表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

スカイフィッシュ

作者: カオス
掲載日:2014/07/29

「ここが魔界村かー」

 少し遠くから男が近づいてくる。

 ずっと僕と目を合わせたまま四歩に一歩の割合で微妙に方角を変えながら半開きの赤い目を光らせ妖精の森でも散歩しているかのような口元で近づいてくる。

「よう、ミツル」

 僕はその男と握手を交わし、きつくハグをした。

 彼の名前は相田充。

 最近自分の名前を克服した男だ。

「どんな感じ?」

「ボチボチだねー」

 彼は僕の対面に座りながらケツポケットから緑色の財布を取り出しいつもの毛深い手つきでいつもの六万円をテーブルに置いた。

「まいど」

 僕は表裏の揃っていないお札の顔が歪んでいくのを感じていた。


 ここは魔界村ではない。

 少なくとも人間界における住所は魔界村ではない。

 上野駅を降りてアメ横に向かう途中の店員が外国人で和風なメニューばかりが三百円均一な居酒屋のお二階お座敷だ。

 普段店員は二階にはおらず、平日は人がほとんど来ない。

 しかも曇りガラス窓付きトイレが一階、二階両方にあり、なんなら座敷にも大きな窓があるうえ、それらの四角い穴を通じて人と会うことはない。

 つまり、ドラッグをやる隙がプライスレスなのだ。

 僕は栃木県で両親と一緒に暮らしており、薬物の売買で出稼ぎをするときはこの場所を使って都心周りの友人とセッションをするようにしている。

 麻薬の売人を本格的に初める前からだ。


「こんなところに石像がある!」

 ミツルはかれこれもう千回はこのセリフを吐いている。

「うわー、動く石像だぁー!」

 ミツルはかれこれもう千回はこのセリフも吐いている。

 人が固まってから動きだすと必ずこのセリフをセットで吐いているからだ。

 いつまでこのセリフを言い続けるのかというのと、それを言うなら『歩く石像』じゃないのかというのを聞こうかと思ったが、野暮かと思い口には出さなかった。

「ゴメンゴメン。はい、二十」

 僕はプリングルスの入れ物を一度開封し中身を取り出してから乾燥しきっていない大麻二十グラム入りのジップロックをチップスでサンドイッチした状態で入れてもう一度アロンアルファで密閉して未開封のように装ったものを二つミツルに差し出した。

