002
更衣室には重騎士の鎧でもしまっておける大きな貸ロッカーがいくつも備えられている。蒼介は体の要所を守るポイントアーマーだから荷物は軽いが、鷲塚などは行きつけであるここに月単位でロッカーを借りているのだとか。
地上では探険士用の装備を身に着ける事は違法とされているから、こういう設備の存在はありがたい。ここに通うようになるなら自分も借りておくといいかもしれない。
触媒伝導服に袖を通すのは骨が折れる。これが肌に密着していないと鎧との間で不干渉を起こして防護や離脱といった付与呪文が発動不良を起こすというのだから何よりも重要な装備だろうが、この着づらさはもうちょっとなんとかならないのか。しかも肌に触れる必要があるため下着はつけられない。体のラインが余すとこなく浮彫になって、気恥ずかしい。この上にポイントアーマーをつけるのは裸の上に鎧を着るようなものだ。
女性の軽戦士など、そういった姿でテレビに映っていたりすると食い入るように見つめてしまう事を思い出す。
「って、妙な事考えてんな俺」
邪念を振り払っておかねば、これから挑むのは地下層なのだから。
※
地下層への道のりは徒歩である。地上から直線距離にして二キロメートルにもなる長い長い階段を下っていくと、まるで海に潜ったときのように肌に冷たい感覚が纏わりついてくる。この感覚が下層へたどり着いた証なのだと、鷲塚は言った。
「ここから先は掘削機でも掘り進めない。我々人類がその足で僅かずつ踏破してきた未知の世界だ」
人の手で造られた階段が終わるとむき出しの地面が姿を現した。
土の通路、岩肌の壁と天井。転々と壁に設置された松明の明かり。松明は炎ではなく、先端が直に発光している。暖かさを感じることはない。これは魔術でできた品だ。松明の設置された通路が右にも左にも、何本も伸びている。
「ここに階段があるのは偶然か分からないが、最初の分岐路だ」
探険士は地下層に降り立ってまず最初に選択を迫られるわけだ。右に行くのか、左に行くのか、それとも正面か。それによって幸運にも不運にも出会うのだろう。
「とはいってもどの道も先輩たちがすでに進んだものだ。君たちの端末にも地図があるだろう」
地下層の地図は組合ホームページで有料ダウンロードが可能だ。先行投資と思って蒼介もここ吉祥寺地下層の地図を何層か購入している。
「組合の地図は安いが道しか載ってない簡素なものだ。個人で地図屋をやっている人間が作った地図アプリなんかだと出てくる魔種の傾向が出たり、色々面白いぞ」
「でも、ガセ情報載せる悪質な地図もあるって聞いたけどな」
「一村君の言うとおりだな。ま、ネットの世界じゃままあることだ。地下にも罠があることだって珍しくない。そういうのを見抜くのも探険士の実力だ」
罠の可能性もあるうち、どの通路を進むべきか。決定するのは鷲塚の仕事だと思っていたが、意外なことにじゃんけんで勝った人間に決めさせようと言い出してきた。
「教科書どおりじゃつまらないだろう?」
「よし。じゃあ俺が勝ったら正面の通路で」
いの一番に蒼介が言うと一村が「じゃあ右端で」と言い、原野はやや迷ってから左から四本目を選んだ。
「なら僕が勝ったら一番左だ。さーいしょーはグー……!」
『じゃんけんぽん!』
「やっぱ男ならまっすぐ直進だろッ」
蒼介が先頭に立って勝利の証のチョキを正面の通路へ向ける。
「ド正面って一番罠っぽくね?」
「そ、そうですね。端とか正面とか、選びやすいとこに何か仕掛けてそうな気がします」
「そう思わせて案外アタリということもあるぞ」
後ろでやいやい言う仲間たちに振り返る蒼介。
「んじゃあ俺が先頭ってことでいいっすよね?」
