012
強襲蛇蟲の身体が弾けて崩れるのを見て、彼は残念そうに首を振った。
『――。――――』
何事かを呟いて、杖をつきながら強襲蛇蟲に背を向ける。
振り返った先には人が居た。
「ヘルレギオンの召喚士がこんなところで何をしている?」
召喚士と呼ばれた彼は大いに動揺した。こんなところに人がいるとは思っていなかった。自分の存在が気取られているなんて事は。
その人間は何を見ているのか、考えているのか判然としない瞳でじっと彼を見ている。手にした無限触媒剣“ザ・セイバー”はしっかりと彼に向けて切っ先を突きつける。人間は一人ではない。真紅のローブを纏った長い黒髪の女、着流しに刀を担いだ大男。痩せぎすでこちらを観察するような目つきの眼鏡をかけた男の四人。
「鷹城さん、彼らに地上の言葉は分からないと思いますよ」
眼鏡の男が言うと、彼を見つめていた人間は曖昧に頷いて、剣を振り上げた。
『――ッ、界満たす魔素……』
杖を振り上げ、彼が口を開いたのと同時に、その両腕はザ・セイバーの刃によって斬り離された。
『ギィァッ……!?』
腕の切断面からマグマのような燃えたぎる赤い液体がこぼれ落ちる。彼は呻きその場に崩れた。
断たれた腕をそれでも杖に伸ばそうとしたところを、ザ・セイバーの刃によってその首を斬り裂かれて、彼は絶命した。
「アルファス。清士郎」
呼ばれると後ろにいた二人が燃鼠の皮袋を開いて、彼だった死体に近寄る。
「おい、大丈夫だろうな。こないだみたいにいきなり起き上がったり、腕だけ襲って来たりしないだろうな」
着流しの男はおっかなびっくり刀の先で死体を突く。黒髪の女は呆れたようなため息をついた。
「盾役が怖がってどーすんですか。大丈夫ですよ。すでに魔素の流れが消えています」
そう言われて着流しの男はゆっくりと死体を皮袋に詰め込み始めた。
作業が終わるのを見計らって眼鏡の男が両手を打ち鳴らす。
「さ、これにて一件落着ですね。いやはや、安心しましたよ」
場の空気が僅かに弛緩した、その瞬間。
「じゃあ説明をしてもらおうじゃねえか」
それを再び緊張させる鋭い声が響いた。
石樹の陰から姿を見せた半蔵はピスティルを伴って彼らの前に進み出る。
「鷹城一真……だけじゃねえな。お前ら鷹城の連れだろ。アルファス=メビウムと柳清士郎。それに“Dゲイズ”の東雲蔵人」
半蔵の鋭い瞳が一人一人を睨みつける。
「そう言うあんたは……」
「桐谷半蔵にピスティル=ミリアム。共に2レベルで、混成部隊の参加者ですよ」
嫌悪感を露わにする真紅ローブの女、アルファスに東雲が補足する。
「まさか、見られてしまうとは。一応注意を払って移動したつもりなんですが」
「高い所からだとそこの寝ぼけ野郎の姿がはっきり見えたぜ」
半蔵が挑発的な笑みを向けながら一真を指した。当の一真は目を丸くして突きつけられた指を見ている。
「で、この状況は一体なんだ。説明してもらおうか」
「説明もなにも。ただ見つけた魔種を狩っただけの話で」
「くだらねえ嘘はやめろ」
「……。そう思う根拠は?」
東雲と半蔵の視線が絡み合う。数秒にらみ合った後、半蔵は鼻を鳴らしながら背を向けて、代わりにピスティルが前に出た。
「まず、私たちは初めから今回の討伐に違和感を覚えていました」
「おい、お前が話すんじゃないの?」
アルファスが半蔵に異議を唱えると、半蔵は顔だけ振り向いて小馬鹿にするように肩をすくめた。
「これが俺らのやり方なんでな」
「面倒な事は全部私なんですよこれが」
「サイテーな男」
「それはどうですかねぇ」
ピスティルが微笑むと、アルファスは余計に腹が立った。それを清士郎がなだめつつ、東雲はピスティルに先を促す。
「こほん。浅層に現れた脅威討伐に鷹城一真が乗り出したその理由は誰もが興味を持つところです。これに関して、一つの憶測があります。あなた達は、超魔爆発によって誕生した脅威を積極的に狩っていると。つまり、あなた達は超魔爆発を追っていると考えたわけです」
「ふーん。でも、それがなんだって? 超魔爆発は未だ原因不明の現象。その解明をあたしたちは依頼されている。それだけの話じゃない?」
