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What's in a Name? -名前が何だというの?-

 銀と水晶で装飾された、美しいことで世界にも名高いイクスピア王国の王城。

 その高級そうな絨毯の敷かれた広い廊下を、十代半ばと思わしきが少年が慣れた様子で歩いている。清潔感のある、中性的な顔立ちをした少年だ。深紫を基調にした衣装をまとい、長い黒髪を一つにまとめている。

 彼は第二王子の執務室へ向かっていた。


 少年は一つの扉の前で立ち止まり、ノックした。中から誰何する声が聞こえてくる。

 その声に少年は緊張する様子もなく答えた。


「ロミオです」


「入れ」




 少年——ロミオが上品な彫刻の施された扉を開いて入室すると、中にいたのは書類仕事をしている一人の青年だけだった。


「ハムル様、お呼びですか?」


「待ってたぞ、ロミオ」


 ロミオが声を掛けると、青年——第二王子ハムレットは執務机から顔を上げて応えた。

 第二王子は今年18歳になったばかりの精悍な好青年である。

 ロミオはその言葉には応えず、勧められてもいないソファーに座った。王族の前で不敬にもほどがある態度だが、どちらも気にした様子ない。


「相変わらず大変そうですねぇ」


 ロミオは机の上に積んである書類の山を見てのんびりと言う。

 かろうじて敬語を使ってはいるが、そこから敬意は一切感じられない。むしろ友人を揶揄するかのような、親しみを込めた声音だ。


「そう思うんなら手伝ってくれ」


「そんな、官吏でもない私が王宮の書類を拝見するなど、分不相応というものです」


「と言いつつ、面倒なことをしたくないだけだろう。お前に手伝ってもらえればかなり楽になるのになぁ」


 ハムレットはそう嘯くがロミオはきれいに聞き流す。


「若い時の苦労は買ってもせよ、と言いますよ」


 ロミオはにっこりと微笑んだ。

 ハムレットは半眼でロミオをにらむ。


「確か、お前の方が年下だったと思うのだが……」




 二人が雑談をしていると——ハムレットは仕事をしながらであったが——再び執務室の扉がノックされた。


「誰だ」


「ジュリエットでございます」


「おお、入れ」


「失礼いたします」


 入室してきたのは、少女とも女性とも言い難い年頃の娘だ。白金の髪がなんとも美しい。


「やっと来たか」


「お待たせしてしまったようで申し訳ありませんわ。ハムル様、ロミオ様」


 軽く頭を下げるそのしぐさは、ドレスをまとっているが凛々しいとすら形容したくなる。


「では父上のところへ行こう」


「え?」

「え?」


 ロミオとジュリエットはハムレットの言葉に硬直した。

 だが、ハムレットは二人の様子など関係ないといわんばかりに話を進める。その表情はしてやったりとイイ笑顔だ。


「ああ、ちゃんと話は通してある。心配するな」


「そもそも話を通す云々以前に、わたくしたちが初耳なのですが」


「何かなさるときは、あらかじめお教えくださいといつも申し上げているではないですか」


「わたくしたちは非公式とはいえ第二王子殿下・・・・・・の側近であると自負しているのですが」


「あまりにも我々を蔑ろにした行いです」


「だいたい陛下にご挨拶するのにこのような質素なドレスではあまりに……」


「そうですよ。陛下に拝謁するのにこのような普段着でなどありえません」


「それにこの姿のままで陛下のお目にかかるなど、不敬罪に問われに行くようなものではございませんか」


 二人はハムレットを非難する言葉を並べてはいるが、面倒だからいやだという本音が透けて見える。


「問題ない。さあ行くぞ」


 何かと理由をつけて拒否しようとする二人を、ハムレットは無理矢理連れ出すのだった。




 ◇




「父上、兄上、お待たせいたしました」


 豪奢な王の応接間には王と王太子がいた。

 ハムレットは二人の対面のソファーに腰掛ける。ロミオとジュリエットはハムレットの後ろに控えた。


「いや、時間通りだよ」


 ハムレットの兄である王太子クローディアスは柔和に微笑む。顔立ちはハムレットそっくりだが、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「ハムル、その二人か? 紹介したい者というのは」


