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Dungeon EX  作者: 金子十両
新たなる探険士たち
1/12

001

 始業式の朝。 

 今年新たに三年四組の一員となったクラスメイトの前に彼は颯爽と現れた。

「三年三組出席番号二十番、高井蒼介! 誕生日は早生まれの一月一日! 今年めでたく十八歳の誕生日を迎えましたッ!」

 もう四月なのに今それを?

 困惑しながらも一応の祝福を込めて拍手を贈ろうとしたクラスメイトを手振りで制止。蒼介は不敵な笑みを浮かべる。

「ソレはまだとっといてくれ。この先が大事なんだ。お前ら十八歳といえば何するよ?」

「エロビデオを公然と借りれる!」

「正解ッ!」

 無二の友人、堀井浩平の回答は素晴らしいものがあったが、女子総員はドン引いていた。

「……それも大事だけどな! もっと重要な事があるッ!」

 蒼介は実にもったいぶった仕草で胸ポケットから一枚のカードを取り出した。

 それを見て困惑気味だったクラスメイトも明らかに目の色が変わる。

「高井、それは……」

 一人の言葉を受けて蒼介は笑みを深めた。

「そう、ついに取ったんだ……地下免!」

 地下層探険士免許。

 地下層ダンジョンを探険をするためには欠かせないその免許証を、蒼介は勲章のようにかざした。



 新担任……といっても一年時よりクラスも担任も固定なので新鮮味はない新屋あらや先生のやんわりとしたお説教とそれに釣り合わない、昨今の教育方針としては前衛的といえる脳天を揺さぶる強烈な手刀の一撃をもらったのがおよそ一時間前。

 始業式も終えて今日は解散、となったところで、蒼介の周辺には数人の友人が集まっていた。

「あれ、俺の想定じゃあクラス中はおろか噂を聞きつけた他のクラスからもわーきゃー質問責めに合うはずなんだけど」

 前の席に馬乗りに腰掛けた堀井浩平が鼻で笑った。

「そりゃお前、エロビデオの件で女子は総引きだ」

「いや待てそれは浩平のせいだろう」

「お前ノリッノリだったじゃねえか。帰りにレンタル屋寄るなら付き合うぜ親友」

「制服じゃ借りれねぇから着替えてお前ん家集合な親友……じゃなくて!」

「ま、地下免なら探険部だって持ってるしね。いまどき探険なんて珍しくもないし。蒼介だし」

 手のひらを天井に向けて大げさな手振りをするのは秋津奈緒。女子陸上部のキャプテンを勤める。蒼介、浩平の幼稚園時代からの幼馴染である。

「探険部なんか先生の決めた範囲しか探険できない零レベルのお遊びじゃんか。しかも時間制限つき」

「教師付で実習できて内申も良くなるんだから悪くないんじゃないか? 野球みたいに大手からスカウトされる事だってあるんだろ」

「だけど一レベルになりゃ探索はし放題、成果物だって自分のもの。もし呪文書スクロールでも発見すりゃ億万長者だぜ! 俺はこの日のために一年と二年の間、取得費用や装備品揃えるのためにバイトして、講習に励んだんだ!」

「ていう割りに俺らと遊んでなかったか?」

 浩平の言葉に少し引きつるも受け流し。

「あんた一、二年のときそれでろくに勉強してなかったから成績ぎりぎりよね。今年受験じゃん? 探険なんてやってる暇ある?」

「いーんだよ! 俺は就職先は探険士エクスプローラーって決めてんだから!」

探険士エクプロって基本ブラックじゃねえの? ほとんどは食ってくほど稼げないっていうし、命賭けてまでやる仕事かね」

「その代わり一攫千金の夢が転がってる。お前らも免許とって俺と小隊パーティ組もうぜ!」

「俺ぁ卒業したら実家の手伝いだからパス」

「あたしも大学で陸上続けたいからやめとく。それにさ、危ないんだろ? 去年三年生の先輩が探険で大怪我して、休学したって聞いた」

「おぉ、ソレ俺も知ってる。もうすぐ退院できっから、留年して復学すんだろ? 蒼介、その人から話聞いて怪我しないコツとか学んどけよ?」

 友人たちに冷たく断られた蒼介は不満げに手の中の免許証を見つめた。

 一レベル探険士資格。この数字が上がれば上がるほど、探険士としての経験と技量が高い事を示す。

 目指すは現在世界最高峰の四レベル、いやそれさえも超える五レベル!