豊かな胸を反り返らせて反論するアルファスに、ピスティルはわざと同じような恰好をしながら続ける。
「そうとも言えます。けれどハンゾウの考えは違います。言ったでしょう、追っていると」
ピスティルの視線が地面に転がった燃鼠の皮袋へ移った。
「超魔爆発を起こす何かを見つけ、それを消す。それがあなた達の目的です」
四人の探険士が押し黙る。それは肯定に等しい反応だった。
「そこで知りたいのは、その皮袋の中身は何なのかってことですよ。少なくとも私は初めて見ました。人の形をして、呪言語を日常の会話のように扱い、武具を纏った魔種なんて。しかも殺されても魔素が散らず、代わりに血みたいなものをまき散らしてただ死んだ。それじゃあまるで……」
「生き物だ。当然だろう」
解答はあまりにあっさりと、一真の口から放たれた。半蔵もさすがに何か言いたげに一歩踏み込んだが、思いとどまって下がる。この場はあくまでピスティルに任せたのだ。
「えぇ、と……」
「一真は黙っててよ」
アルファスは額に手をあてて溜息をついた。彼女にも彼女なりの苦労があるのかもしれない、とピスティルは無駄に共感を覚えた。
「その生き物が……超魔爆発を起こしたんですね?」
「……」
「あなた達は何を隠しているんですか? 探険士の世界には疑問が多い。例えばレベルです。ある程度の実績があればなれる2レベルと違って、3レベルになれる人間は極端に少ない。一体どういう基準で選ばれるのか……霞ヶ関の“極大地洞”など、レベルによる入場制限を設けた地下層や、今回の件……地下に魔種ではない生物が存在するなんて、どの探険士も知らないことです」
「オーケーです。分かりました」
アルファスとピスティルの間に東雲が進み出て手を打つ。
「お二人の推測はほぼ合っています。ですが訂正が一件。これらの事実はどの探険士も知らないわけじゃない。別に私たち四人だけの秘密ってわけじゃあないんですよ」
「……それを知る者が、3レベルということですね?」
「ご明察。そして、我々3レベルには知る者としての義務と権利がある」
アルファスが右へ。清士郎が左へ。剣呑な空気を纏いながら半蔵とピスティルを囲う。
「2レベル以下の探険士や地上の人々に必要以上の情報が流れるのを止めるのも義務のひとつでしてね?」
半蔵が笑い声をあげた。
「分かり易くていいじゃねえか。仕掛けてきたのがてめえらなら遠慮なくぶちのめして腹ン中のもん洗いざらいぶちまけさせられるよなぁ?」
「おいおい。お前ら2レベルだろ。3レベルの俺達に勝てると思ってんのか?」
清士郎が肩に担いだむき身の刀を振り回して見下すように半蔵へ言う。が、半蔵はその視線を凶暴な笑みで跳ね返した。
「さっきピスティルが言ったろう。2レベルと3レベルの差異は実力じゃねえ。もしそうなら3レベルになれるだけの人間はもっといる。てめえらと俺たちの間に腕の差があるなんてのは、根拠のねえハッタリだ」
「言うじゃあねえか。差がないってのもまた貴様の下らん思い込みに過ぎぬって事も、あると思うがな」
両者の間に流れる緊張が弾け飛ぶ寸前まで膨れ上がった、その瞬間。
「なんで戦うような流れになってるんだ?」
あまりに呑気な一真の声音がその空気に穴を空けてしぼませた。
「……一真よぉ、お前ちょっとは空気を読めや」
「いやははは。これはスベってしまいましたねぇ」
「私は実際、この生意気な男の鼻柱をへし折るんだと思ってたけどね」
三人が三人とも、毒気の抜けたような顔で肩の力を抜いた。残念そうに俯いて首を振ったアルファスは、この日もっとも間の抜けた半蔵の表情を見逃してしまった。
「どういうことです?」
「いやいや、すいません。今のは冗談のつもりでして。別に秘密を知った人間を消すとかそんな危ない真似はしないんで安心してください」
「探険士は貴重な戦力なのよ。仲間内で潰し合うなんてくだらない真似するはずないじゃない」
アルファスは大仰な手振りをしてみせ、東雲は申し訳なさそうに頭をさげた。
