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プロローグ~新たな人生の始まり

ウジウジグズグズ何の取り柄もない主人公が何故かモテてしまう。


違和感を感じたことはありませんか?

あたしはあります。ぶっちゃけ嫌いです。理不尽だから。

このお話は、スポーツに人生かけた才能ある男女がトレーニング試合遠征の合間に愛を育むお話です。

つっても、ものすごく軽いですが、特にパパが。


技術的には、少女漫画をベースに古い泣きゲーのロジックで作られています。

プロローグ

 夕暮れ時の街はクリスマス一色だった。

 カップル、親子連れ、幸せそうな連中で歩道は埋め尽くされ、ショーウィンドウに映るしょぼくれた俺とのコントラストが残酷すぎる。

「売れねぇ・・・このままじゃ営業所帰れねーよ」

 丸めた背中が一段と小さくなった気がした。

 大体、建売分譲なんつうモンがポンポン売れるわけもねぇ。

 それでも所長は売ってこいという。そして残念ながら俺はそれに従うしか無い。

 ブラック営業が理不尽なんて今に始まったことじゃない。

 見込み客すらなしの状況じゃ営業所に戻れやしない。どんなに神妙な態度で謝っても、クリスタル製の灰皿が顔面目掛けて飛んでくるに決まってる。

 むしろ三ヶ月も契約ゼロの俺を今までよく飼ってくれましたって、お礼を言わなきゃならねえくらいだ。

「一体どこで道間違ったんかな…いや、考えるまでもねーよな」

 サンタコスの売り子を眺めながら足を緩め、俺は長いため息をつく。

 判りきったことだった。10代の頃、人生を真剣に考えなかった。何の努力もせず辛いことから逃げ回っていた。

『俺は社会の歯車になんざなったりしねえ!』

 くだらない言い訳を唱えて、周りの大人の話を一切聞かなかった。

 その結果がFランから中小向けローン会社に就職、会社が倒産し以下スキルダウンの転職を延々と繰り返し、大卒から十年後の今盛大に後悔させられている訳だ。

 当然ながら先の見通しも真っ暗闇のままだ。結婚もできず、一人ぼっちで死ぬのだろう。

実にクソみたいな人生じゃねーか。

 向こうから歩いてくる親子連れの亭主なんて俺と同年代だろう。嫁とおぼしき知的な雰囲気の美人を連れ、彼女の手は元気に跳ねまわる娘と繋がっている。

 間近に人生の勝者を見て、惨めさに拍車がかかる。

「あ、サンタさんだー」

「こら、待ちなさいー」

 幼女が母の手から離れ俺とすれ違う。

 瞬間、大量の悲鳴が通りを埋め尽くした。

 振り向いた俺の顔面に重量物が飛び込み、体ごと吹き飛ばされる。

「痛いよぉママ痛いよぉ。オジサンありがとねぇ痛いよぉ」

 徐々に意識が薄れていく中、俺が話してる気がした。


第一章

「マナ、マナ!良かった!気がついたのねっ!」

 目を開けたら大きなおっぱいに引き寄せられていた。

 何だここは?天国か?なんかすごいいい匂いがする。

「もうっ!心配したんだから!このままずっと目を覚まさなかったらどおしようかと!マナ?どおしたの何とか言って?」

 押し付けられたおっぱいの上の方から声が聞こえた。

 マナがなんだか分からないが、とりあえず率直な感想を伝えてみようと思う。

「苦しい、でも幸せ」

 あ?なんだ?この声?

 手を持ち上げてみた。

 小さい手があった。ゆっくり握ったり開いたり考えたとおりに動いてる。

 俺の手らしい。どおいう事だ?

「うおあああああああああああ!!!!」

 訳が分からずパニックを起こして俺は叫んでいた。

「ごめんね!苦しかったよね?大丈夫痛くなかった?じゃあ、ママは先生呼んでくるからっ!」

 メガネ美人が胸から俺を引き離すと、椅子から転げ落ちるように駆け出していく。

 何それ?可愛いすぎだろ。俺の好みど真ん中なんですが?

 美人の狼狽した様子が微笑ましくて、変に落ち着いてしまった俺は、改めて自分の体を見回す。

 すげー小さい!以上っ!

 続いて周りを見渡す。

 病室っぽい。以上。

 そういえば左手首には点滴が刺さっていたな・・・・

 サイドキャビネットに手鏡発見っ!覗きこむとそこには引きつった笑みを浮かべる幼女がいる。以上。

 いや、以上じゃねーよ!待て待て待てっ!有り得ねえだろう!なんで俺が幼女?

 再びパニックになりかけるが、心に引っかかりを感じて踏みとどまる。

 そういえば、この子どこかで見たことあるよな?何処だったっけ?

 落ち着けっ俺!まだまだ慌てる時間じゃない。

 OKOKまずは深呼吸だ。

 これは夢か?夢だったら考えるまでもないから想定する必要なし!

 現実として考えるべき。

 何らかの要因で俺は幼女になった。しかもただ幼女になったわけでなく、メガネ美人という親しい女性のいる幼女にだ。そこはすげーオイシイ。

 うん。まだ情報が足りなすぎるな。

「マナー!先生に来てもらったよ?」

 頭を抱えてうずくまってる俺に優しい声が振りかかる。

 見上げると、巨乳メガネと医師らしい白衣の男が立っていた。

「お母さんは少し外で待ってて貰っていいですか?」

 心配そうに俺を見やる巨乳メガネ。小さく笑みを返すと、彼女は後ろ髪を引かれたようだが病室から出て行った。

「はじめまして。と言ったほうがいいのかな?ボクはお医者さんです。マナちゃんが元気か診に来ました」

 お?追加情報来たな。

 成る程。担当医か。にも関わらず『初めまして』って事は俺とは初対面『と言ったほうがいいのかな?』とは先方は一方的に面識があるってことだ。俺はしばらく意識不明だったって事かな?医者は巨乳メガネの事をお母さんといたから巨乳メガネが母親なのは間違いない。目覚めた時の巨乳メガネの反応も意識不明説を裏付ける。医者は幼女の中身が俺って事を知っているのか?いや今の子供向け挨拶からすると考えにくい。であれば当たり障りなく子供のふりをするべき。

 だが出来んのか?そんな真似が?

