説得 その2
千種と鶯が話している部屋から少し離れた廊下に、隼と焔は立っていた。
鶯のいる場所へ行く方法は一つしかない。今現在2人が立っている廊下を進まない事には辿り着けないのだ。
本来ならば焔は鶯の傍にいたいのだが、主の命令によって少し離れた位置にて待機している。
ここで隼を追い出してもよかったのだが、それでは一緒に来た千種が少し可哀想だと思い、何とか耐えていた。
2人の間に会話は無い。ただひたすら重い空気が流れるだけだった。
やがて、何やら耳元を抑えていた焔が口を開く。
「・・・・あんたんとこの日比野千種って奴、結構やるんですね。」
「進展でもあったか?」
「鶯様にお友達が出来ました。」
そう言うと隼は少し驚きはしたものの、いつものような胡散臭い(焔から見たら隼の笑顔には何か裏があるとしか思えないのだ)笑顔になった。
「鵙と梟さんの目は正しかったみたいだな。」
「・・・・まさか、これが本来の目的だったってわけ?」
「かもな。俺はよく知らなかったが。にしても、部屋に盗聴器仕掛けてるとは・・・。」
「何かあった時の為っすよ。通常はオフにしてます。鶯様は知りませんけど。」
「おめでたい当主様だな。」
隼がそう口にした途端、焔はぎり、っと唯でさえ目つきの悪い顔がさらに厳しくなった。
腰元の日本刀に手はかけているものの、抜こうとはしない。ここで隼と殺りあってしまえば、せっかく主である鶯の憩いの時を邪魔してしまう。それだけはしたくなかった。
「友達、ねえ。当主にはそんなもの必要ないとは思ってたが・・・。」
「それはあんたらの勝手な意見でしょう。つーか、本来ならば鶯様は友人が出来る生活が出来たんですけどねぇ。」
どっかの誰かさんの所為で台無しになっちゃったし、と嫌みたらしく焔は隼の方を見ずに言った。
その言葉に隼は動揺もしない。ただ腕を組んで立っているだけだった。
その態度に多少なりとも苛立ちを覚えた焔は、小さく舌打ちをした。
「今後はこの家には日比野千種以外は入れないんで。鶯様の友達なら、襲いかかる事もしませんし。」
「分かっている、俺だってもう来るつもりはねぇよ。」
「どうだかな。現に今来ないっつって来てる訳だし。」
「今回は仕方が無くだろうが。俺だって、お前や鶯の顔なんて見たくは無かったよ。」
「わー、初めて意見が一致しましたね。俺もっす。」
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「大学・・・高校を卒業すると行ける所ですね。やはり、広いのでしょうか?それに、部活動も大変盛んだとお聞きしましたが・・・。」
「んー、まあうちの大学は広いほうだな。部活動は確か・・・バスケ部が全国よくいってるけど。」
「成程・・・。バスケとは、確か球技でしたよね?ええと、物凄い剛速球が飛んでくるとか。」
「・・・・おそらくそれはハンドボールじゃないかと・・・。」
俺と鶯さんが友達になってから、鶯さんは俺に対して質問ばかりだった。
その内容はほとんど学校とか日常の何て事無い話で、それでも鶯さんは物凄く興味を持っているようだった。
そして話しあった結果、俺は敬語無し、と言う事になった。最初は鶯さんも敬語を使わなくても良いと言ったんだが、「やはり年上の方ですので。」と断られ、俺だけがタメ語で話す事となってしまった。
まあ、名前の呼び方が「日比野殿」から「千種殿」に変わっただけでもましか。
「あとは、大学の傍にあるスタバ、スターバックスっていうコーヒー専門店があるんだけど、めちゃくちゃ美味いよ。色んな種類があって面白いし。」
「コーヒー・・・あまり飲んだ事が無いです。いつも日本茶なので・・・焔はよく飲んでいるようだけど。」
「じゃあ今度、一緒に行こうぜ。な?」
「・・・・・っはい!」
鶯さんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。正直、こういう人たちが飲んでるのって1杯1000円以上はすると思うから口に合うかどうか分かんないけど・・・。いやまあでもスタバって高級だしな!学生の俺からしたら!
