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Dungeon EX  作者: 金子十両
新たなる探険士たち
7/12

007

 受付前ホールに、妙な空気が張りつめていた。

 それは支倉が浮かべているのと同種の困惑とそして、羨望にも似た熱を持った空気だ。

 探険士エクスプローラーたちは彼に必要以上に近づかないよう、距離を保っている。彼の周りにだけぽっかりと穴が空いたように開け、まるで見世物のような状態にあるが、当の本人はまるで気にせずに受付で書類を提出した。書類を受け取る受付嬢などは書類と彼の顔を三度見比べてしどろもどろになりながらそれを受け取っている。

 この場にいる誰もが彼の顔と名前を知っている。同じ探険士として、正負含めたあらゆる感情を惹き付ける強烈な存在感を放つその男は、ただ一人自分だけがその空気を感じていないように静かに佇んでいた。

「キナ臭ぇ」

 これでもかというくらいに顔をしかめて彼を睨みつけ、半蔵は舌打ちした。

「人気者に嫉妬ですか半蔵。見苦しいですよ」

 隣にいたピスティルに向けて半蔵は鋭い眼をさらに細めた。

「違ぇよ馬ぁ鹿。なんでこんな小さな案件に、鷹城一真よんレベルが乗り込んでくるんだよ」

 全探険士の中で五十人に満たない4レベルの称号を持つ者。それが鷹城一真たかじょうかずまだ。

 総換金額は一兆を越え、世界中で数多くの探検記録を持つ。無限触媒剣アーティファクト“ザ・セイバー”を手に強大な魔種モンスターをなぎ倒す姿は探険士のみならず、世界中で英雄の姿として羨望を集めている。テレビやその他のメディアへの出演も多く、この世で最も有名な探険士の一人に数えられるだろう。