 ああ、出来るな。むしろ俺なら余裕だろう。

 あっさりと俺は決断を下した。簡単な話だ。俺の《》MMORPGネカマ歴は十年を超える。 相手の望むままに姐サンから妹系まで演じ分け、テキストベースは勿論ボイスチェンジャーでチャットしまくっては、夢見るおっさんやらニートからレアなアイテム貢がせていたのは伊達じゃぁない。

 極限状態に追い込まれるとネカマはボロを出すというが、どんな極限状態でも必ず女言葉を使えるキングオブネカマ。それが俺だった。

 社会ではまるで役に立たないし、恥ずかしくて知り合いにも言えないスキルだ。だが今使わずしてどこで使うというのだ!

「ここがどこか判るかな?」

 落ち着いた声で医師が問いかける。よし、ミッションスタートだ。

 思うに、この時の俺は状況があまりに非現実過ぎてゲーム感覚だったのだ。


「お子さんには記憶障害が見られます。検査では脳波に異常は見受けられませんでしたので、頭部に衝撃を受けた事による一時的なものでしょう」

 巨乳美人と旦那らしき人物が医師の説明を受けている。

 旦那のことはどーでもいいが、巨乳美人の泣きそうな顔を見ると心が痛かった。

 申し訳ない。

 そう、俺は医師の質問に対し、全て分からないと返答したのだ。

 正直に中身はおっさんですって答えても誰も得はしないだろう。バラすにしても状況を把握してからで遅くはない。

 何より、今の俺はあの巨乳メガネの娘なんだろ?と言うことはあのおっぱいに触り放題という訳だ。合法的に!娘だったら一緒にお風呂に入るのも当然だよな。赤ちゃん返りしたふりしておっぱいに吸い付くのもアリだ。

「うへっ。うへへ・・・」

「身体的にはもう健康体ですので、2~3日様子を見て問題がなければ退院出来ますよ。あとは定期的に通院で・・・・」

 俺の邪な笑いは、幸いにも医師のセリフにかき消されてくれた。


伏木家 早朝

「真奈。そろそろ起きなさい」

「うん・・・おはよう。ママ」

 俺は元気に目の前のおっぱいに飛び込んだ。

 はぁぁぁぁー朝から味わう美人人妻の乳の感触は最高だぜっ!くぅぅぅぅー生きてて良かった。

「こらー明日から小学生になるんだからいつまでも甘えてちゃダメよ?ほら起きて起きて」

 ママ。伏木結奈は発情した俺の頬を優しく両手で挟んだ。

 促されて1Fのキッチンに行くとワイシャツ姿の男の背中が見えた。

「おはようパパ。」

「ああ。おはよう」

 そう言うとパパ伏木和真は立ち上がり、幼児用椅子によじ登る俺のポジションを正してくれる。

 美人の嫁を持ってるだけあって中々気が利く男だ。

「真奈もママに起こされなくても一人で起きられるようにしなきゃダメだぞ?」

「はーい」

 うるせー幼児期の睡眠は脳の発達に欠かせねーんだよ。こっちは少し前まで昼寝が必要な歳だっつーの。セルフケアだろ?判れよそんぐらい。

との思いを込めて頷く。

「いただきます」

 これが3ヶ月間続いている伏木家の朝食風景だ。一般的な家庭の朝とあまり代わらないと思うが、十年以上も一人暮らしをしてた俺にはとても温かい。

 そう俺は伏木家の娘という新たな人生を送っている。

 一月中旬の退院から今までで、状況がかなり整理出来た。

 まず俺は伏木真奈7月生まれの5歳。明日から小学生の女の子だ。もうランドセルは買ったぞ。色は赤だ。

 ママは去年のクリスマス事故まではOLをやってたが、俺の事もあって退職した。最近はポツポツと前の会社のツテでアラビア語の翻訳を在宅でやっている。巨乳でメガネ美人人妻ってだけでもポイント高いのに、知力まで備えてるって結奈ちゃんサイコーだよ!結婚してくれ。

 ちなみにマナという俺の名前はアラビアの女神マナートからもらったそうだ。てっきり単純に和真と結奈で一文字づつだと思ったんだが、伏木家なかなか奥が深い。

 和真パパは県内の大手自動車メーカでエンジニアをやってるらしい。詳しいことは知らんが、才色兼備の嫁を貰うだけあってイイトコ勤めてやがる・・しかも地味にイケメンなんだよな・・・・コイツ。くそう!リア充が!

 クリスマスの事故についても色々判った。あの日酒を飲んだ高校生グループが無免許で車を運転し、ミスってクリスマスで賑わう歩道に乗りあげてきたのだ。重軽傷者合わせて13名死者1名の大惨事で、当時ニュースでも話題になっていたらしい。

 俺は、車に跳ね飛ばされたが偶然にも通行人がクッションの役目をしてくれて、九死に一生を得た。2週間近く意識が戻らなかったらしいがね。

 死者1名・・・氏名は山川徹・・・俺だ。

 伏見家はあの日すれ違った親子連れだった。どおりで病院で意識を取り戻した時、この顔に見覚えがあったはずだ。

 真奈の身体がロケットみたいに突っ込んできた事までは鮮明に覚えてる。山川徹くんはその衝撃を受け転倒し地面に激突、脳に深刻なダメージを受け意識を取り戻すことなく逝ってしまったらしい。要するに俺は意識を失っている間に、自分の身体が焼かれて骨になってたって事だ。意識を伏木真奈という幼女の身体に残して。

 もう戻ることは出来ない。と気づいても別に何の悲しみもなかった。

 俺は糞みたいな山川徹の人生には全く未練はなかったのだ。どうせあのままでもクリスタルの灰皿で頭かち割られてただろうしな。

 それにしても山川徹の中には何がいたのだろう?分裂した俺?空っぽだったのだろうか?真奈の意識はどこに行った?

