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氷の微笑

(うわぁ………こいつマジで…………ウザいな……………取り敢えず面倒な事になる前に立ち去るのが…賢い選択だな)

「そちらも無事なようですし…俺達は先に進むので失礼しますね……ミレーユ!カトナー!行こう!」


サミュエルは助けた男達が冒険者ではなく、貴族だろうと判断し厄介な事になる前に先に進んでしまうのが吉だと考えミレーユとカトナーに声をかける。

だが顔を赤くし声を荒げている様子の男がサミュエルを睨み付けながら立ち塞がる。


「すいません…俺達は早く先に進みたいんですが……何か俺達に用でも?」

「貴様は……庶民の癖に…この私を侮辱して只で済むと思っているのか!!」

(………はぁ~、折角ダンジョンに入ってこれから楽しくなってくるはずだったのに………)

「ミザイストム様、落ち着き下さい!」

「黙れ!!この私を守る事も出来ない屑共め!!誰が貴様らを雇い騎士にしてやっていると思っているのだ!!」


心の内で深い溜め息を吐き、心底嫌そうな表情をしているサミュエル。


「その事は………申し訳ありません。ですがミザイストム様自身が先頭に立ち戦うと仰ったので我々はミザイストム様のサポートに回ったのですよ………それに今現在、我々を雇い騎士にしてくださったのはミザイストム様の父君のブライアン様です」


ミザイストムと呼ばれているのはブライアン・クェント子爵の息子であり、クェント家が治める領地で次期子爵候補にすら選ばれない我儘で粗暴な男、と庶民に認識されている。

そしてミザイストムを宥めているのはクェント家の屋敷や身辺を守護している護衛団の団長、デュークである。


「黙れ!黙れ!黙れぇえ!!……私が父上の後を継いだらどうなるか分かっていて言っているのか!?」

「恐れながら申し上げます………ブライアン様の後を継ぐのはユーナ様と決まっております………余りその様な発言はされない方がよろしいかと……ミザイストム様御自身の身を危ぶむ事になりますぞ!」

「っ!?…………………ふんっ!女が家を継げる筈が無かろう!私がダンジョンを攻略し、私こそがクェント家にとって有益な存在だと認めさせればいい!そうすれば私がクェント家を継ぐ事になるのだ!!」



ユーナとはクェント子爵家の長女でミザイストムの妹になる。そしてブライアンが次の子爵家の主と決めたのがユーナである。


(何なんだよ………そういう貴族のゴタゴタは別の場所でやってくれよ……………今の内に行こうかな……)


ミザイストムが家臣に視線を向けている間にこの場を去ろうと静かに移動し始めるがそれを目敏く見つけたミザイストムが止める。


「待て!?…………ほう」

(やっぱり駄目か……………………ん?)


サミュエルがやはり無理か等と考えていると、ミザイストムの視線がミレーユに向けられていることに気づいた。

そしてその視線が下卑たものであり良からぬ事を考えているのだろうと思い、どう切り抜けるか思考する。しかしサミュエルが妙案を思い付く前にミザイストムがミレーユに声をかける。


「なかなかだな……庶民にしては恵まれた美貌を持っているな……貴様の名はなんという!」

「私ですか?……私の名前はミレーユと申します」

「ミレーユか……ふんっ!いいだろう…貴様が私と夜を共にするなら、私に無礼を働いたことは無かった事にしてやる!」

(っ!?この糞餓鬼が!!………調子に乗りやがって!)


