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A Greater Power than We Can Contradict -抗うこともできない大いなる力-

 半年たっても状況は変わることなく。むしろ悪化し続けた。

 当人同士の対話では埒が明かぬと判断。王は再びモンタギュー伯爵とキャピュレット伯爵を召喚した。




 ◇




 謁見の間には、両伯爵だけでなく主だった貴族や大臣たちまでもがそろった。

 ジュリアスとロミルダも事件の当事者として呼ばれている。

 宰相が両伯爵に対し最後通牒を突きつける。


「モンタギュー伯爵および、キャピュレット伯爵。なぜこのような場を設けることになったかは分かっていることでしょう。

さて、半年前に貴方方には王命が下されたはずです。両家の不仲を早急に改善せよ、と。ですが一向に変化が見えません。これは王の命を否定していると解釈してもよろしいのでしょうか? つまり、王家に対して叛逆の意志があると?」


 宰相ケントの冷たい宣告に、両伯爵は慌てて釈明する。


「い、いえ、そのようなことは決して……」


「私は王命に従おうと手を打ちました。しかしながら、モンタギュー伯が応えぬのです」


「なにを……っ。それはこちらの台詞だ。我が方から歩み寄ろうともすべて無視しおって」


 その姿は無様としか言いようがない。王に己の見解を奏上すべき場においてさえいがみ合わずにはいられないのだから。

 ここに見届け人として集められた国を動かす高位貴族や官吏は、この場において今までの考えを変えさせられた。

 すなわち、忠誠も誇りも互いの前では簡単に捨てられるほど、彼らにとっては軽いものでしかなかったのだと。この場の誰もが冷たい視線で彼らを見据える。


「黙りなさい。貴方方の考えがどうであれ、変わっていないどころか悪化しているというのは客観的な事実です。現に流通への影響が大きく、王国の経済は痛手を受けております。これ以上、貴方方の自主性に任せておくわけにはいかにのですよ」


「宰相の言うとおりだ。お前たちが態度を改めぬというのならば、王権を用いて勅命を下し、最悪お前たちの領地を王家直轄にすることも視野に入れておる。心して臨め」


 さすがに二人の態度に耐えかねたのか、初めは傍観の姿勢を見せていた国王リアも口をはさむ。


「どうやらわしのお前たちに対する認識は甘く、理解しきれていなかったようだ。両人、この場で互いに言いたいことはすべて言え。不敬には問わぬ。だが、今日この場でもってすべての問題を解決してもらう。良いな」


 リアの言葉に両伯爵はかしこまるが、その下げた頭の下では互いを横目に睨み合う。これにはリアもケントも呆れるばかりだ。

 公の場であることも忘れて溜息をつきたくなる。


「まずはモンタギュー伯爵の言い分から聞きましょうか。ああ、キャピュレット伯爵はモンタギュー伯爵の発言中、一切の発言を禁じます。貴方方が直接言葉を交わすことを許せばと何も進まないのはこの半年でよく分かっておりますので。よろしいですよね、陛下」