 徹が意識を取り戻すことなく死んでしまったことで、真相はもう誰にもわからない。

 だから考えても仕方がない事なのだろう。この件に関して思考は打ち切るべきだ。

 どの道、俺には伏木真奈として生きていく選択肢しか残されていないのだから。

 結奈ちゃんとのおっぱいライフは魅力的だしな。

「さて、そろそろ行ってくるよ」

 和真の声で俺はふと我に返る。

「あらそうなの?じゃ真奈ちゃん一緒にパパをお見送りしましょ?」

「うん。真奈もパパお見送りするー」

 幼児用の椅子から手を伸ばすと、ママが俺を椅子から下ろすため抱き寄せてくれる。

 クンカクンカ。ふぉぉぉぉー結奈ちゃんいい匂い。最高だよ!この首筋舐めていいんか?いいんか?

 巨乳人妻との幼児プレーたまんねーな!おい!

 結奈の首にしがみついてる俺に、和真が表情の読みづらい視線を投げつけてるのが判った。

 ちっ!最近コイツ妙な視線をするんだよな・・・これ娘に向かって投げる視線じゃねーだろ?何考えてんだ全く・・・

「じゃ、行ってくる」

「あ、待ってパパ。ちょっとしゃがんで」

 玄関で扉を開けかける和真に俺は声をかけた。

「真奈どおしたんだい?パパはお仕事だよ?」

「うんパパ。お仕事頑張ってね。早く帰ってきてね。パパ大好きだよ」

 キュッと抱きついて甘えてみる。

「うんうん。パパも真奈大好きだよー」

 和真チョロい。

 いや、もう判ったから。そんな力込めて抱き返すなよ、痛いだろうが!はよ離せ。はよ会社行けや。

 子供が懐いてくれないとかで、家に不満を持って外に女でも作られたら厄介だからな。いわば俺と結奈の生活を守るためのちょっとしたサービスってヤツだ。

「ほら、貴方もいつまでも真奈に甘えてるんじゃありません。ほんっとしょうがないパパなんだから・・・」

 今朝も結奈は幸せそうだった。


「ふう…やれやれだぜ」

 居間に戻った俺は大人しくソファーに座り、今後の人生について考える。ちなみに結奈は掃除洗濯を始めている。実に働き者のいい奥さんだ。

 目標は充実した人生。徹のようにクズみたいな人生を歩まないためにもしっかりプランを練る必要がある。

 さて、伏木真奈は女の子だ。女の子って言ったら『お嫁さん』がひとつのゴールだろうが、亭主がロクでもなかったりしたら目も当てられない。

 その際、離婚に踏み切れるだけの生活力は欲しいとこだ。

 結婚出産に左右されないでいて、またカムバックが容易な職業となると限られてくる。少なくともOLはダメだ。

 ならば士業の類だな。うん。とりあえず弁護士を目指すことにしよう。学業さえ優秀なら後から修正も効くわけだしな。

 おそらく高校途中までは殆ど勉強しなくても、成績は維持出来るはずだ。たとえFラン程度の学力しかなくとも中学レベルは完璧のはず。

 理解が追いつかなくなりそうだったら本格的に勉強するとして、それまでは土台作りだ。

 下地として必要なのは集中力と根気だろう。山川徹だった俺には間違い無くそれが欠けている。

 集中力の根源は体力だろう。体力がないから集中力が途切れる訳だ。F1ドライバーや戦闘機のパイロットが首だけでなく体を鍛えるのは集中力を最後まで保たせるためらしいしな。もちろん反復が必要なスポーツには根気も養われる。

 しかし、なんで昔の俺はこんなふうに考えられなかったんだろうな?馬鹿すぎる…助走をつけて殴ってやりたいぜ。

 まあ、昔の馬鹿な自分は置いといてだ。では、何のスポーツが望ましい?

 退院してからしばらくして近所の子供らと外で走り回ったが、俺の身体能力は他の子達と比べて決して見劣りはしなかった。これなら何をやってもそこそこの成果は望めそうだ。

 どうせやるなら学業がダメだった時の保険の役割を果たせるものがいい。

 かと言って日本人だからな。女性で稼げるスポーツはそう多くない。ぱっと思いつくのはゴルフだ。

 トップクラスともなれば一生生活に困ることもないだろうが・・・根気はともかく体力育成って初期の目標から外れている。金も掛かるだろう。芽が出なかったらそれこそ目も当てられない。

 うん。まず稼げるかどうかは置いておこう。体力と根気を育成できて、尚且つ瞬発力と持久力を必要とするスポーツをやっていれば、他のスポーツに転向することも容易なはずだ。

「テニスかな?」

 もちろん、もっと良い選択肢も合るのかもしれない。だが、中々悪くない選択肢だと思うぞ?ほら、モノにならなくても大学でテニスサークルでいい男捕まえることが出来るかもしれないし、女子がやってポイントが高い競技であることは間違いないと思うんだよ。


 それなりに考えたとはいえ、軽い気持ちで選んだテニスが後の人生にここまで影響するとは、その時の私は思いもしなかった。


 結奈の作ったお昼を二人で食べて一息ついた頃、玄関のチャイムが鳴った。

 お?来たな?