「いいのかい? 先頭は最も危険な役割だぞ。小隊を先導し、魔種や罠の危険に真っ先にさらされる。そして後続のためにそれらの露払いをしなくてはならない」
「望むところっすよ!」
「俺は別にいーぜ別に」
「私も異存ありません」
「よっし」
蒼介は高揚する気持ちを放つように悠々とその一歩を踏み出した。
直後、床が崩れて足元に大きな穴が空いた。
「ぬぉわー!?」
間一髪、原野にしがみつくようにして落ちるのを免れた蒼介。その身代わりのように地面だった土塊が暗闇に吸い込まれていった。
「だ、大丈夫ですか高井君」
原野が一生懸命引き上げるのを一村が笑いながら見ていた。
「まんまじゃねーか。しかも一歩目から罠に引っかかるって、ダセー」
「う、うるさいっすね! いきなりとは思わなかったんですよ! ていうか誰だよこんなとこに穴掘ったの!」
「たぶん……戦車蟻科の魔種が生息してるからじゃないかと……」
原野が恐る恐る言った。
「ここ、吉祥寺地下第一層は別名“混蟲迷宮”……戦車蟻や蛇蟲によって無秩序に空けられた巣穴が張り巡らされていることからついた名前だと聞きます」
「そ、そうなんすか」
「ハイ。特にこの吉祥寺地下層には戦車蟻が多く見られるそうです。彼らは自分の掘った穴を隠して獲物をそこに落とす習性があって……」
「ちょ、ちょっと。原野さんなんでそんな詳しいの? 初心者でしょ?」
「え。いや、地下の構造については地図にも記載されてますし、この混蟲迷宮に出没する魔種の情報も何匹か購入してますので……」
組合発行の地図アプリにも簡単な構造紹介くらいは載っている。それを見落としたのは蒼介の落ち度だが、魔種情報は安くとも一体数千円からする高級品だ。蒼介はそこまで手が回らなかった。
「ていうか、知ってるんなら教えてくださいよ」
「いやー、落ちたのは高井クンの責任だし、しょうがないんじゃねえの~? 助かって良かったじゃん」
「ま、まぁまぁ……ちょっと重いので一村君も引き上げるのを……?」
原野にしがみついている蒼介を見てニヤニヤ笑っていた一村だが、不意にその顔から表情が消える。
「一村君……?」
「シッ」
只ならぬ様子に全員が静まり返って一村の動向に注目した。
「……何か来る。足音がたくさんするぜ」
原野があ、と声をあげた。
「さ、先ほどの続きですが、戦車蟻は獲物が罠にかかると仲間を引き連れて餌を運びに来るんです……!」
「てことは……」
「一村君は耳が良いな」
鷲塚が手にした大盾を正面に構えた。
「高井君が罠にかかったのを嗅ぎつけて来たんだろうな。さぁ、ここから本格的な探険の始まりだぞ!」
鷲塚は心なしか、いや、明らかに楽しそうだった。
「一村君、他の穴から足音は?」
「たぶん聞こえねぇ……けどさすがに断言できるほどじゃねえっすよ」
「十分だ。敵は正面から一直線に来る。複数いるとのことだが戦車蟻は小さくとも全高二メートルはくだらない。この通路からでは一匹ずつしか襲ってこれないだろう」
通路は高さ三メートル、横幅が一メートル程度だ。人間が二人並んで歩くことはできても戦いとなるとそうはいかない。
「一対一で戦う必要はない。そこでだ」
鷲塚の指示で四人はすばやく通路を引き返し、分岐点の広間に出て正面通路を取り囲むような陣形を取る。こうすることで通路から出てきた戦車蟻を一匹ずつ仕留めようという腹だ。
「僕は君たちへの攻撃を防ぐ事に集中する。各自、好きなように動いて倒してみせろ!」
迫り来る足音はすでに一村以外の三人の耳にも届いている。
その音以上に蒼介は自分の心臓が激しく脈打っているのを感じていた。