 その超一流探険士がなぜここに。周囲の誰もが半蔵と同じ疑問を持っている。だが、恐れ多くて話しかけるのもはばかられる。

「今更こんな小っせぇ地下層ダンジョンの脅威狩りに出るような奴じゃあないだろう。何が狙いだ?」

 そんな空気を半蔵は一刀のもとに切り捨て、一真へ刃のような視線を投げつけた。わざわざホールに集まっている全ての人間に聞こえるような大声でだ。

「……。必要があるから狩るだけだ」

 一真はその視線を一瞥して、簡潔に答えて受付に向き直った。そっけないでもない、ただ聞かれた事に答えた。そんな感じだ。

「その必要ってやつがこの上なく怪しいって言ってんだよ」

 半蔵の首が伸び、一真に触れそうな距離で視線を突き刺す。一真は逸らすでもなく泰然とその瞳を真っ向から見返している。そこから彼の心中を推し量る事はできない。

 無駄だと悟ったのか、半蔵は一真から離れていった。

「あのねぇハンゾウ。チンピラみたいな真似して、私まで恥かくじゃないですか」

「うるせえよ。臭ぇ臭ぇ。臭すぎて気に入らねぇな……」

 憂さを晴らす獲物でも探すかのように頭を振る半蔵の目に、見おぼえのある顔が映った。

「あんときのガキどもじゃねえか」

「あ、半蔵さんにピスティルさん」

 蒼介と若葉は連れらしい鎧の大男から離れて半蔵のところへやってきた。

「こないだはどうもありがとうございました」

「礼なんかいーんだよ。それよかお前、この状況について何か知らねぇか?」

「この状況っていうと……」

 蒼介は人だかりの中心に目をやり、その瞳を大きく見開いた。

「た、鷹城一真! 本物!?」

 蒼介が大声を張り上げ、若葉ですら目を見開いて驚きを露わにした。逆に、半蔵は落胆したように首を振った。

「ま、新入りが絡むわけねえわな……」

「鷲塚さん、もしかしてあの人も会議に出るんですか?!」

 緩みかけた半蔵の瞳が鋭く細まり、鷲塚と呼ばれた鎧の大男が頷くのを見据えた。

「ああ。彼が今回の討伐隊の隊長を務めることになるだろう」

「うっそだろ……俺テレビでしか見たことないよ。そんな人と一緒に会議……?」

「何、会議といっても君はありのまま見たものを話してくれるだけでいいんだ」

「オイこらガキ」

 半蔵の手が蒼介の襟首を引っ張った。

「一体どーいうことだ説明しやがれ」

「え、えーっとそれはですね……」

「ハンゾウ」

「あ、あとで説明します! 俺行かないといけないんで……じゃっ!」

 半蔵の耳をピスティルが引っ張った隙に逃げるように蒼介は鷲塚のところへ走り、若葉も会釈して後に続いた。

「あコラ待て……何しやがんだピスティル!」

「無理強いしたらダメですよ。あの子が何かに巻き込まれてるんなら……後でゆっくり聞けばいいでしょう」

 ピスティルの瞳は油断なくホールの群衆を見つめている。

 ただ日々の生活のため、あるいは現れた一攫千金の機会を掴むために集った有象無象の中に数人。似つかわしくない気配があるのをピスティルは感じていた。鷹城一真ほどでないにしても、半蔵の言うところのキナ臭さを放っている人間がいる。

「イリアスとカナコも帰ってきてないようですし、ここは時間潰しがてら情報収集せけんばなしでもしませんか?」

 そういって笑ったピスティルの笑顔を、半蔵は自分よりもよっぽどタチの悪いものだと評する。

「……ま、だからてめえと組んでるんだが」

 こきりと肩を鳴らし半蔵はピスティル同様、群衆へ目をやった。



 “Dゲイズ”がビデオカメラで撮影した映像には、地中を縦横無尽に喰い荒らす巨大な蛇蟲の姿がありありと映されていた。

 それを見た蒼介は愕然と、一言だけ漏らした。

「違う」

 その台詞に反応を示さなかったのは鷲塚や一村、つまり蒼介と同じものを見て、同じ感想を抱いた人間だけだ。

「俺が見た時と、違う……!?」

 映像は荒く、強襲蛇蟲ストライクワーム自身高速で動いてる事もあってその姿ははっきりとは捉えきれない。だが、その状態で見てなお、蒼介の記憶にある姿とはかけ離れていた。

 一本の長い管状の胴体から、枝葉のように何本も細い触手とも角ともつかない器官が飛び出し、それが地面を、周囲の生物を根こそぎ抉っていく。さらに、胴体には無数の口が張り付き、触手が絡め取った獲物を無造作に放り込む。

 その異様さは初めて見る者たちにも相応の恐怖をもたらした。会議室に集まった面子の中でこの脅威の姿を目の当たりにし、動じずにいるのは鷹城一真ただ一人だ。

「やはり変異していると」

 蒼介の言葉から東雲が推測する。

「最初の目撃証言が鷲塚小隊パーティからもたらされてから、この映像が撮影されるまでに三十一時間。この間、強襲蛇蟲は混蟲迷宮カオティックメイズ内部を喰い荒らし、魔素を取り込み形態を変化させた。計測時点では全長は約一.五キロメートル、直径三.七メートル。潜航速度は時速三百キロメートルを超えています。総重量は不明ですが、突撃をまともに受けて砕けた防護プロテクトに費やされた触媒は鷲塚さんの全身鎧フルプレートメイル女神の礼服マーシィ・フォートが三着は打てる量です」

「そいつは愉快な情報だね」

 鷲塚は顔に笑みを貼り付かせているが、それは決して余裕を表すものではない。

「この脅威の最大の難点はやはり混蟲迷宮の構造にあるでしょう。狭い坑道内では探険士を並べて配置するしかない。その状態では満足に攻撃を加える事が出来るのは正面に立つ一人と、せいぜい後方の魔術師数人。しかも単発の攻撃でこの巨体を倒す事は困難。一撃二撃与えたところで逃げられて、回復した状態で再び現れるのがオチでしょうね」

