Wherefore Art Thon Romeo? -どうしてあなたはロミオなの?-
パーティーが終わり、ジュリアスは自分の部屋のバルコニーで涼んでいた。欄干にもたれかかり、美しく輝く星を見上げる。
今日のパーティーはなかなかに楽しめた。パーティーに参加したのも久しぶりである。楽しめたことなど今までに数えるほどしかない。
自分たちを囮にすることが目的であったとはいっても、やはり気心の知れたものと共に華やかな場を過ごすのは楽しいものだ。家の関係のことでは嫌な緊張を強いられることしかなかったから。
だが、と胸の内でつぶやく。
パーティーという場であることと、どこを聞かれてもいいようにということから、大袈裟な台詞ばかりになってしまった。
今思えば顔から火が出るほど恥ずかしい。もう少し普通の言葉で良かったか、いや、一目ぼれの設定なのだからやはりあれくらいは必要だ。
互いに演技と判り切っていたとはいえ、面映ゆいものがある。明日顔を合わせる時までには平常心を取り戻しておかねば。
でも、きっと—————
「今日はおおむね成功、かな。僕とロミィが親密にしていたところは大勢が見ていただろうし。近日中には父上もロミィの素性を知るだろう。
さてはてどうなることやら」
もう寝るか、そうつぶやいて部屋の中へ引き返そうとする。
「やあ、ジュリー」
と、底抜けに明るい声が聞こえた。ひょっこりとロミオがバルコニーに現われたのである。
「んなっ、ロミィ!? ここ2階だぞどうやって。いやそれよりもここに忍び込んでくるとかなんて危険なことをしてるんだ! 見つかったらどいうするつもりだ!?」
「どうやってってあの木をつたって。ふふっ、心配性だなぁ、ジュリーは。大丈夫、見つからないって」
その大雑把過ぎる台詞にジュリアスは大いに嘆く。バルコニーの欄干に突っ伏すしぐさは芝居がかっている。
「ああロミオ、どうしてお前はロミオなんだ」
ロミオはふっと意味深げに口の端を上げた。ジュリアスの顎をそっと持ち上げる。
「何と言われようと私は私、だ。どんな名であろうとそれは変わらないよ」
ジュリアスはロミオの手を不機嫌そうに叩き落とした。
「分かっていて変なはぐらかし方をするな。ロミルダとして大人しくしていることはできないのか。——お前は女だろ」
そう言うジュリアスは真顔であった。
寒いだろう、とジュリアスはロミオを部屋へ招き入れた。それには見つからないようにと言う理由も多分に含まれていたが。
「とりあえず、お茶でも入れるから座れ」
「茶菓子は出ないのかい?」
「こんな時間に食べたら太るぞ」
それは残念、とまったく残念でなさそうにロミオは肩をすくめた。
ロミオがソファーに腰かけたのを見はからって、おもむろにジュリアスが口を開く。
「で、お前は何をしに来たんだ」
「今後の打ち合わせ」
「それだけのためにこんなことするなよ。明日でもよかっただろ」
「まあまあ、今やっといた方が確実だろ。コトがコトなんだから。それで、キャピュレットの方はどう?」
その問いに少し考えるそぶりを見せてから答える。
「僕がどこぞの令嬢に入れ込んだのはもう知っている。おそらく今はその令嬢の素性を調べている最中だろう」
「君はどういう態度をとってるんだい?」
「ひとめぼれの初恋。隠してるつもりだけど、はたから見たら一切隠せていないってところか。後は何かに葛藤している様子もちらっと見せといた」
「まあ、そうなるか」
ロミオは自分から聞いておいてあまり興味がないような態度をみせる。
こいつは本当に、気をゆるせる相手の前ではひたすら自由だな、とジュリアスは呆れた。
ほら茶だ、とロミオにカップを差し出す。
ロミオは優雅に一服した。
「うん、相変わらずおいしい。むしろ腕を上げたんじゃないか」
それはどうも、と流して本題に戻る。
「で、お前の方は?」
「何も言わずに青ざめた顔で帰ってすぐ寝た。ベニー、一緒にいた侍女のことな、が私の明らかにひとめぼれって様子も見てるし、それと合わせて父に報告が上がっているだろう」
とりあえずここまではほぼ計画通りだけど、とロミオが言う。
「明日の午前中には両家とも情報をそろえると思うかい?」
「ああ、おそらく」
違うか? とでもいうようにジュリアスは視線を流す。
「となると、だ。勝負は明日の昼下がりくらいか?」
「そのくらいが妥当じゃないか?」
それより早いと情報が回りきっていない可能性があり、それより遅いと自分たちも知らされるため知らなかったという建前を使えなくなる、と言うのが二人の結論だ。
決まっていたことを確認しているだけであるのか、流れるように二人の会話は続けられる。
「じゃあ、朝に陛下へご報告に上がって、そのまま街を歩くか」
「無理だろ。報告に行くのはロミオとジュリエットだぞ」
「むこうで衣装を借りてもいいし、そうでなくても着ているものを交換すればいいじゃないか」
そんなことを言い出すロミオに、ジュリアスは目を眇めた。
「女は誰もが乙女だとか言うが、お前を見ていると何事にも例外はあるっていうのがよくわかるよ」
「ロミオやってる時点で今更だな」
「さて、あまり長居もできないし、そろそろ私はお暇させてもらうよ」
「ああ、本当なら家まで送っていきたいところなんだがな」
ジュリアスは申し訳なさそうに言う。
「さすがにそれはいろんな意味で無理だろ。気持ちだけもらっておくよ」
「気をつけて帰れよ」
「じゃあ、また明日」
ああ、そうだ。
バルコニーから帰ろうとロミオは窓を開けたが、振り返って言った。
「愛してるよ。ジュリー」
その姿は、男性服を着ていながらも女にしか見えなかった。
——妖艶に愛を乞う、男装の少女がそこにいた。
ジュリアスは刹那息をのんだが、すぐにその表情は満面の笑みにとってかわった。
「先に言わないでくれるか? 男としての立場がない」
「おや、だめだったか?」
今日はたっぷりと愛の言葉を交わしはしたがすべて演技だったからなと、からからと笑う。何とも男らしい。
しかしその顔は真剣で、その瞳は愛情を求めていた。
「嬉しいよ、とても。いつもはあまり言ってくれないからね。でもこういう時くらい女でいてほしいというのは贅沢な願いじゃないだろ?
