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5.旅立ち



先生にお姫様抱っこされたまま飛んで5分経てば、もう自分がどこにいるのかなんて分からなくなった。


なにせ先生の飛ぶスピードがめちゃくちゃ速い。

景色を楽しむ余裕なんて皆無だ。




「血がカピカピ…」


「当たり前だ。今もそっから血垂れ流してたら困るだろうよ」




そんな会話をしながらだったから別に気にもしてなかった。


現実的にあり得ないことばかり起きてるというのに、不思議と心は落ち着いていた。

すんなりと事実を事実と受け入れてる自分がいる。

自分自身ビックリだ。


私は本当に先生がいれば他はどうでも良くなってしまうタチらしい。家族のことで怖くなったり、妹を可愛く思ったりする気持ちはあるけれど、それでも先生が一番で。


先生が私を思って言ってくれたあの言葉は、そうなるために言われたわけじゃないだろう。けれど私はどうあがいても私でしかあれなくて、どうしたって一方向にしか気持ちを向けないのだ。

それを悪いとも思えない自分がいるのだから仕方ない。




「…先生?」



そうこう考えてるうちに、高度が下がってくる。

思わず先生を呼ぶけれど返事はなかった。




鬼王(きおう)様、なにかございましたか?」



代わりに、ずいぶんと硬い声が届く。

キオウサマ…?それが何なのかも分からない。


先生が着地すると同時にあたりをぐるりと見渡すと、そこにはスーツを着た大人が20人くらいいた。

皆一様に先生を見つめている。



「この者を生け贄に選ぶ。名前は幸田幸。今すぐ痕跡を抹消しろ」



先生のそんな言葉を誰もが息をのんで聞いた。

生け贄…私やっぱり食べられる運命なのだろうか。

いや、でも殺すわけじゃないと言われたしな。


そんなことを考える間に、皆の視線が私に集まっていることに気づく。




「……幸?」



その中から戸惑った声で名を呼ばれた。

その声に覚えがあった私はハッとなって首だけ動かし姿を探す。



「お、父さん…?」


完全予想外の存在に、私は目を見開いた。

なぜ、こんな所にいるんだろう。

お父さんは今日たしか出張で海外にいると言っていたはずなのに。



「き、鬼王様…!これは一体」


「2度も言わせるな。この者が生け贄だと言った」



父と先生がそんなことを言う。

途端に父の顔が青ざめた。


体育館ほどに広い部屋がざわめく。

けれど、先生がぐるりと見渡した瞬間にピタリと静まった。



「聞こえなかったのか。今すぐ幸田幸の記録を全て破棄し、情報をこちらに寄越せ」



ハッキリと通る声で先生が言う。

事情を全く理解していない私はただきょとんと先生を見上げるだけ。




「鬼王様、その者は私の娘です。どうかご容赦を…!」



父が食い下がろうと切羽詰まった声で言う。

そこで初めて何やら事が大きく動いていると察した。


そして真っ青な顔で私に近づく父を先生が冷たく見下ろすと、バサッと羽で払う。




「俺に歯向かうか、いい度胸だな」



そう言って今度は強く羽で父を打つと、父はよろめいて膝をついた。「幸田!」と、周りの人達が声をあげて駆け寄る。



「歯向かうつもりはございません。しかしその子だけは…!私はその子に何も…っ」


「くどい」



まだいい募る父に先生が私を下ろし、片手で抱き込んだのが分かった。

そうして空いた手を父に向かって開いている。


…何をやるつもりか分からない。

けれど「俺は容赦ねえからな」と言った先生の言葉を思い出して、咄嗟にその手を止めた。



「先生、ダメ」


「あ?ダメって何が」


「分からないけどダメ」



不機嫌そうに私を睨み付ける先生。

けれど、私は気にしないでその手を両手で包んだ。

するとやっぱり不機嫌そうな息を吐いて、手を下ろす。



「死にたくなきゃ、さっさと対応しろ。人間共」



そうして妙に偉そうな口調で命令する先生。

周りの人達が青くなってバタバタと走り去っていく。

父だけが「待ってくれ!」と必死の形相で抵抗していた。


何だか不思議だと思う。

父とマトモに話した記憶なんてそんなにない。

