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魔王仕込みの冒険者  作者: しろとら
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専用、ヒノキ、スキル、詠唱



広大な草原を歩くこと2時間。ようやく向こうの方に木と思われる緑色が見えてくる。不思議と疲れはほとんどない。

「あの、ワカ?車なんてつくれるんですか〜?」

「心配ご無用!ナイフと材料の木があれば、車ぐらい楽勝………ってナイフは?」

前提条件が揃ってない…。が、

「ナイフでしたら初めに全員もらえるのですよ〜。あ、ありました。これです!」

そう言うとティナは苔むしたような色をしたナイフを差し出してくる。

「これも例のスタートダッシュキャンペーンってやつか」

切れ味に不安はあるが、とりあえずこれで車をつくることができる。

そうこうしている間に森の入り口にたどり着く。木はかなり手頃な大きさで、車をつくるのに都合がいい。

「よし、じゃあ取り掛かろう!」

僕は手前にある木にナイフを突き立てる。ガッ。もう一度。ガッ。もう一度。ガッ。

「………ティナ。この効率だと相当時間かかりそうなんだが…」

「なにぶん初期の武器ですから…研いでみましょうか?」

「え?そんなオプションあるの?」

「ええ!私達妖精の役目はサポート。武器の調整なら、この私に任せて下さい!」

「助かるよ、ティナ」

そう言うとティナは何やらナイフをしぺしぺと叩き出す。なんかかわいいな、その仕草。

「かんりょーです〜!」

「よし、サンキュー。じゃあ、これで改めて…」

ザッ。

「おおー!さっきとは段違いですね!」

「ああ!これでいける!」

少しして、木が倒れる。ズン、と質量感のある音が地に響く。倒れた木を加工するため、開けた所に運ぼうとしてある事に気付く。

「あれ…?思ったより軽い…?」

その疑問にティナが答える。

「元の世界の身体能力と同じとは思ってはいけませんよ、ワカ。初期状態にも個人差があって、ワカの初期値は他の人より頭ひとつ抜けているのですよ。だから、この世界に呼ばれたのです」

「へぇ…なるほど…」

その後、他の木も同様に切っては運び、を繰り返す。5本目の木を切り倒した時、頭の中で明るいファンファーレが鳴る。ん?なんだこれ。そう思ってティナに聞こうと顔を向けるとティナはなんだか暗い顔をしている。

「…これはなんだ?」

ティナはゆっくりと解説を始める。

「これはレベルアップ音ですね…。ここでは敵を倒すとかではなく、自己の運動量に応じてレベルアップをしていきます。上限はなく、レベルアップする毎にステータスポイントが定数与えられます。そのポイントを各ステータスに割り振りするのですが…それにはあのコントローラーが必要なのです…」

