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2.先生の秘密




「さっちゃん、どうしたの?」


「んー?知佳こそ、こんな時間まで起きて。寝なきゃ明日もたないよ?」


「でも、さっちゃん顔が青いから」


「えへへ、これから玉砕してくるからかなあ」


「ぎょくさい?」


「うん。失恋してくるの」


「ふーん」




今年小学に入ったばかりの可愛い妹を寝かしつけるのに時間がかかったのは、予想外だった。

けれど、すやすやと気持ち良さそうに眠る知佳を見ると、優しい気持ちになれる。


勇気をもらって、階段を下りて準備にかかる私。



なるべく物音を消して、ドアを開ける。

私を止める声なんて当然ないし、人の気配すら感じない。

けれど鍵を外からかけるとき、窓のカーテンがチラリと揺れたのが見えた。


たぶん、“お母さん”だろう。

私から隠れるように見守るその空気に苦笑しながら、私は気付かないふりをして家を後にした。






時刻は夜10時過ぎ。

1時間くらい歩いて辿りついた先の窓をそっと覗くと、相変わらず部屋は暗い。

けれどほんのりと赤い灯りが見えることで、人の気配を感じる。

蛍光灯が好きじゃなくて、夜はもっぱらキャンドルの灯りで過ごすと聞いたことがあった。



木造2階、築30年越えのアパート。

その角部屋である206号室。

そこが先生の住む家。


毎日社会化準備室に押し掛けている私がある時発見した光熱費の支払い書。

宛先を見て、どこに住んでいるのか把握していた。




これが犯罪行為なのは重々承知の上。

そしてこんな常識から逸脱したことをすれば、いくら生徒だからと言っても擁護できないだろう。


嫌われたって不思議じゃない。

警察を呼ばれることだってあるかもしれない。



けれど、私は心に決めてきたんだ。

何も言えず伝えられないままリミットを迎えるくらいなら、正々堂々挑んで清々しく散る。


そこに至るまでが正々堂々じゃないあたりとても情けないけれど、こうまで私を動かすほど心が揺さぶられたのは初めてのことで。

だからこそ、私はどこか壊れてしまった精神でここにいる。



決して褒められた行為じゃない。

いけないことだと分かる。


けれど、普通になんて私は所詮どうあがいたってなれない。

ならば、自分が後悔しない道を選ぼう。



そう思って、階段を上る。

来る時ずっと手の中に握っていたのは、できたてホヤホヤの鍵だ。

206号室の扉を開ける、鍵。


どうやって手に入れたのか。

まあおおよそ想像できることを実行しただけのこと。




「先生、入りますね」



扉の前でコンコンと扉を叩いてから、そう宣言する。

この部屋にはインターホンなんてものないから、気付いてほしければ扉を叩くしかないのだ。


こんな時間に教えてもいない家に鍵持ちで押し掛ける生徒なんてホラーでしかないだろう。

狂ってるとしか言いようがない。

分かってる。


けれど、私の手は止まらない。


中から、何やらうめくような声が聞こえた。




「な、んで今だよ。帰れ!」



力のない言葉。

半分くらい意味のわからない言葉。


なにやら苦しそうなのが少し気にかかる。

けれど、やっぱり私の手は止まらなかった。




「帰らないです。警察、呼んでも良いですよ?」



淡々と、私はそう告げる。

覚悟はかたく、心は動じない。


もうここまでくれば分かるだろう。




私の目的は夜這だった。

世界の誰よりも好きで、どうしようもないくらい膨れ上がる気持ちを教えてくれたこの人に、本気の自分を見せること。


ギイッと鈍い音を上げて、ドアを開ける私。

中はとても暗くて、どこに何があるかも分からない。




「やめろ!帰れ!お、前…こんなことして、ただじゃ、すまねえぞ」


「良いです。それで、良いんです。ただ、私は」


「ま…っ、来るな!本当、頼、むから帰ってくれ!」


「嫌です」



壁を手でなぞって歩く。

そうすると、こつんと目の前のドアに足が当たった。

どうやらドアがあって、この先に先生がいるらしい。


取っ手を探る。

腰の位置くらいに窪みがあるということは、このドアはドアじゃなくて襖なんだろう。

そう悟って、私は右に手を動かした。


そうして目に映った先にいたのは、





「先生…?」


「……馬鹿、野郎が」




苦しげに胸元を掴み、蹲る先生の姿。

淡い炎に照らされたその目は何故か真っ赤だった。


真っ黒なはずの目が暗がりで淡く光るくらいに赤く、胸元を掴む手の先が鋭くとがっていて、粗く息を吐き出すその口から見える歯もまた4か所ほど長く鋭くとがっている。


そして何よりもいつもと違うのは、その背中から黒くて大きなモノが生えていること。

肩甲骨のあたりから2か所、バサッと体を包むように生えているソレが何かは推測だけれど分かる。

たぶん、羽だ。



ああ、これは人じゃない。

そう本能で理解する。

流石に動揺してしまって固まる私。



苦しげに蹲る先生と、石のように固まる私。

そんな微妙過ぎる空気を先に破ったのは、先生のほうだった。




「忠告は、してやったぞ…死んでも、文句言えねえよなあ?」



ニタリと先生が笑う。

初めて見る皮肉が混ざった笑顔。


気付けば、私の体は地面に仰向けで倒されていて、その上に先生が乗っている。

私がまさに今日やろうとしていたことを、先生にやられている。


けれどそれどころじゃないのは、恐ろしいほどの殺気で私を睨みつける先生がいるから。

そしてその鋭い爪が、私の首を撫でていたからだ。



苦しそうに息を吐きだしながら、圧倒的な威圧感で先生は言う。

ああ、これはきっと本当に殺せると、そんなことを思った。




「あはは」




なのに、私の口からこぼれたのは場違いなほど明るい笑い声だった。


私を睨みつけたまま動かない先生。

さぞ私の姿は不気味に映るだろうと、そんなことまで考える。




けれど、不思議だった。

だって、私の心はなぜだかとても凪いでいたから。




「先生、好きです」


「…あ?」


「大好きです。それだけどうしても伝えたかった、それが伝われば後はどうでも良かったの」


「……こんな状況でまだ言うのかよ、お前」


「言います。だって、私の中にあるのはそれだけだから。だから先生がどんな姿でもどんな正体でも好き。分かってくれるなら、殺して良いですよ?」




そう言って、私は手を伸ばす。

普段より心なしか青白く感じるその顔に。



「大好きです、先生」



もう一度言って、そっと目を閉じた。






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