「ですが、まったくでたらめというわけではなくてですね。残念ながら今すぐにあなた達に詳しくお話しするわけにはいかないんですよ。我々には地下層に関する情報を統制する義務がある」
「そんな事ができるとお思いで? 今回の件だって、私たちにバレてしまってるんですよ」
「ええ。ですので色々苦心してまして……例えばお金で解決できるならそうしますけど、桐谷さんはその手合いじゃあないですよね?」
東雲が半蔵を見やる。半蔵はまるで関心を持っていないように清士郎を睨み続けている。まだ襲ってくる可能性を捨てていないとアピールしているようだ。
「ですから、我々、というか彼に与えられた権利を行使させていただきます。よろしいですよね、鷹城さん」
「任せる」
「一真、あんたがリーダーで4レベルなんでしょうが。もっとしっかり指示しなさい」
「いや、しかし。蔵人は大体理解しているだろうし……面倒だ」
「ダメよ。どこでも怠け者が許されると思ったら大間違い。ここはあんたがしっかりやんなさい。あんたの目から見て、こいつらは相応しいと思うの?」
「……まぁ。いや、ああ。思う」
アルファスに睨まれてしぶしぶと言い直した一真はそのままピスティルと半蔵の前に進み出る。
「こういう、形式ばった真似は性に合わないんだが。アルファスはヒステリーを起こすと長くてな、面倒だが付き合ってくれ」
「……カズマ、あなたはけっこうその、いい加減なんですね」
益々アルファスへの共感を深めるピスティルだった。
「うむ……世の中色々面倒でな。お前らの疑問に応えるのも、面倒なんだ。だから、えー……お前らのレベルアップを承認する」
「……は?」
「はぁ!?」
唐突に言い放たれたその言葉にピスティルは目を点にして、半蔵は大口を開けて一真に詰め寄った。
そんな二人の視線を面倒そうに受け入れつつ、一真は頷く。そして締め括りにもっとも短い言葉を選んだ。
「おめでとう」
※
脅威討伐は戦いが終わった後も忙しい。
動ける探険士は総出で散らばった強襲蛇蟲の固着化した部位を集め、運びやすいように解体している。さすがにあの巨体だけあってこれを全て地上に運び出すにはかなりの時間と労力が必要そうだ。
「魔種どもにかっさらわれないように見張りを立てて、輸送計画も練らないとな」
こういった輸送の仕事は駆け出しの探険士によく振られるのだという。
「だっていうのに、それをすっ飛ばす高井君は滅茶苦茶だね」
背中にもたれかかっている若葉に言われて蒼介は肩をすくめる。二人は背中を合わせた格好で地面に座り込んでいた。お互いに体内魔素を限界まで吐き出してしまったせいで動けなくなったのだ。魔素の喪失がここまでの疲労感を伴うとは、初めての体験だった。
「へへ……でもさ、たまんないな。あの瞬間は」
「……うん。そうだね。たまんない」
「俺、もっと色んな地下層を探検したい。強い敵を倒して、知らない世界を切り開いて、凄い武器を手に入れて……いつか、鷹城さんみたいに」
「私も……もっと、見てみたいよ。憧れてた世界の姿を。見に行こうね」
「ああ」
蒼介は笑った。若葉もきっと笑っている。見なくても分かる。そんな気がするだけだけど。
「あら~。仲良しさんですねぇ」
呑気な声と共に現れたのはピスティルと半蔵だった。
「半蔵さん……どこ行ってたんすかぁ。こっち大変だったんすよ?」
「ふん、この程度の脅威にてこずってんじゃあねえぞ。鷹城ごときの力なんざなくてもやれんだろ」
しゃがみ込んで目線を合わせた半蔵は鋭い瞳を細めて笑みを浮かべた。
「そういえば、鷹城さんの姿も見えなかったような……あ、半蔵さん。鷹城さんの目的ってやつ、掴めたんすか?」
「……」
半蔵が笑みを消して立ち上がる。ピスティルは眉尻を下げて困ったように笑っていた。
「……? 半蔵さん?」
「手がかりは掴めた」
「マジっすか? それって……」
「……なぁクソガキ。お前今回の討伐をどう感じた」
「へ?」
「恐ぇ化け物がいて、死んだやつも大勢いる」