 国王リアの言動一つ一つからは貫禄が覗える。さすが10年以上、一国の長を務めているだけのことはあるといえよう。


「はい父上。例の件に関して適任かと思いまして」


「名は何という」


「ロミオ・モンテッキと申します。非公式ではありますがハムレット殿下にお仕えしております」


「同じく、ジュリエット・カプレーティと申しますわ」


 そう名乗り、二人は一礼する。それは王族の側近にふさわしく洗練されていた。


「ああ、この前ハムルが側近とした者たちか」


 リアはそんなに緊張するな、と穏和に笑った。


「ハムルが世話になっているな」


「ハムルの突拍子もない思い付きに振り回されているのだろう? 大変じゃないかい?」


 昔は私もよく振り回されたものだと、クローディアスはしみじみと言う。


「な、兄上、そんな昔の話。今はもうそんなことはありませんよ」


「へえ? ハムルはこう言ってるけど君たちの目から見てどう?」


 ロミオとジュリエットは顔を見合わせた。恐る恐るロミオが口を開く。


「率直に申し上げてよろしいのなら」


「うん、そう言ってる時点で答えてるようなものだと思うけど、言ってみて」


「本日陛下に拝謁の栄誉を賜ることすら伺っておりませんでした」


 ロミオは根に持っていたらしい。

 ハムレットには父親と兄から生暖かい視線が注がれたのだった。




「それでハムル。例の件に関わらせるには爵位を持たない彼等には荷が重いのではないか?」


「いえ、父上。彼らの立場も能力も、例の件の対応に当たるのに十分であると判断しています」


「ほう? 理由を聞こうか」


 リアは値踏みするような視線を二人に向ける。

 国王から値踏みするような視線を向けられた二人は、何の話をしているのか理解できず怪訝そうな表情を浮かべた。


「理由はとても単純なのですがね」


 ハムレットは笑って答え、振り返りもせず背後に控える二人へ命じる。さすがは腐っても王族、その姿には(無駄に)威厳があった。


「二人とも、名乗れ」


 ハムレットのセリフに怪訝な顔をしたのはリアとクローディアス。

 命ぜられた二人は話の流れを合点すると、今度は非難するようにハムレットをにらむ。ロミオとジュリエットは不承不承という態度を隠しもせず、それでも品よく口を開いた。




「私はロミオ・モンテッキこと、“ロミルダ・モンタギュー”と申します」


「わたくしはジュリエット・カプレーティこと、“ジュリアス・キャピュレット”と」




 瞬間、イクスピアにおいて第一位と二位の地位を持つ者の時が止まった。

 ありえない言葉が聞こえた気がした。


 ——今、こいつらは何と名乗った?


 さすが王族と言うべきか、瞬時に解凍したが、今度はどこから突っ込むべきか頭を悩ませる。

 リアは取り敢えず無難と思われるところから尋ねてみた。


「……。あー、モンタギュー伯爵家とキャピュレット伯爵家にそんな名前の者がいたか?」


「私たちは妾腹の生まれですので。ご存じなくとも無理はありません」


「わたくしもロミオも、ハムレット殿下にお会いするまで王都に訪れたことすらほとんどございませんでしたので」


 とても無難な、納得できる回答だ。予想はしていたからリアもクローディアスもさして驚かない。

 問題はもう一つの方だ。

 リアとクローディアスは顔を見合わせる。意を決してクローディアスが問いかけた。


「……。性別、は……」


 ロミルダは女性名、ジュリアスは男性名のはずだ。だが、ここにいるのはロミオという男性とジュリエットという女性にしか見えない。

 問われた二人は忌々しそうにハムレットをにらんでから答えた。


「ロミルダとジュリアスが本来の性別です」


 衝撃の事実を聞かされた王族二人は頭を抱える。


 ——いったい何故このようなことを。


 その理由を問おうと口を開く前に、ジュリエットの不機嫌そうな声が応接間に響き渡った。


「わたくしたちがこのような格好をし、このように名乗っておりますのは、ひとえにハムレット殿下のご趣味ですと申し上げておきますわ」

 