「俺はやるぜ、探険士!」

 蒼介の高らかな宣言に、周りはうるさげに耳を塞いだのだった。



 一旦家に帰り、私服に着替えた蒼介は一軒の店の前に立っていた。

 堀井武具店。探険士の装備品を扱う個人商店であり、親友、浩平の実家でもある。

 小ぢんまりとした店構えは都内の大手店舗に比べれば派手さはないが、昔から質の良い装備品を扱っている事で一部では有名な店なのだ。蒼介の父親も懇意にしており、そういう縁もあって堀井家とは家族ぐるみの付き合いをしている。

「ごめんくださーい」

 店に入るとちょうど展示されている長剣を磨いていた男性と目が合った。バンダナを巻いて無精ひげを生やした彼は浩平の父でこの店の主人、浩太郎だ。

「お。蒼介君。早速来たね」

 浩平の父は含みを持たせた笑みを向けた。大方、浩平からすでに事情は聞いているのだろう。

「ええ、来ましたよ。とうとうこの時が来たんすよ!」

 興奮気味の蒼介を尻目に浩太郎はカウンターから椅子を引っ張り出して勧める。

「それで、今日はお客さんてことでいいのかな?」

「ええもちろん。かっこよくて強い武器と防具お願いします!」

「ハハハ。ウチみたいな古い店じゃ最近の若者のセンスに適う武具はないかもなぁ」

「でも、おじさんとこの武具は良い物揃ってるってよく親父も言ってましたよ」

「ダイちゃんにそう言ってもらえるのは嬉しいねぇ。あいつの装備は全部、僕の手製なんだよ」

「おじさん、鍛冶師スミスなんですか?」

「お得意さんに、たま~に造るだけだけどね。必要な触媒と材料持ってきてくれりゃロハで作るよ。ま、駆け出しの蒼介君にゃまだ早いか」

 地下探索のための装備品はいずれも地下から持ち帰られた材料で作られる。材料となる物品を持ち帰り、売り捌くのが探険士の主だった収入となる。浩太郎の言うように、オーダーメイドの装備品を発注する場合には材料は自前で用意するのがどこの武具屋、鍛冶屋でも慣わしとなっている。つまり一定以上の腕ある探険士でなければ特注品を持つことはできないわけだ。まだ地下層デビューもしていない蒼介は既製品の中から選ぶしかなかった。

「そのうちオーダー出しますから、待っててください」

「楽しみにしとくよ。じゃ一式見繕うから、採寸からしようかね」

 浩太郎が机の引き出しを開けてメジャーを取り出す。蒼介の体のあちこちにあてがっては、用紙にその数値を書き込んでいく。むずがゆい思いをしながら蒼介はじっと直立していた。

「蒼介君、戦闘適正検査受けた?」

「いえ。免許交付されたのが昨日なんで」

「じゃあ初期講習だけか。僕も二レベル免許あるから検査官できるよ。裏庭で見てあげよう」

「よろしくお願いします!」



 戦闘適正検査。探険士がどのような戦い方が適しているかを測るサービスである。検査料は初回に限り無料。適正クラスを登録情報に入れておくと装備品購入の際に判断する基準として用いることができたり、小隊を組む際の戦力分析などにも役立つ。大手武具店などは顧客の適正を見てお勧めの商品をダイレクトメールで送ってきたりといった形で利用している。

 長剣型や短剣型の武器を用いて軽量な装備で動き回り相手を翻弄するのが得意な軽戦士ファイター。両手剣や大斧などの重量級武器で相手を一息に叩き潰し、重武装に身を固めて仲間を守る重騎士ナイト。触媒を用いて呪文スペルで戦う魔術師メイジ。探険士によって戦闘適正は様々だ。

 もちろん、探険士たる者どんな適正であれ最低限の魔法は使用できなくてはならないし、魔術師といっても剣を振るう探険士もいる。あくまで向き不向きの話だ。

「蒼介君は軽戦士だねぇ。あんまりごてごて武装つけるの好きじゃないだろう?」

 一通りの武器を振らせ、防具を着た状態で運動してみた総括を浩太郎が述べる。

「そうっすね。重武装しちゃうと動き辛くて」

「だろうね。じゃあ適正は軽戦士。得意武器は片手剣型だね。防具はあまりがちがちにしないで、重い盾もやめといたほうがいいな。小楯で相手の攻撃を受け流す戦い方が良いと思う」

