第3話 テスト、テイム、シャーレ、アレ
期間が空いてしまいました。すみません。
魔王城ではディアドラとアイーシャがとある転移者を観察している。
「ブフッ!こいつら、傑作だ!腹が!腹が痛い…………!」
魔王の笑いに城全体が揺れる。魔王城付近の魔物は震えている。
「ティナったら、ワカ君に迷惑をかけて………クスクス、でも、面白いから良しとしましょう」
呑気に談笑しながら2人は傍観を続ける。
一方、見られている当人達は今、まさに専用武器のスキルを試そうとしていた。
「じゃあ…頼むぞ、ティナ…」
「はーい…まかせてくださーい…」
……………テンションが全く上がらない…。
しゃもじを手にしたティナはあの言葉を唱えだす。
「わ…私の……私の………ああああああ〜!ワカ!恥ずかしくてこんなのできません!!」
「誰のせいだ、誰の!ただでさえ唯のしゃもじを握ってブツクサ唱えるだけでもかなり恥ずかしいのに!
沽券とかど〜でもよくなる程の羞恥プレイだ、これ!バッドスキル「変質者」常時発動だわ!!」
「うう〜!もう、早く済ませてしまいます!」
ティナは耳まで真っ赤にしながら叫ぶように言う。
「私の沽券に関わる事ですっ!」
「ブフッ!」
「キャ〜〜〜〜〜!!今!今笑いましたね!?キーーーーー!」
「わ、笑ってなんかっっっふっっ……ふっ!」
「笑ってるじゃないですか!うぅ…」
「フッフッ…そ、そうだ!スキルはどうなった?」
「あっ……そうでした!すっかり忘れていました……」
「何も起きていないようだけど…」
特に変化は見られない。スキルを確認したティナが驚きの声を上げる。
「スキル名が変わっています!スキル……「テイム」?!」
「ん?何それ…」
「生き物にこのスキルを持つ武器で攻撃すると、使用者の強さと比較された確率でその生き物に言う事を聞かせられるようになります。…ですが、この「テイム」、既に登録されているスキルなのですが…」
ティナが何やら言っている。
「そうか!それは今の僕達に一番必要なスキルじゃないか!」
「え?なぜですか?」
「このスキルで馬とか牛とかを従えて、車の動力として運用出来るじゃないか!」
「おお!なるほど!流石です、ワカ!」
「でも、ここらに生き物の気配はないんだが…」
草原の方を見渡しても生き物は見当たらない。森の中は見渡しが悪く、入っていくのは名案とはいかなさそうだ。と、ティナが何か見つけたようだ。
「ワカ!見てください!あそこ!馬が2頭、歩いていますよ!」
「ん…確かに何か見えるけど…あれ、馬なのか?」
「はい!早速、このしゃもじで攻撃を!」
「よ、よし。やってやろうじゃん」
ティナからしゃもじを受け取り、かなり向こうにいる黒い点に向かって走り出す。
「しゃもじで叩いただけでいいのか?」
「はい、倒す必要はありませんよ」
段々と黒い点が大きくなる。が、その姿が見える程近づいた時、僕は足を止めてしまった。
「?どうしたのです、ワカ?」
「いや……アレ……」
なぜなら、あそこにいる生き物はこちらの世界の馬という、ふさふさの毛につぶらな瞳、なんてものではなく、骨が浮き出したカクカクボディに、遠くから見てもわかるほどのちぢれ毛で大きさはサラブレッドの2倍近くもあるバケモノだったのだ。
「………馬か?」
「馬ですよ?」
さも当然という風にティナが答える。確かにあの生き物、こちらの世界で一番似ているものは何かと聞かれると馬、と答えられる程度には(即答こそできないが)似ているので、気を取り直して再アタックをかける事にする。
だが、距離があと30メートル、というところで悲劇が起こる。
この辺りまでくると草は膝丈くらいの長さで地面もゴツゴツした石が目立ってきていた。そこで、案の定僕は石に足を取られて派手に転倒した。
「うぅおおおお!!」
「だっ、大丈夫ですか、ワカ!」
転んだ勢いでしゃもじがすっぽ抜け、前方に飛んでいく。そのまま馬に当たると思われたが、僕の出した大声に驚いてその場から離れてしまう。だが、その場にはまだ何かがいた。馬に隠れていて僕達は全く気づくことのなかった何か。それは人、もっと言うと少女であった。声でこちらに気づいたのか、その子はこちらを見ている。転倒しながらかろうじて見ることができたのは、ボーッと立っている少女に向かって飛んでいくしゃもじであった。
直後、僕は地面に倒れてしまう。カーーン!ヒノキのいい音が夕焼けで赤く染まった草原に響き渡った。
地に伏した状態で思考が停止した。ティナも無言である。今、僕はとんでもない事をやらかしたのではないか……?
