1.好きな人と決意
好きなものは好きだとハッキリ言うタイプだ。
だって、言わないことで後悔だけはしたくない。
好きなものを好きだと言って何が悪い?
そうしなければ手に入らないものだってきっとたくさんあるはずだ。
すれ違ったまま手遅れになることだってあるはずなんだ。
ならば正々堂々挑んで敗れた方が清々しい。
それが私の持論。
だから、今日もこの想いを私は届けるのです。
「先生、おはようございます」
「…幸田、またおまえか」
幸田幸
漢字で書けば、どっちから呼んでも幸田幸。
幸せになるために生まれてきたようなこの名前を私はとても気に入っている。
名前負けしないように、今日も私は駆けまわるのです。
「今日も先生はカッコいいですね。胸がときめきます」
「ときめくな、勉強しろ。恋愛は生徒同士で楽しめや」
「勉強、してますよ?ほら、学年末テストの結果です。3位とりました。恋愛も先生以外は考えられません」
「迷惑だ、やめろ」
先生は黒いスーツをピシッと着て、一番上までしっかりボタンを止め、きっちりとネクタイをしている。
真っ黒な髪をビシッとかためて、黒ぶち眼鏡をかけたクールな見た目だ。
高坂楓先生。
28歳独身、日本史担当。
クールで知的に見える外見ではあるけれど、実際は面倒見が良くて口調もとても気さく。
色んな考え方に寛容で、人のことをよく見ているし、とにかく何もかもが私にとっては完璧なのだ。
心底呆れた様子でスッパリと私の言葉を否定する先生。
けれどそんなの毎日のこと。
自分の心が折れる気配は、今のところ全くない。
「お前な…見た目も成績も優等生で大人しいくせして、どうしてこうぶっとんでんだ」
深い深い溜息と一緒に、先生は言う。
何だかんだ力づくで追い返さないあたりが、先生は優しい。
そして、そういうところが私の心をときめかせる原因であること、きっと知らないんだと思う。
「だって、好きなものは好きなんです。先生のこと大好きなんですよ?」
「答えになってねえよ、答えに」
「うーん、でも好き以外に答えが…」
「…もう良い。聞いた俺が馬鹿だった」
ゲンナリした様子で力なく私の言葉を遮ると、先生は窓からの光を睨むように目を細めて、カーテンを閉める。
よほど眩しかったらしい。
もしくはよほど眠いのかもしれない。
そのままぐったりと机に突っ伏した。
朝の7時20分。
帰宅部な私が登校するには早すぎる時間帯だ。
けれど、どうしても早く会いたくていつも私はこの時間に学校に来てしまう。
そうしていつも眠たそうに、気だるそうに机につっぷす先生を堪能するのだ。
この社会科準備室で。
先生の第二の仕事部屋。
一番若手だからと学校の隅っこの物置同然な部屋をあてがわれたらしく、部屋は狭い。
けれど、だからこそ近い距離で、教壇に立つときとは違う一面を見られるのが嬉しい。
「えへへ、真面目だけれど実は面倒くさがりなんだよなあ」
そう、先生は仕事に関してはとても真面目だ。
授業はきっちり時間内におさめるし、板書も綺麗でノートが取りやすい。
けれど休み時間や空き時間になると、面倒くさがりで大雑把な部分が現れてくる。
暇さえあれば寝るし、たまにご飯を食べることすら面倒くさがる。
タバコもお酒も、買うのが面倒くさいと言ってやらないほどなのだ。
そういうギャップがもうたまらない。
「…おい、寝れないんだけど。このムッツリストーカー」
…どうやら思うことが全部声に出ていたらしい。
先生は目線も合わせず低い声で不機嫌そうに怒ってきた。
けれどやっぱり追い返さない。
何だかんだと文句を言いながら、とても優しい人なのだ。
「先生、好きです」
「ああ、そう。アリガトウ、ゴメンナサイ」
そっけない返事。
そして直後に眠りに落ちる先生。
そんな日常。
とてもとても大事な時間。
けれど、そんな日々だってリミットが来ている。
追いかけ始めて2年半が過ぎた。
季節は冬。
高校3年生。
大学受験を控えたこの時期。
私の頭を悩ませるのは、受験ではなく先生と過ごす時間のリミットなのだ。
「傍に、いたいなあ…」
ぽつりと呟かれた言葉に、返事はなかった。
それを確認して、私は口にする。
「今日で、最後。ずっと決めてたんだもの」
それは、2年以上前から決めていた覚悟だった。
こんな私でも嫌われるのが怖くて出来なかったこと。
それでもこのまま終わりになるのだけは嫌だったから。
手を強く握って、私は部屋を後にした。