「サワークリーム来い!」

 ミツルはサワークリームのプリングルスに手を伸ばした。

 このサワークリームの入れ物には全然薄くないうすしお味が入っており、うすし おの入れ物にはサワークリーム味とうすしお味が一枚ずつ交互に入っている。

 つまり今回もサワークリーム好きのミツルはうすしお味だし、僕はしばらくジップロックに入ったプリングルスを食べることになる。

「コンドノ、デキバエ、ドデスカ?」

 いつものようにカタコトでミツルが聞いてきた。

「んー、どうでしょう」

 先ほど野暮かと思ったのは、長嶋茂雄のものまねをしながら茶色い小袋を差し出すのももう何度目かわからない僕も、人のことは言えないからだ。

 小袋の中身は大麻一式、つまり、大麻、パイプ、ローチ、ペーパー、ライターだ。

 お買い上げの際は自由に吸ってもらっている。

「今回こそサワークリーム?」

 そう言いながら、みつるはライターに火をつけた。

「んー、どうでしょう」

「スゥ……」

 長嶋茂雄のものまねをふたりが出会ったあの頃のように突っ込んでほしかったが、ミツルは潜水でオリンピックに行けるんじゃないかってくらい息を止めるのが長い。

「……ひゃっほう!ゼーハーゼーハー……」

 煙を吸ったはずなのに、煙を吐かないツワモノなので、ミツルと二人きりのときは窓を開けないこともあるほどだ。

「相変わらず長いね、いい加減オリンピック連れてってよ」

「だから筋肉質過ぎて泳げないんだよ、相変わらず。お前が連れてけよ」

 このやりとりはまだ十回くらいしかやっていないので新鮮だが、そんなに面白くもないのが難点だ。

「そうそうオレ、また早口言葉みつけたんだ」

「お、どんなの?」

「血眼血生臭いって十回言ってみ」

「ちまなこちまな……」

 僕は今回の早口言葉も、今回も早口言葉と十回ゲームが混ざっていることも言えなかった。

「すごい、コレ今までで最強じゃない? 十回もやる必要ないよ」

 あ、今だ。

「十回と言えばさ、ミツルいっつも十回言わせる早口言葉だよね」

「うん」

「ピザって十回言わせるのって、ヒザを指さして『ここは?』って聞くやつだよね」

「ああ、それみんな言うんだよなー。別に一回言うのは簡単だけど十回連続で言うとなると難しいんだったらそれはもうそういう早口言葉ってことで良いだろ? ガスガスばくかつって知ってる?」

 さすがみんなに言われてるだけあって、面倒くさそうな反論が強引に返ってきた。

「じゃあさ、一回言うだけでも難しい言葉もミツルの早口言葉コレクションにあってもよくない?」

「いやー、ここまできて? 本出すとき困るからいいよ」

 返答が明らかに面倒くさそうだが、ここは追っかけよう。

「本出すの?」

「そんなわけないわけないじゃん」

「お、出すの?」

「それなんだけどさ、否定の否定は肯定とも限らないんじゃないかって、なんでみんな思わないのかな? 気付いてるけどまぁいいじゃんっていう、皆さん寛大な心の持ち主でありますってことなの?」

「えーと……」

 僕はどういうことか考えるあまり、ジョイントを巻く手が止まってしまった。

「たとえば、俺ブサイク? いいえ、ブ男です。っていうやつとかさ」

「『AじゃなくてBですか?』『違います。』が、AじゃなくてCだったりすることのこと?」

「ファイナルアンサー?」

「ファイナ……やっぱテレフォン! いや、ガンジャーで」

「ファイナルガンジャー?」

「んー、どうでしょう」

 僕は巻きたてホヤホヤのジョイントに火をつけた。

「……ケホッ」

「……」

 大麻を回しているときは話が進まなくなる。

 息を止めているから当たり前だ。

 話しかけられても困る。

 大切な時間だ。

 それにしても今回のネタはうまくできた。

「うまいなー」

「たまらんばい」

「そういえばさ、メッセージとソーセージって似てるよな」

 ジョイントの火を消し、ほぐしたローチを燃やしながらミツルがちょっと可愛い感じで言ってきた。

 開戦の狼煙だ。

「覚醒剤と学生時代も似てるよね」

「おほ! ほんとだ」

「ひつまぶしとひまつぶし」

「アットホームとアットマーク」

「オダギリジョーと小田原城」

「キョンキョンとマイケルジャクソン」

「ブファッ! 似てる似てる! 似てるけど似方がエグいよ!」

 僕は基本的にミツルを尊敬している。

 ドラッグはなんでもかんでもやるくせに大麻以外は誰かと遊ぶときしかやらないところや、とっくに人間辞めてるはずなのに人間的に素晴らしかったり、とにかく欠点が見つからない。