「……なぁ、ティナ。人間にテイムって通用するのか?」
「さ、さぁ?そんなことする鬼畜は聞いたことがありませんけど……」
僕が起き上がると、ちょうど30メートル先で青い光があがるのが見えた。
「………青い光は…テイム成功のサインです…」
ん〜。ボク、ムズカシイコトハヨクワカラナイナ〜〜。
「く、草の中にいる虫にでも当たったんだよな〜」
「で、ですよね〜」
その光のところまで歩いて行くと、さっきの少女が倒れていた。
「ビックリして気絶しちゃったのか〜。しゃもじが当たらなくてよかったなぁ〜」
「そろそろ現実見ましょう、ワカ!」
「わー!やめろ!何も聞きたくない!」
「ワカは…!ワカは…!」
ティナの口から放たれる触れてはならない真実に。
「…女の子を、テイムしてしまったのです!」
ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………
茜色の空に今日一番の叫び声が消えていった。
「ん………」
しばらくして女の子が意識を取り戻す。
脱力して白くなっている僕に気がつくと、女の子放たれるこう言ってきた。
「………………ご主人様?」
「キャーーーー!ごめんごめんなさい、ホントスイマセンデシタァーーー!」
「ワカ…女の子に何言わせてるんですか…」
ティナの非難の目が痛い。
「ちょ、ちょっと待て、言わせたのは僕じゃないし、テイムしてしまったかどうかもまだ分からないだろう?」
「本当に現実見ないつもりですか…。この子の首を見て下さい。黒い輪がかかっているでしょう?」
「あ、ああ、これか。似合ってるじゃないか」
女の子がこちらを向く。セミロングの白髪に黒い首輪はいい感じ…なのだが、無表情な上に半眼でこちらを見る少女。……怒ってる?
「似合っ……!?何を言ってるんですか、ワカ!その首輪はテイムされているという証のものですよ!それを似合うとか…ワカ!変人もいい加減にして下さい!」
な………!
「ち、違うぞ!知らない、知らなかったんだ!」
慌てて弁解しようとする僕。その子は相変わらずこちらをじっと見ている…。やっぱり、怒ってる?