——僕も、愛してるよ。ロミィ」
まったく、こういうところいつも見せてくれるとうれしいのに。
そんなことを考えて、ジュリアスはロミオに——ロミルダに口付ける。
はたから見たら男同士のなんとも寒い光景だなと思いながら。
そうして、ロミオは星の煌めく夜空の下へと消えていった。
◇
本当はあんなことを言うつもりはなかった。
ジュリアスがバルコニーで話していたことはすべて聞いていた。彼は気づいていないだろうが、考えていたことがすべて口に出ていた。直した方がいい癖だと常々思ってはいる。
まあ、あいつが誰かのきいているところでそんなうっかりはしないだろうというくらいには信頼しているので、特に何も言っていないが。
それだけだったら、からかうネタにしてやろうかとも思った。パーティーで甘ったるい台詞が乱発されていたというのは、わたしの感想でもある。
だけど、聞こえてしまった。
『でも、きっとロミィは今日僕が言ったことはすべて演技だと思っているんだろうな。可憐だということも、愛を乞う言葉も、どれも僕の本心だったのだけど。
まあ、その方がいい。本音だと知ればきっと動揺する。僕がロミィを想うほどに、ロミィは僕を想ってくれてはいないから。囮となっている時に動揺させるわけにはいかないしね、気づかれなくてよかった。ロミィに傷ついてほしくはないからな。
……それなのに、同じだけの愛の言葉を返してほしいとも願ってしまうなんて。まったく、ままにならないな、自分の心だというのに。こんな矛盾を抱え込んでしまう』
わたしは隠れていることも忘れて声を上げそうになった。
そんなことはない、わたしもジュリアスを愛している。同じくらい、想っている。
動揺していることは認めよう。正面からあんなことを言われたら、演技だという前提がなければわたしが固まってしまうことは目に見えている。実際、今でさえ他のことを考えられないくらいには動揺している。
それでも、こんな風に真綿で包まれるように守られたくはない。わたしを守るために自分を押し殺してほしくなどない。わたしは、ジュリアスの隣に立ちたいのだから。
無理矢理動揺をおさえてジュリアスを見ると、ちょうど部屋へ戻ろうとしていた。まるでわたしが他を見る余裕を作れたところを見計らったかのようなタイミングだ。
わたしは慌てて声を掛けた。
『やあ、ジュリー』
ジュリアスは驚いていたが、わたしを部屋へ入れてくれた。
当初の予定通り今後の打ち合わせをする。
だけど心の中ではさっきのジュリアスの台詞がくすぶっていた。きっと心ここにあらずだっただろう。
それでも優しいジュリアスは、いつも通りに接してくれる。その優しさがわたしを守るかに思えて、悲しく思えて。
だから帰り際に言ってしまったんだ。
『愛してるよ、ジュリー』
ロミオの口調で冗談のように。ロミルダとして言うにはとてもじゃないが恥ずかしすぎる。
それでも、普段なら自分から言うことはほとんどない。
わたしのしたことはジュリアスが望んだことそのままだろう。こんな恥ずかしいことを言うつもりはなかったのに。分かっていても言わずにはいられなかった。
——こうやって、わたしはジュリアスの手の上で踊り続けるのだろうな。
それでも、嫌な気はまったくしないが。
そう思ってしまうわたしは、ジュリアスに溺れているのだろうか。
◇
ああ、ロミィは本当にかわいい。
帰っていくロミィをバルコニーから見下ろして、僕は彼女に想いを馳せていた。
いつ足元をすくわれるかわからないような癖なんて、たとえあったとしてもとっくに直していることなど分かっているだろうに。僕はそこまで甘くない。
それでも自分を騙してまで、それが癖だと思い込んでくれるなんてなんて可愛らしい恋人だろう。
僕がうっかり独白を聞かせる理由など限られている。敵を騙すため。そして、ロミルダに愛を囁いてもらうためだ。
さっきの帰り際、彼女は僕に愛していると言ってくれた。
普段なら僕がそういう雰囲気を作って、僕から言わないと返してくれない言葉。だけど、今日は自分から言ってくれた。愛を乞うてくれた。
……本当は分かっている。
僕とロミルダの間にそんな大きな、こんなことを騙し通せるほど、思考力にも、互いへの理解の深さにも差はない。
それでもロミルダは僕の腕の中にいてくれる。僕がそれを望んでいるから。
——愛しているよ、僕の愛しい愛しい恋人。
ずっと、ずっと、僕の隣で笑っていてくれ。
僕が望むままに。