「あ………」

忘れようとしていた事が頭の中に舞い戻ってくる。ティナと同様、暗い気分になる僕。

「これ、レベルアップする毎にこんな感じになるのか…」

「はい…この世界で体を動かしている限り、レベルアップは避けられません」

なんだこの空気。レベルアップで明るいファンファーレが鳴る度にこんないたたまれない気分にならなきゃなんないのかよ…。


「ふぅ…。休憩するか」

「お疲れ様です、ワカ!」

切った木を枕代わりに、寝転がる。肉体的な疲れは溜まっていないのだが、作業中、もう2回ファンファーレが鳴り響き、精神的に参ってしまった。

体を大地に投げ出して、脱力する。

「しかし、本当に平和だなぁ。魔王がこの地を支配してるっていう実感が湧いてこないんだが…」

「はい〜そうですね〜」

ティナはというと僕の腹の上に身をおろし、同じようにくつろいでいる。

「そういえばティナ。女神様は今魔王ディアドラの所にいるんだろう?その、急がなくていいのか?」

「そうですね…いつとは宣言されていませんし、人外である者達は時間にルーズですから」

「あーそういうこと…」

時折、上空を動く雲が太陽を隠し、辺りが陰る。目には見えないがどこからか鳥の鳴く声も聞こえる。森の中にいるのだろうか。しばらくの間、僕とティナは無言で空を見る。

どれくらい経ったであろうか、相変わらず空を見ていると、雲とは違う何かが太陽の光を一瞬遮る。僕は驚き、跳ね起きる。腹の上に乗っていたティナは投げ出される。

「ど、どうしたのですか、ワカ!」

「いや、どうもこうも今のはなんだ?!」

空を行く何かは既に僕達の所を通り過ぎ、かなり遠くの方を飛んでいる。

「あぁ、あれは竜ですよ、竜。ドラゴンと言う方がいいですかね」

「竜……あれが…」

よく目を凝らすと、巨大な翼を羽ばたかせていて、尻尾らしき物も見えた。

「竜は小さな脅威なら見過ごすほどの余裕のある生物ですからね〜。攻撃対象となるのはかなりの強者だけですよ〜」

ティナの解説はあまり耳に入ってこなかった。ここが異世界であるという決定的な出来事を目の当たりにして、僕は震えていた。それは、恐れからくるものではなく、気持ちの高鳴りからくるものであると気づいた。


一方、魔王城。ステータス画面を前にディアドラとアイーシャが向き合っている。

「じゃあディーちゃん。今まで言ったこと覚えているか確認しますから、言ってみて下さい」

「うむ。ステータスは全部で6つ。攻撃力、耐久力、瞬発力、精神力、持久力、えぇと…」

「運勢力ですよ、ディーちゃん。運も実力の内とはよく言ったものです。では続きをどうぞ」

「んーと、レベルアップで自動的に上がるステータスは瞬発力と持久力。でも変動は微量であるため、ちゃんとその2つにもステータスを振ること」

「はい、よくできました。あとはどうだったでしょう」

「え〜…レベルアップ毎に決まった量のステータスポイントが入って、それを各ステータスに割り振っていく。最初は攻撃力に多く振る。耐久力はその次。魔法を使うなら精神力。持久力に振ると運動することができる時間が延びて、レベルアップが効率的になる…だったか」

「よく覚えていますね、ディーちゃん」

「ま、まぁな。これでも魔王だから」

「あら、説明している間にワカ君のレベルが4まで上がっていますよ」

「おお!では早速…」

「一度振ったステータスは元に戻せませんから注意してください」

「ふむ…こうか?」

「はい!上手です!」

「とりあえずはこんなもんか…」

「精神力には振らないんですか?」

「そりゃそうだ。俺に魔法は効かん」

「え……」

「魔法防御も耐久力に入っているから、精神力は0のままでいいだろう」

「はい…そうですね…」

アイーシャは冷や汗を流す。

(魔法が効かないというのは初耳です…。今必死に魔法を特化させている転移者はどうなってしまうのでしょう…)