「………似合うの?」
無表情のまま、そんな事を聞いてくる。
「え…あ…そ、その、君にはペットがお似合いさ、とかそういう意味じゃなくてだね…」
何言ってんだ、僕。悪化させようとしてるのか。
「………そう」
でも、僕のテンパった言い訳に納得してくれたのか、それからは何も言わず、首の輪をクリクリといじりだした。
「あ、あの〜?」
ティナが女の子に声をかける。
「名前を教えてくれませんか…?」
女の子は動きを止め、ティナの方を向く。
「………シャーレ」
「……えーと、どこに住んでいるのですか?」
「………あっち」
シャーレという子が指さした方には草原があるだけだ。が、よく見てみるとどうやら家があるようで、あれがこの子の家らしい。
と、シャーレがボソッと、
「………来る?」
「え?」
…どうやら、自分の家に来るか、と聞いているらしい。
「ど、どーしよう、ティナ」
「もう日が暮れてきましたし、頼んで泊めてもらいましょう」
確かに、もう辺りは暗くなってきている。ティナの言うことも一理ある。
……が、果たして泊めてもらえるのか?急に見知らぬ男がやってきて、「娘さんをテイムしてしまいましたが、今晩お宅に泊めていただけないでしょうか?」とか言い出したりしたら、僕が父親ならそいつの頭を鍬でカチ割る以外の選択肢は浮かんでこない。
僕達、死んだかも。
僕が最後の言葉を考えているうちに、シャーレの家に着いてしまった。
草原はもう真っ暗で家には明かりがついている。先程逃げていった馬はシャーレの家で飼っているようで、ここまで先に帰ってきていた。少し離れた所にも家の明かりが見える。小規模の村なのか。
シャーレが扉を開く。すると中から美人な女の人が出てくる。
「おかえり、シャーレ。晩ご飯出来てるわよ」
シャーレと同じ白髪を後ろでひとつにまとめている大人の雰囲気が漂っている。シャーレの母親だろう。
シャーレの母親と思しき人は僕の存在に気付く。すると突然落ち着いているオーラが消えて、
「あなた〜〜〜〜!シャーレが男の人を連れて帰ってきた!」
家の奥に向かって叫ぶ。2秒もたたないうちに奥から全力ダッシュでやってくる男の人。
「シャーレ!お前、とうとう…!」
わぁ、お父さん?もすごい美形だ。彫りの深い顔で、それでも優しさを持った目をしている。
男の人がこちらを向く。死ぬ?死ぬ?殺される?目つきが変わって、背筋がぞくっとする視線を向けて来る。
「そうか、そうか。君がシャーレの連れてきた男か。まぁ、入りなさい。外はもう暗いから今日はうちに泊まっていきなさい」
………いい人だな。別に怒ってる風ではないが…後からの事を考えると安心出来ないよなぁ…。今この場で追い返されたりされた方が良かったのかも。
テーブルにつくよう促され、いろんな食べ物が運ばれてくる。女の人はシャーレの母親、マリアーナで、男の人は父親のサミルア。2人は僕とティナをニヤニヤと見ている。
「こんなに人気の無い村で男を捕まえてくるとは、さすがシャーレだな!」
「………」
サミルアさんは村人らしくない上品な笑いでシャーレを見ている。
「ところで、ワカ君、だったね」
「ふ、ふぁい!」
サミルアさんは真剣な顔になり、僕に向く。
「シャーレに何かしたのかい?」
「!?っ……え、えーと」
もうばれたのか…結局言わないといけないことだったし、今正直に言ってしまおうか…。ティナも冷や汗を垂らしている。僕が答えられないでいると、サルミアさんは、
「シャーレは今まで男っ気が全くなかったからなぁ〜。なんで急に男を連れてくるのか、気になってね。ワカ君がなんて言ったのかとかを聞こうと思って」
あぁ、テイムの事では無いようだ。
と、今まで黙っていたシャーレが急に、
「……首輪」
「ブフォッ!シ、シャーレ?!」
むせた…!シャーレ……ド直球はあかん。僕はまだ死にたく無い…。
シャーレの首にかかった黒い輪を見たシャーレの両親はすごい勢いで立ち上がった!
「ワ、ワカ!怒ってますよ!この人たち!」
「い、いや、こうなるのはわかってた。しらばっくれるのは止めよう…」
僕も椅子から立ち上がり、体を90度折って真実を語った。
「お宅の娘さんを誤ってテイムしてしまいましたぁぁぁ!スイマセンデシタァーーー!」
「ワカ君」
サルミアさんが僕の肩に手を置く。…うん、おわった。
「……………君は逸材だぁぁぁ!」
……へ?今、なんと?