半蔵の視界には探険士たちが映る。不幸中の幸いに離脱によって地上に送り返された者ばかりではない。崩れた強襲蛇蟲の肉片から変わり果てた仲間の姿を見つけだし、脅威を倒した瞬間には沸きあがった高揚が嘘のように沈み込む者もいる。
「ガキの好奇心だけじゃ続かねぇ。お前の隣にその嬢ちゃんがいるのはただの偶然だ。預ける背中がなくなる日が来るかもしれねぇ」
蒼介は背中に若葉の体温を感じながら、自分の身体を見下した。ポイントアーマーは砕け、わずかな破片と体に留めるベルトなどだけが残っている。あの時にはほとんど気にしなかったが、蒼介は死の淵にいたのだ。
「……あ、やべ。今更寒気が」
「遅いよ」
背中から呆れるような声が届いた。
「……。まぁ、はい。もしもって考えると怖いっす。いや、その怖さを本当に分かっちゃいないのかもしんないけど……それでも」
蒼介が空を仰ぎ見た。灰色の天井は地上のように明るい。
「こんなに……こんなに胸の奥が熱くなって燃え出しそうな気持ちを味わえると思うと、止めらんない。もう、俺は次の探検が楽しみでしょうがないんすよ」
歯を剥いて笑う蒼介。
「私も同じ気持ちです。行けるとこまで行きたい。もう、止めようなんて思わない」
若葉はほんのわずか、口の端を吊り上げて半蔵を挑発するように言った。
「はっ。上等だ。新入りらしいクソッ垂れな前向き加減だ。足元も先行きもなんも見えちゃいねえ。だがま、そんだけ言えりゃ世話ぁ焼く必要もねえな」
その時、蒼介には不思議と半蔵が遠くにいるように見えた。どこか、いつもの彼とは違う。だがその事を素直に聞いてもきっと答えてはくれないだろう。なんとなくそういう雰囲気を感じた。ピスティルが申し訳なさそうな顔をしていたのも、多分そういうことなのだろう。
「俺達は先に行く――蒼介」
蒼介はびっくりして何度も瞬きをした。
「強くなれよ。たっぷり稼いでな。んでもって俺らに追いついてみせろ。この俺の前でそんだけ啖呵切ったんならな」
「……はい!」
その返事を聞くと半蔵は背中を向けた。
「あ、後日報酬の相談をしましょうね」
別れ際の空気をピスティルが盛大にぶち壊していった。多分、いや、絶対わざとだ。半蔵が今どんな顔をしているのか若葉は物凄く見たかったが、足が動かないので断念せざるをえない。
半蔵の三歩後ろをピスティルがついていくのを眺めながら、ようやくこの日の探検が終わったのだと、実感できた。
※
探険士の苦悩は地上に戻ってからだという。
「高井君、これ記入漏れ。書き直し」
「またっすか!?」
支倉に無情に突き返された書類を手に蒼介がうんざりとした声をあげた。
混成部隊による脅威種討伐。これによって探検士が持ち帰った成果物は組合によって換金され、参加したメンバー内での自薦他薦によって活躍度合を協議し、各個の報酬を決める。
そこから組合へ自分の得た金額を書面にて報告。さらに脅威討伐証明とか、功績申請、損耗した装備など経費の請求書類。さらに換金した固着物を個人的に買い戻したい場合などには優先的に入手するのにまた申請が必要である。普通に買う場合は高価な素材でもこのタイミングなら原価で入手可能だ。
“ぼうけんや”のテーブルで蒼介は若葉、鷲塚と共に事後処理の書類を作成していた。
「高井君、やっぱりこういうの苦手なんだね」
「やっぱりってどういうことだよ。くそ、こんなもん書くなら小隊長の登録俺にするんじゃなかった」
テーブルに突っ伏した格好で顔だけあげた蒼介は、若葉の向こうに見知った顔をみかけた。
「一村さん」
「よぉ、高井。苦労してんな」
一村はやや損傷した革鎧を身に着けていた。探検の帰りだろう。
「俺も報告書とかなんとか、面倒でよ。“Dゲイズ”はうるせえんだ」
「大変そうっすね……あ、俺が頼んだ事、分かりました?」
蒼介は一村にある調べものを頼んでいた。
強襲蛇蟲の体内にあった光の塊。あれが一体なんなのか。もしも超魔爆発の原因となるようなものなら大発見だから東雲あたりに聞いてみるといい、と鷲塚からの助言によるものだ。
だが一村はバツの悪そうな顔で視線をさまよわせた。