「起動型の呪文符を使うのはどうだ?」

「人間が触媒に触れていなければ呪文スペルは起動しないんだ、無理だろう」

「触媒を導火線のようにしても……だめか。どのみち起動は目視で人間が行う必要がある。奴の行動が読めない以上は難しい」

「それに脅威メナスを殲滅せしめるほどの呪文符となるとかなりの威力になる。十中八九坑道が崩れて生き埋めだ」

「付け加えますと、高速移動中の強襲蛇蟲は相応の速度が乗っています。このおかげで普通に剣をぶつけても弾かれてしまい、魔素エーテル的打撃を与える事ができません」

 東雲の言葉で会議室が静寂に包まれた。

「……。狭い場所で苦戦するなら、広いとこに誘えばいいんじゃないか?」

 ふとした思い付きのような言葉。蒼介は若葉に何の気なしに言ってみただけだ。だが、隣の席にいた支倉はその言葉を聞いてはっとしたように蒼介を振り返る。

「ほら、俺が食われたときアイツ、灰被りの樹林アッシュフォレストまで突き抜けて走ってったんすよ。あそこなら広いから戦い易いんじゃないかなって」

「それだ!」

「灰被りの樹林ならば十分な広さがある。集団戦を行うには最適だな」

「地中を掘り進むのでなければ、強襲蛇蟲の速度も鈍るやもしれない」

 会議がにわかに活気づく。支倉は感謝するように蒼介に微笑みかけた。


 この後、いくつか作戦について問題点などが洗い出され、ここから先は鷹城一真ら作戦参加者や専門家で煮詰めるという事で、情報提供者の“Dゲイズ”や蒼介たちは解放された。

 “Dゲイズ”のメンバー……東雲や一村は引き続き混蟲迷宮で情報収集を続けるらしい。すぐに準備を整えて再び地下層へ潜っていった。

「高井蒼介君」

 会議室を出たところで、蒼介を呼び止める者があった。

 鷹城一真が蒼介を無感情な瞳で見つめていた。

「たっ、鷹城、さん……」

 一瞬で蒼介の全身の筋肉が緊張で固まった。変な汗が噴き出している。芸能人に話しかけられるのも目じゃない。本物の英雄ヒーローが目の前にいる。

「少し、聞きたい事がある。いいか?」

「は、はいっ。なんでも……っていっても、俺が見聞きしたことは全て……」

「ああ。だが、もう少し」

「分かりました。なんですか?」

「……」

 そこで一真は言葉を切った。視線をさまよわせて妙な沈黙が十数秒、続く。蒼介の緊張は無暗に高められていく。

 だが三十秒も過ぎていくといい加減どうしたのかと蒼介もさすがに怪訝な顔に変わって行った。

「うん……脅威の腹の中で、何か見なかったか?」

 ようやく出てきた質問の意図はよく分からなかった。

「えぇと、たくさんの牙と、蛇蟲の肉に、土砂と喰われた魔種の残骸……」

 そこで、ふと。

 思い出した。虹色の光の塊。蛇蟲の奥深くで佇む、妙な物体。

「あの光、なんだったんだろ……」

 独りごちるようにつぶやかれた言葉を聞いた一真の瞼がかすかに動いたのに、蒼介は気づかなかった。

「ありがとう。参考になった」

 一真は蒼介の手を取ると、強引に握手の形にもっていった。

「強くなれ。君が望むように」

 そう言い残し、一真は会議室に戻った。

 その言葉の意味と一真の力強い握手の感触がない交ぜになりながら、蒼介の中に染み込んでいく。

「高井君、帰るだろう? 送るよ」

 鷲塚が声をかけると、蒼介は静かに振り向いた。

「鷲塚さん。強くなるにはどうしたらいいですかね」

 不意な問いかけに怪訝な顔をする鷲塚だが、すぐに表情を消してふむと考え込む。

「経験を積むことだ。何が起きるか分からない地下層では、経験則がものを言う。多くの先人が積み上げたマニュアル、攻略法もあるが、それらを自分の血肉にできるかどうかが強さの分かれ目だと、僕は思う」

