説得 その4
「ふーむ・・・こりゃ大惨事だね。」
『っち・・・やっぱ遅かったか。』
所変わって廃工場にて。石投命は横たわる大量の死体を見てそう言った。
隼と千種が出かけた後、直ぐに燕から一通のメールが届いた。内容はこの廃工場の住所が書かれているのと、直ぐに現場へと急行すること。
石投命は一里に事務所の留守を任せ、単身廃工場へと向かった。
中に入って見たものは、死体と異臭。鼻をつまみながら、石投命は携帯を片手に工場内を進む。
「これぜーんぶ鵙君のとこのでしょ?てゆーか、こんなとこで一体何作ってたんだか・・・。」
『鵙から聞いた。科学者集めて薬作ってたらしい。即効性の麻痺薬とか、毒薬とか。』
「まあ、そういうの作るのにはちょっと離れた所がいいんだろうけど・・・見張りくらいつければいいのにね。」
『それが全部全滅させられてんだ。こんなもん、プロの犯行に決まってんだろ。』
電話越しでは燕の不機嫌そうな声とキーボードを叩く音が聞こえる。
血溜りをうまく避けながら、石投命は奥へと進む。そこにあったのは、空のビーカーや不法で手に入れた薬品の数々がある。
しかし、よく見ると完成しているものは何一つ無かった。
「盗られた、ってところか。」
『だろうな。ったく、面倒なこと押しつけやがって・・・。』
「ほんとだよねー、あとで一緒にぶん殴りにいこっか!」
『・・・つーか、一里そこにいんのか?』
「ん?いないよー、お留守番頼んどいたから。一応何かあった時ようにね。」
『馬鹿か!お前馬鹿だろ!』
いきなり大声で怒鳴られたので、石投命は電話を落としそうになったのをかろうじて堪えた。
急な事で耳がきんきんする。うー、と耳を押さえ、反対側の耳に電話を移動させた。
「いきなり大声出さないでよ!耳痛いー、つっくんの馬鹿ー!」
『馬鹿はてめぇだ!1人って・・・危ないにも程があるだろ!そこで毒薬撒かれたらどうすんだ!』
「待って待ってー!1人じゃないってばー!助けてよ烏くん!!」
『あ?烏?』
石投命が助けを求めた先には、死体をじっと見つめる1人の男―――烏の姿があった。
すらりと長い体躯、その体に長さぴったりの白衣、長い亜麻色の髪を後ろで一つに束ね、左目には大きく古臭い眼帯をつけていた。暫くすると、立ち上がり石投命のそばへと近寄ってくる。
「もー、ずっと死体見てないで助けてよ!つっくん僕のことばっか怒るんだから!」
「・・・・・了。」
『てめぇが俺を怒らせることばっかしてっからだろうが!・・・・おい、烏。』
「久。」
『お前なんでいるんだ?』
「死。」
「そこに死体がある限り、烏くんはどこへだって行くのだ!」
『お前黙ってろ!あー・・・まあ、お前がいるなら多少はましか・・・。それより、死体の状況は?』
そう聞かれた烏は、電話を石投命に戻すと、再び死体の方へと近寄っていく。それに石投命も続く。
ゴム手袋をつけてまるで監察医のように烏は死体を動かしていく。そして、気になる所を見せた。
「・・・・刃物で切った痕じゃあないね。ワイヤー・・・鉄線?それに、ところどころに小さな穴・・・。」
『・・・んなもん使う奴、俺はあいつしか知らねえがな。』
「うん、【猫】だ。間違いない。まあ、派手にやってくれたもんだね。」
「長。」
「ん?」
「囲。」
「・・・・・あれま、また気がつかなかった。」
『・・・新手か?』
「そのようだね。ごめんつっくん、またあとで。鵙くんには残念だったって報告しておいて。」
『分かった、またあとでこっち来い。話と説教があるからな、覚悟しとけよ。』
そう言って通話を切られた。説教という言葉に石投命に悪夢がよみがえる。
電話が終わったタイミングを見計らっていたのか、ぞくぞくと工場内に敵が侵入してきた。全員が黒ずくめの格好をしており、顔はひょっとこや狐のお面で隠されている。
石投命は持っていたナイフを構える、烏も同様に手術用に使うハサミやメスを構える。ただし、烏が構えているのは通常の大きさではなく、包丁と同じくらいの大きい戦闘用ハサミやメスである。
「AMCだな?」
「ごめーとー。そちらさんは何者かな?」
「答える義理は無い。死ね。」
「死なないよ。烏くんと共同戦線貼るのなんて久しぶりだね―、腕鈍ってない?」
「無。」
「あはは、そりゃよかった。んじゃ、いっちょ殺りあいますか。」
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一方、神八代本家にて。
鎌を勢いよくあげ振り下ろしてくる攻撃を、焔は受け止め流す。先程からこの繰り返しだ。
お互い怪我は負ってはいないが、時間だけが過ぎていく。
