ミズキと屋台通りの魔女
本日さいごの授業は召喚術の実技です。
クラスのみんなと演習場へ向かうと、リビトス先生は私たち全員に一枚のカードを配ってくれました。
「いま配ったのは鉄剣のサモンカードです。名前の通り、そのカードに封印されているのは一般的な剣です。こういったカードは姿写型や付与型での召喚は原則として出来ません」
エリーちゃんのスノーボーラーも同じようなものなんだろうか。
あれ、エリーちゃんの顔がちょっとだけ赤い?
さっきのことでも思い出したのかな。
「それでは実際に召喚してみましょう」
先生の合図でみんなは一斉に召喚をし始める。
そこらから青白い光の渦が起こり、少しだけ暗かった演習場が外よりも明るくなっています。
て、私もやらなきゃ。
「術者、ミズキ=エアフィードの名の元に――無骨なる鉄塊よ、我が呼びかけに応え、その姿を具現せよ」
詠唱を開始した直後は朧げな形だった、頭に浮かんでくる剣のイメージが徐々に鮮明になって行き。
詠唱が終わる頃には、前へ出していた私の右手にはイメージ通りの剣が現れる。
私には少しだけ長過ぎる鈍い銀色の刀身。
付け根にはくすんだ金色の装飾。
右手で握っている土色の柄はまずまずの握り心地だけど、思ったよりも硬いかな。
「ミズキちゃんの詠唱って、ちょっぴり変わってるよね?」
「え、そう、かな?」
お姉ちゃんの真似をしてるだけなんだけどな。
「うーん、少しだけ難しい言葉とか使ってるし。でもね、すごくカッコイイと思うっ」
「ありがとう」
確かに難しい言葉を使っていると、自分でも思ってる。
ブコツとかテッカイとか、意味はわからない。
でも。
自然と頭に浮かんできて気がつくと、意識せずに言葉に出している。
お姉ちゃんにも驚かれたけど、それ以降は何も言われたことはないし、特に気にしてこなかった。
「それでは次に、反召喚をして剣をカードに戻してみましょう」
反召喚の時は特に詠唱はいらない。
頭の中で召喚したモノとの契約を解消すれば、自然と消えていく。
私も鉄剣との契約を解除すると、握っていた剣はたくさんの白くてキラキラと光っている小さな粒になって、どこかへ飛んでいく。
今度は演習場が白い光に包まれる。
すごくキレイです。
「皆さん出来ましたね。それでは次は――」
そのあとも、いろんなカードを使って召喚術の実技をした。
姿写型の実技では小さい火の玉みたいな召喚獣を出したり、付与型の実技では低級の風の精霊さんの力を貸してもらったり。
火の玉みたいな召喚獣はファーボという名前らしく、触ったら火傷しちゃうと言われて少し残念です。
黄色い小さな目が可愛らしいのに……。
風の妖精さんの名前はエア。
風が吹いているような絵しか描かれていませんでしたが、先生が言うには実体のない妖精さんらしいです。
いろいろな特徴があるんだな、と思いました。
◇
「――みたいなことがね、今日、学校であったんです」
「へえ、今は養成校も親切になったもんだねえ」
私はいま、学校からの帰り道の途中の屋台通りで呼び止められたメフィさんに、今日あったことを話してあげている最中です。
「昔は親切じゃなかったんですか?」
「そーだよ。私の時なんか、授業で使う召喚札は自分で調達してこなきゃいけなかったんだから。そりゃもう、大変だったわよ」
「自分で?」
「そ。“少し”前は今ほど召喚士が多くなかったからね。低ランクの召喚札も高かったのよ?」
「昔は大変なんですね」
「そうよ、“少し”前は大変だったのよ」
「昔じゃなくてよかったです」
「あはは――わざとやってる?」
何故でしょうか。
メフィさんの顔は笑っているのに、少しだけ目が怖いです。
「それはそうとさ、こんな所にいてもいいの?」
「え、何がですか?」
「だってあんたリディアに、私とは近付くな、って言われてるんでしょう? 呼び止めた私が言うのも難だけどさ」
「あ、忘れてました!」
「おいおい」
でも。
「私、メフィさんとお話ししてるの好きなんです」
「へえ。そんなこと言ってくれんの、あんたくらいよ?」
少しだけ笑ってるメフィさんが、なんだかさみしそうに見える。
「ここいらで私がなんて呼ばれてるか、あんたも知ってるでしょう」
「魔女、ですか」
「そ。忌み嫌われる、魔女ね」
私には意味まではわかりませんが、この通りにあるお店屋さんの人も、ここに来る人たちも。
みんなメフィさんのことを「魔女」と呼んでいる。
「どーしてなんですか。魔女ってダメなことなんですか?」
「まあね。悪いっていうか、気味悪がられてるわけよ」
「キミワル?」
「あーなんていうか……怖がってる、みたいなものよ」
「メフィさんは怖い人じゃないですよ?」
「ふっ、ありがとね」
頭を撫でてくれますが、やっぱりメフィさんの顔はさみしそうに思えます。
泣いてはいませんが、赤い瞳は細められてて、私を見ているようには見えません。
「そーだ。いい子のミズキには、魔女からプレゼントをあげちゃおうかな」
「プレゼント?」
突然さみしそうな感じが消えると、メフィさんは黒いスカートのポケットから一枚のカードを取り出して、それを私の前に差し出してくれます。
「わあ、キレイな絵」
「これはね、無害毒という召喚獣が封印されてるの」
「アンポンタン?」
「そんな使い古されたギャグ、どうして知ってるのよ?」
「え?」
「ま、まあいいか」
そのカードには、紫色に輝く池みたいな絵が描かれています。
「ただし、このカードを姿写型で召喚しちゃダメよ?」
「どうしてですか?」
「そこらが水浸しになるからよ」
「わ、わかりました」
「付与型で使うのがオススメね」
「どんな効果なんですか?」
「それを召喚させとくとね、どんな毒も打ち消してくれるのよ」
「毒を、ですか?」
「そ。毒よ」
使う時が来るのでしょうか?
「でも、ありがとうございますっ。大切に使います!」
「ん。そんじゃ遅くならない内に早く帰りな」
「はい。それじゃ、また明日」
「はいよ」
やっぱりメフィさんは、怖くも魔女でもなく、とってもいい人です。
みんなも早く、それがわかって欲しいな。