「まーなーちゃん!あーそーぼー!」

 ダダっと走って玄関を開けると、隣の菱川さんちの真吾君が立っていた。真奈の幼馴染であり、退院後もほとんど毎日遊んでるから俺に代替わりした後も仲良しだ。

「あら、真吾くん。いらっしゃい」

「しんちゃんお庭で遊ぼうよーボール遊びしよ!」

 家の中で遊びたそうな真吾を引きずるようにして庭に連れ出す。

 真吾よ、ガキのうちから室内遊びばっかやってっとロクな大人になれねーぞ?

「ほらー行くよー」

 ゴムボールを思いっきりオーバーハンドで投げつける。

 とても小学校入学前の子供に取れる球じゃないわな。

 最近気づいたのだが、正しいフォームを知識として知ってるせいか俺は他の子供より身体の使い方が格段に上手いらしい。

「捕れないよー」

「じゃあ、ゆっくり投げるねー。これなら捕れるでしょ?」

「捕れた」

「すごいすごい!」

 にぱぁと笑う真吾を大げさに褒めてやることにする。ガキは飽きっぽいからちゃんとフォローしとかないと。

「しんちゃん投げてー」

 まるで砲丸投げのフォームでフワッと真吾が投げる。この年齢の子供だとこんなもんなのだろうな。

 もちろん俺は猛然とダッシュして、真吾の放おったボールをキャッチする。これも幼少期に必要な経験だからだ。

「まなちゃんみたいに投げられないよ・・・」

 しょぼくれる子供の姿は中々に可愛いな。ん、ここは大人として導いてやらねばなるまい。

「簡単だよ。しんちゃんにだって出来るよ。やってみるから見ててね」

 肩と肘だけを使って壁に向かって投げてみるせる。やべぇ!ママの家庭菜園に当たる。もう少し向こうでやるか……

「いい?まずはこうして…で、次はこうやって肩を前にして最後に肘を伸ばす」

「んーんー」

 一生懸命真似をする。ぎこちないが、それなりに形にはなってる。

「ほら出来た。スゴイなーしんちゃんは」

「えへへ」

 いや、ほんとにすげーぞ?俺が肩と腕を支えながら教えたといえ、十球やそこらで出来るとは思わなかったよ。お前、さすが俺が見込んだことだけの事はあるよ。

 そうなのだ。近所の子の中でも真吾の身体能力はかなり高い。ガキども集めて走り回った時にチェックして思ったことだった。

 菱川さんちはしっかりした家庭だしな。顔も・・・そんなに悪くない。

 これは中々の逸材。よし!キープしとこう!

「どおしたの?まなちゃん?」

 品定めをする視線に怯えたのか、真吾は情けない声を上げる。

 俺はこれ以上怯えさせないようにゆっくりと真吾に近づいた。

「真奈はね。しんちゃんのことが大好きだよ。しんちゃんは真奈の事好き?」

「うん。僕も真奈ちゃん好きだよ」

 真吾が平然と答える。ん?なんかつまらんな。てっきり顔を真っ赤にして俯いたりモジモジするリアクションを期待してたのだが…まあ続けるか。

「じゃあさ、大きくなったら真奈が真吾ちゃんと結婚してあげるね」

「いいよー」

 すげー淡白に答えやがったよ。この小僧。いくらなんでも軽すぎだろ?お前将来『じゃ結婚すっか?』とかプロポーズしてきそうじゃねーかよ。

「えへへ、ありがとチュッ」

 ほっぺたにチューしてあげても無反応。

 ええええええ!幼馴染間の甘い記憶『幼少時結婚の約束』イベントこれで終わりかよ!

 あれ?でも俺が5歳だった頃って異性を意識してたか?いや、ねーよな。

 食い物のことで頭がいっぱいだった気がするぞ。女なんかよりカブトムシのほうが好きだったな。

 そおか幼少時からイチャラブなんて都市伝説だったのか・・・

 軽くショックを受けた俺は、手に持っていたボールを思いっきり振りかぶり、普通に投球モーションで投げつける。

 パーンッ!

 壁が乾いた音を立てた。跳ね返ってきたボールを片手でキャッチする。

「すごい。真奈ちゃんすごいよ」

 一連の動作を眺めていた真吾は目を輝かせていた。

 おうっ?意外なとこでコイツ釣れたわ。


「ただいまー」

「パパおかえり」

 和真は殆ど定時で帰ってくる。今日も定時上がりで18:30には夕食だ。

「あ、あなた。今夜仕事するから、真奈のお風呂お願いね?」

 簡単に後片付けを済ませた結奈が言った。

「えー真奈はママと入りたいな」

 そんな殺生な奥さんっ!焦らしプレーですか?マショマロおっぱい堪能させて下さい。お願いします!

「こら、ワガママ言わないの。じゃあ、あなたお願いねー」

 言い残して結奈は2階の書斎に引っ込んでしまう。

 嗚呼ーおっぱいがーおっぱいがー。

 絶望に打ちひしがれてる俺に、ふと和真が声をかけた。

「巨乳っていいよな?」

「大好物ですよ!」

 しまったっ!!おっぱいの事ばかり考えてたら、普通に素で答えちまったよ!和真、謀ったな!

「……」

「あ、今のナシ……ダメ?」

「ダメに決まってんだろ!前からおかしいと思ってたんだ。事故後のお前のママを見る目はとても娘のもんじゃねぇ。ソレは獣の眼だ!」

「パパ。声が大きいよ。ちゃんと説明するからさ」

「なんだ?言ってみろ?」

 パパさん声は抑えているけど、複雑な表情を浮かべている。どうやら単純に怒ってるわけでもないらしいし。不思議な男だな。

 さてと・・・どー説明したもんかね?