「なぁ、アイーシャ」

「あ、はい。なんでしょう?」

「どうして運勢力にはあまり振らないでおくんだ?高い方がいいんじゃないか?」

ディアドラは素朴な質問を投げかける。

「それはですね、運勢力を低くすることで、ワカ君の前には多くの試練が立ちはだかります。その試練の数だけワカ君は強くなっていくのです」

「なるほど。悪運の強い奴こそ強者になりうるということか」

部屋の扉がノックされ、使いの者が入ってくる。

「ディアドラ様。アフターヌーンティーでございます…」

そう言って出てきたのは高級なケーキが数多く並べられたプレートである。

「ご苦労。…アイーシャ。休憩して一緒に食べよう」

「いいんですか?ありがとうございます、ディーちゃん!」

囚われの身とは思えないほどの笑顔を見せる。ただでさえ華やかな部屋に大輪の花が咲いたようだ。

「ふぅぉぉぉぉぉぉぉ!いくらでも好きなのを食べてくれぇぇぇ!!」

………この世界は平和である。



「そういえばワカ、聞いてもいいですか?」

「ん?なんだ?」

作業を再開し、木材を削る僕にティナが話を切り出す。

「こっちの世界に来る時、持ってきた物がありますよね?」

ティナのその質問に心臓が突かれる思いがした。

「え、ええ?!ちょっと何言ってるかワカンナイナー…」

「ですから〜!持って来た物です!見せてください!」

「い、いやぁ〜!どうやらそれも無いみたい!」

「ふ〜ん?では、どうして腰のポーチを隠すようにするんでしょうね〜?」

ギクリ。ティナの含みのある質問に答える事が出来ない。だって…まさか異世界で生活するとは予想できてなかったもん…。

「い〜から見せて下さい〜!何ですか、もしかして思春期の男の子の必須アイテムなのですか?!」

「違うし!ってか何だよ、思春期の男の子の必須アイテムって!」

「それを私に言わせるのですか?!セクハラです!私だってれっきとした妖精なんですから、そんな言葉は口に出来ません!」

「お前が言い出したんだし!そういう発想が出てくるあたり、ティナの方が想像力豊かだなぁ〜!」

「なっ!妖精である私を侮辱しましたね?!」

「あーあ、ガッカリだなぁ〜。妖精がこんなにエロエロだったなんて〜。ファンタジーに憧れていた僕の純情を返せ!」

「なんで逆ギレしてるんですか!……って私はエロエロじゃあありません!」

よしよし…かなり話題をそらせた…

「隙ありですっ!」

ティナが前触れなしに腰のポーチめがけて飛びかかってくる。不意打ち、だと?!だが…

「このくらいなら反応できる!」

右手の甲をティナに軽く当て、これまた軽く振る。そしてつま先に力を込めて左側にステップする…………予定だった。手加減したはずの払いのけはティナを3mほど吹っ飛ばし、横移動するはずだった体は移動しておらず、足の先が地面に軽くめり込んでいた。

「ふぇぇ………」

ティナは飛ばされながらも姿勢を立て直し、低空をふらふらと漂う。

「ス、スマン!やり過ぎた!」

僕は慌ててティナに駆け寄る。

「い、いえ…今のは私が悪かったのです…。しかしワカ、今の身のこなしは…」

「え、いや、思った以上に力が出て…まだこっちの基準に慣れてなくて…」

「ワカの基礎スペックが想像以上に高いみたいですね…」

そして頭の中に響くファンファーレ。残念すぎる…。


さほど作業は進まぬまま、再び休憩を取る。

「…で、こっちに持って来た物は何に使えるんだ?」

結局、隠し通せそうな事でない事を悟った僕は、今度は自分から切り出す。

「あ、そうですっ!こちらの世界に持って来たものはその人だけが使える専用アイテムになるんです!」

「と、いうと?」

「つまり、その人が使用した時にしか発動しない特別なスキルが付いているのです!」

「なんでその専用技術をステータスコントローラーにも採用しなかったんだ?」

「あんな大事なもの無くす事は想定されていませんから…」

「……スマン…」

「謝らないで下さい…」

「…でも、そういう事ならこれでも使い道があるって事だな!」

ヘラヘラしながら僕が取り出したのは、しゃもじ。ん?なんだか、ティナが今までに無いような目をしているぞ。

「なんです、それは…」

「何って、しゃもじだよ、しゃもじ!」

「どーしてよりにもよってしゃもじなんて持って来てるんですか?!マンガの中のオカンですか、あなたは!」

「なんで妖精がこっちの世界のマンガに詳しいんだよ!それによく見ろ!このしゃもじはただのしゃもじなんかじゃない!」

ティナの疑いの目は僕としゃもじの間を行き来している。

「……何が違うんですか…」

「よく聞け…このしゃもじは………ヒノキ製だ!」

「ただのしゃもじじゃないですか!何がヒノキですか!」

「それによく見ろ!この持ち手の部分!」

そこには、朱色の達筆な字で「真心」と書かれている。

「真心だぞ!全てに通ずる教訓が書いてあるんだぞ!」

「知りませんよ、そんな事!何が真心ですか!これなら「変人」と書かれた竹刀や包丁の方が数億倍役に立ちますよ!」

余計にティナを怒らせてしまったようだ。

「でもこのしゃもじにも特別なスキルが付いているんだろう?スキルによってはかなり使えるかもしれないぞ?」

「うぬぬ…確かに、一理あります。ではスキルを表示してみましょう」

そう言うとティナはヒノキのしゃもじに手をかざす。すると、しゃもじが輝き始めた。…まぁ、しゃもじだからかっこよくもなんともないが…

「おぉ…スキルってのはこれか?どれどれ…」

「これですね…どれどれ…」

光るしゃもじに浮かび上がる文字を2人で一緒に声に出した。

『unknown…』

暫し訪れる沈黙。

「なぁ、これって…」

「…公式には未だ登録されていない、という事です…」

と、言う事は…おぉ!これがあの…?

