006
帰ったら母親に五発、殴られた。
そして暖めたご飯を胃に落として、ふらふらとベッドに倒れこみ、何時間寝ていたか知らないが目が覚めた時には太陽はとっくにてっぺんで、カーテンの隙間から差す日差しに目を細めながら、蒼介は“生きている”と実感した。それは同時に死んでいたかもしれないと強く自覚する事でもあった。
この先もこう思うことは何度もあるのだろう。だが、負けた気分で帰らされるのはゴメンだ。
蒼介に言わせれば昨日は負けだ。巨大蛇蟲に食われかけ、やっとの事で逃げ帰るのが精一杯。いや、それすらも人の手を借りてなければどうにもならなかった。
テレビ画面の向こう側に見た華々しく、雄々しく、格好良い探険士たちの姿を思い浮かべる。混蟲迷宮や灰被りの樹林よりもさらに深く深く深くへ潜り、世界の深奥を暴き、怪物を相手に勇猛を奮い秘宝と栄誉を手にする彼らの姿に蒼介は魅せられたのだ。
昨日、蒼介はいよいよそのステージに足を踏み入れたと思った。同じ地平に立てたんだと感激し、地下層への門を潜った。
だが現実はそんな生易しいものじゃなかった。踏み入れたのはただ入り口で、そこから見渡す景色さえ途方のない先を感じさせるものだった。テレビの向こうに踏み入るために、どこに行けばいいのかすら分からない。
「……だから、燃えるんだよなっ」
現在十三時二十二分。堀井武具店は毎日十時、とっくに開店している。
※
「お前、馬鹿じゃねーの」
休日は店の手伝いをするのが浩平の日課らしく、彼は店内の商品の補充作業を行っていた。陳列する短剣を手にありのままの感想を口にする親友へ蒼介は不敵に笑ってやる。
「いやぁ、馬鹿だねぇ蒼介君」
からから笑いながら浩平も同意する。
「どうしたら脅威を倒せるか、なんて。昨日探険士デビューした人間の言う台詞じゃないなぁ」
堀井武具店に飛び込んだ蒼介が浩太郎に尋ねたのがそれだった。そして昨日の事情を聞いた堀井親子の感想がこれだ。
「でも俺! 悔しかったんすよ! あのデカい蛇蟲に飲み込まれて、逃げ出して、やっとの事で帰ってきて! 途中じゃ女の子に助けられるしっ。アイツをぶった斬ってやらなきゃ気が済まないんす……!」
握りしめた己の拳を見下ろす蒼介の口元は大きく釣りあがっていた。
「それに、あのすげえ化け物をぶっ倒せたら……最高に楽しそうじゃないっすか」
「……君は大ちゃんの子供だねぇ」
呆れ半分、嬉しさ半分。浩太郎はそんな笑みを浮かべていた。
「んじゃ、僕に教えれることは教えてあげようか」
「え。ちょっと親父。何言ってんの?」
へらへら笑いながらとんでもないことを言い出す父親に浩平が短剣を放り出してカウンターに詰め寄った。
「ふつうそこ、止めるとこだろ? この馬鹿、とんでもない事やろうとしてんだろ?」
「ははは。浩平、友達の事はちゃんと分かってやんないとダメだぞ? 今ここで蒼介君にダメと突きつけて追い返したら、この子はどうする?」
「どう、って」
考えてみる。
「一人でも強行して、死ぬ」
結論は明らかだった。
「だろう。それを止めるのは僕には無理だからね。じゃあ死なないようにフォローしてあげたほうがよっぽど建設的さ。これからの蒼介君の探険士生活のためにもね」
「おじさん……ありがとうございます!」
「いやいや。僕は何にもしないよ?」
「え……」
「だってほら、僕武具屋の店主だし。装備面で君のサポートはできるけど、戦闘面での訓練はほかの人に頼まないとね。僕のアドバイスだけでいきなり強くはなれない」
「そっか。そうっすよね。いえ、お願いします! とりあえず装備の修理を!」
蒼介が並べたGMポイントアーマー、円形盾、ファルシオンはいずれも長い長い探険を潜り抜けたかのようにぼろぼろだった。ファルシオンは刃が欠け、刀身に歪みが生じ、鎧は触媒の消耗によって随所に罅が入っていた。円形盾に至っては砕け散った残骸を未練がましく持ち帰ったものだ。