「………………ハムレット……」

「………………ハムレット……」


 リアとクローディアスがハムレットを見る目はひたすら白い。

 今夜は家族会議だろうか。いい気味だ、とロミオとジュリエットは心の内でつぶやく。

 ハムレットは明後日の方を向いた。




「まあいい。いろいろ言いたいことはあるが後にしよう」


 王の咳払い一つで場には適度な緊張感が戻る。


「ハムルの推薦だ、取り敢えず期待はしておこう。ロミ……ああ、ええと……」


「陛下、今この場にはロミオ・モンテッキとジュリエット・カプレーティとしております。どうぞ、そのようにお呼びいただければ」


 しかし、さすがのリアもまだ驚きを引きずっていたようだ。

 思わずロミオとジュリエットは苦笑した。


「ああ、うむ。

……ロミオ、そしてジュリエットよ。以後そなたらの働きはハムルの評価に直結することとなろう。余の命を受ける覚悟があるか?」


 その言葉に緊張が走る。

 だが、この場にそれを表に出すような者などいない。

 ……ん? いや、いない。

 ハムレットは少々危なかったが。


 顔色一つ変えずロミオとジュリエットは応じる。


「陛下、さすがに内容も知らずに返答はいたしかねます」


「陛下の仰る通り、わたくしどもの安請け合いのせいでハムル殿下の評価を落とすわけにはまいりませんもの。安易にはお受けできません」


 リアは片眉を上げた。

 クローディアスは内心の読めない微笑みを浮かべて二人を眺める。


「ほう。推測できているように見受けたが、余の買い被りであったか?」


「モンタギューとキャピュレットの、確執についてだとは思いますが……」


「なぜそう思う?」


 ロミオの答えを、リアは試すようにさえぎる。


「両家の確執は最近目に余るようになってきているとは感じていましたもの。私たちの"立場"が十分であるとおっしゃるなら、このくらいしか思い当りませんわ」


 その通りだ、とリアは答えた。


「十分なほど正解を推測できているではないか」


「お言葉ですが、どのような決着を望んでおられるのか、私どもには陛下の御心は分かりませんでしたので」


「もし両家の当主を暗殺せよとか、両家を親友と呼べるほどの親密な関係にせよなどと命ぜられても、荷が勝ちすぎるとしか申し上げられません」


 二人の答えに、ニヤッとリアが表情を崩した。


「なるほどの。ハムルが推薦してくるだけのことはあるようだ。

モンタギューとキャピュレットの諍いで商人たちにも影響が出ていることは知っているだろう。流石に国民の生活を圧迫しかねないものを放っておくわけにはいかん。

そこで、お前たちには内部から働きかける役割を担ってもらいたい」


「御意に」

「御意に」




 ロミオとジュリエットも席に着くよう言われ、お茶が出された。

 先ほどとは打って変わって、ほのぼのとした空気が流れる。


「ああでも、君たちってハムルの側近なのにそういう考え方をするんだ」


 ハムルより年下だとは思えないほど大人びた考え方をするね、とクローディアスは面白そうな表情に少し意外だという感情を混ぜてほのほのと口を開いた。


「そういうってどういうことですか、兄上?」


 ハムレットは台詞の意味が分からなかったようで、クローディアスに尋ねた。

 しかしロミオはそれをきれいに流してクローディアスに答える。


「ハムレット殿下の行動に付き合うのに必要なのはこちらですからね」


「え、おい、ロミオ、お前は分かったのか?」


「この場で理解してないのはハムレット殿下だけですわ。むしろハムレット殿下のお側に控えていると慎重な言動が嫌でも身につきますもの」


 ジュリエットもハムレットが会話の邪魔と言わんばかりに軽く流す。


「え、ジュリエットまで。いったい何のことだよ」


「ああ、もうそんな言葉づかいしなくていいよ。ここは身内だけだし。

まあ、確かにそうだよね。ハムルは思い付きで行動するから。あっちの対応は嫌でも鍛えられそうだ」


「だから何の話なんですか」