 その経験を積ませるための“初心者の館”なんだ、と鷲塚は照れくさそうに笑った。鷲塚のその考えたかは好きだ。蒼介も笑い返した。

「俺、自分で帰ります。ちょっと深谷さんと話したいこともあるし」

「そうか。騒動が終わってまた潜る時は声をかけてくれ。経験を積ませてあげるよ」

 鷲塚が帰っていくのを見送ってから、蒼介は若葉へ向き直った。

「深谷さん。ちょっとさ、お願いというか提案というか、とにかくあるんだけど、聞いてくれない?」

 若葉は蒼介を見上げて、その瞳をじっと見つめる。

「強襲蛇蟲の討伐、参加しない?」

「いいよ」

 若葉の返答は蒼介の言葉が終わるのとほとんど同時に放たれた。これには逆に蒼介が面食らった。

「高井君さ。会議の間も今も、なんていうのかな……ワクワクしてる、って感じの目だよ。身の丈に合わない化け物相手に『ぶっ倒してやるぜ』って無茶な気合入れてる、そんな目」

「それは……確かに、新入り成り立ての俺じゃ、相手にするなんて無茶な敵かもしれないけど」

「いいんだよ。いいの。足りないなら強くなればいい。脅威に届くところまで、伸びようよ、一緒に」

「深谷……!」

「感激に打ち震えてうるうるするのはいいけど、抱きついてきたら蹴るよ」

 蒼介は思わず広げた両手をそっと戻した。

「でも、実際問題、私たちじゃ討伐に参加しても足手まといだね」

「そうだな……でも、討伐が始まるまで時間はあるだろ?」

「うん……多分ね」

「じゃあ、その間に特訓すればいい!」

 若葉と頷きあう。

「……けど、特訓てどーしたらいいんだ」

 先行きはあまりよくはなさそうだった。



 ホールに戻ると、人だかりはだいぶ減っていた。あちこちで噂されるのはやはり強襲蛇蟲や、鷹城一真についてだ。

 そんな中で二人、真っ直ぐに蒼介と若葉へ歩いてくる人物がある。

 半蔵と、ピスティルだ。

 歩み寄ってきた半蔵はそのまま無言で蒼介の首に腕を引っかけると、“ぼうけんや”まで引っ張っていく。

「話せ」

 短く一言。テーブル対面に座らせた蒼介へと凄む半蔵。

「え、えっと。何を……」

「会議の内容を聞いてどうするんですか?」

 若葉は物怖じというものをしない性格らしい。蒼介に代わって半蔵を若干険のこもった視線で問う。

「そりゃぁな……」

 話そうとした半蔵の肩に手を置いて、ピスティルが止めた。

「お二人は、今回の討伐依頼、参加するつもりですか?」

 ピスティルの言葉には試すような凄みがあった。重大事に踏み込む覚悟があるのかどうか問うているような、そんな意志が篭っている。

「ああ」

「はい」

 二人は同時に頷いた。ピスティルが蒼介、若葉と順に見る。そしてわずかに間をおいてから頷いた。

「なら、知っておいたほうがいいかもしれませんね。半蔵どうぞ」

「肝心な話は俺任せかよ。いいかお前ら。この件、何かおかしいと感じやしねえか?」

「おかしいって?」

「まずは脅威の存在だ。お前ら魔種がどうやって生まれて成長するか知ってるか?」

「地下層内に滞留した魔素が溜まって、くっついて、それが少しずつ大きくなって、形を作る。他者を攻撃できるだけの力と形状を得たら、より多くの魔素を取り込むために他の魔種や人間を襲い、より大きくなっていく」

 淡々と若葉が答える。教則本に載っている文章を読むような淀みない説明だ。

「そう。そして、そいつが“やべぇ”って段階まで成長すると脅威として組合ギルドが懸賞金をかける。だが、浅い層じゃ脅威どころか強く成長する魔種がまず少ない。なんでだ?」