 少し嫌だが、憧れてしまう。

「ちょっと違うけど、ステゴ・ザウルスをステゴ・ザ・ウルフにするとカッコよくない?」

「かっこいいかどうかよりも、WOLFのウが母音なのかどうなのか、ザ・ウルフが正解かジ・ウルフが正解かってことの方が気になっちゃうな」

 気になるどころか、僕は気づきもしなかった。

 やっぱり憧れてしまっている自分を取り繕うようにスタイリッシュなジョイントを巻いていると、誰かが階段を登ってくる気配がした。


「どーもどーもぉ」

 やっくんだ。

「やっくん久しぶり」

 彼の名前は薬師丸太一。

 自分の名前と薬物と植物と愛と自由と平等と平和と競馬が大好きな男だ。

 なぜ自分の名前が好きかというと、苗字はもちろんのこと、名前もTHCと響きが似てると思っているからだ。

 僕は彼と握手を交わし、ハグをしたというより、抱きついた。

 やっくんの体は大木のように太く大きいので、ハグをしようとしても子供が大人に抱きついている感じになってしまうが、それが何気に悪くないから驚きだ。

「ここが魔界村ですかぁ?」

「最初に言いだしたの誰だっけ? やっくん久しぶり!」

「ミツルくぅん!」

「やっくん今日もガムの代わりにホルモン噛みながら来たの?」

「いやぁ、今日はコンドーム。イチゴ味のやつぅ。それがさー、聞いてくれるぅ?」

「う……うん」

「すぐそこで職質されちゃってさぁ、コンドーム噛んでるのバレて大変だったんだよぉ」

「それで珍しく遅くなったのか……」

「うん。頭きたから何のために職質するのか聞いたら念のためだってぇ。ふざけてるよねぇ」

「いやー、イチゴ味のコンドーム噛んでるのもふざけてると思うけどな……。なんでそんなの噛んでるの?」

「念のためぇ」

「ヒュー。ヤルー」

 ミツルとやっくんが挨拶している隙に、僕は大麻二十グラム入りプリングルスとLSD二十枚入りミンティアをバッグから取り出した。

「二人ともサワークリーム味が好きなんだからサワークリーム二本で良くなぁい?」

「同じ味二つ持ってたら怪しいじゃん」

「小さいのならまだしもかぁ」

「小さいの二つの方が怪しくない? デカいの買えって。蓋できるんだし」

「まぁねぇ。今回は何味かなぁ」

 やっくんはどちらの味も好きなので、本当は何味だろうが構わないはずだ。

「まいど」

 僕はペラッペラの福沢諭吉十二人を受け取り、お釣りにほっかほかの小袋を手渡した。

「今度のネタどぉう?」

「んー、どうでしょう」

「かなり良いよ!」

 ミツルはもう自分以外の人間が僕の長嶋茂雄のものまねをつっこむ隙すら与えてくれない。

「そういえばさぁ……」

「ん?」

「なに?」

 ボッ……。

「……」

「……」

 やっくんは話を切り出しかけてからでも容赦なく吸いだす男だ。

「……うまいジャマイカ!」

 やっくんはいつもこう言いながら柔らかい紫色の煙を幸せそうに吐き出す。

「うまいよな! 飛びも良いよ!」

 二人とも気に入ってくれそうだ、なにせうちの子は評判がいい。

 僕も人のネタは褒めるようにしている、というより吸ったそばからけなす人間に会ったことがないので、対面した批評はあてにできないが、うちの子はリピーターが多いので、悪い子じゃないはずなのだ。