「ユニークスキルって事か!当たりじゃん!」

喜ぶ僕とは裏腹に、ティナは肩を震わせている。

「……かで……」

「え?何?」

「浅はかですっ!」

耳を寄せていたところに大声を出されて驚いてしまう。それより、浅はかって…

「いいですか!不明、という事は今までに無いスキル、という事です!これがどんなに危険な事か、分かって無いですね!」

「危険?」

「この世界に存在するスキルは数え切れないほど多いのです!中にはバッドスキルも存在しています!」

「あ、ああ…それくらいなら、想定の範囲内なんだが…」

「専用アイテムに付くスキルは全スキルからランダムで決まるのです!バッドスキルも例外なく入っています!」

「え…?何それ…」

「仮に専用アイテムにバッドスキルが付いていたら使う事なく売ってしまえばいいのですが、不明、不明って!グッドもバッドもわからない、使ってからのお楽しみ!ドキドキハラハラパーーラダイス!!アハハハハハ!!」

「ティナが壊れた?!」

「ドキドキするしゃもじ…真心のしゃもじ…」

「で、でもさぁ、ティナ。バッドスキルって言ったって、今ここで確認しておけばいざという時に失敗しなくていいじゃないか」

「ハァ…。ワカ、現在登録されているバッドスキルのいくつかを挙げてみましょうか?」

「?お、おぅ…」

「まず1つ。スキル「超悪運」。効果は名前の通り、効果時間は死ぬまで」

「何それ?!クソスキルにもほどがあるだろ!」

「2つ目。スキル「変質者」。同じく名前通り、効果も死ぬまで」

「それスキルじゃなくて本人!本人の事だからそれ!」

「極め付けは、スキル「即死」。死にます、……自分が」

「クソの極みスキルだな!」

「という訳で、バッドスキルがどれほどバッドか分かりましたか?試す事すら危険なのですよ?」

「ああ…よーく分かった。…このしゃもじが使い物にならない事が」

未知のバッドスキルが発動するリスクがでかすぎる。

「でもワカは幸運です。この私、ティナがいるのですから!」

「?どういう事?」

急に普段の調子に戻ったティナ。

「私達妖精は、サポートする人達の体の一部みたいなものです!私達なら専用アイテムを使う事が出来るのですよ!」

「え、でもそれはだめだろ…危険だし…」

「あら、心配してくれるのですか?でも、私達妖精には自己にかかるスキル、所謂バフが効果が無いのですよ!」

「そ、そうなのか?」

「はい!ですから、リスク無しでスキルを確認する事が出来るのです!」

「おお!そういう事なら、頼んでもいいか?」

「はい!任せてください!」

「ごめんな、迷惑かけっぱなしで…」

「いいんです、このくらい」

「僕、頑張るよ。道具屋くらいしかできないかもだけど、ティナが喜ぶような事、してやれるように頑張るよ」

それが、僕に出来る、数少ない恩返し。

と、ティナを見ると顔を真っ赤にして湯気が出ている。

「だ、大丈夫か、ティナ!無理はしないでくれ」

「は、はひ…だいじょぉぶでふ…」

「…??」

「は!大事な事を忘れていました!」

「どうした?」

「スキルの発動には本人の声認証が必要なんでした!」

「急にリアルな話になったな…」

「言葉を決めて、声に出す事でスキル発動、という流れです。もちろん私の声にも反応しますよ〜」

「言葉…呪文の詠唱みたいなものか!」

「そういう認識で問題ありませんよ〜」

「そうか…詠唱……ふひ」

なんかいいな、こういうの。どうせならかっこいいやつに…

「よし、決めた!我が内に秘めし…」

「キャーー!待ってください!」

ティナが僕の手からしゃもじを奪い取る。

「アイテムを持った状態で不用意に口走らないでください!変なのになったらどうするんですか!」

「え〜?今の、かっこよかったろ?」

「全然だめですっ!後で死にたくなるような事しないで下さい!」

「だいじょーぶだって、ハハハ…」

ティナはそんな僕を睨みつけ、一言。

「私の沽券に関わる事です!」

次の瞬間、ティナが持っているしゃもじが緑色の光を放つ。…しゃもじだからどうという事はないが。数秒間光ってから、しゃもじは元の状態に戻る。

「なんだ…?今の…」

…ティナが無言で口をパクパクしている。その仕草はっ!非常に可愛いのだけれどもっ!凄く嫌な予感がするっ!

「ご、ごめんなさい、ワカ…」

ティナがとても申し訳なさそうに。

「言葉が、決まってしまったみたいです…」

晴れて、この僕専用のしゃもじのスキル解放の詠唱は「私の沽券に関わる事です!」となりました。オワタ。

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