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ミズキとひとつの心配事


 黒板の前に立つリビトス先生は今日も、飽きることなく呪文を唱えています。


召喚術(サモテック)の基本となるのは、三つの召喚型(サモンタイプ)です。一つは姿写型(ノーマル)。これは召喚札(サモンカード)封印(ロック)されている召喚獣(モンスター)をそのまま召喚(サモニング)させる方法のことです」


 前に聞いたことのある呪文だ。

 効果は睡魔を呼び寄せる。

 あ、アクビ出ちゃった。


「二つ目は付与型(フォース)。これは封印されている召喚獣の特性に沿った力を術者(マスター)の身に付与する方法のことです」


 あれ、先生が二人いる?

 嫌だよそんなの。

 一人だっておっかないのに。


「三つ目は具現型(ウェポン)。これはその名の通り、召喚獣を武器や防具として召喚する方法のことです。こっちの方法でも付与型同様、召喚獣ごとに剣だったり鎧だったりと――て、ミズキさんっ!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「先生の授業、そんなに退屈なのかしら?」

「いや、その……前に聞いた内容だったので」

「そう。それなら――召喚獣を封印する際に用いる、空の状態の召喚札の名称はなんと呼ばれているのか、わかるわよね?」


 空の召喚札?

 えっと、なんだったっけ。

 ついさっき聞いたような気が……ん、エリーちゃん?

 あ、そうだ!


「アンサモンカード、です?」

「あら、ちゃんと覚えていたのね。疑問形だったのが怪しいけど――まあいいでしょう、その通りよ」


 目でエリーちゃんにお礼を言う。


『ありがとう』

『どういたしまして』

「ミズキさんどうかしたの? 目にゴミでも入ったのかしら?」

「い、いえ、大丈夫ですっ」

「そう」


 やっぱり先生はおっかないよぉ……。




 ◇




 ここ、ダルクムント召喚術士養成学校――やっぱりちょっと長い名前だよね――のお昼休みには、生徒なら誰でも無料で利用できる食堂が解放されます。

 メニューはたくさんあって、今年の芽吹きの月に入学をして以来、未だに食べたことのないメニューは山のようにあります。

 でも。

 私はいつも決まって同じメニューを注文します。


「こんにちは」

「はい、こんにちは。ミズキちゃんは今日もホワイトシチューとパンでいいのかい?」

「はいっ」

「いい返事ね。それじゃ、横で待っててね」


 食堂のおばさんはとても良い人です。


「こらっ、キャッツども! 次つまみ食いしたらあんたらを食べてやるって言わなかったかいっ?」

「シャーッ!」

「いい度胸じゃない、かかっておいでっ!」

「ニャギャー!?」


 厨房の奥からすごい音が聞こえてきますが、周りの人たちによると「また」だそうです。


「ニャー」

「えっと、フライフィッシャーの定食でお願いします」

「ニャニャー」


 エリーちゃんの注文を聞いているメイキャッツさん――おばさんの召喚獣らしいです――の被っている、細長くて白い帽子の下に見える大きなタンコブは気のせいでしょうか。


「ごめんね、あなたも横で待っててちょうだい」

「は、はい」


 いつの間にかフライパンを手にしているおばさん。

 もしかして、あれで?


「あのニャンコさん、かわいそうですよね?」

「う、うん……」


 おばさんってもしかして、本当は怖い人?


 昼食を食べ終わった私とエリーちゃんは学校の中にある、演習場と呼ばれている場所に来た。

 大きな灰色の四角い石が九つ敷かれたこの場所は、召喚術の実技を行う際に何度か来たことがあります。

 先に来ていた人たちも何人かいたけど、私たちはその空いたスペースに立ち、期待に胸を膨らまさせている最中です。

 その理由(わけ)は――


「エリーちゃん、早く」

「う、うん。なんだか上手くできるか心配で、少し緊張しちゃうよぉ」

「エリーちゃんなら大丈夫だよ」

「ありがとう。それじゃ、やってみるね」


 今朝見せてもらったサモンカードを使って、エリーちゃんが召喚術を行うからです。


「ふぅ――術者エリアル=ハールセンの名の元に、封印されし獣さん、その姿を見せて下さいっ!」


 エリーちゃんの少しだけ調子外れの声が演習場に響く。

 でも、なにも起こらない。

 それどころか、召喚術を行う際に術者を取り巻くようにして発生する、青白い光の渦みたいのも起きてなかった。


「ミズキちゃん」


 泣きそうな顔で見られても、私にもどうして失敗しちゃったのかわからないよ。


「ちょっといい?」


 どうしよう、と考えていると。

 急に知らない女の人に声を掛けられた。

 背が高くて、白い髪を後ろで一本に結いてる。

 お姉ちゃんに負けないくらい、すごくキレイな人だ。


「ああ、スノーボーラーか。このカードは少し特殊でね。姿写型では召喚できないんだよ」

「そ、そうなんですか?」

「それより……これは誰から?」


 どうしたんだろう。

 女の人の顔が少しだけ引きつって見える。


「あの、お父さんにもらいました」

「父親にこれをっ?!」


 お、驚いてる……しかも、すごく。


「な、なにかいけなかったんでしょうか?」

「いや、いけないというか……その、失礼を承知で申すなら、だな。君の父親の常軌のほどを疑ってしまうよ」

「ジョーキ?」

「ん、ああ、すまない。言葉を変えるなら、自分の娘になんて物を着せようとしているんだ、ってところだな」


 着せる?

 あ、そうか。


「エリーちゃん。ちょっと具現型で召喚してみてよ」

「う、うん」

「いや、ちょっ――」

「獣さん、姿を変えて出てきて下さいっ」


 うん。

 今度はちゃんと光の渦も出てるね。

 でも、なんで女の人は焦ってるんだろう?


「え?」

「きゃああああっ?!」


 光の渦がすごい輝きを見せたあと、エリーちゃんは胸と腰にフワフワの白い毛玉のような物を身に付けただけの、ほぼ裸と同じような格好になっていました。



「すまなかったな。私がきっちり説明していれば、あんな辱めを受けさせずに済んだというのに……」

「い、いえ。悪いのは私のお父さんなんで……」


 あのあと急いで反召喚(リバース)をして、エリーちゃんは元の制服姿に戻った。

 けど。


「それを言うなら、私がエリーちゃんに余計な指示さえしなければこんなことには……」


 はあ。

 あれ、溜め息したタイミングが三人で揃った?


「ぷっ」


 私が吹き出してしまうと、エリーちゃんも女の人も一緒に吹き出して笑い合う。

 あ、そうだ。


「あの名前、聞いてもいいですか?」

「ああ、私は三年のクレアだ。君たちの方も、良ければ聞かせてくれると嬉しい」

「もちろんですよ。私はミズキです」

「あっ私、エリアルといいます。エリーと呼んで下さい」

「ミズキさんとエリーさんか。うん、改めてよろしく」


 やっぱりキレイな人だな。

 それに、三年生ともなれば召喚士としての実力だって相当すごいはず。

 憧れちゃうなあ。

 私もいつか、クレアさんのような女性になれるのかな。

 でも。

 このまま身長が伸びなかったら、それも諦めなくちゃいけなくなるよね、多分……。

 さっき見たエリーちゃんの体、いつもは制服で隠れてたけど、すっごく成長してたし。


「むう」

「ん、ミズキさん?」

「あ、いえ、なんでもないですっ」


 自分の将来が、ちょっぴり心配です。

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