ミズキと初めての封印①
お母さんの夢を見た。
リディアお姉ちゃんみたいな金色の長い髪は少しだけウェーブしていて、優しそうな目も同じように金色。
すごくキレイで、すごく優しそうな顔だった。
「おはよーミズキちゃん」
でも。
お姉ちゃんにそのことを言ったら、少しだけ悲しそうな顔をしていた。
「ミズキちゃん?」
なんでだろう?
「ミーズーキーちゃんっ!」
「わわっ――エリーちゃん?」
「もう、さっきからずっと声、かけてたんだよ?」
「あ、ごめんね。少しだけ考えごとしてたから……」
「ミズキちゃん」
うう、心配そうな顔をさせてしまった。
せっかくのお出かけなのに、こんなんじゃダメだよね。
「ごめん、もう大丈夫。それよりもさ、今日は山の方まで行って召喚獣を封印しに行くんだよね?」
「うん。だからね、お父さんからアンサモンカードをもらってきたの」
エリーちゃんはうれしそうに肩から掛けている赤いポーチから、同じように赤いカードケースを取り出して、中から一枚のカードを見せてくれる。
本来なら絵が描かれている部分は真っ白で、そこと文字が書かれた部分とを分けるように、それぞれが金色の枠で囲われている。
それを見ると、やっぱり私の持っている“あのカード”はアンサモンカードじゃないんだと、よくわかる。
「ミズキちゃんは?」
「うん。私も前にお姉ちゃんからもらったのが何枚かあるよ」
「えへへ、楽しみだね」
「そうだね。それじゃ、早く行こっか」
「うんっ」
私たちは待ち合わせ場所の噴水広場から、学校とは反対方向へ歩き出した。
そこから続いてる家がたくさんある道を抜け、そこからしばらく歩いた先に目的地の山があります。
行くだけで疲れそうですが、頑張ります!
◇
《リュードウ山》と書かれた看板が道の傍に見えてくると、私もそうであるように、エリーちゃんも疲れが吹き飛んだみたいです。
「ミズキちゃん、入り口が見えてきたよっ」
「うん、そうだね」
「わあー、ドキドキしてきちゃった!」
「私も!」
でも。
どんな召喚獣に会えるのだろう、という期待と同じくらいに、不安な気持ちにもなります。
お姉ちゃんは「奥まで行かなければ大丈夫」と言っていたけど、召喚獣を相手にするなんてこと、生まれて初めての体験なんです。
「ミズキちゃん、頑張ろうね」
エリーちゃんが私の手を握ってくる。
気のせいか、少しだけ震えている気もします。
「エリーちゃん……うん。頑張ろうね」
その手を握り返してから私たちは、大きな木がいっぱい生えている山道へと歩き出した。
思っていたよりも道は歩きやすくて、なんだかお散歩をしているみたいです。
ときどき吹いてくる風が心地よく、枝や葉っぱの揺れる音も穏やかです。
「召喚獣さんたち、出てこないね」
「まだ入ったばっかだからかな?」
穏やかな音といっしょに、鳴き声のような声も聞こえてくる。
けどエリーちゃんの言う通り、私たちはまだ一匹の召喚獣とも出会ってません。
きっと隠れてるのかな?
「ね、ねえミズキちゃん、あれっ」
周りの草かげとかを見ていると、急にエリーちゃんが私の腕をひっぱってきた。
「どうし――あっ」
少しだけ興奮ぎみなエリーちゃんが指さす道の先に、白い毛なみの赤い目をしたウサギがいました。
だけど。
街で見る食用のウサギとは違って、ずいぶんと大きいようにも見えます。
「ミズキちゃんあれって、もしかして……」
「たぶん、召喚獣だよ、ね」
少し大きいウサギかもしれないけど。
「ど、どうしよう」
「封印してみようよ。そのために来たんだし」
封印するには確か。
召喚獣に召喚士としての力を見せつけて認めさせる必要がある、とリビエラ先生が言っていた気がする。
つまり、まずは闘う必要があるんだ。
「エリーちゃん、やろう!」
「う、うん」
足に巻いた帯に付けたカードケースから鉄剣のカードを取り出し、それを右手で持ちながら腕を前に突き出す。
「術者、ミズキ=エアフィードの名の元に――無骨なる鉄塊よ、我が呼びかけに応え、その姿を具現せよ」
思い描いた剣の柄が、持っていたカードの代わりに右手のひらに収まる。
青白い光の渦が消えると、ウサギの召喚獣は危険をかんじたのだろうか。
可愛らしかった頭が四つに割れる――え?
