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3.先生と私



私は昔それはもう自己主張のしない子供だった。

両親の仲が悪く、いつもケンカばかりで、家にいることも少ない。


両親の機嫌を取ることばかり考えていて、自分の考えなんて一切言わない子供。

それが昔の私だ。


そうして気付けば両親は離婚。

母親に引き取られてから過ごしたのは5年間。

それだけの時間があったのに会話の記憶が一切ない。

ネグレクトという言葉を知ったのは、小学を卒業したあとのこと。



誰が通報したのか、児童相談所なんてところから人がやってきた。

どんな手続きがあったのか、今度は父親の元で暮らすことになった私。


すでに父は新しい伴侶を見つけ、可愛い赤ちゃんもいて、幸せな家庭を築いていた。

そこに割り込む形で入った私は、新しい家族との距離感がつかめなかった。


もう疲れ果てて、笑顔を見せることすら難しくて。

自分の気持ちひとつ表に出すのが怖かった。

拒絶されるのがとても怖かったのだ。


そんな時に出会ったのが先生。

家の評価を落とすわけにはいかないからと、そんな理由で進学した高校にいた真面目そうな先生。




「妹は可愛いか?」



そんな言葉が始まり。

誰もが私の家庭事情に同情して、家族の話なんてしてこなかった。

その中で、先生だけが聞いてきたのだ。


自分の気持ちを言うのは、とても怖かった。

だって、人の気持ちはコロコロと変わる。

私はどこにいっても少数派で異端で。


けれど、先生は辛抱強く聞いてきた。




「可愛い、です。ちっちゃくて、私の手掴んでくれて、あったかい」



震えた声で、そう言う。

そうすれば、顔色も変えず「そうか」とだけ言った先生。



「好きか?」


ふとそう問われて、素直に首を縦に振れば、そこでやっと笑った。




「それで良いんだよ。そうやって絆を繋いでいきゃ良い。よく出来ました」




ぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられた頭。

生まれて初めての本音を、受け止めてくれた人。



ああ、こういう人だっているんだ。

そんな当たり前のことを、その時初めて知った。


好きなものを好きと言って手に入るものだってあるのかもしれない。

そう思わせてくれた。



実父と義母との仲は相変わらず微妙で、距離が近づくことはなくて。

けれど、妹は私に手を伸ばしてくれた。

その手を取れば取るだけ、返してくれた。

背を押してくれたのもやっぱり先生で。




それから、先生だけを見てきたんだ。

私の世界をうんと広げてくれた人。

たとえばそれが仕事だったからだとしても、良い。


伝えることの大切さを、伝えることで得られるものの大きさを知ったのだから。

ならばそれを精一杯使って、先生にこの想いを伝えたい。



ズレていたって、普通じゃなくたって、私が必死に辿りついた答え。




好きという気持ちを教えてくれた先生に、ありったけの想いを注ぐ。

だから、良いんだ。

先生がどんな姿だろうと、私には関係がない。


伝えさせてくれたなら、幸せだから。

名前の通り、幸せな人間になれるんだ。




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首のあたりがチクチクとする。

撫でられる度に、その尖った爪が肌にかする。


本能で怖いと思う気持ちは確かにある。

けれど、それを凌駕するほどの恋情。



だから、心が凪いでいた。




「…本気で、殺すぞ。おい」



相変わらず低い声で、先生が言う。

首に当たる感覚も少し強くなった。


なんだかそんな感触ですら愛しく感じてしまうのだから、やっぱり私は相当狂っているのだ。



開き直るくらいの気持ちで、私は「ふふ」と声を上げる。

目を閉ざしたまま、素直な気持ちを口にした。




「良いですよ?先生の好きにして下さい。殺されたって、大好きだもの」




ああ、やっぱり狂ってる。

そう自覚する自分はいる。

けれど、普通の恋愛も何も私は知らない。


ならばやっぱり自分の気持ちのまま動くしかないのだ。



そうして、伸ばした手を指先の感覚だけで移動させて耳に沿わせる。

気のおもむくままに耳の輪郭をなぞると、とても幸せな気持ちになれた。


大好きな人を感じることができる。

近くに気配がある安心感。



このまま眠りたくなるほどの幸せ。





「…分かった。お前を、殺す」




そう先生が言っても怖くなんて無かった。

粗い息が近づく気配を感じたって、全然平気で。



次の瞬間、首に鋭い痛みが走る。




「大人しくしてろ。たっぷり可愛がってやるから」




そんな声が聞こえた気がした。





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