「こりゃずいぶんと派手にやったもんだ」
「元通りにしてもらえますか?」
「もちろん。ちゃんとお金稼いできたんだろうね?」
「二層分の敵、相手にしてきたんすよ。修理費くらい余裕で……あ」
思い出したように蒼介は防具をしまっていた袋に手を突っ込んで、それを取り出した。根本からへし折れた、白灰の牙が二本。
「これで、武器作れないかな?」
「ほぉ……潜灰犬の牙か」
牙を受け取り、裏表して眺める浩太郎。
「こんなデカいのを仕留めるとは。驚いたな」
「さっき話した魔術師の娘のおかげっすよ。それも換金したらけっこうな値段になるって言われたんだけど……その気になれなくて」
あの隻眼の潜灰犬とのぎりぎりの戦いもまた蒼介の心胆を凍らせ締め上げ、また血潮を熱く滾らせた。その象徴のようなこの牙は金に換えるより何かの形で手元に残しておきたいと思っていた。
「灰被りの樹林に棲む魔種は体が頑丈で、武器に仕立てやすいんだ。これだけの量ならこのファルシオンを打ち直せるかもしれないよ」
「本当ですか?」
「うん。まぁ、正直それよりも良い武器を買うほうがおすすめだけど」
「いえ、俺おじさんに作って欲しいです。俺の新しいファルシオンを!」
牙と、傷ついたファルシオンを前に浩太郎はしばらく黙考した。
「いいだろう。ただし、お代はそれなりにもらうよ?」
「構わないっす!」
話は、決まった。
GMポイントアーマーの修繕は数時間で終わったが、ファルシオンは時間をかけて納得の行く造りにしたいとの事で、蒼介は代剣として似たような剣を借り受けた。
二週間。それが浩太郎の提示した時間だ。
「でも、その間に巨大蛇蟲、倒されちゃいないっすかね?」
「それはないと思うよ。脅威種が現れたらまず行われるのは慎重な情報収集だ。行き当たりばったりで挑むような探険士はいないからね。それに組合が依頼を発行しなきゃ脅威種を倒したとしても功績として認めてもらえない。だからそれまでは倒さず、しかし適度に戦い、対処法を見極めるんだ」
「組合が依頼を発行したら?」
「そのあとは競争だね。早いもの勝ち。けど、組合にも思惑があってね。探険士たちの準備が整うまではわざと依頼を発行しないんだ」
「なんで、そんな面倒な真似するんすか?」
蒼介が首を傾げた。
「即座に依頼として出しちゃえば、勇み足で事前調査もせずに行動する小隊も出てくるだろう? そうなると被害者はうなぎ上り、組合としても信用問題やら事後処理やらとデメリットが多い。だから探険士側にある程度準備ができるころを見計らうんだ」
「なるほど……」
正直、蒼介は装備の修理さえ完了すれば依頼の発行など無関係にすぐにでも挑みかかりに行く気でいた。そういう思惑はすべて見透かされているということか。
「情報収集のための沈黙の期間、そして実際に依頼が発布され、引き請ける小組織や小隊が出てきて、それらを纏め上げる時間。そして実際に討伐に向かう準備。まぁ一ヶ月以上はかかるものだよ」
その間に蒼介には何ができるだろうか。一ヶ月であの巨大蛇蟲にわたり合うだけの力をつける。
「まずは仲間を見つける事だね。体験したなら分かったろうけど、単独での探検は危険が多い。君一人でできる事に限度はあっても仲間と共にならばその限度は相当、上がるはずだよ」
「でも、深谷さんは魔術師なのに単独で潜ってましたよ?」
「その娘は慎重に慎重を重ねてるんだろうね。灰被りの樹林は罠にかかる獲物を待つスタンスの魔種ばかりで、戦闘中に別の群れに遭遇するって事態が少ない。森の木々や茂みのおかげで隠れる場所も多いし、きちんと獲物を見つける事ができれば単独でも敵を倒しやすい。水の呪文を使うのも、音が少ないし応用力が高いからだね」
「仲間か……うん、ありがとうございます」