 一生懸命育てたからといって、決めつけるのは良くないが。

「で?」

「でぇ? なぁに、しりとりぃ? じゃあデコポン!」

 やっくんは話の途中でも容赦なく吸いだすうえに、吸うとリフレッシュしすぎてしまう。

「違うよ、炊く前『そういえばさぁ……』って言ってなかった?」

「あぁ」

「なになに?」

「やっくんこの前死にもどきもどき見ちゃったぁ!」

「なんだそら」

「なにそれ。死にもどきって『図鑑に載ってない虫』っていう映画に出てくるやつ?」

「そうそれぇ」

「おーオレも見たことある! スッゲー好きだよ!」

「やっくんも好きぃ!」

「僕も見たことある!」

「良いよねアレぇ!」

「良い! かなり良い! みんなにも見て欲しいと思ってたんだよ!」

「みんな見たことあったんだね」

「スゲー!」

 僕はジョイントに火をつけようとしていたが、話に夢中でライターを持つ手が止まってしまっていた。

「あれに出てくる虫の名前なんだっけぇ?」

「『死にもどき』でしょ……」

「……ああ、その話だっけぇ」

 やっくんもすっかり調子が良さそうだ。

「その『死にもどき』のもどきなの?」

「いやぁ、あのぉ、よくさぁ、ネタ食いすぎて虫の大群見ちゃったって話聞かない? やっくんこないだ見ちゃったんだよねぇ、初めて。っていう話なんだけどねぇ」

「マジで? それってスカイフィッシュらしいぜ!」

「ほんとにぃ?」

「ホントホント、かなりのエキスパートから聞いたから多分ほんと……かな? かえって信憑性薄いのかもしんないけど」

「たしかに」

「そうなのぉ? あぁーたしかにぃ」

「信憑性薄いかもね」

「いやぁ、やっくんの『たしかにぃ』はそっちじゃなくってぇ、スカイフィッシュは願いを叶えてくれるっていうのを、こちらも確かな情報筋から聞いたことがあるんだぁ。そのときは冗談だと思ってたんだけどねぇ」

