ミズキと初めての封印②
鳴き声――ううん。
もしもこれが召喚獣の上げている鳴き声だったのなら。
私はもう、召喚士になれる気がしません。
「ミズキ、ちゃん」
ついさっきまで笑顔でいっぱいだったエリーちゃんの顔が、今は恐怖で青ざめている。
「な、なんだろう……」
どうして?
どうして夜でもないのに、周りが暗いんだろう。
もしかして、もう夜になっちゃったのかな。
不思議だな。
「ミズキちゃん!」
エリーちゃんが私の腕を掴んで走り出そうとする。
でも。
固まった私の体は、そのまま少しだけ引きずられてから倒れた。
痛みはある。
あるけど、それよりも。
「ミズキちゃんっ?!」
怖くて。
怖くてたまらない。
上を見たくない。
ここら辺を暗くしている正体を、見たくない。
あんなにも恐ろしい鳴き声を上げる召喚獣の姿を、見たくない。
でも。
「ミズキちゃんっ、早く逃げないと――ドラゴンが!」
エリーちゃんに起こしてもらっているとき。
私の目はしっかりと。
その恐ろしい姿を見てしまった。
大きくて、とにかく大きくて。
黒っぽい青色の皮膚をしている。
恐ろしい姿を。
「いやああああ――」
◇
『ミズキ』
呼んでる。
誰かが私を呼んでる。
『ミズキ、こっちよ』
優しそうな声。
お母さん?
『こっちよ、ミズキ』
待って。
いま行くから、待って。
「ミズキちゃん。ねえ、ミズキちゃんっ!」
あれ、エリーちゃん?
目を開けると、エリーちゃんが泣きながらこっちを見ていた。
「よかった。ミズキちゃん急に気を失っちゃったから、私、どうしたらいいか……」
「ごめんね、もう大丈夫だから」
そっか。
私は気を失っちゃったんだ。
そうだ。
「ドラゴンはっ?」
「街の方に飛んで行っちゃったの……」
「え?」
それじゃ、街のみんなは?
『ミズキ、はやく』
あれ、声。
またお母さんの声が聞こえる。
「街の方はたぶん、大丈夫じゃないかな。すごい召喚士さんたちがいるし」
『ほら、こっちよ』
行かなきゃ。
お母さんが待ってる。
「ミズキちゃん、どうしたの?」
「エリーちゃん。私、行かなきゃ」
「え、どこに行くの?」
「お母さんがね、呼んでるの」
「ミズキちゃん?」
そっか。
目をつぶるとお母さんの声が聞こえるんだ。
『こっちよ』
「いま行くよ、お母さん」
「ミズキちゃんっ」
歩き出そうとすると、エリーちゃんが止めてくる。
「エリーちゃん」
「ミズキちゃん、どこに――」
「邪魔しないで。ね?」
「え……」
『風の妖精を使いなさい』
「うん」
お母さんの言う通り。
カードホルダーから風の妖精――エアのカードを取り出す。
「術者、ミズキ=エアフィードの名の元に――」
「ミズキちゃん、なにを――」
「微風の体を成す小さき妖精よ、我が呼びかけに応え、その姿を写し見せよ」
カードが手のひらから消える。
すると、私の体の周りに風の渦が巻き起こる。
エリーちゃんにはすごく悪いけど、お母さんが待ってるんだもん。
「ミズキちゃ――」
「ごめんね」
風の渦をエリーちゃんの方へ移す。
地面の土を舞い上げているから、しばらくエリーちゃんには私の姿を見えないと思う。
『さあ、こっちよ』
「うん」
「ミズキちゃん!」
エリーちゃんの声を背に。
私はお母さんの声がする方へ歩き出す。
待っててね、お母さん。
それからしばらく歩いている。
けど。
一向にお母さんの元へは辿り着かない。
『もう少しよ』
でも大丈夫。
お母さんはきっとこの先で待ってるんだ。
だから私は迷わない。
お母さんの声に従って歩くだけ。
「ねえ、お母さ――」
え?