笑みを浮かべる蒼介に浩太郎は友人の若いころを重ねて見た。
※
翌日、学校に向かう道すがら蒼介は小隊を組む相手について考えた。
仲間探しと一口に言っても、容易ではない。なり立ての探険士である蒼介に人脈といえば鷲塚、原野、一村、そして深谷に、一応半蔵やピスティルも入るか。
「一日でできた知り合いの数としちゃ多いけどなぁ……」
この中であの巨大蛇蟲退治に付き合ってくれる人間がいるだろうか。成り行きで行動を共にした半蔵らは論外。鷲塚に相談すればまず止められるだろう。原野、一村も同じ初心者だし誘うのは気が引ける。
ほとんど言い訳のように自然と候補は絞られていく。
「深谷さんかぁ……」
エクスホンのアドレス帳に追加された名前を見て、考え込む。
死線を共にした経験からか彼女に最も親近感を覚える。先日の連携は決して悪くなかった。
放課後になったら連絡を取ってみよう。
心に決めてホームルームを待ち構えていた蒼介に、衝撃が走った。
「というわけで、怪我で学校に来るのが遅れていた深谷さんですが、今日からこの三組の仲間になります。皆仲良くするようにね」
新屋先生からの紹介を受けて彼女は静かに一礼し、クラスの面々の視線を真っ直ぐ見つめた
「深谷若葉です。留年してみなさんより一つ年上ですが、気にせず気軽に話してください。よろしくお願いします」
呆けた顔をする蒼介と目が合うと若葉はほんのわずかに口端を吊り上げた。
若葉と話すチャンスはなかなかこなかった。クラスの女子たちが取り囲んで質問攻めにしていたからだ。留年の上途中からの合流も壁にはならず、若葉はクラスになじむことができそうで、その点は安心した。
そんな事情でやはりしばらく話しかけるのは無理かと諦めていたが、昼休みになると若葉の方から弁当を片手に蒼介たちの方へと接近してきた。
浩平や奈緒と軽い自己紹介をし合った後、探検の話もあるのでということで昼食は屋上で取る事にした。
「んじゃあ、蒼介のやつ本当に化け物に食べられたの?」
サンドイッチをつまみながら奈緒が呆れた声を上げた。若葉から話を聞くまでは半信半疑だったらしい。
「うん。高井君、凄かったよ。隕石にみたいに降ってきて。最初、蛇蟲が何か吐き出して攻撃してきたのかと思った」
「蒼介、あんたよく生きてるね」
「俺もそう思う。深谷さんがいなけりゃこうして飯食ってらんないよ。しかも同じ学校で同じクラスだったとか、驚いた」
「私は知ってたよ」
「マジで!?」
「アドレス交換した時に気づいた。高井君、プロフィールのとこ丁寧に学校の名前まで入れてるから」
「じゃあなんで教えてくれなかったんだよ?」
「地下層では私が驚かされたから、ドッキリ仕掛けようと思って。でも、同じクラスなのはさすがに予想外。だから引き分けだね」
小さな手でブイサインなど作っている若葉に蒼介は半眼の視線を送り、奈緒と浩平は笑い声をあげた。
「そういや深谷さんのアドレス帳、探険士としての情報以外ほとんど何も書いてなかったな。なんで?」
「女でしかも高校生の探険士なんて、舐められるから。報酬誤魔化そうとしたりね」
「悪いヤツがいんだなぁ」
「ま、何回か嫌な目に遭ってから単独で潜るようになって、怪我して留年しちゃったけど」
「それで復学より先に地下層に潜ってるんだから、こりゃ筋金入りだな。蒼介といい勝負だ」
笑い声が交わされる中で蒼介は唇を引き結んで若葉を見ていた。
魔術師でありながら単独で探検を続ける若葉。その理由が今の会話に含まれているとしたら、彼女を仲間に入れるのは無理かもしれない。
だが、若葉の力があれば攻略の助けにもなる。どうにかして説得できないものか。
悩んでいる蒼介に気づいた浩平がそっと耳打ちしてきた。
「お前さ、深谷さんと組めばいいんじゃねえの?」
「そうだけど、なんか小隊嫌ってるっぽいしなぁ……」
「ねぇ、高井君」