お互い距離を掴めずぎこちないまま過ごしてきた。

それなのに、父が私のために必死になっていると分かったから。




「お父さん、大丈夫…ですか?」



思わずそう聞いてしまうほどに。


さすがに心配になって近づこうとすると、思い切り肩を掴まれ強い力で引き戻された。



「幸!」



悲鳴混じりに父が叫ぶ。

初めて聞く父のそんな声に、少なからず私も動揺する。


けれど、それでも傍に駆け寄ることを先生は許さなかった。




「せんせ…?」


「少し黙ってろ」


「…んっ」



何が何だか分からないままにまた首もとにを噛まれる。

痛みはもう感じない。

ただ何かを吸う音だけ響いて、血を吸われているのだとようやく気付いた。


吸血鬼。

そんな言葉が脳をかすめる。

そうか、先生って吸血鬼なのか。そう気付いた瞬間だ。


先生の口が首から離れると体中から力が抜けて、崩れそうになる。

そのまま先生に抱えあげられて、ヘタリと私は抵抗を止めた。


先生が父に向かって言う。


「俺の獲物を奪う気なら容赦なく殺すぞ、おい」



背筋が凍るほど冷たい声。

ふと父を見れば、愕然とした顔のまま固まっていた。




「私は…幸に何もしてやれなかった。大事な娘を苦しめてばかりで、何も…!ようやく、甘やかしてやれると思っていたのに…!」



それは初めて聞く父の本音。

驚いてしまうのは私の方だ。

そんな風に思われてるなんて知らなかったから。


いや、むしろ幸せな家族の中に紛れ込んだ私を面倒に思ってるだろうとくらいに思っていた。


力ないまま目を瞬かせる私。

そんな私を見て苦しげな顔をした父は、頭を垂れた。



「すまない、幸。本当に、すまない…!!」



そうひたすら続ける父。

ひどく混乱したまま、私は弱々しい声で先生に聞いた。



「先生、私どうなるんですか?」



そうすれば、先生がキッと私を睨みながら言う。



「お前が人間社会にいたという痕跡を消す。お前に関する記憶を人間達から消し、戸籍も全て抹消する」



その言葉でやっと私は事態を理解した。

私は人としての人生を殺されるのだと。


けれど、それでも恐怖は感じなかった。


これからどこに自分が行くのかは分からない。

けれど、少なくとももう人間に会うことはないんだろう。

先生もそう言っていた。



生け贄。

それがどんな役割なのかは分からないけれど、あまり自由が利かないんだろうことは分かった。ただの勘ではあったけれど。



うん、でもそれでいい。

私はそれで構わない。

すぐに思ったのはそんなこと。


ろくに絆も深められないまま家族と別れることに何も思わないわけじゃない。父がここまで言ってくれるなら尚更。


けれど、もうどうしょうもない。

私の心は先生の傍を望んでいたから。

何とも酷い子供だな…なんて思った。



「お父さん。私、生け贄になります。自分で望んだから」


「…幸?」


「…ありがとう。知佳のこと、たくさん愛してね」



自分の言いたいことだけ言って目を閉ざす。

血を吸われると体力まで吸われてしまうのかは分からないけれど、目を開けていることすら億劫だった。



「もういいだろ。お前は寝ろ」


「…は、い。鬼王、様」


「……良い子だ」




気付けば自然と先生のことを鬼王様と言っている自分がいた。

その命令のままに、意識が落ちていく。




鬼王様。

吸血鬼の王。


あらゆる種族の血を吸い生き長らえる吸血鬼の中でも唯一人間の血を吸うことで生命力を得、血を吸った相手を従属させる存在。




それまで知らなかった常識が私の中に流れてくる。

これも鬼王様のお力で、意識を共有させることができるらしい。




ああ、もう何も考えられない。

意識はどんどん落ちていく。



『幸田…ごめんな』



ふと鬼王様の声が聞こえる。

“先生”として私に向けられた言葉。


「大丈夫ですよ?変わらず大好きです」


自然とそう言い返していたけれど、届いたか分からない。




結局、人の世界での記憶はそれが最後になった。






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