4.先生の決意
死ぬってどういう感覚なのか分からない。
けれど思っていたより痛くないものらしい。
首に確かに何かが突き刺さるのを感じた。
けれど、最初のそんな衝撃くらいしか痛みという痛みを感じない。
痛いというより、熱い?
ドクドクと脈打っていることだけ分かった。
「ん…」
少し息苦しくて声が漏れる。
けれど辛さは感じない。
ああ、やっぱり先生は優しい。
殺す時まで私を思いやってくれる。
「ふ…は…」
お礼くらい言いたいと思った。
けれど、声が出ない。ただ息を吐いた時みたいな音しか出ない。
「こら、大人しくしてろ。余計なこと考えんな」
すぐ近くで先生の声が聞こえる。
何だか夢みたいだなんて思う。だって先生とこんなに近くで接触なんて滅多にできないから。
ああ、でもどうせ死ぬんなら最期に先生の顔が見たいな。
そう思ってうっすらと目を開ける。
するとただただ真っ暗な天井だけが見えた。
どうやら先生は私の首もとに顔を埋めているらしい。
そしてそこでやっと、そこからジュルジュルと何か啜るような音が響いていることに気づく。
え、なに?
訳がわからなくてただ目をパチパチ瞬かせる私。
ふと目の端にフサフサとした羽が映った。
そういえば先生って人外…なんだよね?
そんな今更すぎることを思い出す。
あのときは夜這いに必死で考えつかなかったけど、先生って一体何者なんだろう?
それは素朴な疑問だった。
「…おい、お前人の話聞け。余計なこと考えてねえで、身任せろっつの」
ああ、そういえばさっきまで苦しそうだったのは先生の方だったとも思う。
今元気そうなら大丈夫ってことなのかな?
「……もういい。ったく、ここまで平常運転だと調子狂う」
色々考えてる間に先生がそう呟いて離れた。
寂しく思うと、すぐに背中に先生の手が回り込んで抱き起こされる。
「あ、あれ…?私、生きて」
「そうだな」
「はっ…!声出る!」
「ソウダナ」
威圧感のある目も、人としてあり得ない羽も、ちゃんと確認できる。
けれど、いつもと変わらず心底呆れた顔をした先生が目の前にいた。
抱き込まれるように腕で体を囲まれ、じっと私を見ている先生。
見返しながら首あたりをさすると、ベットリと血が手につく。
そして先生の口の回りも心なしか赤いような…。
「た、食べるんですか?私美味しいですか?」
「…何で興奮気味に言うんだよ、お前」
「だって先生の糧になれるなんて、先生と1つになるってことで」
「もういい。少し黙れ、この変態ストーカー」
思い付いたままに言葉を繋げれば、とても冷たい目で言い返された。
「別に本気で殺すわけじゃねえよ。ただ、もう人間としては過ごさせてやれねえ。そういうことだ」
「……うん?」
「お前を人間社会から抹殺する。俺と一緒に来てもらうぞ」
このままではらちがあかないと思ったのか先生が端的にそう言う。その意味を当然ながら理解できていない私。
でもとりあえず理解できた単語だけ拾って私は聞いた。
「どこに、行くんですか?」
よく理解できていない間抜け面の私に先生が小さく息を吐く。
そうして私の問いに答えるより先に、バサバサと音を立てて羽を動かした。
抱き込まれたまま、体が浮いているのが分かる。
気づけば体中に風を感じて。
…あれ、いつの間に部屋から外に出たんだろう?
「連れてった方が早いだろ。悪いが、人間に別れの挨拶もさせねえぞ。今のうちに覚悟決めとけ」
「別れ…?」
「そうだ。お前はもうこの先人間に会うこともなくなる」
そう言って先生は私をまた強く抱き込んだ。
…やっぱりよく分からない。
何が起きているのかも、何が起こるのかも。
けれどたった1つだけ知りたかったこと。
「先生、私が先生を好きって伝わりました?」
そう、それだけは知りたかった。
知れたなら、もうあとはどうでもいいとさえ思ってる。
私の言葉に先生が大きなため息をつく。
けれど、「今更そこに戻るのかよ」なんて愚痴を言ったあと、ちゃんと答えてくれた。
「分かってなきゃこうなってねえよ、アホ。お前が俺の想像をはるかに越えて俺大好きなのは分かった」
「えへへ、ならよかったです」
「良くねえよ。ったく、せっかく抑えてやってたのに全部無駄にしやがって」
「え?」
「覚えとけ、俺は容赦ねえからな」
そんな会話をしながら、私達は空を飛んでいた。