「はい、まさにその通りですわ。若さだとかやる気などといったものを示すのは、ハムレット殿下の役どころでしたので」


 もはやハムレットの台詞には、気のない言葉すら返されなくなった。


「ハムル、この程度の会話くらいこなせるようになれ。この場で最も頭の中が軽いのはお前だぞ」


「父上!? その言いようはひどくないですか!?」


 クローディアスは一切ハムレットの相手をしない。

 唯一まともに相手をしてくれたリアからの言葉は、からかうような口調だが内容は厳しい。


「まったく仕方がないなぁ。そう思わないかい、ジュリエット?」


「まあ、クローディアス殿下。ジュリエットだなんてそんな」


 クローディアスは自分の調子を崩すことなく楽しそうからかってに会話を続けている。

 ジュリエットは両手を顔に当てて恥ずかしがるようなしぐさをした。


「そんな照れることはないよ、ジュリエット。君はとても美しいという言葉の似合う令嬢だ」


「ロミオまで、そんな……」


「みんなして俺で遊ぶのはやめてくれ!」


 ハムレットはそう訴えるが、今度はリアが流す。


「謙遜することはないぞ、ジュリエット。君のことを何も知らなければ息子の后となってほしいと頼んでいたかもしれないほどには魅力的だ」


「わたくしには過分なお言葉ですわ」


「ほら、陛下もこうおっしゃっているだろう? 君は自己評価が低すぎる」


「もうっロミオまでっ、からかうのはやめてっ!」


 ジュリエットの顔は真っ赤だ。三人はそれをほほえましそうに見ている。

 ハムレットはフルフルと震えた。


「いいかげん俺を無視しないでくれー!」


 その叫び声に、四人の視線が一点に集まった。

 うっ、とハムレットはひるむ。


「ええと、俺を無視しないでください。そして何の話か教えてもらえるとうれしいです……」


 だいたい男のジュリエットをきれいだとかちやほやして何が楽しいんだ、とブツブツと続ける。

 四人はやれやれと言わんばかりの表情で、視線を交わした。


「ではわたくしから説明しますね。その軽い頭にしっかりと詰めてください」


「ジュリエット……。もうちょっと他に言いようが……」


「いいですか、ハムル様。わたくしたちが話題にしていた対応と言うのは、陛下からのご命令をお受けするときのことです」


「特に変わったところのない会話だったように思うのだが」


「クローディアス殿下がおしゃったのは、わたくしたちが安易に返答をしかねますとお答えしたことについてですわ」


「ああそうだ、ジュリエット、それからロミオも。私のことはディアスと呼んでくれていい」


「お言葉に甘えさせていただきますわ、ディアス様」


「身に余る光栄です、ディアス様」


 ジュリエットの解説の途中でクローディアスが口を挟み、ジュリエットたちもクローディアスを優先する。ハムレットの扱いはどこまでも軽い。


「だから俺を無視しないでくれ。

つまり、即答して心意気を示して評価を得るよりも、即答せずに確実性を選ぶような性格、と言う意味か」


「ええ、その通りですわ」


 合格をもらえてハムレットはほっとする。

 ジュリエットはお茶を一口飲んでのどを潤した。好きな風味だったのだろう、あら美味しいと、手を口に当て上品に呟く。


「でも、俺に付き合うからどうとか言っていたが、それは?」


「詳細を聞かずに即答するのと、ハムル様の突発的な思い付きに対処するのは似たようなものだ、ということですわ」


「さっきからどうしてそんなに俺の扱いが軽いんだ!?」


 ハムレットは我慢の限界とばかりに立ち上がって叫ぶ。

 リアが重々しく宣った。


「ハムル、それはお前が公の場でないと頭を使わないからだ。それもこれも、すべては愛の鞭」


 王の言葉にハムレットをからかっていた三人は、イイ笑顔で大きくうなずく。つまりはロミオとジュリエットの服装せいべつについての仕返しである。

 ハムレットはがっくりとうなだれるのだった。


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