「へー」

「うーんと、『たしかにぃ』ってことは、願いが叶ったってこと?」

「うん、だってさっきの職質でやっくん捕まらなくて済んだもん」

「なんで? なんかもってんの? いますぐ出せ!」

「チョコっとしかないよ」

「ワオ! チョコじゃなくてチャリンコじゃーん!」

 ミツルはやっくんからコカインを頂戴していた。

「僕にもチョコっとちょうだいな!」

 僕はさっきのスカイフィッシュの話が気になっていたが、それどころではなくなってしまった。

「チャリンコって自転車操業からきてるのかな」

 自転車漕ぎ出しちゃったし、まいっか。

「止まらないもんね」

 まいっかいっとけまいっか。

「ずっと気になってるけど調べてないことってあるよな」

「あるあるぅ」

 よし、いくぞう。

「競輪選手のヘルメットの中にはハンガーが入っているんじゃないのか、とか」

「ウニは脳みそなのか肝なのか卵なのか、とかぁ?」

「『メ』と『ベ』の間の音って確実にあるじゃん」

「『メ』に点?」

「そう。なんでこの五十四音にしたかなー、とか」

「なぜ冷やし中華をフーフーしちゃうのか、とかぁ」

「なぜ焼肉にサーロインがないのか、とかぁ」

「そうそう、甘噛みのどこが甘いのか、とか」

「噛むと甘い場所が体のどこかにあるんじゃないのか、とかぁ」

「生ハムは焼くとただのハムになるんじゃないのか、とかぁ」

「アイデンティティーってお茶っぽい、とかぁ?」

「アイデンティティーってなんだっけ?」

「なんだっけぇ」

「……」

「……」

 やっくんは、ずっと気になってるけど調べてない疑問が食べ物のことばかりなうえ多いわりに味にはうるさい。

「そういやこないだ久々に寿司食ったらいつもと全然違う匂いのうんこでたわ」

「いいなぁ。やっくんなんかケツからカリントウしかでてこないよぉ」

「ケツから出てきたカリントウはもううんこでよくない?」

「口に入れた瞬間うんこでいいんじゃねえ?」

「えぇ……じゃあケツに入れたカリントウはぁ?」

「半分まで入ってる状態はどうしよう?」

 なにやら二人の視線が気になる。

「もうカリントウはうんこってことでいいよ」

 僕は忘れていたジョイントに火をつけた。

「……ホタル族っているじゃん」

「ああ、ベランダでタバコ吸ってる奴な」

「それそれ、ベランダでタバコ吸ってる奴に名前付けるならベランダで大麻吸ってる奴にも名前付けたくない?」

「……ホタルイカ族とかぁ?」

「かっこわりいよ」

「いじめ、カッコ悪い」

「前園ぉ?」

「それだ! 前族!」

「うそぉん」

「園族?」

「いやぁ……」

「前園族!」

「意味わかんないし、それこそ前園さんいじめてるみたいでかっこわるいよぉ」

 やっくんはジョイントの火を消しながら言った。

 やっくんは良く言えば大らかな男だ。

 ジョイントの火を、まだ吸いきっていないからクネクネ曲がって消しづらいのに消した挙げ句、見事に消火しきれていないことが多い。

 ピュア巻きなので少しもったいないかもしれないが、やっくんがやると許せてしまう。

「あとさぁ、体の表裏がひっくり返るとかもよく聞くじゃん。それもこないだ初めて体験したんだけど、いやぁすごかった」

「どんな感じなの?」

「いやぁ、ひっくり返る。ひっくり返ってまた戻るぅ。感じぃ?」

 どういうことなのか、よくわからない。

「それって何入れてそうなったんだ?」

「それがさぁ、なんでんかんでん色々ガッツリ入れてたからぁ……わかんないんだよねぇ」

 よくわからないけど、僕も経験してみたい。

 体験していないことなんてまだまだ沢山あきれかえるほどある。

 なんなら、その場その瞬間その経験の元体験することは全て初体験だし、誰ひとりもう一度体験することのできない自分だけのものであって、これから起こることはなに一つ体験したことの無いものなのだ。

 そう考えて今を大切に生きていくように心がけてはいるが、まぁなんとも。

 もう生きることに飽きてしまった。

 まぁなんとも、つまらない毎日だ。

 クソみたいな毎日だと毎日のように思って毎日を過ごしている毎日だ。

 今の僕はジミヘンの問いに笑顔でYESと答えられないような気がする、そう感じた。


 またこの感じだ。

 みんなといるのに一人ぼっちのような感覚。

 このままではマズイ。

 なにか楽しいことか、次のコカインを。

 僕はふと思い立った。

「レイヴ行きたくない?」

「行きてえ」

「行きたいねぇ」

「なんかいいの知らない?」

「いいのあるよぉ」

「サンキュー」

「サンキュー」

 さすがやっくん、ナイスタイミングでコカインを配ってくれる。

「そういえば今週山梨で『笑い死に』あるぜ!」

「そうそう! あるんだよねぇ!」

「ホントに? 行きたいかも!」

「オレも!」

「やっくんもぉ!」

「僕、車出すからみんなで行かない?」

「マジ? 行く行く!」

「やっくんも行くぅ!」

 コカインの助けもあってか、二人ともノリノリの即答だった。


 二日後、週末の浮かれた中央自動車道のサービスエリアでひときわ異彩を放つ三人組が、我こそが晴れ男だからだと言い張り合いながら浮かれていた。

 帰宅後に一服する分の大麻すら自宅に残さず、ありったけのネタ、ありったけの金を持ってきたため、ネタを隠し持った股間はもじもじくん並みにもっこりしている。

 コカイン、LSD、MDMA、覚醒剤、ケタミン、ヘロイン、よりどり緑の緑は大麻の緑。

 こんなにいらないでしょっていうくらい持ってきた。

 すでにどれがどう効いているのかさえわからないし、武者震いは止まらない。

 今日はレイヴだ。

 ただで帰るつもりなんてさらさら無い。

 アイ ウィル エクスペリエンス!