「それなんだがな……東雲さんは何も知らないって言ってた。今まで魔種からそういう器官だとか、現象が出た事はねえってさ」
「そんな。だって明らかに怪しかったっすよ?」
一村は頭を掻いてしばらく悩んだ後、テーブルに顔を寄せて声を潜めた。
「……。東雲さんな、何か隠してるみたいだった」
「え?」
「というか、隠してる事を隠そうとしないっていうか……なんか感付かれるの承知で隠そうとしてるみたいだった」
「どういうこと?」
若葉が身を乗り出す。
「俺にもわかんね。けどま、上の方がなんか隠し事してんのは確かだろうな」
「そうなると、高井君の報告書に例の光の件を書いても握り潰されそうだな」
鷲塚が手にした書類に目を落とす。
――鷹城一真は何かを知ってる。
蒼介の脳裏に半蔵の言葉が甦る。
あの討伐の翌日に、桐谷半蔵とピスティル=ミリアムのレベルアップが発表された。3レベルの誕生ともなると探険士界隈ではそれなりのニュースになる。蒼介も一言祝おうと電話をしたのだが、結局繋がらなかった。半蔵たちとは報酬の精算を最後に会っていない。
「……半蔵さんたちは何か掴んだんだな……」
「私たちがそれを知るには、まだ強さが足りないってことだね」
二人であの日の半蔵の言葉を思い出す。
「とにかく、まずは2レベルにならなきゃなぁ」
「お前たち、よくやるな」
頷き合う蒼介と若葉へ一村は肩をすくめてみせた。
「あ、そうだ。ロビーで原野さんがお前らの事探してたぜ」
「原野さんが?」
ロビーに向かってみると、原野が恐縮しきった様子でお辞儀した。このサラリーマン気質は演技でもなく元々のようだ。
原野は蒼介と若葉にカードサイズの紙束を渡した。
「これは?」
「小組織のマスターたちの名刺です。先日の脅威討伐で、高井君たちを紹介してほしいと頼まれまして……」
強襲蛇蟲討伐作戦においては鷹城一真を始め半蔵や鷲塚など実力のある者たちの活躍が目覚ましく報じられたが、一方で経験の浅い中奮闘した蒼介や若葉の名前も密かに広まっていた。どうやら喧伝したのは一村の仕業らしいと、蒼介は後で知る事になる。
「こんなに……あ、河本さんのもある」
「皆、高井君と深谷さんの実力を認めて是非にと言ってます。どうでしょうか」
しばらく名刺の束を見つめた後、蒼介と若葉は同時に顔を上げた。
「すいません、せっかくなんですけど……今はまだ、深谷と二人でがんばりたいと思って」
「私たちはまだ皆みたいにはっきりと目的が決まったわけじゃないから」
「そうですか……。分かりました。もし仲間や小組織を探している時はいつでも声をかけてください。お二人に合った出会いを用意させていただきますよ」
二人の顔を見て原野は頷き、頭を下げながら去って行った。
※
なんとか書類を完成させて鷲塚と別れたのは日も暮れるころだった。
「今度の土曜に祝勝会しようぜ。浩平も呼んで」
「秋津さんもね。支払いは高井君持ちで」
「お前だって稼いだろ!?」
「冗談だよ」
涼しい顔をして若葉は蒼介のほうを見もせずに歩く。
「深谷はそういう時もっと冗談ぽい顔を作るべきだと思うんだ」
「昔からよく言われる」
「でも、俺には分かるんだぜ。実はお前は胸の内に熱い心を秘めてるっ痛てぇ!」
若葉のつま先が蒼介の脛に突き刺さっていた。
「勝手に変な推測しないで。私、別にそこまで」
「でもハイタッチしてくれたじゃん」
「……」
「楽しかったろ? 地下層」
「……今までで一番楽しかった」
そう言った若葉の顔は少しだけ憮然としていたが、言葉通りの感情が溢れているように見えた。
「次はどこ行く? 灰被りの樹林の下ってどうなってるか知ってる?」
「まだ早いよ。もうちょっと力をつけてからさ……」
会話を続けながら、二人の探険士は歩く。その先に彼らの心を満たすとびきりの冒険がある事を夢見ながら。
これにて高井蒼介と深谷若葉の最初の探検は終わりです。
この先も彼らの探検を書くかもしれないし、違う人のエピソードに触れてみたりするかもしれません。マイペースに書くので思い出した時にでも見てやってください。