「んーパパは山川徹って人知ってる?」

「知ってる。事故で死んだ人だろ?」

「そう。事故後ね目覚めた時、記憶が混乱してたんだけど、少し経って判ったの。私の中に山川徹が居るんだって」

「ん?お前はその山川徹なのか?」

 胡乱な顔でねめつける和真。いや鋭い読みだし、その通りなんだけど、お前オカルトに抵抗ないのかよ。俺だって始めは混乱したのに普通は二重人格とか考えねーか?こんな非現実的な意識の乗っ取りを容認して、さらに問いかける頭の柔らかさに驚きだよ。

「ううん違うよ。そんなことない私は真奈だよ。だけど山川徹の記憶も持っている。彼の三十二年の記憶が全て私の中にある」

 嘘だった。少なくとも俺は目覚めてから一度も真奈の意識を感じたことがない。逆に言うと居ないと言い切る事も出来ない。ま、悪魔の証明ってやつだ。

 だからこのぐらいの嘘は許されるだろう?『真奈は居ません中身はおっさんですサーセン!』じゃいくら憎っくき恋敵和真相手でもカワイソすぎる。

「そんな馬鹿な話が・・・つっても5歳の子供がそんな話し方出来るわけ無いか」

 和真はグラスを一気に呷ると苦しげに呟く。

「分かりやすく言うと、ピッコロとネイルみたいなもんだよ」

「すげー喩えだな。いや分かり易いけどその喩え」

「パパ判ってくれて嬉しいよ。こんな風に自然に山川の知識が使えるんだよ」

 ニコッと微笑んでみるが、和真はこちらを見ようともしなかった。

「なあ、ホントはギニュー隊長じゃないのか?」

 和真がとんでもないことを言い出す。

 あ、これはやばい。受け答え間違ったら即破滅だ。俺に合わせたウィットに富んだ表現だが、これはつまり入れ替わりを疑ってるわけだ。

 俺の意識が体を乗っ取ってる。この事実は伏せて、あくまで記憶が追加されたという話に持っていかなくてはならないな。

 いつの間にか和真は、俺の一挙一投足を見逃すまいとするような鋭い視線を向けていた。

 正念場だな……俺は意を決して言葉を紡ぐ。

「んーどうなんだろう?小さい頃の記憶無くしちゃってるから確かなことはいえないけど、それでも事故後にパパとママを見てポカポカ安心できたのは事実だよ。ねえ?パパはどうしたいの?」

「わからん。とりあえず医者に行くべきだろう」

「脳波は正常だったよ。そもそも子供の脳に大人の記憶が入ってることが、現代科学では有り得ないことだもん。きっとモルモットにされる。ねえパパ忘れないで?冷静になって」

「何をだ?俺は十分に冷静だよ」

「この身体は間違いなくパパとママの娘、真奈なんだよ?頭の中は一挙に大人並になっちゃったけど」

 正直言って、知らぬ存ぜぬで押し通すことも出来た。もっとぼかして答えることも出来た。だが、俺はあえて山川徹の存在を隠さなかった。

24時間幼女を演じる事は思った以上にキツかった。

このままではいずれ破綻する。そうなる前に事情を知っている理解者が欲しかったのだ。

和真に感づかれたのはある意味、丁度いいタイミングだったのだ。

「私は、山川のオジサンの記憶を使って伏木真奈として生きていく」

 一息で言い切ると長い沈黙があった。

 沈黙の後、和真が口を開く。

「判ったよ。どっから見てもお前は真奈だしな。中身はアレだけど」

 今夜初めて和真が笑う。まあ冷静になれば判るよな。5歳の少女に元々パーソナリティーなど殆ど無い事ぐらい、こいつの頭の回転の良さならすぐ気づく。殆ど何もないところに山川三十二年の記憶が上書きされたから、中身はほぼ山川状態。そう解釈してくれれば問題はないのだ。

「アレってどういうことかなぁ?ねえ?そろそろお風呂入ろ?ママが不審がるよ?」

「ああ、つーかその口調誰なの?滅茶苦茶破壊力あんだけど?」

「ふふふ、山川の記憶と混ざった真奈の口調かな?本来なら私が大人になったらこんな感じだったかもね?」

 よしっ!危機は脱したな。それにしても和真君はこういう口調の女がタイプか。ありがたいね。これなら素に近い状態で話せる。幼児言葉よりよっぽどやりやすいぜ。


「お前さ、つうコトは一人で風呂は入れるんだよな?」

 ワッシャワッシャと髪を洗いトリートメント、ゴシゴシと体を洗う一連の作業中の俺を興味深そうに見てた和真は今更なことを言う。

「まあね。でも背中は届かないよ。パパ洗って?」

 クイックイッと肩を揺らしてみせる。

「じゃあ、代わりに私が背中を流してあげよう。力ないけど許してね。ほらほら娘に背中流してもらっってるなんて感涙に咽ぶシーンだぞ?」

「素直に喜べる心境じゃないんだよ・・・」

「そうか、そうだよね」

 頷きながら両手に力を込めるが、手応えがない。やっぱり非力だなこの身体。

「なんて言うか、可愛がってた愛娘がある日一晩で大人になった喪失感って言うの?そんな感じ」

「ん・・・ごめん」

「いいさ、別にお前が悪いわけじゃない」

 お互いの身体を洗って湯船に浸かる。和真の上に腰掛けるように。大人がやったら破廉恥極まりないが、俺は身長100センチの5歳児なので普通に入ると溺れてしまう。それにしても男と密着しても嫌悪感を感じないのは肉親だからなのか?山川時代には絶対に有り得ないことだよな。

「それで、お前はどうするの?」

「え?どういう意味?」

「つまりさ、言うなれば大人の知識を持った5歳児なんだろ?先のことも考えてるんじゃないかと思ってな」

「あーそう言うこと?もちろん考えてる。とりあえず弁護士目指す。中高で習うことは解るしね」

「弁護士かよ・・・」

「収入的にも結婚育児後の事考えたら無難じゃない?」

「え?お前結婚できんの?結奈にハァハァしてる変態じゃん?つうーかアレやめろよ!なんで実の娘に寝取られ警戒しなきゃなんねーんだよ!?」

「ねっ寝取られって・・何考えてんのよ!あのね。山川はね。ほんっとにモテなかったの。んでママは山川的にストライクな訳よ。んで好みのタイプと接触出来て興奮してるだけでしょ?大体さ、5歳児の女の子が成人女性になんか出来るわけ無いじゃん?」

