02 魔王、バイトに勤しむ
「フハハハハハ! また来るがよい!」
元気に客を見送る僕……いや、中身は異世界から来た自称魔王、ドルムントなのだが。
それを傍らで見守る僕は現在魂だけの存在になっている。ややこしいが僕の身体(具はドルムント)を見守る背後霊のような存在になってしまった。
「雪野、先に休憩行っていいぞ」
バイト先の先輩、千葉さんがドルムントに声をかける。
千葉先輩……さすがに異変に気付こうよ。
それとも僕の性格なんてどうでもいいってことだろうか……なんか泣けてきた。
「ユキノよ、希望通り戻ってきたというのに元気が無いのう。おお! 炎のカルビ弁当とは何とも食欲をそそる!」
廃棄弁当を漁りながら声をかけてくる。一応心配してくれているんだろうが、そもそもの原因はあんたが僕の体を乗っ取ったからだし。
それに雪野がユキノとか呼んでたらややこしいわ! というか何で誰も気づかないの。僕ってそんなに影が薄いのだろうか。
「フハハハハハ! しょげたり怒ったり面白い奴よ。安心せい、我の魔力で記憶を多少操作しているから気付かんのだ」
乗っ取った事はスルーですか。
いやまあ、あの部屋から戻ってきた時に理由は聞いたんだけど。
ドルムントの話によると、本来死者が簡単に甦生できる訳ではないらしい。そのルールを破ると色々とまずい事が起こるそうで、僕の体に彼が『転生』するという方法で僕の体を再生させ、魂を現世に強引に引き戻したらしい。
しかし記憶を操作したり、死んだ魂を現世に戻したり魔王凄いな。
「うまい! 働いた後の食事とは格も別格よのう」
そんな魔王は現在、コンビニで夜勤バイトに励み廃棄弁当に感動している。なんとも庶民的な魔王様である。
ちなみに日本語が堪能ですぐに仕事がこなせたのは、僕の肉体の記憶を読み込んだからだそうだ。説明を受けたが、よく分からなかった。
”食事中申し訳ないんですが、僕はいつ体に戻る事ができるんでしょう”
現世に戻してくれた事には感謝しているが、僕は体に戻りたい。背後霊みたいな状態でいるのは辛いし、何というか、息苦しいのだ。
「ふむ。それは考えてなかったな」
……えー。
「フハハハハハ! そう心配する事もあるまい。我がなんとかしてやる」
要するに無計画なようだ。
ただ彼の言葉には何となく説得力がある。何といっても僕を現世に戻してくれた人だし。
”じゃあそれはお任せするとして……なんか息苦しいのですが”
肉体が無いのに変な話だが、息苦しい。
霊体なんて不慣れな状態だからだと思っていたのだが、時間が経つにつれてひどくなってくる。
「それはユキノの霊体が薄れてきている影響だな。今の状態を維持する為に霊力をだだ漏らしているからのう」
弁当を平らげ、プリンを食べながら彼はそう言った。
霊体が薄れるとか大丈夫なのだろうか。
「一般人が霊体剥き出しでおったら霊力消耗し切って消滅するだろうな。だが案ずるな。それについては考えておるわ!」
よかった。そこまで知っていて無計画だったら温厚な僕でも殴ってしまうところだった。触れないけど。できればその考えを早めに教えて頂きたい。
「なに、簡単な事だ。ネクロマンサーに霊力を供給させ、霊体を固定すればよい! 墓地にでも行けば死体を探す奴らに出会えるだろう」
ネクロマンサー、よくゲームとかで登場する死霊使いか。
しかし魔王様、こちらの世界にそんな者いないと思います。そもそも日本は火葬だし。
「なん……だと。しかしユキノの身体にはネクロマンサーの情報があったぞ」
それは多分僕がやっていたゲームの情報だと思うのですが。
魔王様、露骨に目を逸らさないで。不安になるんですけど。