ミザイストムの言葉を聞きサミュエルは頭にきたのだろう、先程まで嫌そうな表情をしていたが今は怒りに目を吊り上げ殺気をだしながらミザイストムに言葉を発する。


「おい……今の言動は聞かなかった事にしてやる!次は無いぞ!!」

「貴……貴様!!この私に………!?」


サミュエルの言葉に激怒した様子で何か言おうとするが即座に剣を抜いて構えたサミュエルを見て固まるミザイストム。

そしてサミュエルから放たれる殺気に、本気を感じた護衛団長のデュークが両手の平をサミュエルに向けながら謝罪の言葉を述べる。


「待ってくれ!申し訳ない!!………どうか許してくれ!」

「その馬鹿を黙らせろ……でないと………」

「庶民の分際で!…私のような高貴な人間に抱かれるのだ、その売女」ミザイストム様!!!」

「クククッ…家を継げないばかりか、この程度の階層で手傷を負うとは……ククッ、貴様のような非力な人間が来る所では無い…帰った方が身のためだぞ……クッハハハッ!!」

「っ!?また私を侮辱するか!!」

「サミュエル……貴様が殺らんのなら俺が殺るぞ」

「待て!頼む!………どうか!」


サミュエルは憤怒の表情になり、カトナーは屑だろうがなんだろうが邪魔をするなら切るといった様子で剣を構える。まさに一触即発という場面だが、ここでミレーユが冷たい表情と声音で言葉を発する。


「申し訳ありませんが、私は貴方のような屑に抱かれるつもりは毛頭ありません。こちらにいるサミュエル様以外の男性となど考えられないので………それでは失礼します」


憤怒の表情をしていたサミュエルは、氷のような冷たい表情をしたミレーユを見て呆気にとられる。

そしてそんなミレーユに、サミュエルとカトナーは手を引っ張られながらその場を去る。

勿論、ミザイストムはギャーギャー騒いでいたが完全に無視である。

その後しばらく通路を進み別れ道を何度か過ごし、ミレーユがサミュエルとカトナーに言葉をかける。


「サミュエルさん、カトナーさん………よく聞いて下さい。先程のような屑に一々頭にきていたら損ですよ!無視するのが一番の選択です!」

「は………はい!すみませんでした!」

「クククッ、確かにな…何の足しにもならんな、クククッハァハッハハハハッ!!」


ミレーユが淡々と発言するが、サミュエルはミレーユの表情が怖いのかびくびくした様子で何度も頷き謝罪するが、カトナーはミレーユの言葉を聞き余程面白いのか大笑いしている。


「家臣の人はそこそこの腕をしていたようですが……それでも先程の屑がいますから……三階層から先には進めないでしょうし、そうすればもう会うこともないでしょう。という訳でさっさと進みましょう!」

「は…はい!了解です!」

「ククッ、そうだな。さっさと進むことにしよう!」


エフォール一行はミレーユの指揮で先を進む。因みにまだサミュエルはミレーユの表情をびくびくしながら横目で見ている。余程怖かったのだろう、それにサミュエル以外に抱かれる気は無い、という言葉も気になっているのだろうが。


そんな風にして三十分ほど進むとサミュエルの動揺を打ち消すかのように魔物達が立ち塞がってきた。


「ミレーユは俺かカトナーが危なくなったら魔法で援護してくれ!カトナーは突っ込んでいいぞ、俺がサポートする!」


現れた魔物はポイズンブルが三体にファイアーファング一体だ。サミュエル達にとっては、さほど脅威にはならないが、サミュエルは油断なくミレーユとカトナーに指示を出す。

そしてカトナーが飛び出し、その後ろにサミュエルが付きサポートしながら攻撃する。

やがて全ての魔物を倒し素材を拾い、魔法で収納する。


「う~ん、結構進んだけど……次の魔方陣はまだかな?」

「そんなに簡単には見つからないと思いますよ」

「……効率よく先に進む方法とかあればいいのに」


一階層の時よりも長く探索しているが、まだ魔方陣は見つからない為、不安になったのか考え込むサミュエル。

それも仕方のないことだろう、階層を進む度に少しずつダンジョンは広くなっていくのだから。

そしてそんな考え込むサミュエルを見てミレーユが提案する。


「ダンジョンには二階層から宝箱がある部屋が存在するそうです。そしてその部屋では何故か魔物が現れないし、その部屋に入ってくる事もないそうなので………部屋を見つけたら遅くなりましたが昼食にしましょう、何かいいアイテムがあるでしょうし」

「宝箱?……昼食はいいとして…でも宝箱があっても、もう誰かが開けてるんじゃない?」


サミュエルはミレーユの提案を聞き疑問に思い首を傾げながら質問する。


「理由はわかっていませんが……一日に一度だけ宝箱の中身がランダムですが補充されるそうです」

「へぇ~それじゃあその部屋を探してみよう!今日まだ誰にも見つかってない宝箱があるかもね」

(トレジャーハンターみたいで面白いな!)