「きゃあああ――ミズキちゃん、ウサギさんの頭が割れちゃったよぉ?!」
「いやエリーちゃん、あれは召喚獣だよ」
私もびっくりしたけど……。
「ミギャー!」
ものすごく怖い鳴き声を上げると、まるで花みたいに開いた頭をそのままに、こっちへピョンピョンと跳ねながら駆け出してくる。
よく見たら開いた四つの花びらの部分にはそれぞれ、すごく尖った小さな歯がぎっしりと生えています。
可愛らしいウサギと同じ動きなのに、見た目の方はすごくおっかない。
やっぱり召喚獣は少し、ううん。すっごく怖いです。
でも。
「やるしかないよっ!」
「ミギャギャー」
並んで立ってたエリーちゃんよりも前に立ち、向かってくる召喚獣を迎え撃つことにする。
怖いからかな。
それ以上、うまく足が動かない。
だんだんと近づいて来る召喚獣の恐ろしさに、両手で持った剣の刀身が震えているのがわかる。
「ミギャっ!」
突然、大きく飛び跳ねた。
一気に恐ろしいお花が近づいて来る。
怖い、すごく。
でも。
学校で剣術だって習ってるんだ。
落ち着けば――やれる!
「はああ――」
大きくじゃなくて、小さく。
相手の動きに合わせて。
斬った瞬間を想像して――振り下ろす!
「――ああっ!」
でも。
想像とは違う光景が広がる。
振り下ろそうとした剣は途中で静止させられた。
開いていた花が閉じ、剣の刀身をくわえこんでる。
止められた?
「ギャギャ」
すごい力。
でも。
そのまま振り下ろせば、斬れるかもしれない。
「はあっ!」
「ギャッ!」
ダメだ。
吐き捨てるように、くわえられた剣がそのまま横に受け流されちゃう。
「ミギャーッ!」
あ。
赤い花が、目の前に――
「ミズキちゃんっ!」
「わわっ?!」
エリーちゃん?
「ミギャ――」
あれ、どうして私は横に倒れてるんだろう?
それに、どうしてあの召喚獣の口に剣が刺さってるんだろう?
「いたた……て、エリーちゃん?」
ああ。
そっか、エリーちゃんが私を押し退けて召喚獣の口に剣を刺したんだ。
エリーちゃん、すごいな。
「大丈夫、ミズキちゃん?」
「うん、ありがとう。それより早く、封印」
「あ、うんっ」
剣が刺さって動かなくなった白いウサギのような召喚獣の体に、エリーちゃんはアンサモンカードを置く。
「術者、エリアル=ハールセンの名の元に――召喚獣さん、カードになって下さい!」
エリーちゃんは私の詠唱を変わってるというけど、私はエリーちゃんの詠唱もすごく個性的に思える。
すると、召喚獣の体はたくさんの白い光の粒に変わっていき、次々にカードの中へと入っていく。
「や、やった……ミズキちゃん、私っ」
「うん。すごいよエリーちゃん、初めての封印だね!」
「えへへ、やったよぉ」
嬉しそうだけど、なんだか少しだけ涙ぐんでいるようにも見える。
起き上がって地面に置いたままになっているカードを手に取り、それをエリーちゃんに渡してあげる。
「エリーちゃん」
「ミズキちゃんがいなかったら私、うまく出来なかったよ、きっと」
「そんなことないよ。助けてもらったのは私の方だし」
「ううん。ミズキちゃんが前に立ってくれたから私、落ち着けたんだよ」
「そっか。なら、よかった」
「えへへ」
初めての召喚獣との闘いは、やっぱり少しだけ怖かった。
でも。
エリーちゃんともっと仲良くなれたような気がします。
「それじゃ、これからどうしよっか」
「もう少しだけ続けよう、ミズキちゃんはまだ封印してないもん」
「いいの?」
「うん。そのために来た、でしょう?」
「ありがとう」
いつもはおっとりとして見えるエリーちゃんが、今はすっごく頼もしく思えます。
これが封印をしたことのある人と、したことのない人との差でしょうか?
なら私も――
「ガアアア――!」
その時。
私たちの笑い声をかき消すほどに大きく、恐ろしい鳴き声が頭上から聞こえてきました。