「あ……探険士が多いからだ」

 気づいた蒼介が声をあげた。

 一般的な傾向として、地上に近い層ほど強い魔種は現れづらいとされている。稼ぐのが目的の探険士によって魔種たちは狩られ続けるからだ。層が深くなるにつれ探険士の踏み入る領域が減ると、魔種同士の食い合いによって淘汰され、あたかも群れのボスのような強力な魔種が生まれていく。

「俺たちもあの蛇蟲を見た。あの巨体が、探険士どもに見つからずにあそこまで成長できると思うか?」

「……」

 それは、若葉も抱いていた疑問だった。

 若葉は吉祥寺の地下層に通い続けている。ブランクはあるものの、急に人が減ったわけでもあるまいし、若葉の知っている混蟲迷宮ならば強襲蛇蟲はもっと早く発見、討伐されてしかるべきだ。

「ひとつ、その疑問に答えを出す現象がある」

 若葉の言葉に三人が注目する。

超魔爆発エーテルバースト。高濃度の魔素が一ヶ所に集まる事で起こる大型魔種の突発的発生現象。これによって浅層で脅威級の魔種が誕生した例は、ある」

 半蔵は犬歯を見せて笑みを浮かべた。

「俺も同意見だ。あの化け物は超魔爆発で生まれた」

「じゃあ、何も不思議なことなんか……」

「俺の疑問は“なんで超魔爆発なんかが起きたのか?”ってことだ新入り」

「……」

「超魔爆発の原因は、色々な条件が重なるとは言われてるけど、詳しい仕組みは解明されてません。そんな疑問は……」

「鷹城一真が超魔爆発で生まれた魔種を積極的に狩ってる、って知ってもか?」

 若葉の言葉が止まった。

「4レベルの探険士がなんだって浅層に現れた脅威討伐に乗り出すんだ? 別に奴はこの吉祥寺に因縁があるわけでもねえ。依頼されたわけでもねえ。自分から、情報が出た途端に出てきた。何かある。鷹城一真は何かを知っている。俺はそいつを知りたい。だから鷹城と接触したてめぇらから話を聞きたいのさ」

「半蔵さんは、その何かを知ってどうするんですか?」

「……。気に入らねえのさ。人の知らないところで何かが動いて、そのせいで何も知らねえ奴が巻き込まれる。ああ気に入らねえ。俺を巻き込みやがったのが、気に入らねえ。だから俺は自分から飛び込むんだ。周りが俺を引っ掻き回すんじゃねえ。俺が鷹城一真を、この状況を引っ掻き回してやる。それだけだ」

「そんな理由で……」

 憤りを感じて口を開いた若葉をピスティルが困ったような笑顔で見る。

「実はですね、先ほど、“Dゲイズ”の方からこんなものを渡されまして」

 テーブルの上に転がったのはひしゃげて使い物にならなくなった手甲だった。泥とゲル状の魔素と、赤錆色の塗料で汚れている。

「強襲蛇蟲の排泄した残りカスから出てきたものだそうです」

「それって、つまり、あいつに喰われた……?」

 遺品。これを身に着けていた探険士はもう生きていないのだろう。

「ええ。この篭手はあの日はぐれた小隊の仲間です。二日たっても帰ってこないからもしかして、とは思いましたけどね」

 手甲を撫でるピスティルの瞳に深い悲しみが浮かぶ。

「弔い合戦ってことですか?」

 若葉の視線を、半蔵は射殺すような勢いで睨み返した。

「違ぇーよ馬ぁ鹿。そんなしおらしい事ぁ考えてねえ。地下層で魔種に殺されるのは当たり前の事で、当然の事象だ。コイツらが弱い故に起きた、必然ってぇやつだ」

 そして半蔵は椅子の背にもたれかかり、若葉から顔をそむけた。

「だがな。あのクソ蛇蟲の存在は不自然なんだよ。不自然に殺される必然なんてありゃしねえ。だから俺はそこんとこハッキリさせて、手前らが死んだのは当然の成り行きだったって言ってやらなきゃならねえんだよ。こいつらに納得いかねえつって化けて出られたらウゼェだろうが」