宝探しだ、といった心境のサミュエルは楽しみだとばかりに通路を進み出す。

まんまとミレーユに乗せられているサミュエルだ、まるで釈迦の手のひらの孫悟空である。

そして一時間程して宝箱があると思わしき部屋の扉にやってきた。


「これかな?宝箱がある部屋って」

「多分………そうでしょうね」

「ダンジョンではマジックアイテムが見つかると聞いたが………恐らく宝箱に入っているのだろうな」

「かもな!それじゃあ開けるぞ!」


サミュエルが笑みを浮かべながら扉のノブに手を当て、二人に声をかけると勢いよく扉を開く。

すると視界に入ってきた光景は二十畳程の広さの部屋で、その部屋の中に縦50㎝横300㎝の大きな宝箱が置いてあるのが目に入った。


「おぉ!なんか想像してたよりもデカイな!」

「これだけの大きさの宝箱なら防具が入っているのかもしれませんね」


三人は部屋に入り、ミレーユとサミュエルが宝 箱を見て何が入っているのかとワクワクした様子で予想しあっている。

そしてそんな二人を見てカトナーは確かにダンジョンにはマジックアイテムがあると聞くが、まだ二階層ではそんなにいい物は無いだろうと呆れ顔で宝箱に手を当て一気に開く。


「あっ!?お前にはロマンが無いのか!?普通何が入っているのか予想してから開けるだろ!」


地面に膝をつき、おお神よと言わんばかりのオーバーリアクションでカトナーを批難するサミュエル。

そんなサミュエルとは正反対に宝箱を開いたカトナーは驚いた様子で中をまじまじと見つめている。


「なんだ?どうした?………まさか空っぽか!?」

「カトナーさんの表情はそんな感じではありませんが…………」


サミュエルが眉を顰めカトナーに聞くが返答は無い。

そして目を見開き驚いた様子のカトナーは無言で宝箱の中身を掴み取り出した。


「空じゃないじゃん!……っていうか…明らかにマジックアイテムじゃん!!」

「ええ……一目見て判る程に存在感のある剣ですね」


カトナーが宝箱から取り出したのは、長さ200㎝あり、横幅は30㎝、厚さは4㎝もある巨大な剣だ。

剣の名は……………………。


「………ドラゴンスレイヤー………こんな強力な剣がダンジョンで発見出来るとは!!」

「なにそれ?剣の名前?」

「………あぁ、そうだ。この剣の名はドラゴンスレイヤーと呼ばれている………竜殺しの剣として最も最上位の剣だ!!」


ドラゴンスレイヤーとは、このグレートアースの世界に存在する剣の中でも、貴重で希少な剣である。

その為、確認されているドラゴンスレイヤーは世界に二本しかない。そして今ここにあるドラゴンスレイヤーを入れて三本めだ。


「すげぇな!良かったなカトナー!」

「どういう意味だ?…………これを俺が使ってもいいのか?」

「あぁ!勿論だ!俺には強力な杖があるしな………そういえば、まだ使ったことは無かったな……でもなんか勿体無い気がするんだよな」


カトナーは貴重なドラゴンスレイヤーを自分が使ってもいいのか、と驚いた様子で聞くがサミュエルは全然問題無いとばかりに頷く。

そしてヴェロニカに貰った杖をまだ使ってない事に気付くが、貧乏性なのかまだ使うつもりがない様子のサミュエル。


「クククッ有難い!これでまた今より高い次元に足を踏み入れられる!!」

「それじゃあ今装備してるグレートソードは俺の魔法で収納しとくか?」

「あぁ、頼む!」


サミュエルはカトナーからグレートソードを預かり収納すると目的だった遅めの昼食にする為に食事を出しカトナーとミレーユに配る。

そして二人は食後の一休みをし、一人は新しい剣を手に馴染ませるように素振りをして過ごすと、次の階層を目指し出発した。

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