 俺がマトモな女から相手にされなかったのは事実だが、結奈さんへの気持ちは本当はこんなもんじゃないぞ。本音としては俺の子を産んで欲しい。まあ物理的に無理だけど。

「いや、気分的にな。おっさんに嫁を視姦されてる気になるんだわ。お前接触も多いしな」

「おっさんとは失礼な・・・あーもー分かった。これからはパパと一緒にお風呂に入る。これで安心でしょ?」

「OKそれで良しとしよう。な?何してんだよ」

「何って親愛と仲直りのキスだよ。親子なんだから普通でしょ?」

 ちょっと延びをして和真のアゴにキスしてやったら和真のヤツ泡食ってやんの。ってこいつロリコンかよ?

「少しは安心できた?じゃあ、話を続けるけど体力付けるためにテニスやることにした。どうせならラケットセンス身につけたいからなるべく早い時期に」

「テニスね。これまた疲れそうなスポーツだな。判った、近場で良さそうなテニスクラブ探しておく」

「あくまで集中力と持久力を身につける手段だけど、ある程度本気でやるつもりだから。そんでお隣の真吾くん、彼にも後で野球かサッカーでもさせるわ」

「他所んちの子も巻き込む気かよ?それにさせるってどーやって?」

「え?だってしんちゃん私のこと大好きだもん。折を見てどっかのグランドに連れてって『野球してる人って素敵』とでも言えば一発よ。彼には頑張ってもらわないと。私が失敗した時、専業主婦で楽するために」

「お前すげー事考えてんな」

 和真が心底呆れたような声を出す。

「当然でしょ?ある意味、強くてニューゲームな訳なんだから。効率プレーでやるつもり」

 勝ち誇ったように笑みを浮かべた俺に和真が口を挟んできた。

「でもよ?ならスーパ小学生とでもテレビに売り込めばいいんじゃねーの?」

「あー和真判ってないなー」

「親を呼び捨てかよ。まあ良いけどな」

「あ、ごめんね。ちょっと調子に乗っちゃった。小学生としてはすごくても、中高生になったらタダの人になっちゃうでしょ?所詮は山川の記憶なんだから。これじゃ食べていけないよ」

「アイドル目指すとかは?」

「確かに、自分でもちょっと可愛いと思ってる。子役としてやってけるかもだけど人気商売じゃん?大人になって急激に容姿が劣化したらどーすんのよ?それこそ何も残らないしリスクが高すぎる」

 そう。俺は博打をするつもりはないのだ。運の要素を極力排して事に挑むつもりなのだ。

「判ったよ。堅実な人生狙いなんだな。そういう事なら親としては大賛成だ。俺も出来る限り協力するよ」

「私がこうなってねーパパにとっても良い事があるんだよ?私は男の人の気持ちがよく判る。だから10年後オヤジくせーんだよ!とかパパのパンツと一緒に私の服洗うな!とか絶対に言わないよ?ずーっと和真をパパとして愛してあげる」

「それは安心できる未来だな。楽しみにしておくか」

 いい笑顔してんな。ほんとに楽しみなんかい。

「そろそろ出よっか。あんまり遅いとママに心配掛けるし。あ、この話ママに内緒にしてくれないかな?ママに余計な不安を与えたくない」

「ああ、俺も結奈に話す気はないよ。あまりに奇想天外な話だし、信じて貰える気がしない」

「そう。良かった。同意してくれなかったら酷いことになってたよ?証拠なんてなにもないから私が口を割らなければ、頭を疑わられるのはパパのほうだもん。あやうく黄色い救急車でサヨナラだったわ」

 ははは言ってやったぞ。それを聞いて和真は心底疲れた表情をしていた。

「おまえ!ホンっと怖い女だな!はぁー勝てる気がしないよ全く・・・」

「じゃあ負けたんだからこれからも慈しみ愛してね」

「はいはいお姫様仰せのままに」

 いや、中身はおっさんなんですけどね。まあこれは言わないでおこう。

 やっぱり和真はチョロかった。しかし、和真と話すのは思いの外楽しい。会話のテンポがすごくいい。山川時代に出会えたならイイ飲み友達になれたかもしれない。


「結奈ちょっといいか?」

 小学校の始業式から戻ると和真が切り出した。

「なあに?」

 おっぱいをボヨンボヨン揺らし、結奈がリビングにやってくる。

 んーっ!眼福眼福。

「ん、ああ真奈がね。テニスに興味を持ったらしいんだ」

「あら真奈そうなの?」

「うん!テレビで見たの。カッコ良かったんだよ!」

 力いっぱい元気に主張する俺。隣の和真の視線が気に食わないが放っておこう。

「そうだったのー良いわね。で、あなた?習う場所とは決めてあるの?」

「ああ、ここにしようかと。火曜日と木曜の週2回5時から6時までキッズレッスンをやってる」

 どこから手に入れたのか知らないが、和真はテーブルにテニススクールのチラシを出しす。使える男だなコイツ。

 ほう・・・9面フルコートでハード5オムニ4内3面がナイター完備室内ね。一応俺も女の子やってる以上、日焼けとかは気にしなきゃならないし室内があるのはありがたい。

 俺の乏しいテニスの知識でもコートの種類ぐらいは判る。ハードはアスファルトに樹脂コーティングした物。オムニが人工芝に砂を撒いた物のはずだ。どちらも硬いのでシューズはソールが厚手のものを選ぶ必要がある。買う時気をつけなくてはならないな。

「あらいいんじゃない?真奈には元気な子になって欲しいから私も賛成。あ、そうだ私もやっていい?会社辞めてから体動かしてないし」

 お腹まわりのたるみを掴む仕草を見せる真奈タン。いいよー!いいよー!人妻のダラシナイ身体!萌え萌えですよ。

 はっ!一緒にやるだって?ん?するとテニスウェアでおっぱいブルンブルンさせる結奈ちゃんが見れんのか?スコートからちらりと見える内股とか?