魔種。地下層に生息する生物。外敵を嫌い縄張りに入り込む者を見つければ容赦なく襲い掛かる、探険士にとって最も厄介な存在。
だが、同時にそれらを倒し、地下深くへと進み行く行為こそ、探険士という職業に付随する“楽しみ”である、と蒼介は考える。
蒼介はピクニックしに来たわけではない。探険をしに来たのだ。
「……来た!」
通路を埋め尽くす漆黒の巨体。あれほどのサイズだと瞳やら間接の構造が詳細に見て取れる分、気色悪い。地上では蟻なんて普段は気づかず踏み潰してしまうような存在だが戦車蟻は逆に人間ごとき、蒼介ごとき物ともせずにその脚で踏み砕いてしまいそうだ。
先頭の戦車蟻は自分の掘った落とし穴を跳躍して越えた。穴の直径だけでも一メートル近くある。それをあの巨体が飛ぶ様は圧巻だ。しかも、蟻はそのままもう一度跳んだ。今度は広場に躍り出る。狙いは鷲塚だ。組み敷いて頭を噛み砕こうというのだ。
だが鷲塚は罠に嵌った哀れな獲物ではない。闘気を溜め込んで待ち構える狩人だ。
鷲塚は左半身ごと腕を引いた。盾を持った左手だ。“鋼女”篠崎麻耶の造ったカイトシールド、女神の抱擁。どんな敵の攻撃だろうと防ぐと豪語するその女神の盾を、あろうことか鷲塚は武器にした。
跳んできた戦車蟻に向けて、鷲塚は盾でその顔面を殴りつけた。女神の抱擁は僅かなへこみさえ作らず、表面に描かれた女神のペイントは慈悲を湛えて微笑んでいる。跳びかかってきた戦車蟻は盾から発生した防護の力によって阻まれ、壁に激突したかのようにその場に落着した。
落下した戦車蟻は苦痛に身を捩るが、それもほんの一瞬、すぐに再度の突撃を試みる。
しかしその隙を一村は逃さなかった。広間に躍り出た戦車蟻の脇に位置した彼は蟻の着地と同時に駆け寄り、甲殻の隙間へ短剣をねじ込んだ。そのまま器用に手を捻り、蟻の脚が体から切り離される。
「速っ……あの人、ほんとに初心者か?」
反対側にいる原野は腰が引けているのか、攻撃に参加しない。蒼介も同じように見ているわけにはいかなかった。
「うっ、りゃあああ!!」
半ばやけくそ気味に放った気合と共に繰り出した斬撃ともいえない攻撃は戦車蟻の甲殻に弾かれ、蒼介の体は大きく弾き飛ばされた。戦車蟻は蒼介に見向きもしない。痛くも痒くもなければ気がつきもしないというわけだ。
「高井君、無闇に剣を振ってもこいつは倒せないぞ!」
声は弾んでいた。鷲塚には余裕がある。周囲へ助言を飛ばしながら、戦車蟻の意識が他の人間へ飛ぶと狂ったような怒号と共に盾を叩きつけ、自分の方へ注意を向けさせる。初心者の指導と護衛に徹しているのだ。なおかつ自分もこの状況を楽しんでいる。
鷲塚の背には巨大な槌が提げられている。あれが鷲塚の武器だ。女神の抱擁を片手で保持しながらあれを扱えるのだろうか。ともかく、あれを手にしない限り、鷲塚が本気という事はない。遊んでいるも同然、この程度の敵は鷲塚にとっては障害でさえない、いわゆる雑魚なのだ。
蒼介はどうだろう。実力を隠す余裕などあるのか? 無論ない。手持ちの武器は全て出し切らなければ雑魚にさえ勝てない。
その実力だって、たいしたものではない。蒼介にあるのは探険士免許取得のための講習で過ごした六十時間あまり。霞ヶ関地下層を一から十三層まで単独で踏破しておきながら帰らぬ人となった伝説的到達記録保持者、“天凌剣”勲斑=A=グレアムの記した手帳を元に書かれた教則本“地下戦闘心得”から学んだ地下(この世界)での戦い方、その初歩だけだ。
曰く、地下に現れる敵はそれまで己が向き合った事の無い未知なる敵である。その全てに対処するは不可能。必要なのはその技能、特性を見極めること。
そこに光明がある――!
