守護神誕生秘話
真剣にサッカーに取り組まれている方は、もしかしたら不快に思うかもしれません。
あるサッカーの試合。
四十五分ハーフの前後半戦が終了したが両チーム無得点であった為、延長戦へともつれ込んだ。しかし、その延長戦でも得点は生まれずに終わった。
勝敗は、PK戦で決めることとなった。
これは、今から始まるPK戦で、ある男が守護神と言われるようになった話。
キーパー
「俺に任せろ」
そう仲間に言って、強く握りしめた拳を上げた。
しかし、俺のヤル気は出ない。
俺のチームは先攻であるから、俺の出番自体は後になる。そして、今がその出番となったのだが、ヤル気は全く沸き起こらない。
一発目を枠から外した仲間への若干の怒りと呆れが、俺の頭の中にあった。
だいたいにして、PK戦までもつれ込むような試合では無かったはずなのだが、仲間のシュートはことごとく外れ、相手のシュートもことごとく外れ、得点が生まれなかった。守備に懸念があるからと言って、攻撃の練習を疎かにするこうなるんだ。
最初に外したヤツも、試合中に二本はチャンスを逃した。PKくらい決めて欲しい。
俺は、ゴールの前で構える。しかし、まだヤル気が出ない。
というか、PKなんてモノはキッカーが断然有利だということが明白で、キーパーが自力で止められる可能性なんて僅かしかない。だから俺に出来ることは、せいぜい相手に集中してコースを読み合う心理戦、ではなく、運に任せて適当に飛ぶことくらいだ。
それにしても、十中八九決めることが出来るPKで、何で俺の仲間は枠にも入れられないんだ?幸先悪いと、モチベーションが上がらないじゃないか。
仲間への疑念と不満が頭にこびりつき、審判がフエを吹いたことに気付けなかった。
キッカー
とうとうPK戦にまで突入した。この状況に、俺の戦意は高まり続け、だんだんとプレッシャーを強く感じ始めた。
今日の試合、俺は何回もチャンスをモノにできなかった。だから、せめてこのゴールは決めて、リードしたい。
……何処に蹴ろう?
今日の自分の不調具合は、自分が一番良く分かっている。そんな不調状態で、ゴールの隅なんて狙えない。ただただ思いっきり蹴ろうか?
審判がフエを吹いた。
覚悟を決めた時、一つの光明を見出した。
俺には理解できないような鉄の心臓を持つ選手は、左右どちらかの選択の中から、真ん中と言うコースを見つける。キーパーに真っ直ぐ蹴るのだから、止められるイメージは拭い切れないはずなのに、それでも彼らは蹴る。そして、それは決まることが多い。なぜなら、キーパーも頭の中に左右どちらかという選択肢しかない場合、そのどちらかに飛んだキーパーを嘲笑うかのように真っ直ぐに蹴ったボールはゴールネットを揺らす。
これだ!
今の不調な自分でも、真っ直ぐに蹴ることだったら出来る。
○
「止めたぁ!」
実況は興奮して叫んだ。
「キーパー一歩も動かず、正面に飛んできたシュートをまさかのキャッチングぅ!」
キーパー
また外しやがったよ。
それにしても、一本目は運が良かった。
俺は心身ともに準備出来ていなかったのに、真っ直ぐ俺の所に飛んで来やがった。思わず半笑いですわ。
でも、もうあんなラッキーは無いだろから、次は真面目にやろう。
でもなぁ、真面目にって言っても、やっぱりキーパーは適当に飛ぶしかないんだよな。
……あっ、そうだ。
諦めてヤケクソで飛ぼうと思っていた時に、ある名案が浮かんだ。それは、少し右寄りに構えて左側を空け、左側へとシュートを誘導するというモノだ。
これだ!
ただ待ち構えているだけのPKじゃ、いつまで経ってもキーパーに勝ち目はない。
審判の笛が鳴った。
しかし、そこで俺はあることに気付いた。本当に左側に飛んできたら、端の方まで手が届かない。だいぶ相手側に有利な、穴だらけの作戦だった。
相手はもう駆け出していたので、俺は元の構えに戻ることを諦め、右側半分に集中した。
キッカー
相手チームの二番手は外した。ここで俺が決めればリードして、精神的にも有利になる。
しかし、今日の試合で良いトコ無しの俺に、決められるだろうか?
俺は不安を感じたまま、ボールを置く。そして顔を上げた時、ある事に気付いた。
「……右側、空いてる?」
俺は助走の距離を取りながら、思わずつぶやいた。そんなバカなと頭を振り、立ち止まり振り返って見てみると、やはりキーパーは少し左寄りに構えている。
もしかして、誘導されてる?
頭の中には、真っ先に相手のキーパーの思惑だという疑念が浮かんだ。というか、それしか考えられない。しかし、だからと言って俺に右端を狙えるか?もしかして、狙い過ぎた余りに枠外ってことも今日の俺なら無くは無い。
それより、相手の作戦を逆手に取ってやろう。
ああやって構えていると言うことは、あのキーパーは自分の左側にばかり意識が向いているだろう。つまり、俺が蹴るとすぐに左側に動く。
だから、俺はがら空きになった左を狙えばイイ。
審判の笛が鳴った。
○
「また止めたぁ!」
実況が、マイクを持つ手に力を入れる。
「また止めたぁ。完全に読み切ったと言った感じだぁ」
キーパー
またですか…。まだ点入れられないの?