 浩太郎はタブレット端末を通じて探険士組合ギルドのデータベースにアクセス。タブレットのスロットに蒼介の免許証を差し込むと自動的に探険士としての登録情報が開示される。

 そこへ、先ほど得た蒼介の情報を書き換えていく。

「オッケー。はい、免許証返すね」

 蒼介は免許証を受け取ると早速といわんばかりに自分の携帯端末へ差し込む。

「お。エクスホンじゃないの。学生にしちゃ充実してるね」

「あ、いやぁ……実はこれ親父のお下がりなんすよ」

 蒼介がかざしたエクスホンは四年ほど前に発売されたモデルだ。その当時だと探険士用スマートホンという肩書きで発売された、まだ機能が完備されていない頃の機種ということになる。

「アップデートで一通りのアプリは使えるんで問題はないんすけどね。動作が重いし電池の減りも早くて」

「ま、学生さんには本来過ぎた代物だしね。新機種だったら端末代八万円前後はざらだよ」

「稼いだら機種変します……」

 エクスホンは探険士のために開発された端末だ。タッチパネルと優れたOSによる快適な操作性、豊富なアプリケーションで探険士をサポートする必須アイテムとして浸透している。登録済み地下層マップと現在位置の表示、カメラで捉えた映像から魔種モンスターの登録情報を割り出したりと便利な機能が満載なのである。これの登場で地下層へ大学ノートと白地図を持って行く探険士は九割以上減ったと言われている。

「地下じゃ電波は通らないけど、便利だよねぇ。僕らの時代じゃこんなものなかった」

「え、じゃあもしもの時とかどうしたんですか? いきなり離脱エスケイプ発動させちゃうんですか?」

「いやいや。ネル=ウィンザードが離脱の呪文書を発見したのは僕が現役引退してからだよ」

「じゃあ……その、危ない時は?」

「絶対に危なくならないよう、細心の注意を払って進むんだ。一歩一歩をまさに命がけでね。曲がり角なんかは覗き込むだけで心臓が破裂する思いだった。それでも……帰ることができない人もいた」

 浩太郎の口調が重苦しいものになる。

 浩太郎は今四十五歳。彼らが現役だったというのはもう二十年以上前になるはずだ。探険士関係の設備や技術はまだ未熟で世間的にも認知度は低く、地下層などに潜るのは墓に埋められる手間を惜しんだ死にたがりだけだと揶揄されていたような時代だと聞く。

「だからね、蒼介君。例え帰還呪文が充実したからといって、決して初心者である君が無茶をしないでくれ。でなければ……」

 蒼介がごくりと喉を鳴らす。 たっぷりの間を置いて、浩太郎は破願した。

「それさえ気をつけてくれれば僕は君の夢を応援してるよ」

「は、はい……」

 脅しは十分。これならばそうそう無茶もすまい。

 浩太郎は満足げな笑顔で蒼介に合う装備品を見繕いに、店の中へ戻っていった。



 甲山鎧装製のGMシリーズに身を包んだ蒼介はそれだけで別世界の住人になった気がした。

 額、胸と腰回り、膝を守る鉄人形の皮膜ゴーレムメタル製の鎧、そして小盾をマウント可能な手甲。備え付けられた円形盾ラウンドシールドは磯貝鍛冶店のシンボルであるオウム貝を意匠化したエンブレムが描かれている。

 世間的な知名度は低いが浩太郎が信頼を置く鍛冶師ブラックスミスたちの手による作品だ。

「ラグナロクカンパニーとか、有名ブランドの防具じゃなくて悪いけどね」

「いえいえ……俺のバイト代じゃどっちみち手は出ませんし」

「だろうね。でも性能は保証する。一レベル免許で動ける範囲なら困ることはないだろう」

「ありがとうございます……しかし、鎧っていってもすごい軽いんすね」

 蒼介は鎧姿の自分を写した鏡を見ながら様々なポーズを決めている。どうやら気に入ったようだ。

「触媒武具の防御力は仕込んだ呪文と触媒量で決まるからね。分厚い鉄板なら頑丈ってわけじゃないんだ。まぁ、防御力を上げようと思うと結局は防護プロテクトと相性の良い金属鎧になるんだけど……と、あとは剣だね」