「む! 休憩時間が終わりそうじゃ。任せておけ、なんとかなる!」
そう言って彼は事務室から出ていった。
自分の霊体を見てみる。まだ薄くはなっていない。すぐにどうにかしなければいけない問題でもないのだろうが、一つ分かった事がある。
あの魔王は後先考えて行動するのが苦手なようだ。
彼がバイトに精を出している間、僕は少し散歩する事にした。
すれ違う人達の中で、僕に気付く者は誰もいない。犬や猫に霊感があるという話は本当なようで、中には僕に気付いて唸ったりする野良犬もいた。
近くの公園のブランコに座る。傍から見たら、無人で揺れるブランコなんて怖い話のネタになりそうな現象だな。
「こんばんは。お隣いいかしら」
不意に声をかけられる。見上げると綺麗な女性が微笑んでいた。
周囲を見渡すが、公園には彼女の他誰もいない。彼女には僕が見えているようだ。
”は……はい。どうぞどうぞ”
自慢じゃないが、生前ですら女性とまともに会話をした事が無い僕に、綺麗な女性との会話術なんて無い。しどろもどろになりながら、彼女に隣のブランコを勧める。
「元気が無いようでしたので、不躾ながら様子を伺いに来てみましたの。何かお悩みがあるのでしたらなんでも言って下さい」
これが逆ナンなのだろうか。どうせなら生前に受けたかった。
”いきなりこんな話をして信じてもらえるかどうか……”
僕は猫と出会ってからの事をかいつまんで話をした。
彼女は冗談みたいな話を真剣に聞いてくれた。
「それは大変な経験をされたのですね」
彼女は僕の手をそっと握る。霊が見えるだけでなく、触れる事もできるのか。
それよりもこの状況だ。突如現れた綺麗な女性に手を握られる。人生で初めての経験で対処の仕方が分からない。
「突然こんな事を言っても信じてもらえないかもしれませんが、実は私……あなたに一目惚れしてしまいましたの」
なんという急展開。綺麗なお姉さんは好きですか? 僕は大好きです。
彼女の顔がゆっくりと近づいてくる。
……ッシャ。
僕と彼女の間を、白い何かが通り抜ける。
見ると僕が、というよりドルムントが助けた親猫だった。
「おや、隙だらけの様で隙の無い御仁ですわね。間抜け面で私好みの餌だと思ってましたのに」
正体がばれた時の悪役の様な台詞を吐く彼女を見る。
相変わらず綺麗だが、どうやら彼女は人間ではないらしい。猫に引っ掻かれた傷口から流れる血は白く、その背中からは翼が生えていた。
どうでもいいか。彼女が僕を餌と呼ぶのなら、喜んで身を捧げよう。
『まだ催眠が解けてないようですね。恩人に牙を剥ける無礼をお許し下さい』
頭に声が響き、猫が僕の足元をすり抜ける。
足に鋭い痛みを感じ、僕の足は動かなくなった。
「催眠は通じていますのね。しかしこんな下級魔獣で私をどうにかできるとでも」
女性は歪んだ笑みを浮かべる。
僕の霊体が、暖かく柔らかい何かに包まれた。同時に頭の中の霞が晴れ、痛みがなくなる。
『霊体の崩壊を止めました。ただ長い時間は持ちません。私が時間を稼ぎますので、ドルムント様の元へお急ぎ下さい』
この声は目の前の猫が発してるようだ。
猫が女性に襲いかかる。女性は猫の攻撃を避け、蹴り飛ばす。
「新鮮な霊なんて久々なの。逃がしませんわよ」
彼女が僕に近づく。その背後から猫が飛びつき、女性の首筋に噛みついた。
『早く! あまり長い時間は持ちません!』
僕は動くようになった足で彼女の脇をすり抜け、コンビニへ走った。
『図々しくて恐縮ですが、娘をお願いします』
小さな声が僕の頭に響く。
僕は全力で走った。僕を助けてくれた猫を助ける力を持っているであろう魔王の元へ脇目も振らず。