それにしても、さっきもまた運が良かった。
右側半分に集中してたら、ホントに右側に来やがった。ゴールを半分に限定すれば、俺だって弾くことは出来る。
さて、次はどうするか…?さっきの作戦は危なくてもう使えないよな…。
考えても名案が浮かばなかったから、初めて勘に任せて飛ぶことにする。
左だ。左に飛ぶ。
飛ぶ方向は決めたけど、ここで一つ肝に銘じておかなければならない。それは、飛び出すタイミングを間違わないことだ。適当に飛ぶからと言って、早く飛んではいけない。
審判の笛が鳴った。
自分への注意を思い出し、俺は悠長に構える。悠長過ぎて、動き出しが遅れた。
キッカー
ここで折り返し。これを決めることが出来れば、流れは一気にウチだ。
ここは慎重に行かないといけない。
だけど、絶好調なあのキーパーから、俺は決めることが出来るのか?
そういう不安もあるが、しかし、俺にも武器はある。あの日本代表の選手がやっていた、キーパーの動きをじっと見て、キーパーの逆を突くシュートだ。このシュートなら、そんなに力を入れる必要もないから、力み過ぎて枠から外す心配もない。
審判の笛が鳴った。
遊びからやり始めたけど、練習しといて良かった。
自分への感謝を言いながら、俺はゆっくりと助走する。
あれ…?アイツ、動かない?
○
「止めたぁ!」
実況が唾を飛ばす。
「また止めたぁ!あの日本代表選手を彷彿させるようなコロコロシュート。しかし、それを冷静に止めるぅ!」
キーパー
おいおい…四本目まで無得点って、どうなってんの?
それにしても、さっきは焦ったな。
悠長に構えすぎて素早く動けなかったが、だが、むしろそれが功を奏して、ころころ転がってきた球を止められた。
てか、ここで入れられたら洒落にならんな。一気に相手に持ってかれる。
ここは何としても止めたいけど…でもなぁ…。
何度も思うけど、キーパー圧倒的不利なPKで、キーパーに過大な期待を込められても困るんだよねぇ。
とまぁ愚痴っても、俺が止めるしかないんだけど…。
審判の笛が鳴った。
どうしようかな。
ハーフタイムに小便した時、小便が右に飛んだから右でいっか。
キッカー
ここが正念場だ。これを入れれば、次の相手のキッカーは絶対外せないっていうプレッシャーが半端なく圧し掛かって、こっちに有利に働くはずだ。
……右か…左か。
そんなことを考え、悩んでいたら、これって映画の爆弾処理みたいだなって思った。そう思うと、そのことで頭がいっぱいになった。
審判の笛が鳴った。
ああいう映画だと、二者択一の選択シーンでは、愛する人に関することに願掛けすることが多い。それならば、俺もそれで行こう。
俺の彼女は、左利きだ。
左に蹴る。
愛する彼女に、全てを掛ける!
○
「止めた、止めた、止めたぁ!」
実況が、三回も繰り返して叫ぶ。
「またしてもスーパーセーーブ!次の五人目で全てが決まるのか?」
キーパー
やっと決めたぜ。
それにしても、さっきは自分の小便に感謝だな。
さてと…ここが大一番だな。
やっとではあるが、仲間が点を入れてくれた。
ここを俺が止めれば、俺達の勝ちだ。
審判の笛が鳴った。
ここまで来て、小細工なんてもういらない。仲間たちの想いに応えるためにも、俺は全神経を集中させ、死んでもこの一本を止める。
そう決意した瞬間、風が吹いた。
あ、やべぇ…コンタクトずれた。キーパーグローブを付けた手では、目をいじることも出来ない。
必死に目をパチパチさせていたら、痛みを目じゃなく顔全体に感じた。
キッカー
ヤバい。俺に全て掛かっている。
コレを決められないと、俺たちは負ける。
半端ないプレッシャーに、俺は押し潰されるどころか、押し殺されそうだ。口から得体の知れない何かが出てきそうだ。
審判の笛が鳴った。
走り出そうとした時、自分の中に、違和感を覚えた。
プレッシャーを感じ過ぎて、俺の中の何かがおかしくなってしまったようだ。それか、緊張が一周回って別のモノになったのかもしれない。不思議とハイな気分だ。
そうなったら気持ちが楽になって、ある一つの妙案が浮かんだ。
こっちの一番手は、ど真ん中に蹴って止められた。もしかしたら、それが伏線になったと言うか、相手の判断を狂わせることが出来るのかもしれない。あのキーパーも、一度のPK戦で二度も、それも最後のこの場面で、また真ん中が来るなんて思うはずもない。
いつもなら絶対にビビって考えつかないだろうが、今なら行ける気がする。
そう決意した瞬間、風が吹いた。
ふっ…どうやら勝利の女神様も後押ししてくれるらしい。
小細工は要らない。真っ向勝負。全ての力で、真っ直ぐに蹴る!
これを決めて、延長戦突入だぁ!
○
「止めたぁ!最後はなんと、顔面セーブぅ!」
実況が興奮のあまり、立ち上がって叫ぶ。
「なんなんだ?なんなんだ?彼こそまさに守護神だ!」
キーパー
顔面セーブの代償は、鼻血だ。
だけどその甲斐あってか、俺たちは勝った。
仲間たちからの称賛の熱気の渦が上昇気流へと変わり、俺は宙を舞う。鼻血を流しながら、俺は胴上げされていた。
降ろされた後も、仲間たちの興奮は冷めない。
俺のことを守護神だ、守護神だとみんなが誉め讃えてくれる。
俺は仲間たちに囲まれ、驚いていた。
「マジで…?俺、神憑り過ぎじゃね?」
私もサッカー少年でして、私の体型が守備への信頼感を仲間に与えるらしく、キーパーを任されていました。キーパー、楽しかったです。
そんな私からひとこと言わせてもらうと、『顔面セーブ』は本当に危険なので真似しないでください。