る。
食え、と言われてもどうやって食べろと言うのだ。方法が分かったとしても、脈打つ心臓を食べるのには抵抗はあるが。
「食わぬのか? ならばここは我が!」
手を出そうとするドルムントだったが、爪を立てたシロに制止される。
「珍味が……異世界の珍味が」
そういえば、あの女性の血を飲んだ時に意外と旨いとか言ってたっけ。
「おい、ご主人。いい加減腹を決めろ。普通に手で掴んで食べればいいんだよ」
言うが早いか、シロは心臓を鷲掴みにし、僕の口に押し込んだ。
口の中にヌメリとした液体が流れ込み、唇に心臓の鼓動を感じる。
「ご主人の歯は何の為についてんだ。とっとと噛み千切るんだよ」
いやでも今ですら吐きそうなんだけど。
シロは容赦無く心臓を口に捻じ込んでくる。
俺は意を決し、噛み千切った。
脈打つ肉片が、舌の上で踊っている。戻しそうになるのを必死で堪え、咀嚼はせずに飲み下す。
何度かそれを繰り返し、なんとか食べ終わった。
吐き気に襲われながら食べたと言うのに、僕の体には特に変化は無かった。しいて言えば、霊体がなんとなく濃くなった……気がする。
「人の霊体に霊力が馴染むのには多少時間がかかります。それまではあまり面倒事には巻き込まれないで下さいね」
面倒臭いから、と小さく聞こえたのは気のせいだろう。
ともあれ、これで僕にも戦う力がつくのか。できれば早く馴染んで欲しいものだ。
僕の為に誰かが傷付くのはもう見たくないし。
「というよりドルムンド様。貴方がご主人様を守って下されば、万事解決なのでは?」
そのドルムントはと言うと、未だ部屋の隅で拗ねている。
相当旨かったのだろうか。僕には味覚は無いので、味は分からなかったが。
「あー……こっちの世界は魔素が少ないから消耗が激しくてポンポンと使える訳じゃないんだよ。ぶっちゃけさっきもギリギリだったしさー」
おいおい魔王様、口調が完全に変わってしまっていますよ。
”元気出してよ。お詫びに美味しい焼肉ご馳走するから”
特に友人もいなかったので、貯金はそこそこある。自慢できる事でもないけど。
僕の言葉は、元気づけるのに想像異常に効果的だったようだ。
彼は虚ろだった目を輝かせる。
「焼肉か! コンビニで食べたカルビ弁当も美味だったが、あれよりも旨いのであろう! いやいや、我は味にはうるさいぞ。そんじょそこらの物では満足せんからな!」
「ご主人様! 私もご主人様に強くなって頂く為、あえて厳しく接してしまった事をお詫び致します! 是非私もお連れ頂きたく存じます」
なんかもう一人混ざってきた。いやまあ、連れて行くけれども。
翌日、僕はわくわくしているドルムントとシロを連れ、焼肉屋に向かった。
実際に財布を握っているのは僕の体にいるドルムントな訳だが、細かい事はよしとしよう。