 僕たちは行きの車の中から飛ばしていた。

 僕たちも飛ばしていたし、僕たちの乗る車も飛ばしていた。

 もはや車というより飛行機のように早くなめらかに飛ばしているのに、他の車は もっと早くもっとなめらかに、スーっと僕等のことを追い越していった。

 車の中から外から聴こえてくる音楽はレゲエ。

 トランスを早く聴きたいがこれから嫌というほど聴くし、溜めて溜めて爆発するために、僕はレイブの行き帰りにヨツウチは聴かないようにしている。

「ここだよねぇ」

 ボブマーレイと重なった声が、助手席に座っているやっくんの逆方向から聞こえてきた。

「そうそう!」

 後部座席のミツルの声は、手に汗とハンドルを握る僕を包んでくれた。

 右と左はまだわかるから大丈夫という、根拠はあるけど説得力の無い安心感に任せて僕たちは高速を降りていった。


「こっからサンチョー目の角を左に曲がりその先はひたすらマーーーッすぐ行っても突き当たってこいつはツキがいいねえなんて言ってる頃に左手に右手が握ってる左手の右側の先っちょを眺めながらブッチョーヅラを右に曲がってホラッあそこんとこ♪を鋭角に曲がってから鈍角に曲がってもしょーがないから五感を互換して一個にして先っちょのほうからひっくり返してなんだっけ?」

 やる時はとことんやる男ミツルはもう絶好調の振り仮名すら読めないようだ。

 ここからは、なまはげの看板を左折、山道を道なりにこんなに行くのっていうくらい行って閉鎖された駐車場を過ぎてちょっと行ったところにある側道を右折した鹿がいっぱいいるところの奥のはずだ。

 僕は記憶を頼りに車を進めた。

 そうこうしているうちに、僕の車はゆっくりとオープンカーになってしまった。

「お!」

「なになに?」

「なぁに?」

「あ、いや、オープンカーになっちゃった」

「……」

「……」

 返事がない、ただの屍になってしまったのか、おそらくそれぞれなりの解釈をしようとしたところ頭の中で思わぬ長旅になってしまって帰って来れないでいるのだろう。


 もうすぐ夜が来る。

 僕はこの位の紺色の空がとても好きだが、道路がそのまま空まで繋がりやすいから運転をするのは少し苦手だ。

 そう思うと、自分の走っている道路が遠くの方から少しずつ浮いてきてしまった。

 視界がどこまでなのかすら、もうわからない。

「ところでさぁ……」

「ん?」

「……」

「どうしたの?」

「なんだっけぇ?」

 俊足で忘れてしまったらしいが、やっくんがなにを忘れてしまったのかということを僕も忘れてしまっていたのでなんだっけ?


 そのときのことだ。

「うお!」

 僕は思わず声をあげてしまった。

「どしたん? 手がハンドルにくっついちゃったか?」

「スピードメーターの動きが止まらないとかぁ?」

「わかった! 道に迷ったな! オレもとっくに迷子だぜ!」

「そういえばここ何処だっけぇ?」

「天国!」

「宇宙ぅ!」

「それ言うなら世界の真ん中とかいうのはどう?」

「君のとなりとかぁ?」

「地球船宇宙号は?」

「六合目付近っていうのはぁ?」

「……」

「……」

「……」

「確かに迷ってはいるんだけど……そんなことより。スカイフィッシュが見えたんだよ!」

「マジで?」

「ホントにぃ? どんな願い事したのぉ?」

「ギャルのパンティーおくれって……」

「……」

「……」

「……」


 僕は畑道のようなところに車を停めた。

 どこまでが真実なのかわからないが、ものすごく奇麗な星空が上を見上げていなくても全方位三百六十五度に広がっているうえにホタルまで飛んでいる。

 もはや見えているものが何なのかすら、さっぱりわからない。

 本当にスカイフィッシュを見ることができたのだろうか?

 何も起こらない。

 本当に願いが叶うのだろうか?

 だとしたらいつ……。

 ……。

 そんなわけないか……。


 とにかくここで少しだけ我に帰ってからレイブ会場を見つけよう大作戦を決行しよう。

 とにかく一服。

 とにかく。

 ボッ……。

「うまいねー」

「おいしぃ」

「うん」

 確かなことなんて何もないように思えてきたが、この一服は確実にうまい。はずだ。

「もうちょっとだけ待って」

 と言いながら何らかのドラッグに手が伸びる。

 もはやこの粉が何なのかすらあやふやだ。

 伸びる手が止まらない。

 なんでここにいるんだっけ?