 篭手を指先で叩く半蔵の姿を見て若葉の表情から険が抜けていった。代わりにうっすらと唇が弧を描く。

「……要するに、お化けが怖いのね」

「ンだとこらぁ!?」

 若葉の突拍子もないまとめに思わず蒼介もピスティルも噴き出した。

「ちっ……で、どうなんだ。話すのか話さねぇのか」

「うーん」

 蒼介はわざと考えるようなそぶりをとった。実際のところ、半蔵から話を聞いて、答えは決まっていた。

 若葉へ目くばせすると、若葉はひとつ頷いた。君に任せる。そう言ってもらえたような気がした。

「いいですけど、タダってわけにはいきません」

「ほぉ?」

「俺ら探険士でしょ。地下層に関する情報には相応の対価が発生するんじゃないですか?」

「ヒヨッコが、一丁前に交渉か。ぴかぴかの鎧を買う小遣いでも欲しいのか」

「いや、俺が欲しいのはもっと別のものです」

「吹っかける気か……」

「ある意味、何より高いものかもしれないっすね。俺が欲しいのは半蔵さんとピスティルさん、あなたたちです」

「あ?」

「え?」

「俺達と小隊組んで、強襲蛇蟲の討伐に参加してくれませんか?」



 翌日、学校が終わってから蒼介と若葉は装備一式を担いで、高尾の山を登っていた。軽量に作られているとはいえ金属鎧を持ち歩いての登山はなかなかの運動になった。

「ケーブルカーにまで乗って……こんなとこにも地下層があるのか……」

「高尾は東京じゃマイナーな地下層だね。私も行った事はないな」

「なんだって特訓の場所がこんなとこなんだろうな」

 やがて、探険士組合の支部が見えてくると、入り口には半蔵とピスティルが待ち構えていた。

「遅ぇーぞ手前ぇら! 山くらいダッシュで登れ!」

「無茶言わないでくださいよ!」

「まぁまぁハンゾウ。どのみちこれからヘトヘトになるまで戦わせるんですから、いいじゃないですか」

「それもそーだな」

 恐ろしいことを言いながら二人は建物に入っていく。蒼介と若葉は顔を見合わせてからその後に続いた。


「しばらくここ通うからな。ロッカー借りて装備は置いとけ」

 更衣室で半蔵にそう言われ、蒼介はロッカーの週貸りを申し込んでおいた。ひとつの地下層に通い詰める探険士にはありがたいサービスだ。毎日剣や鎧を担いで山登りをせずに済む。

「あとてめえら親に今日遅くなるのと晩飯いらねえって言っといたか?」

「え、そんな遅くなるんすか?」

「……ウチは、いつも言わないし」

「はぁ? フザけんな! きちっと連絡しとけ! これから毎日夜中までしごくからな! 休日も全部使う! だからキチっと連絡しとけや!」

「あ、ついでに私からもご挨拶させてください。長いこと預かることになるので」


「ええ、ええ。そうなんですよー。ソウスケ君が是非にというものでうちのハンゾウも乗り気になってしまって……ええ、探険士やる男性なんて皆そんなものですよねぇ。分かっていただけます? あ、旦那さんも探険士で! はぁ~。なるほどねぇ、血ですねぇ。ふふふ……分かりました。安心してください。ソウスケ君には傷一つ……あ、そうですね。死ななきゃ安いですよね」