目を開けると、木がたくさん生えていた道を抜けたらしく、大きな岩がたくさんある開けた場所にいた。
そして。
「ガアアア――!」
岩に紛れるようにして、一匹の黒っぽい赤色の皮膚をしたドラゴンがいた。
「お母さんっ?!」
『ミズキ、心配はいらないわよ』
でも。
ドラゴンの赤い目がこっちを見てる。
嫌だよ。
怖いよ。
「いや。いや、いや、いや――」
『落ち着きなさいミズキ』
「どうしてなの……お母さん」
「ガアアア――」
ドラゴンがこっちに向かって動き出す。
もういや。
もう、いやだよ……。
お姉ちゃん、助けて。
『あのカードを使いなさい』
カード?
カードって、どれ?
震えた手で足に付けたカードケースを開けようとしているけど、うまくできない。
ドラゴンが近づいてくる。
もう、ダメだよ。
『もう少しだから、頑張って』
なんとか開いたカードケースの中に手を入れると、私の手は自然にあのカードを取っていた。
『さあミズキ、召喚しなさい』
「術者、ミズキ=エアフィードの名の元に――」
あれ?
体の震えが消えてる。
「万物を創造せし祖なる者にして――」
朧げなお母さんの姿が、鮮明になっていく。
「世を優しき眼差しで見守りし女神よ――」
でもそれって。
「我が呼びかけに応え――」
お母さんは召喚獣ってことになるの?
「その姿を写し見せよ!」
これまでとは比べものにならないくらいに、私の周りを包む青白い光の渦は大きい。
そして。
カードが消えると、目の前にはお母さんがいた。
夢で見たときと同じ。
金色の長い髪に、金色の目。
白い服を着て、地面から少し浮いている。
それはまるで、絵本に出てくる女神様みたい。
「ミズキ、久しぶりね」
「お母さん、なの?」
「そういうことになるの、かな」
「ガアアア!」
危ない!
こっちを見ているお母さんのすぐ後ろで、ドラゴンが大きな口を開けてる。
このままじゃ、お母さんが……。
「ふふふ……心配いらないわよ」
そう笑うと、ドラゴンは急に口を閉じる。
そして、びっくりするくらいにおとなしくなった。
さっきまでは怖くて仕方がなかった顔も、不思議と怖さがなくなったように見える。
「メルトドラゴン、いい子ね」
地面まで頭を下げたドラゴンの、その大きな頭を撫でながらお母さんは優しく言う。
「この子の、ミズキの力になってくれる?」
「グウウ――」
「ふふ、ありがとうね」
「お、お母さん……」
よくわからない。
わからないけど、お母さんはやっぱりすごい。
あのドラゴンを優しくなだめたんだ。
お母さんに撫でられるたび、ドラゴンは気持ち良さそうに大きなシッポをふってる。
「さ、ミズキ。封印しなさい」
「う、うん」
カードホルダーからアンサモンカードを取り出す。
ゆっくりとお母さんとドラゴンの方へ歩いていく。
近付けば近付くほどに、ドラゴンの皮膚がゴツゴツとした岩のようだとわかる。
「術者ミズキ=エアフィードの名の下に――溶解竜よ、その灼熱の暴虐な力をこの札に宿らせよ」
詠唱を終えてアンサモンカードをドラゴンの方へ投げると、ドラゴンの大きな体はたくさんの光の粒となって、カードの中へと入っていく。
「どうだった、初めての封印は」
腰が抜けてその場に座り込んでしまった私に、お母さんは手を差し伸べながら聞いてきた。
白くて、指も長くて、すごくキレイな手。
「よく、わからないよ……」
「そっか。私が手伝っちゃったものね」
困ったように笑う。
でも。
「すっごく嬉しかった……よ」
あれ?
急に眠くなってきた。
目の前が歪んでいく。
「疲れちゃったのね」
「いやだ、よ……せっかく、会えた、のに……」
いやだ。
眠りたくなんてないよ、お母さん。
「心配しなくても大丈夫よ。私はずっと――」
――近くで見守ってるから。
突然の次回予告!
リディアの平穏な日常を突如として奪い去ったのは、一匹のドラゴンだった!
彼女は養成校時代の友人と共に街へ訪れたドラゴンを倒すことに……!
次回「リディアとメフィの共闘」
お楽しみに!