もう一人、隼の方は持っていた鉄パイプを相手に振り下ろす。敵はそれを難なく腕で受け止め、持っていたチャクラムを投げつける。それを隼は避けるが、敵はそれを見てにやにやと笑う。
「・・・・チャクラムの本来の性質は御存じで?」
「ああ、こうやって話している間に・・・。」
と、隼はしゃがみ込み、後ろから襲いかかってきたチャクラムを避ける。そのままチャクラムは敵の手元へと戻っていった。
「後ろから攻撃、だろ?生憎と、こうした武器は前にも御目にかかってるんでね。」
「おやおや素晴らしい。流石は神八代隼さん。腕は鈍っていないようですね。しかし・・・。」
ちらりと横目で何かを見る。その様子に、隼と焔もようやく気がついた。
「あのガキがいない・・・。」
「時間稼ぎ、御苦労さまでした。」
「・・・いつの間に・・・。つーか、そもそもいつからいなかったんだ、あれ・・・。」
焔の言葉に、敵はまたも笑みを深く浮かべる。それを見て、鎌男は「気持ち悪いヨ・・・。」と小声で呟いた。
してやられた、と2人は小さく舌打ちする。だが、よく考えてみると気がつかなかった訳ではない。
頭の中では意識していたつもりだった。ただぽつりと立っているだけの少女に、何かしらあるとは感じていたのだ。
だが、その考えはいつの間にか消えていた。そもそも、その少女がいた事すら覚えていなかったのだ。
隼は前にあった事件を思い出す。同時に、間違いないなと確信をもった。
「染脳師か、あのガキ。」
「おや、ご名答。けれど少し違いますね。染脳操師、ご存知です?」
「せんのうくぐつし?また訳の分からないのが出てきたんすねー・・・。」
「それくらい知っておけ。成程な。言葉を操り、人を操り、意識すらも操るか。それは騙される訳だ。」
「ええ、ただの染脳師とは違います。彼らには人の心は操れても、人の意識は操れません。それを補うべく誕生したのが、彼女です。うふふふふふふふ、実に面白い能力です。」
「・・・だからと言ってあんなガキの下につくのは勘弁だヨ・・・。」
「仕方ありません、あれでいて実力は我々より上なのですから。」
「・・・・・じゃあ、あのガキ鶯様ん所に行ってるってわけか・・・。」
状況を飲み込んだ焔は、先程とは比べ物にならないくらいの険しい顔つきとなった。
あの少女が人を操れるのなら、もしかしたら部下を操って鶯に攻撃できないようにしているかもしれない。神八代にいる部下達はがたいがいいし、それなりに強い。そうなれば、簡単に捕まって終わりだ。
ならば、この場を一気に終わらせて鶯の元へ急がなければ。焔は日本刀を構える。
その雰囲気に一瞬怯みながらも、鎌男は初めての笑顔を見せた。
「いいね、いいね、殺気がたまんないヨ!俺の鎌も楽しそうだヨ!」
「・・・・ごちゃごちゃ煩いんだよね、お前。つーか、語尾おかしいだろ。キャラ作り御苦労さまっすね。」
「・・・挑発のつもりかヨ?生憎と、そんなのにのるキャラじゃないんだヨ。」
「めんどくさ・・・さっさと殺して、鶯様助けにいかないと。」
「やれるもんならやってみろヨ!そうだ、お前中々強いから特別に名乗ってやるヨ。」
「いや、別にいい。」
「昼顔太陽、お前の死体にもそう刻んでおいてやるヨ!」
そう言い放つと昼顔は焔へと突進する。それに慌てることなく、焔は目の前の敵を見据えた。
その様子を、隣で隼たちは見ていた。隼は話を聞きながら、鶯が危ないのなら、一緒に来た千種も危ないなと思い持っていた鉄パイプを捨てる。
それを見て、敵は「おや?」と首を傾げた。
「せっかくの武器を捨ててしまってよろしいのですか?」
「こんなもんが武器にはならねぇよ。邪魔なだけだ。」
「ふむ。不思議だったんですがね・・・話によると神八代隼は専用の武器を持ってはいないと。あちらの焔さんの様に刀だったり、鶯さんの様に薙刀だったり・・・もしかして、素手で勝てるとか少年漫画の熱血ヒーローみたいな感じだったりします?」
「まるで武器があれば勝てるみたいな言い種だな。生憎と、武器に頼るほど弱いつもりはない。」
「ふうん、相当な自信家のようですね。うふふふふふふ、そういう自信をへし折るのが、私の趣味でしてね。」
「とんだ悪趣味だな。・・・・それと、一つ訂正してやるよ。」
「?何をですか?」
「俺の名前は、神八代隼じゃない。綿貫隼だ。その名は捨てたし、そいつはもういない。」
「・・・・・いいでしょう。ならば私も昼顔と同じく名乗ってあげるとしましょうかね。」
お互いがじっくりと距離を取る。敵は隠し持っていたチャクラムを全て取り出し、構える。
一方の隼は何も持たない。少しだけ深呼吸をしただけだ。
「朝霧朝日です、今後とも覚えておかなくてよろしいですよ。死ぬんですから。」
朝霧が持っていたチャクラムを全て隼目がけて投げつける。それを見た隼は、笑みを浮かべた。
「死ぬのはお前だよ。」