蒼介の見た光明は一村だ。彼が両手にそれぞれ持つ短剣は刃渡り十五センチ程度で刃も薄い。だが一村は持ち前の素早さと器用さで懐に潜り込み、戦車蟻の甲殻のない隙間を一瞬で見つけ出して短剣を差し込んだ。その後も手早く正確に、鷲塚が注目を集めている間に脚を切り離すまでの作業をやってのけた。
あれを真似ればいい。
「う……りゃあああああ……!!」
戦車蟻が鷲塚にぶん殴られて半身を仰け反らせた、そこが機会だ。
一村と丸きり同じ事をするつもりはない。短剣では時間をかけて解体作業に勤しまなくてはならないが、蒼介の手にあるファルシオンは叩き斬るためにある剣だ。
戦車蟻の仰け反って伸びた首。甲殻の僅かな隙間を蒼介の瞳は捉えた。
「ほっ!」
鷲塚の感嘆の声も耳に入らない。
わき目も振らずに戦車蟻の顎下まで踏み込んだ蒼介の、振り上げるような斬撃ともいえない攻撃は戦車蟻の首へ吸い込まれる。
魔種はいわゆる魔法生物であり、普通の生き物とは違った構造をしていると教わったが、確かに手に返る感触は肉を裂くというよりは何かもっと抵抗の少ない、柔らかい物体へナイフを入れているようなものだった。血も流れることはなく、代わりに噴き出したのは七色の粒子だった。
蒼介の一撃は戦車蟻の首を断ち――斬るには至らず、その中ほどまでを斬り裂いた。
「ひけ!」
耳を叩く大音声は鷲塚だ。ひけ……退け?
逃げろと言ったんだ。
だが遅かった。戦車蟻の前脚が蒼介に向けて繰り出された。なぎ払うような一撃がわき腹を叩く。GMポイントアーマーに付与された防護が自動的に発動し、魔力紋を描くと共に触媒――鎧そのものの質量を削る。
蒼介はうめき声を漏らしながら紙くずみたいに吹っ飛んで転がった。
自分より体の大きな不良に殴られたときだって片膝さえ地面に付かなかった蒼介だが、これは次元が違う。
「けどっ……この程度の痛みなら……!」
蒼介の鎧はわき腹を装甲では覆っていないが、防護は装備者にかかるあらゆる攻撃を防いでくれる。触媒武具の性能は見た目とは無関係だ。蒼介の体は派手に吹っ飛んだものの、感じる痛みは不良の拳よりも遥かに少ない。さすがは堀井武具店お勧めの逸品。
立ち上がろうとした蒼介の前で千切れかけた戦車蟻の首を鷲塚が女神の抱擁で叩き落とす。そして大量の粒子をばら撒きながら戦車蟻の体は崩れて消えていった。
「恐怖せずに戦車蟻の懐に飛び込むとは、やるな高井君!」
「へへ……この程度でビビってらんねぇっすよ!」
「最初は動けなかったじゃん」
「い、一村君、よしましょうよ……」
「おっと、おしゃべりはそこまでだ。戦車蟻は決して単独では行動しない。次が来るぞ!」
通路からは次の戦車蟻が顔を出していた。その次も、次も。戦車蟻はわらわらと穴から這い出てくる。
「うっし……!」
やってやる。今度はとどめも俺がもらう。
蒼介はファルシオンを握りなおし、戦車蟻に向けて地を蹴った。
※
都合六体の戦車蟻を倒すのに要したのはほんの五分ほどだったが蒼介にはその何十倍にも感じられた密度の濃い時間だった。
とどめを持っていったのは鷲塚が四体、蒼介と原野が一体ずつだ。一村は終始戦車蟻の脚を狙って敵の戦闘能力を削ぐ事に集中していたように思える。
「蒼介君は素晴らしい胆力と決断力を持っている。けど、もう少し慎重になったほうがいいね」
「いや、テンション上がっちゃってつい……」
「一村君は地味だが良い働きをしてくれた。けど、それ以上は行わない。積極性には欠けるかな」
「死ぬのも痛いのも嫌っすからねー」
だらけたような態度の一村に蒼介は眉をひそめたが、鷲塚は鷹揚に笑っていた。
「うんうん、皆の言う事は良く分かるよ。俺もそうだった。見た事もない怪物に恐怖して、死から逃げ回り……だけどまだ見ぬこの世界に高揚して、今もこうしている」
鷲塚は思い出すように何度も頷いて、三人の若き探険士たちを見回した。
「ま、戦闘についてはこれからの経験がものを言う。教習所で読んだ『地下戦闘心得』は題名通り、ただの心構えを促すものでしかない。実践的な技術は地下でしか培われないと、僕は思う」