 うぉぉぉぉぉ!これは女房子供質に入れても見なきゃなんねーよ!

「ぐへっ!」

「真奈どうかした?」

「ジュ、ジュースがヘンなとこに・・・」

 妄想の世界から痛みによって戻されたぜ。和真の野郎テーブルの下で愛娘の腹を殴りやがった。DV親父かっ!

「いいんじゃないか?結奈には週2回送迎してもらわなくちゃならないし。丁度いいよ。それに俺も結奈にはいつまでも若々しくいて欲しい」

 和真のこういうところはスゲェと思う。妻にサラッと愛情表現が出来る亭主。世のお父さん方はぜひとも見習ってほしいぜ。結奈ちゃんも顔を真っ赤にして喜んでるしな。

「よしっ!真奈ちゃん。明日ママと学校から帰ってきたら一緒にテニススクール行こう。その後テニスウェアとかのお買い物しようね」

「うん。ママありがとう。明日が楽しみだなぁ」


「内緒のバスタイムがはーじまるよっ!」

「阿呆。エロい言い方すんなよ」

 むぅ・・・俺様のこの絶妙なネーミングにケチ付けんなよ。無言で抗議する俺を尻目に和真が続ける。

「なあ、あれで良かったのか?」

「うん上出来。良くテニスクラブのチラシなんか持ってたね」

「昨日あれからネットで調べてな。そこで少し前に折込で入ってたの思い出した」

 俺が寝てからそんなことやってたのか、仕事はえーなおい!娘として誇らしいぜ。

「週2回でラケットに慣れて初歩的な事を学びながら2年間過ごす。3年目から本気出すよ。現段階で本気出すと色々やばいから」

「ん?ヤバイって何が?」

「この歳で体の使い方を知ってるってもの凄いアドバンテージみたい。この前本気でボール投げてみたのよ。自分でもびっくりした」

 興味を持ったのか和真が身を乗り出してくる。

「ほう、そんなにか?」

「うんメジャーから即スカウトされるレベル」

「女はメジャー行けないけどな。が、何となく凄さは伝わった。ああそうだ真奈。ママと一緒にテニスやるなら悪い虫が付かないようにちゃんと見張ってろよ?テニスコーチの密着指導なんざ絶対に許すなよ」

「任せて!ママ大好きっ子の私がそんなの許すわけないっつーの。ママに近づく男は一人残らず駆逐してやる」

 グッ!親指を突きたててみせた。

「お前が一番危険な気がするが・・・まあよろしく頼む。それと明日ウェアとか買いに行くんだろ?お前の事だからどうせ結奈にノースリーブとかアンスコスカートとか薦める気だろ?駄目だからな。上は袖付き、下はショーパン以外認めない」

「あはは、まさかぁ私もそのつもりだって」

 くっ声が裏返っちまったぜ。和真の野郎!和真の野郎!俺から結奈ちゃんとのバスタイムを取り上げ、愛でる楽しみも奪うつもりかよ!俺に対する愛はないのか?

 ちっ!もういいや話題変えよ。

「そういえば、真吾と一緒のクラスになれたって、言ったっけ?」

「いや聞いてないけど。予想通りだろ?」

「まあね。感謝してるよ」

 あらかじめ学校側にお願いしていた事だった。去年の年末に事故にあい記憶を失ってる事を伝え、ストレスを少しでも軽減するため初年度はお隣の真吾と一緒のクラスにしてくださいと。

