Adversity's Sweet Milk ー逆境を慰める甘美なミルクー
モンタギュー伯爵家嫡男とキャピュレット伯爵家嫡男が街道で乱闘騒ぎを起こしたという噂は、瞬く間に広まった。問題を起こしたのが共に伯爵家という位の高い者たちであったことに加え、それ以前から不仲が問題視されていたということもあり、報告は国王にまで上げられた。
報告を受けた王は早晩、両家当主を呼び出し王命を下した。
「今まで幾度となく忠告してきたはずだ。両家の不仲はお前たちだけの問題ではないと。最近では以前よりも両伯爵領間の移動の制限が厳しくなったと、多方面から苦情も出ている。お前たちの領地はこの国でも大きな街道を持っているため、問題は王国全土に波及することは分かっているだろう? ここ数年の制限強化により、国の経済に影響が出始めている。何度も忠告をしたはずだ、せめて商人の制限だけでも緩和せよと。
だが、これまで目立った問題は起こしてないからと強くいうことは避けてきた。どうやらそれは間違いであったようだな。此度の事件、誠に遺憾に思う。まさかこの王都で伯爵家の者たちが乱闘を起こすなど。前代未聞である。
確かに罰を受けるべきは手を出した者たちだろう。しかし、事件の大本は確実に両伯爵家の連綿と続く不仲であると断言できよう。
ゆえに、命ずる。
モンタギュー伯爵、及びキャピュレット伯爵よ。お前たちがいがみ合う原因をなくし、両家の仲を良好にせよ」
◇
王命が下されても状況は変わらない。いや、むしろ悪くなったとさえいえる。
どちらも向こうが歩み寄ってきたらこちらも対応する、と言う態度なのだ。良くなりようがない。
互いに話し合おうと書状は出せども相手の都合に合わせる気はなく、未だ一度として対面での話し合いは持たれていない。書状でのやり取りも相手の言い分を聞く気がないような文面ばかりがやり取りされている。
王命が下ったために仕方なく形式だけの対話をしていると言われても仕方のない状況だ。国王としても両家で論議がなされているため、勅命をもって事態を無理矢理解決するのも憚られる。
そもそも、なぜモンタギュー伯爵家とキャピュレット伯爵家がいがみ合うか誰も知らないのだ。
とある歴史書によると建国当時からそりが合わず、諍いが絶えなかったという表記すらあるのだ。なぜ両家がそんな態度でありながら伯爵という高い地位に叙爵されたのかはイクスピア王国の七不思議の一つと、高官たちの間でまことしやかに囁かれている。
それでも両家の王家や王国に対する忠誠心は高く実績も多々あるため、この仲の悪ささえなければ侯爵になっていたかもしれないとまで言われている。
何はともあれ代々仲が険悪で、互いを目の敵にする理由など失われて久しい。であるからこそ両家が手を取り合うのは、不可能と表現しても大袈裟ではないほどに困難なことであった。
◇
王命の下った数日後、乱闘の原因となった者たちから話を聞くという名目でジュリアスとロミルダが王宮に呼び出された。実態は二人の保護である。
二人が王の応接間に入ると、王とハムレットのほかに見知らぬ初老の男性がいた。その男性は人の良さそうな笑みで二人を迎え入れた。
「貴方方が今回の下手人ですか。素晴らしく愉快な策を奏上し成功させたと聞き及んでおりますよ」
この人にも話は伝わっているようだが、ジュリアスとロミルダには誰なのか見当がつかない。
この場に臨席するということは高位の文官か、それとも高位の貴族なのか。
大きな祝宴などに一切出たことがなかったことが裏目に出た。こちらの顔は知られないが、裏返せば主要な貴族や高官の顔を知ることができない。
二人は焦りを表皮の下に押し隠し、相手の名を問うた。
「お初にお目にかかります。私はジュリアス・キャピュレットと申します。ジュリエット・カプレーティとしてハムレット殿下にお仕えしております」
「同じく、ロミルダ・モンタギューと申します。ハムレット殿下のお側に上がるときは、ロミオ・モンテッキと名乗っております。物知らずでお恥ずかしいのですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「私はケント・ポローニアスと言います」
「これは、宰相様でしたか」
その男性は当代の宰相、ポローニアス侯爵であった。かの宰相は王より高い信頼を寄せられていることで有名である。
言われてみればむしろ、今まで彼が同席しなかったことの方が今思えば不思議だ。
「それで、どうするつもりなのだ? わしもまさかここまでとは思っていなかったぞ」
「そうですね、これで何とかなればと思っていたのですが、儚い希望だったようです」
「最後までやらなければやはり駄目なようですね」
「なに? まだ策があるというのか?」
「ここから、もしこの状況が続けば家がつぶれるというところまで持っていけたらと考えております」
その言葉に確かに、と皆が頷いた。
「その位しないとどうにもならないのではと思っていましたが、本当にそうだとはと呆れています」
ケントの辟易した様子から、両家の確執が国益を損なう問題であったことが窺い知れる。
「それでどうするのだ?」
「はい、——————」
「では、事が終わるまでお前たちの身柄は私預かりとしよう」
「御意に」
「御意に」
王家と宰相が同席する中、ジュリアスとロミルダは深々と頭を垂れたのであった。
それにしても、と雑談の口調でケントがジュリアスとロミルダに声を掛けた。
「お二人とも見事なものですね。以前ロミオとジュリエットを見かけたことがありましたが、お二人と同一人物だといわれなければわかりませんでしたよ」
ケントは純粋に感嘆し、二人を褒めた。
しかし二人はその賞賛を微妙な顔で受け止める。特にジュリアスは非常に嫌そうだ。
ジュリアスはジュリエットの口調で答えた。
「……気づかれたらその時点で生き恥をさらすも同然ですもの。必死にもなりますわ」
「……これは、余計なことを申し上げてしまいましたね」
さすがに宰相様もばつの悪そうな顔になる。
「いえ、すべてはハムレット殿下が悪いのです。宰相さまに気遣っていただかなくとも」
「おま、悪かったってば」
先日のことで父や兄から叱られたのだろうか、ハムレットはその非難に詫びの言葉を口にする。
それでも部屋中の非難の視線がハムレットに集まるのであった。
と、その非難をごまかすようにハムレットがジュリアスに声を掛ける。
「というか、同じ男として聞きたいのだが、男の格好をした彼女から迫られたり、男の格好をした彼女に迫ったりすることに何とも思わないのか?」
さすがにこの問いには感情を隠せなかったのか、ジュリアスは顔も声色も歪ませた。
「ロミオとジュリエットでやっている時は互いに冗談ですからとくに何とも。ロミィはどんな格好をしていようとロミィです。愛しい恋人であることには変わりません。愛の前には性別など些細な問題です」
「それは普通同性愛者のセリフである気もするが」
その突込みに、ジュリアス以外、ロミルダも含めて全員が思わず噴き出した。
「ロミィ、お前まで笑うことはないだろう」
「あ、ごめんなさい。思わず……」
「それ以前にハムル様、貴方にだけはそれを言われたくありません。そう思うならいい加減女装をやめさせて下さい」
「え、面白いのに」
「え、面白いのに」
ハムレットとロミルダの声が重なった。
そのロミルダの反応に、国王たち三人は興味深そうにした。
ジュリアスはがっくりとくずおれる。
「ロミィ、お前もか」