「え、な、何!?」
密談しているところに若葉から声がかかって、無暗に上ずった声になってしまった。若葉は怪訝そうな目をしたが、気にせず用件を言う。
「放課後、吉祥寺に行かない? あの蛇蟲の件がどうなったか気になるでしょ」
「あ……そうだな。行こう!」
喜ぶ蒼介に浩平はそっと良かったな、と耳打ちした。
※
吉祥寺の支部は週末の数倍の人間で賑わっていた。脅威種が現れればこぞって情報収集を行うのが常だからこういう光景は珍しくないが、今日は少し風向きが違った。
地下層入口は固く閉ざされ、両脇に職員が仁王立ちして探検士たちを阻んでいる。
「現在、吉祥寺地下層は入場制限をかけています! 組合の許可がない小隊、探険士は入場できません! なお、許可受諾は四番窓口で……」
カウンターから声を張り上げているのは支倉だ。それに対して馴染みの探険士たちが文句を飛ばしている。
「どういうことだよ伊予ちゃん!」
「脅威ごときに俺らがやられるとでも思ってんのか?」
「これじゃ今日の予定がパーだぜ!」
方々から飛んでくる無責任な言葉に支倉は簡単にキレた。カウンターに片足を乗せて身を乗り出し、拡声器のボリュームを最大に引き上げ、叫ぶ。
「うっさいわね! 危険だから入るなって言ってんでしょ! 文句あんならさっさと許可証もらってきなさい!」
「……何事だこれ」
「ちょっと分からない」
途方に暮れる蒼介の肩を誰かが叩いた。
振り返ると、鷲塚が困ったような笑みを浮かべていた。
“ぼうけんや”に場所を移した鷲塚は二人へ状況を説明した。
「どうも、状況が悪くてね。例の巨大蛇蟲……組合では強襲蛇蟲と名付けられたが、ヤツは思いのほか強敵のようだ」
敵は巨大なだけの蛇蟲。練達の探険士からすれば対処の難しい敵ではないと初め目されていた。
だが、一次偵察に出た小隊の成果は凄惨たるものだった。
「問題は、混蟲迷宮の構造にある。我々が坑道を進むのに対し、強襲蛇蟲は天井、壁、床問わずそれらを食い破って突如現れる。この不意打ちに偵察に出た探険士はやられた……」
「それって、俺と同じように……?」
「同じ、ではないな。喰われた探険士は残念ながら生還する事はなかった」
蒼介が絶句し、若葉も重苦しい表情で固唾を呑んでいる。
「一村君が一緒だった僕らはついていたな。生還した偵察隊によれば、接近を知らせる音と振動を感知した時には天井が割れていたそうだ」
「え、ちょっと……生還って、じゃあその、喰われた人って……」
「……高井君。地下層はそういう場所だ。そして、人の命が容易く握り潰されるほどの存在だからこそ、奴らは脅威と呼ばれる」
厳しい鷲塚の口調に蒼介は黙り込むしかなかった。
「そういうわけで、現在は被害者が増えるのを防ぐために全面的に入場を制限している。脅威が排除されるまではこの状態が続くだろうな」
「討伐依頼はどうなりますか?」
若葉の問いに鷲塚は難しい顔をした。
「通常ならば脅威に対しては懸賞金が掛けられ、あとは探険士たちが個々に討伐するのを待つだろうが……今回は討伐隊を結成することになるだろう。すでに組合は情報収集のために動いているしな」
その時、“ぼうけんや”入口に見覚えのある顔が現れた。
「一村さん!」
一村は数人の探険士と共に蒼介たちのテーブルまでやってきた。軽く手を上げて挨拶すると、傍らにいた眼鏡をかけた痩躯の男が進み出る。
「やぁ東雲さん。首尾はどうだったかな?」
「いやいや。一村君のおかげで安全に仕事ができました。いい人材を紹介していただいて、原野さんには感謝してますよ」
痩躯の男が一村の肩に手をやる。一村はため息をついた。
「あの化け物にわざわざ会いに行くなんて、気が気じゃないけどな」
「え、ど、どういうことなんすか?」
置いてけぼりになっている蒼介が面々を見回す。鷲塚はすまないと苦笑してから、痩躯の男を示した。
