旅立ち
まだ陽も昇っていない暗闇のなか、ブリッツの街の、一つの家で楽しそうな声が聞こえる。
「これでサミーも立派な成人だな!」
「サミーちゃん、おめでとう!」
グレートアースでは十五才で成人と判断されるされるため、ヴェロニカとジャック二人が息子のサミュエルへ祝福の言葉を送っている。
「ありがとう!父さん、母さん!……………………。だけど……俺も今日で大人の仲間入りしたんだから、サミーはやめてきれよな。もう子供じゃないんだから!」
照れた様子で親指を立て自分に向けながら、もう大人なんだから、サミーと呼ぶのはやめてくれと言うサミュエル。
「ははははっ!成人したとは言っても、俺たちからしたら何時までも子供だ」
「そうよ私達が何時まで時が過ぎてもサミーちゃんの親なのと一緒で、サミーちゃんは何時までも私達の子供なのよ」
サミュエルの言葉を意に介さず、笑いながら嬉しそうに答えるヴェロニカとジャック。
そしてそんな二人を前にもう好きにしてくれ、と言った表情で眺めるサミュエル。そんなサミュエルにジャックとヴェロニカは先程とは違い真剣な表情に変え話だす。
「サミー、これをお前にやる。冒険者としてやっていくなら、ずっととはいわないが、暫くはサミーの役に立つだろう」
「これは?」
ジャックが差し出した袋をサミュエルが開くと、肘から先の腕だけでなく指先まで鋼鉄製の金属で出来ている″ガントレット″と両胸の部分だけ同じく鋼鉄製で作られ、それ以外は厚手の魔物の革でて出来ている″胴鎧″、更に魔物の革で作られているロングブーツに、すね当てと踵、ならびに足の甲から指先まで鋼鉄製の金属を革と一体化させてある独特の形状をした″グリーブ″が入っていた。
「私からはこれよ」
ジャックから渡された物を袋から全て出し、眺めていると今度はヴェロニカが布でくるまれた棒状の物を差し出してきた。
サミュエルはその布を取ると驚愕の表情でヴェロニカを見る。
「杖!?しかもこれは………」
「そう、聖樹の木………しかも千年以上の聖樹の木から作られた杖を純度の高いミスリル銀でコーティングしてある杖よ…………この私達が住んでいる国、バルスールでは最も強力で最も古い杖になるわ」
杖は普通に武器屋で売られている、鍛治師が作るとともに高位の錬金術師が仕上げた杖でも魔法の威力や精度を少し上昇させる効果を持つが、それとは格段に違った存在感を感じ戸惑っているサミュエル。
そして、ヴェロニカの説明を聞き驚愕した様子で訪ねる。
「こんな貴重な杖を貰っていいの!?俺なんかが使うより母さんのような優秀な魔法使いが持っていたほうが遥かにいいと思うんだけど!」
サミュエルの驚きも当然だろう。
遥か昔に存在していたと言われる聖樹。しかも樹齢千年以上もの聖樹を使い、高純度のミスリル銀 でコーティングされているのである。
その杖の価値は、このブリッツの街、並びにその周辺の土地全てを含めても尚足りないほどの価値があるのである。
因みに現在、全ての国に現存する、聖樹で作られている杖は今この場所にある杖を含めて十二本しか現存していない。
「いいのよ、私達はもう一生のんびり暮らしていけるだけのお金は稼いだし。サミーちゃんが産まれてからジャックは腕を鈍らせないように依頼を請けていただけだし、私もこれからはそうだしね」
「でも………」
でも流石にこれ程の杖は貰えないよ、と言おうとするサミュエルだがそれに被せるようにヴェロニカが言う。
「サミーちゃんに持っていてほしいのよ…………。今日これからサミーちゃんはこの街を出ていくんでしょ?だったら私はこれ迄のようにいつも近くに居てやれないから…………だから私の替わりにサミーちゃんの傍に置いてほいしの」
少し涙を浮かべサミュエルに自分の考えを、想いを、言葉にするヴェロニカ。
そしてその言葉を聞き、真剣な顔で頷くサミュエル。
「うん、わかったよ。母さん………ありがとう。父さんもありがとう」
ジャックに貰った防具を身に付け、家を出る時の為に買っていた鋼鉄製のロングソードを腰に差し、同じく家を出る時の為に買っていた槍、弓、投げナイフ、食料品、そして最低限の日用品を次元魔法の一種の空間魔法で作り出した自分だけが出し入れ出来る空間に入れていく。勿論、ヴェロニカに貰った貴重な杖も同様に。
そして少し明るくなったブリッツの街の門にジャックとヴェロニカ、二人と一緒に到着した。
「父さん…………母さん…………今までありがとう。お世話になりました…………」
涙を流しながら二人に感謝の言葉を述べ、頭を下げるサミュエル。
「何を畏まったこと言ってるんだ。これが今生の別れじゃないんだ…………。笑ってこの街を出発しろよ」
「そうよ、サミーちゃん。疲れて休みたくなったり、私達に会いたくなったらいつでも帰ってきていいのよ。それに……………………そうね、一年に一度とは言わないけど二年に一度は顔を見せに来なきゃだめよ」
サミュエルとは違い二人とも笑顔で言う。
ヴェロニカは少し無理をして笑顔を作っているようだが。
「ははは、確かに…………そうだね。これが永遠の別れじゃないんだ」
二人の言葉を聞き、そしてヴェロニカの表情を見て、笑顔を作り答えるサミュエル。
そして……………………………。
「父さん!母さん!………………いってきます!」
満面の笑みでそう告げる。
そして二人に、住み慣れた街に、背中を向け歩き出すサミュエル。
そんなサミュエルの背中を、成人を迎えて大きくなった背中を見ながらサミュエルに聞こえるかどうかといった小さな声でヴェロニカとジャックが涙を流しながら呟く。
「「いってらっしゃい、サミュエル」」