 確かなことは、ミツルとやっくんのそばにいるということ。

 でも彼らは本物なのだろうか。

 今が何時代なのか、人生の何合目あたりなのかもわからない。

 わかることはただ、夢だろうが現実だろうが生きていようが死んでいようが、今を生きるしかないということ。

 ラーメンを食べながら餃子を美味しそうに見つつ次にほおばるラーメンを使って箸でクレーン車ごっこをしながら冷ますことは、実はラーメンも餃子も人生も楽しめない、ということ。

 大切なのは口に入っているものの味、歯応え、舌触り、温度や大将の愛を感じることだ。

 今この瞬間を感じることだ。


 次の瞬間、耳の奥の方からぶるぶるぶるという音が聞こえてきた。

 その時、僕は体がひっくり返るのを感じた。

 体は口か肛門からひっくり返るものかと思っていたが、正解は頭頂からだった。

 感覚だけが頭頂から外側にひっくり返り、蟻の戸渡りから入ってきてまた元に戻ったが、全てが新しい。

 触覚、嗅覚、聴覚、視覚、味覚、それ以外の感覚も、どれもこれもが新鮮で気持ちが良い。

 感覚がリセットされた。

 それと同時に、すべてを理解することができてしまった。

 すべては同じこと。

 作用があって反作用がある。

 支点力点作用点。

 こうするとこうなる。

 ああするとああなる。

 陰と陽。

 太極拳のマーク。

 大宇宙の仕組みまでわかる。

 すべて同じ。

 そう理解した。


 頭が嘘のように冴え渡っていく。

「そういうことか……」

「ん?」

「なにがぁ?」

「ボチボチ行こう!」

 唖然とする二人をよそに、僕は車に乗り込んだ。

 時間感覚が戻って地に足が着いてしまえば簡単な道だ。

 行き過ぎたと不安になって引き返してを、目的地の手前で繰り返していただけだろう。

 やっぱり僕の記憶は正しかった。

 山道を思っていたよりもっとこんなに行くのっていうくらい行ったところに閉鎖された駐車場はあり、その駐車場を過ぎてちょっと行ったところの側道を右折したところに今日は鹿はいなかったが、その奥が今回の旅の目的地周辺だった。

 自分を信じる力が弱かっただけだったのだ。


 レイヴ会場へ辿り着いた僕たちは真っ先にダンスフロアへと向かって行き、朝まで再会することは無かった。

 僕は降り注ぐ音のセンターを探しながら踊った。

 体が軽い!

 関節が柔らかい!

 なんてことだ!

 踊ることがこんなにも楽しかったとは!

 音楽が気持ち良い!

 素晴らしい!

 何もかもが素晴らしい!

 なんてことだ!

 人生は素晴らしい!

 人生は美しい!

 人生は、クソみたいだと思っていた僕の人生だって、サイコーじゃないか!

 サイコーだ!

 なにもかもサイコーだ!

 みんなありがとう!

 何もかもありがとう!

 僕は今、幸せだ!

 本当にありがとう!

 サイコーに幸せだ!

 サイッコーに! サッイコーに幸せだ!!


 僕はスカイフィッシュを見たとき、実は心の中でこう願っていた。

 『幸せになりたい』と。

 自分の内面以外何も変わってなどいないが、本当に願いは叶ったのだ。

 麻薬なんてもう、いや、ハナから必要なかったのだ。

 何を手に入れなくても、何一つ変わらなくても、自分を変えるだけで世界はバラ色になる。

 それが分かった今、麻薬なんてもう必要ない。

 まるで地球で踊る僕を探していたかのように、太陽が闇を美しく照らし始めた。

 まだ誰も経験したことのない、新しくまっさらな一日の、初めての始まりだ。

 長い夜を越えて、僕は生まれ変わったのだ。


 今日もなんて良い日なんだ。

 ジョイントがうまい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