「彼は小組織“Dゲイズ”の所長で、東雲蔵人さんだ」
「初めまして。“Dゲイズ”は探険士の情報売買を生業にしていて、地形、魔種、果ては探険士の能力評価まで、あらゆる情報を集め、売っております。ご入り用の際にはぜひお声かけを」
東雲が一礼し、エクスホンを取り出す。蒼介と若葉もエクスホンを取り出し、名刺交換が行われた。東雲のレベルは3。鷲塚よりもさらに高い、ごく少数だけがなれるエリートだ。
「一村君は、原野さんの紹介で東雲さんのとこに所属することになったんだ」
「彼の耳の良さ、危機察知能力はウチに最適だと思いまして。それに今回の蛇蟲騒動に際して経験者の随行は大変助かりましたよ」
「それが目的で入れたんじゃないのかね」
一村が悪態をつくが、その表情は気を悪くしたようなものではない。東雲もまた鷹揚に笑っている。
「でも、なんで原野さんが?」
「うん、実はね……」
「あのおっさん。俺らを騙してやがったんだよ」
「え?」
目を丸くする蒼介に、鷲塚が慌てて手を振った。
「いやいや、そういうわけじゃないんだ。実を言うとね、原野さんは初心者じゃないんだ。“初心者の館”のメンバーで、僕と小隊を組んだ新人から有望な人間を見繕って、知り合いの小組織に斡旋しているんだよ」
「てことは、原野さんはスカウトマンってこと?」
「そういうこと。生の実力を見たいということで立場を隠して同行してもらうんだ。仕事の性質上、換金額をゼロになるよう調整してもらってね」
「はー。そういう人もいるんすね……って、俺にスカウト来てないんですか!?」
「いや、本来は何回か同行してから決めるんだよ。一村君の場合は東雲さんからの打診もあってのことだ」
「こちらとしては、貴方の情報も買わせていただきたいのですがね」
東雲が蒼介を見て微笑んだ。蒼介は怪訝な顔をしてその目を見返す。
「高井君、自分がどれだけすごい体験してるか自覚してないの?」
若葉がストローに口をつけながら呆れた調子で言う。蒼介は実感がわかないようで、東雲を見ながら首を傾げた。
「東雲さん、すまないが彼については組合から先にお声がかかってるんだ」
「おっと、それは残念……では私たちは先に成果を報告してきます。鷲塚さん、また後で」
「じゃあな蒼介。また後で、な」
東雲が会釈し、一村が手を振ってカフェテリアから出ていく。
「後で、ってどういう意味?」
「それは……彼女から説明してもらおうか」
一村たちと入れ替わりにやってきた支倉は拡声器を持った手を回しながら反対の手で肩を揉んで、疲れを全身から滲ませていた。
「あーもう、これだから探険士ってのは。あれ……」
テーブルに蒼介の姿を認めると、支倉はぱっと笑顔になった。
「さすが鷲塚さん、もう手配してくれたんですね」
「ああ、いや……実は偶然でして。ちょうど良いので今交渉していたんですよ」
「なるほど。助かります。こんにちは高井君。あれからどう? 体調崩してない?」
「あ、はい。大丈夫です。支倉さんこそ、大丈夫ですか?」
「この溜まったストレスを呪文に乗せて脅威にぶち込んでやりたい」
笑顔のままそんな事を口走る支倉からは言いようのない迫力がにじみ出ていた。
「こほん。えーとね高井君。これからいくつかの小組織、探険士を招いて、強襲蛇蟲の対策会議を行うの。それに、出席してくれないかしら?」
「……え、俺が!?」
「そう。先ほど“Dゲイズ”が持ち帰った情報と照らし合わせて、意見を聞きたいのよ。君の体験は貴重だから」
一村の言葉の意味がこれだ。蛇蟲対策のために、蒼介の経験した戦いから情報を得ようというのだ。
「ところで支倉さん、今回の討伐、主軸になる探険士は決まったんですか? 会議にも出るんでしょう?」
「それがねぇ……」
鷲塚の質問に支倉が浮かべた表情は、喜びとも困惑ともつかない、複雑なものだった。