鷲塚が浮かべる笑みは獰猛な肉食獣を思わせる。地上で感じた柔和な印象とはかけ離れたものだ。
この男はダンジョンへ潜るのが楽しくてしょうがないのだ、と蒼介は感じた。
「鷲塚さん、次行きましょうよ、次!」
「ははは、元気だな高井君。初戦闘直後でそれだけ威勢を保ってられるのは才能だぞ……しかしまぁ、ちょっと待とう。まだやる事が残っている」
そう言って鷲塚は輪の中央へ進み出た。
そこには七色の液体に塗れた戦車蟻の残骸とでも言うべき物体が転がっていた。
「ふーん。魔素の固着具合が甘いな。こいつらは若い個体だったようだ」
地下の世界は魔素で成り立っている。それは魔法を使うために必要な媒体のひとつであり、魔種を生み出す元でもある。
魔法を使うためには触媒に肌で直接触れ、呪文を唱え、肉体に溜まった魔素を吐き出すという三つの動作が必要になる。吐き出すための魔素は地下世界に漂っているそれを吸い込む事で得るのだ。
最初の探険士ラウル=エリッヒによれば地下層に潜るのは魔素の海に潜るのと同義であり、地下に生きる全てのモノは――もちろん外部から訪れた人間も含め――魔素をその体に湛えるという。
そして魔種とは魔素が生物の姿を模した存在である。人間が地下世界内で僅かずつ魔素を溜めていくのに対し、魔種は最初は全てが魔素で構成された身体を持ち、それが時間と共に物質として固着化していく。死ぬ際にはその固着化した部位が残されることになるのだ。
「固着が進んだ個体ほど強力になる傾向があるが――同時に、それは貴重な資源となるわけだな」
魔素は地上に漏れ出る事はないが、魔種の固着部位は違う。それらは地上に持ち帰られ、商人の手によって売り捌かれ、時には鍛冶師が触媒武器や防具として仕立て直し、時には素材として地上世界の技術向上に一役買う。これら固着物を換金する事で探険士は主な収入としている。
「戦車蟻の甲殻や牙は武具として需要が非常に高いですね。最も、ここ吉祥寺を初めとして様々な地下層で見られる種のため、値段はあまりつかないとか」
「マジっすか。じゃあたいした儲けになんねーなぁ」
原野の言葉にげんなりする一村だが、鷲塚は笑って甲殻の欠片を投げ渡した。
「階段下りてすぐに一攫千金なんて有り得ないさ。もしそんな高級素材が現れたら僕らは全滅してる」
手分けして戦車蟻の固着部位を回収し、各自手持ちの皮袋に放り込む。この袋も固着した燃鼠の皮で造られているもので、頑丈でよく伸びる。
「……」
ふと、蒼介は鷲塚が真剣な面持ちで地面に撒かれた戦車蟻の粒子を見つめていたのに気づいた。
「どうしたんですか?」
「ん? ああいや、なんでもないよ」
鷲塚は首を振って、蒼介の背中を強めに叩いた。
「さ! 先に進むぞ! まだまだ地下世界の探険は始まったばかりなんだからな!」
大声を張り上げて先を行く鷲塚へ蒼介は一瞬首を傾げるが、すぐにその疑念を隅に追いやって追いかけていった。
表面上、なんでもないように装いながらも鷲塚は先ほどまでの浮かれた自分を押し殺し、周囲への警戒を強めた。
地下世界入り口の、階段からすぐの通路にあった戦車蟻の罠。
普通ならば有り得ないことだ。 多くの探険士が行き来するこの場所でのん気に穴を掘る余裕があるわけがない。大抵は掘っている途中に行きか、帰りの探険士に発見されて始末される。浅い穴ならばその場で埋められるだろう。
魔種たちも学習するようで、入り口付近は彼らにとっては危険地帯だと認識し滅多なことでは彼らは寄り付かないはずだった。それがこんな入り口の前で“狩り”を行っているのはなぜか。
生まれた個体が何も知らないで行ったか、あるいは……混蟲迷宮の奥に強力な魔種が存在するせいで、狩場を追われたか。
有り得ないとは言い切れない。が、混蟲迷宮は吉祥寺ダンジョンの最上層。多くの探険士が行き来する。他の魔種に畏怖されるような“脅威 ”級の怪物が生まれればとっくにその情報は知れ渡っていなくてはおかしい。
(……注意しておくに越したことはないな)
鷲塚は己の背に破砕滅槌の重さを意識しながら、歩を進めた。