 そう言って浩太郎がカウンターに置いたのは鞘入りの刀剣だ。

「こいつは特別サービス。僕からの餞別だよ」

 抜いてごらんと浩太郎に促されるままに鞘から引き抜く。

「これは……」

 七十センチほどの小剣型のようだが、真っ直ぐな峰に対し、刃の部分が緩やかなカーブを描いている。先端に向かうほどに幅広くなる剣身が特徴的な剣だった。

「ファルシオンって言ってね。叩き斬るための剣だ。銘はないけど、僕の打った剣だよ」

「えっ。でもさっきまだ早いって」

「実を言うとそれは僕が磯貝さんとこで修行してた時に造ったものでね。記念にとっといたんだ。ま、腕の未熟な僕が打ったものだから性能は期待しないで欲しいけど」

「いえ! ありがとうございます! 俺このファルシオンでバシバシッと地下層攻略していきます!」

「うん、その意気だ」

「儲けたらウチの店の売り上げに貢献してくれよ」

 カウンター裏の階段から声をかけてきたのは浩平だ。私服姿で降りてきて、蒼介の隣までやってくる。

「おーおー。蒼介でも探険士っぽく見えるもんだなぁ」

「“ぽい”じゃなくてちゃんとした探険士だ!」

「一レベル免許なんか原付のペーパードライバーみたいなもんだろ。んで、今日行くの?」

「あったりまえ、と言いたいとこだけど、それは週末にとっとく。休みの日に一日かけてたっぷりと潜る」

「んじゃ今日は?」

 蒼介は浩平の首に腕を回して抱え込み、浩太郎に聞こえないところまで引っ張っていった。

「約束したろ、親友。お前ん家集合って」

 地下層探険士免許、それは運転免許と同じく、身分証として、蒼介が十八歳である事を示してくれるものでもあるのだ。



 四月十三日の土曜日。それは運命の日付だ。

 蒼介の自宅からもっとも近い地下層は吉祥寺にある。

 本当は霞ヶ関にある大型地下層に挑みたいところだが、日本最大と呼ばれるだけあって集まる探険士の数、質ともに最高。地下ではかなり激しい競争が繰り広げられていると聞く。自分のレベルや交通費などの経費を考えて、蒼介は近場である吉祥寺を選ぶことにした。

 駅前の商店街を抜けてすぐの場所にそれはある。

 見た目は周辺のビルとなんら変わりない、四階建ての鉄筋コンクリートの建物だ。掲げられた看板は『探険士組合エクスプローラーギルド吉祥寺支部』。

 自動ドアを潜った先も、一見すれば一般的な施設と変わりない。

 正面左側には総合受付カウンターと依頼掲示板があり、その脇には資料室へ繋がる扉がある。右側には待合室を兼ねたカフェテリア。その隣にある階段を登って二階には換金所があるだろう。大きな支部になればビル内に武具店が出店していることもあるというが、ここにはせいぜい消耗品を扱うショップ程度だ。

 そしてその中にひしめく人間はほとんどが鎧やローブなど特殊な衣装に身を包み、己の扱う武器を手にした探険士たちである。彼らが放つ独特な雰囲気は見る者の心中を少なからず締め上げる。

 そんな異質さの中心にある漆黒の大扉。これこそが地上と地下を別つ扉である。

「あれが、地下層……」

 蒼介は人波を掻き分けてその前に立つ。

 光沢のない、不思議な質感をした扉。これは地下から持ち帰られる素材で造られたものなのだろう。

 地下層ダンジョン。異世界への扉。この先にある冒険を求めて数多くの探険士がここに集まるのだ。

 今日、蒼介も探険士としてこの扉の向こうへと踏み入れる。期待が高まる。

「ごめんなさい」

 鈴の鳴るような声に振り返ると、魔術師が立っていた。

 黒地に金色の刺繍の入ったゆったりした衣服に同じ柄の外套、頭巾。外套の下からいくつかの触媒が覗き、手には白く短い木杖を持っている。典型的な魔術師のようだ。

 魔術師は蒼介の横をすり抜けて大扉を開き、その奥へ消えていった。

 蒼介よりも頭ひとつ分背が低く、頭巾を深く被っているため顔立ちはよく分からなかったが、声からして女の子だろう。だが発している雰囲気からして初心者ということもあるまい。