「ちょっとうちの母ちゃんと打ち解けすぎじゃないっすか!? それになんか物騒な話してるし!」

「あ、お母様から伝言です。“脅威っていうの退治したら上がりの三割寄越せ”だそうです」

「ぐっ……」

「しかし、ソウスケ君のほうはいいとして、ワカバちゃんのご両親は連絡つかないですねぇ」

「ウチの親は、放任主義なんで」

「チッ。しゃーねぇな。んじゃ着替えて階段下りたとこ集合。ちゃっちゃとしろよ」

 半蔵の号令に従い各々更衣室に向かう。


「半蔵さんって、よく分からない」

 女子更衣室に入ってから若葉が呟いた。それを聞いたピスティルは苦笑いする。

「あれで心配性で面倒見いいんですよ。あの口の悪さは照れ隠しですね」

照れ隠しそこが過剰すぎる気がするけど……」

 ちら、と横目に見ると、ピスティルは魔素伝導スーツを着るのに難儀していた。このスーツは肌に密着するようきつく作られているものだが、彼女のようにでっぱりが大きいと苦労は増すのだろう。形状も着易さを重視して上半身の布地は胸を覆う部分だけだ。触媒に必ず素肌が触れていなければならない以上、触媒防具の下は何も着けてはいけない。この不便を解決してくれるという点で主に女性探険士から歓迎される魔素電導スーツだが、なるべく布地部分が少ない方が良いとされるのも事実だ。

 だからといってピスティルのつけているセパレートタイプのそれは、ちょっと、少なすぎやしないだろうか。上から真っ白でピスティルの瑞々しくも土汚れの絶えない肌をすっぽり覆い隠すローブを着込むとしても。

 いや、彼女には必要なのだろう。あんなに着づらそうにしている。若葉には分からない悩みだ。別に、分からなかったからといって、問題はない。

 自分に言い聞かせているかのような思考に気づいてそれを振り払う。これから過酷な特訓をするのだ。蒼介だってこんな不純な事を考えていたら怒るに違いない。


「ピスティルさんって、ちょっとこう、変な雰囲気してますけど、すげえ美人ですよね。スタイルも良いし」

「ンだよ発情してんのかこれだからガキは」

「い、いやそんなんじゃないっすけど!」

「まぁ、顔と外面と乳は良いから、交渉ごとはあいつにぶん投げとけば安心だな」

「交渉ごとって……まぁ、半蔵さんそういうの向いてないっすね」

「ンだとこら! だからてめえ俺なら簡単にオトせると思ってこんな条件出したのか!」

「いやいや……実を言うと二人に会った翌日くらいから、考えてたんすよ。あの蛇蟲を倒すにはもっと強くならなきゃいけないって。半蔵さんとピスティルさんなら、小隊員としても俺らの師匠としてもいいんじゃないかって」

「あの鷲塚っつうオッサンのが、優しげでいいじゃねえか。俺みてぇのが教えるのに適してると?」

「うーん……確かにそうなんですけど」

 半蔵が睨みつけるのを汗をたらしながら見ないふりをする。

「半蔵さんは同じ軽戦士だし、なんつうか……ちょっと無茶やっても付き合ってくれそうだったんで」

「……んだそりゃ。俺はそんな面倒事背負い込むのはごめんだ」

「じゃあ、なんで付き合ってくれたんですか?」

「何度も言わせんな。俺の利益と合致したからだ。てめえは俺の駒だ。鷹城のやつの企みを引っ掻き回して、隠れてるモノを暴く。そのためにゃ手札が要る。てめえを手札として使うには、強襲蛇蟲と戦える程度には鍛え上げなきゃならねぇ。お前が言った作戦……灰被りの樹林へおびき寄せての包囲殲滅作戦なら、あのフィールドで単独で戦い抜く実力があれば参加できるだろう」

「……」

「だから最低限そこまでは持っていく。だが理想はそれ以上。鷹城のクソボケから手柄を掠め取れりゃ上出来だ」

 鷹城一真の手柄を、と簡単に言うが、それはつまり。

 1レベルの初心者が4レベルの英雄を出し抜け、と言っているのだ。

「……やべ、こっちのがよっぽど無茶だった」

「気づくのが遅ぇよ」

 軽鎧を身に着けた半蔵は腰に短剣の納まったベルトを括り付け、口の端を吊り上げた。

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