 ケントの確認にリアは鷹揚に頷いた。


「ではモンタギュー伯爵、貴方は両家の不仲の原因は何だと考えているのですか? どのような条件ならばキャピュレット伯爵家と歩み寄ることができますでしょうか?」


「はい。我々モンタギュー家は…………」




 もう何時間も話し合いが続けられているが、いっこうに終わる気配がない。

 痺れを切らしたのはどちらが先だったのか、もはや怒鳴り合いとしか言えないような言葉の応酬になってしまっている。

 国王が言葉を挟んで落ち着かせようとも、またすぐに熱くなって聞くに堪えない罵り合いをする。

 このままでは埒が明かない、明日にでも仕切りなおすべきだ。両伯爵の醜い争いの場に立ち会っていた誰もが、そう考え始めたその時だった。


「もうおやめください!」


 凛とした声が暗く淀んだ空気を切り裂いた。


「お二人はどうしてそんなにも醜くいがみ合うのですか。それこそが代々の誇りを貶めていると何故気が付かないのですか」


 ロミルダの瞳は潤み、悔悛の思いを浮かべていた。


「わたくしがいたから、わたくしがジュリアス様に出会い惹かれたからだと仰いますか。

それなら、わたくしがいなくなればもう争わないのですか。わたくしさえいなければ罪なき民草を巻き込んだ諍いをすることはなくなるのですか!」


 ロミルダはそう言って懐から淡紫色の小さな硝子瓶を取り出した。

 振るえる声が二人の伯爵に哀しげに訴える。

 ロミルダは静かに己が父と、そして自らの愛する者の父親を見据えた。


「わたくしはここで消えましょう。だからどうか、もうこれ以上互いを憎み、争わないでください」


 震える手で瓶の中身を一気に煽った。

 ロミルダの手から硝子瓶が零れ落ちる。床にぶつかり砕け散る。ロミルダの体が崩れ落ちた。


「ロミルダ!」


 ジュリアスの悲痛な叫び声が謁見の間に響き渡る。

 ジュリアスは倒れ伏すロミルダに駆け寄った。ロミルダの傍らに膝をつく。ロミルダは抱き上げられてもピクリとも動かない。

 まるで時が止まったかのように。壊れてしまったかのように。

 伯爵も、王も、王子も、大臣も、貴族も、騎士も、誰も彼も動けない。ただ、ジュリアスの時だけが進み続ける。


「どうか眼を開けてくれ、ロミルダ!」


 ジュリアスはロミルダを抱きしめた。

 胸に手を当てても、ロミルダはピクリとも動かない。ロミルダがジュリアスの願いを叶えることはないのだ。


「ああ、ロミルダ。どうして君がこのような目に合わねばならないのだ」

 

 ジュリアスの眼から涙が零れ落ちる。


「なぜ愚かな父たちが負うべき責を自ら引き受けるのだ」


 ロミルダの手の甲が涙に濡れた。

 ロミルダの周りには硝子の欠片が輝いている。砕け散った硝子はもう二度と元の美しい姿を見せることはない。


「君は優しすぎるよ、ロミルダ」


 悲しそうに、だが愛しむように淡く微笑む。

 名残惜しむように、この現実を認められないというように、ジュリアスはロミルダを強く強く抱きしめる。己が命をまだ温かいその身に移さんとばかりに。

 ただただひたすらにそのかいないだく。


「でも、そんな君を私は愛したんだ。共にいたいと願わずにはいられないほどに」


 とめどなく流れる涙をぬぐうこともせず、そっとロミルダに口付けた。何かを覚悟したような色を瞳に載せて。


「許してくれ、ロミルダ。君がいない世界は、黒と白だけのとても寂しい世界なんだ」


 ロミルダを抱きしめたまま立ち上がる。そんな言葉にすら誰も声を挟めない。


「だから、君と共に眠るよ。君のとなりで。君が、ロミルダが私を置いていったのだから。このくらいの我が侭はいいだろう?」


 笑顔をたたえて、もう動かぬロミルダにそう告げる。その笑みからは、悲しき喜びがあふれていた。


「いこう、ロミルダ。そして私たちの願いを、幸せを叶えよう」


 腕の中のロミルダを抱き上げ、そっと静かに立ち上がった。

 ジュリアスはロミルダから目を離す。そして王を見つめた。玉座の王を。

 その瞳の先にあるのは暗い闇なる幸福か。


「陛下、御前失礼いたします」


 一礼すると謁見の間を後にした。

 扉をくぐり姿を消す。それはまるで栄光へつながる門のようにも見えた。

 ジュリアスのその姿が見えなくなるまで、誰も声を上げることすらできなかった。




 ◇




「お前たちは、今のを見てなんとも思わぬのか? お前たちがいがみ合う故に何の関係もないお前たちの子が、あのようなことになってしまったのだぞ! あれほどまでに思いあった者たちを引き裂かねばならないほどお前たちの互いへの憎しみは大きなものなのか、そんなにも重要なものなのか!」


 もはや場には伯爵たちを擁護する味方は一人としていない。あれほどの深い思いと、そのやさしさを目の前で見たのだ。何も関わっていない我が子に背負わせるなど恥ずべきことだ。

 あれほどまでに心優しく正しい二人なら、将来この国によく仕えてくれたのではないかと思うと、彼らの出した損失は少なくない。

 誰もが下らぬ争いを終わらせることができなかった両伯爵に冷たい視線を向ける。


 モンタギュー伯爵もキャピュレット伯爵も、もはや抗えないのだと悟らざるを得なかった。


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