 自分と同年代の女の子が一人で潜ると思うと、負けてたまるかという思いが湧き上がってきた。

「俺も、がんばるぞッ」

 と、握り拳を作ったところでスピーカーが蒼介の名前を呼んだ。

 一番窓口に向かうと女性のスタッフが笑顔で迎える。

「ようこそ吉祥寺地下層へ。高井様は今回が初めてのご利用でございますね」

 提出した申請書を見ながら丁寧な口調で述べる。胸に掛けられた名札には支倉伊予はせくらいよと書かれていた。

「探索予定時間と携帯またはエクスホンの電話番号をご登録いただくと内部で立ち往生した場合などに当支部に詰めている救助隊レンジャーが迅速に救助に……あら?」

 流れるように行われていた説明が途切れ、爽やかな笑顔が消えた。

「君、一レベルどころか探険回数零、換金額も零……!? まるっきりの初心者じゃない!」

「え、ええ。そうですけど……」

「だっていうのに誰とも組まずに単独ソロで潜るって正気?」

 支倉がテーブルに手をついて勢い良く身を乗り出す。

 さっきまで浮かべていた笑顔はお面か何かだったのだろうか。同一人物とは思えない鬼の形相が目と鼻の先にあった。

「い、いや、でも初っ端から人に頼るのもどうかと――」

「逆よ! 最初だからこそきちんと小隊を組んで、基本を学ぶんじゃない! 一人で潜ってわけも分からないまま魔種にやられて命からがら逃げ帰った探険士がどれだけいると思ってるの? 中には帰らなくなった人だっているんだからね!」

「う……」

 脳裏に先日の浩太郎の言葉が思い出される。

 が、蒼介は頭を振ってその言葉を追い払う。浩太郎の言う事を軽視するわけではないが、今から一レベルの初心者探険士が仲間を募っても人が集まるはずはない。

 と思っていたのだが。

「君、ツイてるね。ちょうどさっき初心者を対象に講習パーティを組んでる人がいたわ。その人のとこに入れないか聞いてあげる」

「え、いや、俺は」

 支倉はもう蒼介の言葉は耳に入っていないようだ。賭けるような勢いでカウンターを出て、対面のカフェテリア“ぼうけんや”に向かっていく。しょうがなく蒼介もその後を追った。


 “ぼうけんや”の利用客は一組だけらしい。三人の男性がテーブルを囲んでいた。支倉はそのテーブルへまっすぐ歩いていく。

「鷲塚さん、パーティメンバーの空き、まだありますか?」

 支倉が尋ねたのは正面にいる男だった。

 椅子が悲鳴をあげているんじゃないかと思う巨躯が金属製の全身鎧に包まれているものだから、見た目の威圧感だけで逃げ出す者がいてもおかしくない。脇に立てかけられた盾は彼の体を覆うほどに巨大だ。恐らく適正は重騎士。盾となり仲間の命を守る守護者だ。

 鷲塚と呼ばれた騎士の男は顔をあげると、おもむろに破顔した。あまりの印象の落差に蒼介はすっかり呑まれてしまった。

「空いてますよ支倉さん。そちらの彼を?」

「ええ。初心者だそうよ。お願いできます?」

「もちろん。そのために小隊員メンバー募集してるんですからね。俺は鷲塚啓治わしづかけいじ。よろしく」

 巨漢の鷲塚が立ち上がるとまるで目の前に壁が現れたみたいだった。手甲に包まれた手と握手すると蒼介の手が子供みたいだ。

「た、高井蒼介です……」

 支倉は鷲塚へ会釈してから蒼介に小声でがんばってね、と告げてカフェテリアを出て行った。

「高井君、レベルは一ということだが、適正は……見たところ軽戦士のようだね?」

「あ、はい。そうです」

「そうか。実はこちらのお二人も軽戦士なんだ。ね、一村君、原野さん」

 両脇に座る二人はそれぞれに異なる反応をした。一村と呼ばれた目つきの悪い青年はうっス、と首をすくめ、原野という中年男性はくたびれた笑顔でお辞儀する。

「安心してくれ。二人とも高井君と同じ、初心者だ。僕は経験の浅い探険士に同行してダンジョンに潜るのを生業にしていてね」

「えーっと、鷲塚さんのレベルは……?」

「おっと。すまない。僕は二レベルだ」

 鷲塚が自分のエクスホンをかざした。

「ちょうどアドレスを交換していたところだ。君も頼む」

 小隊を組む者同士、互いの情報を共有するのは半ば常識だ。自然とエクスホンによるアドレス、探険士情報の交換が行われる。

 そういうわけで蒼介のエクスホンに三人分の情報が登録された。

 一村太一。二十一歳。一レベル。探険回数、換金額ともに零。二刀流で盾を使わないスタイル。

 原野大助。三十二歳。一レベル。探険回数、換金額やはり零。剣と盾の標準的なスタイルで蒼介よりも重武装で固めている。

「高井君も片手剣ですか。でも、そんな軽装で不安じゃありませんか?」

 原野が蒼介を見てぎこちなく笑顔を浮かべながら言う。うらぶれたサラリーマンという風情の原野が西洋鎧に身を包んでいる姿はなんだかちぐはぐな感じがするが、多分蒼介も周りからそう見えているだろう。この姿が馴染むようになるのも、ひとつの目標だ。