マリアーナさんの方を向く。体をくねくねさせている。顔も赤い。
「なんて鬼畜……!ゾクゾクします……!」
片や、尊敬の眼差しを向けてくるサルミアさん。片や、息を荒くしているマリアーナさん。
「そうか〜!ワカ君!君なら娘を任せられる!」
「テイム…人間にテイムなんて……!」
……あ!理解した!ティナの方を見るとティナも考えていることは同じなようで、2人の声がハモる。
「この人たち、アレな人だぁぁぁ!」
予想の斜め下、だった。
晩ご飯を食べ終わると、シャーレが散歩する、と言って出て行くので僕とティナもついていく。この両親に何かうつされたらたまらん。
少し寒い草原は月明かりで照らされ、昼間とは違う雰囲気を出していた。
「………」
シャーレは無表情のまま無言で歩く。
「えーと?シャーレ…さん?」
無言に耐えかねて話を切り出そうとする。シャーレは立ち止まり、こちらを向く。
「……シャーレでいい」
「じ、じゃあシャーレ。なんかごめんな。いろいろと…」
「…別にいい…」
「……えーと、あのお父さんとお母さんはいつもああなのか?」
「…今日は控えめ」
…マジかよ。ガチのやべーやつだな。
シャーレは再び歩き出す。その後をついていく僕とティナ。ティナに耳打ちする。
「なぁ、ティナ。テイムって解除できないのか?」
「できますよ〜。「テイム」を持つ武器でもう一度攻撃すればいいんです」
「?!おい!それを早く言え!だったらさっさと解除できてただろ!」
だがティナは微妙な顔をしている。
「いえ…それが……」
そう言って例のしゃもじを渡してくる。浮き上がっているスキルの文字は…
「unknown…」
なんで?元に戻ってる?
「私の推測ですがこの未知のスキル、発動ごとに全スキルのうちから時間制限付きでランダムに現れる、というものだと思うのです」
「バッドスキルになりうるのか?」
「それはまだ分かりません…」
まぁ、そのしゃもじの事は置いといて。
「じゃあシャーレのテイムは解除出来ないのかよ?!」
僕は絶望的な声を上げる。その声は前にいるシャーレにも聞こえていたようで。
「……別に、解除しなくてもいい…」
「……え?でもこのままだと…」
「…いい。……首輪…似合うって言うから…」
シャーレはそう答える。顔を伺うことはできないが、無表情のままなのだろう。……ティナがこちらをジト目で見ている。
「!な、なんだよ!あの時は本当に知らなかったんだって!」
ティナはため息をつく。
「はぁ…そういうことでは無く、あの子のあの反応が…」
「あぁ、なんかあの両親の、どちらかといえば母親の遺伝子を感じさせるよなぁ」
「ワカ………いえ、もういいです」
ティナは何か不満げだ。
「ワカ…様?」
シャーレがそんな事を言い出した。
「いやちょっと待って、ワカでいいから、ワカで!」
「……ワカは、旅をしているの?」
「え?あ、あぁ。今日始まったばっかだけど…」
「…ついていく」
「へ?」
「……私もワカについていく」
相変わらずの無表情でそう言ってくるシャーレ。僕は少し考えて、
「あー…両親がいいって言うなら、まぁ…」
「ちょ、ちょっと待ってください、ワカ!」
ティナが口を挟んでくる。
「この子は普通の村人ですよ?!戦いに巻き込むつもりですか?!」
「え、でも僕らは道具屋だし、危ないことは無いと思うけど…」
「くっ…!でもでもっ!旅をする以上、危険は伴いますよ!」
「そりゃ村人とか関係無いだろ…」
ティナはシャーレの心配…ではなく、他の事に思うところがあるのか?
「テイムしてしまった責任もあるし、もしもの時はなんとかしてシャーレを守るからさ」
「なんですかなんですか、その甘々なセリフは………私は…私は守ってくれないのですか?」
「?もちろん、ティナも守るぞ」
「……「も」、ですか。ついでですか、私は…」
「もうなんなんだ、お前…」
その後、シャーレの両親の了解も得て、僕らのパーティーに村人の女の子、シャーレが加わった。(テイムした状態で…)
読んでいただいて、有難うございます。