 普通なら通る要求じゃないが、記憶喪失の生徒を受け入れるなんて初めての事だろう。面倒事を避けたい学校側が要求を呑むのは当たり前のことだった。

 もっとも、これは俺の発案じゃなく和真がずいぶん前にやってくれた事だった。

 俺の望む通りに事が動き始めてる。ミッションは順調だぜ。

 ここで本気を出さなきゃ意味がねぇな。

「明日から学校か、うーしがんばるぞ」

 四股を踏むように片足をあげてタオルを股間めがけて振り下ろす。タオルの先端が股間をくぐり「パーンッ!」と尻が小気味のいい音を立てた。

 おおーいい音鳴ったな。ちと尻が痛いけど。

「ひぃぃぃぃぃーーーーやめて!パパの娘を汚さないでーーーーーー」

 ガタガタと浴槽の隅で震えてやがる。大げさな奴め。

「ばーか」

 ヒョイっと肩をすくめて、俺は浴室から出ることにした。


「お前に『強くてニューゲーム』って言われて考えてた。俺もお前もひょっとしてゲームの登場人物で誰かに操られたりしてんじゃねーかと」

「和真って面白いこと考えるね。頭柔らかいよねぇ。よう豆腐頭!」

「おまっ!それ意味ちがくね?意味逆じゃね?」

「期待してるとこ悪いけど、これ和真と私の愛を育む禁断のシナリオないから!」

「お前急に壁に振り返って何言ってんの?」

「もしゲームなら後ろからプレイヤー見てるはずじゃん。そいつらに宣言してみた」


「おう!どうだ学校は?」

「予想以上につまんない。ガキのお守りな毎日だよ」

「あんま目立つ真似はするなよ」

「判ってるって」


「ねえ?七五三終わったら髪バッサリ切ろうと思うんだけど」

「俺はいいがママの意見の方が大事だろ?」

「そだね。相談してみるよ」


「はぁ?近所の写真館で七五三のモデル?やだよメンドクサイ」

「可愛く撮ってもらえるし記念になるだろ。いいからやっとけよママも喜ぶぞ」

「しょうがないな、まったく」


「しんちゃんが、リトルに入ったよ」

「お前の思惑通りに物事進み過ぎてなんかこえーな」

「んーそかも」

「なんだ?歯切れ悪いな」

「いあ、一緒に帰れる日が減ってちょっと寂しいかなっと」

「つまり調教する時間が足りないと?」

「まあ、そういうことです」


「課長昇進おめでとうっ!同期と比べてどうなの?早いの遅いの?」

「普通…早い奴は部長補佐とか」

「ふーん同期の上司とか居るんだ。課長伏木和真・・・海外赴任先でホモの上司に告られるイメージだね」

「お前!うちの会社と俺にどーいうイメージ持ってんだよ!」

「女に助けられまくりな男が社長になる感じ」


「テニスそろそろ本気出してんのか?」

「それなんだけどちょっと聞いて!今日からトーナメントクラスに変えて始めたんだけど、一年下でスゲーむかつくガキが居た」

「テニスでとっちめてやれよ。暴力は駄目だぞ」

「今日練習試合して負けたの。悔しくって。スッゴイ生意気なんだよ。私の事ブスって言うし」

「なんだと?絶対許すな。完膚なきまで叩き潰せ」

「了解!」


「聞いて聞いて!勇太の奴に勝った。あ、勇太って生意気なガキの事ね」

「やったな。ちゃんとブスって言ったこと撤回させたか?」

「しなかった。代わりに『バーカ、チビ、年下の癖に生意気なんだよ!悔しかったら勝ってみろ!この負け犬がっ!』って言ってやったらギャン泣きしてた」

「お前、容赦ねえなぁ」

「え?そかなー」


「大会で優勝したんだって?おめでとう」

「県主催の小さい奴だよ。ママ、テニスやめて私の応援に専念するんだって」

「ふーん」

「あんたもたまには試合観に来なさいよ」

「へいへい全国行ったら観に行ってやるよ」


「ねえ?もう一緒にお風呂入るの止めよっか?」

「そうだな。お前も体つきが女っぽくなってきたもんな」

「ん?欲情する?ホレホレ」

「しねーよ馬鹿。つうか口調と見た目がマッチしてきて色々ヤバイぞ。まるっきり早熟小悪魔じゃねーか。お前外で絶対そんな真似すんなよ?性質の悪い奴に拉致られるぞ?」

「しなくはないでしょ?娘の身体でも視覚だけで反応するっしょ?男だもん」

「お前な…判ってるなら控えろよ。反応しちまったら罪悪感が半端ねーだろ。やっぱり結奈になんか言われる前に止めよう」

「判った今日が最後ね。寂しくなったらいつでも呼んでくれていいのよ?思いっきりサービスしてあげる」

「だから止めろ。そーいうのは。全く……なあ、ちょっといいか?たまには俺の相談も聞いてくれ」

「いいよーナニナニ?」

「うちの課の女子社員に好意を向けられて困ってる」

「は?あんた上司の樫村さんとホモダチじゃなかったの?フィリピンで告られて帰国しても関係が続いていて…」

「樫村って誰よ!どこの島耕作だよっ!お前ホモネタすげー好きな?俺一応まじめに相談してんだけど」

「ホモが嫌いな女子は居ない!まじめな話、もちろん女子社員と付き合う気はないよね?」

「無いよ。俺は結奈大好きだし」

「そっか、なら協力する。どーいう女なの?年は?性格は?」

「性格は大人しい感じだな。年は三十前ぐらいじゃないかな」

「ふーん。見た目は?」

「髪は落ち着いた感じの茶髪だったな。メガネ掛けてて地味な印象」

「好意を向けられる心当たりある?」

「ある」

「なんだと?するってーとなにかい?地味子の誕生日に東京タワー前の部屋に連れ込んで、タワーの消灯時間のタイミングに息吹きかけてライトを丁度消してみせる伝説のサプライズやったんだ?ヤラシー和真ヤラシー!!」

「お前どんだけ島耕作ネタひっぱんだよ!忘年会の時、酔っ払って辛そうだから声かけてタクシー呼んで早めに帰らせただけだ」

「はぁーとんだ天然ジゴロ様だね。まったく…んじゃ趣味とか判るかな?あーそだ。PCのデスクトップの壁紙は?デスクに食玩とか置いてない?」

「壁紙はなんかのアニメだと思う。食玩もあったな」

「ふーん。じゃあアニオタか。そっち系だとその女の好きなアニメキャラに和真が似てるとかなんじゃね?好意を向けられてるって具体的にどういうの?」

「いや個人携帯のアドレス聞いてきたり食事に誘われたりしてる。その都度断っているけど、余計な波風立てないで解決したい」

「つまり社内にも知られたくないし、地味子も傷つけたくないけど粉掛けるのは止めてほしいってわけぇ?いや、無理っしょ?解決方法なんて限られてるよ。

 1部長に報告して地味子の部署換えしてもらう。

 2はっきり迷惑だと答える。

 3のらりくらりと断り続ける。

 4地味子の前でおちんちんびろーんする。

 5ロリコンをカミングアウトとする。

 これ位しか無いよ」

「4とか5はなんだよ!適当過ぎんだろ!それ社会的に抹殺されるから!」

「お勧めは2かな。地味子傷つくかもだけど長引かせてダラダラして泥沼に嵌るよりまし。さっさと切り替えさせてあげなさい。あ、どうしても5がやりたいなら、私が会社に乗り込んで『あたしの和真に手を出すなこの泥棒猫!和真は誰にも渡さない!あたしのもんだー!!』って叫んであげる」

「2で行くわ」

「あっそ、頑張って」


 こうして丸5年に渡る俺と和真の内緒のバスタイムは終わった。思い返せば夢のように楽しく至福に包まれた大切な時間だった。

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[気になる点] > 伏見家はあの日すれ違った親子連れだった。 伏木の間違いかな
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