「あー、俺もっとこうパパッと動き回れるほうがいいっていうか……」

「分かる分かる。鷲塚さんみたいな重い鎧着てたら動きづらくてしゃーねーよな」

 一村が同意してきた。この二人、共に学校や会社を辞めてこの春探険士になったばかりだという。

「うん、自分たちの適正を見極めることは大事だね。自分の感覚に従うのは正しいと思うよ」

 自分の事のように楽しげに頷く鷲塚は二十六歳で二レベル。換金額四千万オーバーの立派な探険士だ。探険士として働き始めてから六年でこの稼ぎは相当なものじゃないか。しかもレベルアップには組合が認める一定の功績が必要になる。認められた者しかレベルを上げることはできないのだ。

「実は去年呪文書を一本見つけてね。換金額の半分はそれなんだ」

「呪文書ひとつで二千万てことすか!?」

 蒼介が目を剥いて声をあげる。一村も息を呑んでいるようだ。

「そのお金で初心者育成を目的とした小組織マイナーギルド“初心者の館”を設立したんだけど、残念ながら所属者は少なくてね。個人塾の講師みたいなものだよ」

 あるいは家庭教師といったところか。奇特な真似をする人だな、と蒼介は感心しながらエクスホンに表示されている金額を見つめていた。

「額面を聞くと驚くかもしれないけど、サラリーマンの年収は平均四百万くらいだろ? 驚くほどのことじゃないさ」

 言われてみるとそうかもしれない。探険士は稼いだ金額の累計が免許証にデータとして残るから分かりやすいが、世間にはもっと稼いでいる人間はいくらでもいる。

「稼いだ額と功績でレベルが決まるって、なんか生々しい話だよなぁ」

 一村が後頭部で手を組んで椅子にもたれかかる。確かに自分の能力、価値というものを金で比べられているようだが、探険士の稼ぎというのはそのまま倒してきた魔種、踏破した層の数といった足跡、実力を表すものだ。分かり易いといえば分かり易い。

「裏表のないはっきりした世界だと思えば、案外親しみやすいかもしれませんよ」

 原野の考えは蒼介に近いものがある。なんだか親近感を覚えてしまった。きっと前の会社では出世のために上司におべっかを使ったり、要らぬ人間関係に精神をすり減らす毎日だったに違いない――蒼介の勝手な想像だが。

「じゃ、紹介も終わったことだし早速行きましょうや」

 一村が立ち上がろうとするのを鷲塚が手ぶりで止めた。

「その前に確認しておくことがある。地下層内では極力、僕の指示に従って欲しいんだ」

 鷲塚は自分がこのような行いをしていることについて三人に語って聞かせた。

 ここ数年で飛躍的に進歩したとはいえ、探険士の仕事には常に危険が付きまとう。特になりたての初心者が大怪我や下手すれば死んでしまう事は珍しい話ではない。だから自分のような経験あるものが指導して、若い世代を一人前に育て上げる必要がある、と。

「とまぁ、綺麗ごとはここまでで、自分の経験を活かしてこういう仕事を作ったら儲かるんじゃないか、と思ってね」

 最後の言葉は冗談めかして。変に疑いをもたれないようにしているのだろう。外見に似合わず人懐っこい笑みを浮かべる鷲塚の言葉だとすんなりと信じられそうだった。

「報酬は換金後の金額を山分け。もし呪文書のような大きな発見があったら、それは見つけた本人のものだ。いいね?」

 その際我が“初心者の館”の名前を載せてもらうけどね、とこれまた冗談ぽくつけくわえる。本人の功績にならなくとも、小組織の名が載ればそのメリットは大きいだろう。

 鷲塚の提案に反対するものはいなかった。この流れからいって、至極当然な要求だと誰もが納得している。

「さて、じゃあ高井君が着替えてきたら出発しよう。今日は三人とも、日が暮れるまでたっぷり鍛えてあげるよ」

 鷲塚が立ち上がるだけで鎧や盾が重苦しい金属音を奏でた。

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