本当は毎日飲みたいくらいだけど、流石に結構なお金が飛ぶんで月2,3回しか飲めないし。
にしても・・・ここまで庶民的な話で盛り上がるとは思わなかった。鶯さんってほんと外の世界というか、庶民的なこと知らないんだな。
こういう人達って、今までどんな人生歩んできたんだろ・・・。
「・・・鶯さんって、ずっとこの家にいるのか?」
「ずっと・・・・ですね。基本は外の世界を知る事は許されませんので。当主になった時、初めて外の世界へと出る事が出来ます。それまでは、ひたすら裏の世界を知りつくさなければいけません。だから、自分も当主になってようやく色々知る事が出来ているんです。・・・当主で無ければ、18になった時外の大学へ行き、外の社会へ出る事を許されるんですがね。」
「いつ当主に?」
「5年前、15歳の時です。突然、時期当主である隼が神八代を出て行ったせいで、自分に全て回ってきました。おかげで何も知らぬままに当主の座へと上り詰めてしまいましたよ。」
「その時の当主って・・・。」
「自分の父です。・・・13年前の戦争の話は?」
「少しだけ、聞いてる。」
「当時、神八代は中立の立場としてどの戦いにも口も手も出しませんでした。それに苛立った二御神の刺客に一服盛られ、父は病を患いました。弱り切った身体で、父はずっと神八代を守ってきた。けれどそれにも限界があり、隼がいなくなる数週間前、皆を集め次期当主を隼に譲ると言い、その数日後、息を引き取りました。しばらくは隼が当主だったんですが・・・。」
「出て行ってしまった、と。」
「そして残された自分へと全てが回ってきた・・・。最初は右往左往でした、焔に助けてもらい皆に助けてもらい・・・ある日、2年前に、どうしようもない問題が起きてしまいました。それを助けてくれたのが、雀殿だったんです。」
15歳でいきなり当主を任せられて、頼りになる兄はいない。残された家族は自分だけ。
もし俺がそんな状況になったら、間違いなく鶯さんと同じ事になっていたと思う。それとももっと大変な事になってしまったかもしれない。
それをこの人は、どうしようもない問題が起きるまで、2年前までずっと頑張ってきてたんだ。
「あの時雀殿が助けてくれなければ今の自分は無かった。神八代を途絶えさせていたのかもしれません。だから自分は雀殿を尊敬しております。自分よりも年下の女性を尊敬するなんて、おかしな話ではありますが。」
「年下?六角神雀さんって、年下なのか?」
「ええ。今は18歳で、助けてくれた時は16歳でした。最初出会った時は、少しだけ嫉妬しましたよ。自分よりも年下なのにしっかりしているし、何より、当主として素晴らしい人でしたから。それをきっかけに少しずつですがよく話すようになり、気付けば誰よりも信頼できる人となりました。」
「へえ・・・。」
「・・・・すいません、長くなりました。」
「え、いやいや!俺も詳しい話知れて良かったし。」
あはは、と笑うと安心したように鶯さんは笑った。
しかし、隼さん所長に誘われたとはいえ、急に家を出るなんてことどうしてしたのだろうか?
あの人の頭の良さなら、後々こういう結果になることだって、分かっていたと思うんだが・・・。
本人には聞きづらいので、代わりに鶯さんに聞いてみる事にした。
「なあ、鶯さん。」
「はい。」
「なんでまた、隼さんって出ていったんだ?俺、詳しい話よく知らないんだけど・・・。」
「・・・隼は千種殿に何も話していないのですね。」
「なんていうか、聞くのも憚られるっていうか・・・。」
「あの日、出ていく時。隼は言いました。『俺が生きていくべき場所を見つけた。』、と。そして家の前まで来ていたあの女とがたいの良いサングラスの男と供に、何処かへと行きました。部下の話によれば、AMC石投事務所というところで働いていると聞いてましたが・・・正直、出て行った理由は未だに自分にもよくわかりません。」
「がたいの良いって・・・一里さん?」
5年前、その頃から所長と一里さんは一緒にいたんだな。そして、その頃からAMC石投事務所はあった。
副所長、って言ってたからてっきり隼さんの方が入ったのが早いと思ってたんだが、違ったみたいだ。
『俺が生きていくべき場所を見つけた。』ねえ・・・。その言葉から連想するならば・・・執事服着たかったってことか?
・・・というか、まあ急に当主の座を渡されて恨みがあるのは分かるんだが、さっき襲いかかってきた焔さんとか目の前の鶯さんもそうなんだけど、そこまで恨んだりするもんか?
大変だったのは分かるけど、当主って言ってしまえばその家で一番偉い人ってことだろ?昔とかだと二男は家を継ぐ権利は無いけど、長男がそれを放棄して二男が継ぐ形になると、二男って基本めちゃくちゃ喜んだりしてると思うんだが。
「どうせ、あの女が何か言ってんでしょうけど。・・・今日、AMCの方が来ると聞いてあの女だった場合は叩き斬ってやろうと思ってたんですが・・・千種殿でよかったです。」
「あ、あはははは・・・・。」
ほんと何したんだ、あの所長。そういえば、今頃あの人達なにしてるんだろうか。
「・・・それもあるんです。」
「へ?」
「自分が貴殿達に協力できないのは、あの女がいるからというのもあるんです。それに・・・。」
「・・・・それに?」
「自分はもう、身内を殺した奴を信用することは出来ません。」
「身内・・・?」
「やはり、その話も知りませんか。」
ふう、と軽い溜息が鶯さんの口から零れる。
身内を殺したって、話の流れからして隼さんなんだろうが・・・一体、誰を殺したのだろうか。
「真愚鍋家は代々、神八代家の当主に仕えています。その歴史の中でも、焔もいた3兄妹は格別でした。」
「3きょうだい・・・。」
「長男、真愚鍋炎、二男、真愚鍋焔、長女、真愚鍋炎火。全員が剣術を得意とし、歴代最強と謳われていました。」
また物凄いネーミングだな、と突っ込みを入れたくなったがここは我慢する。
「と言っても、妹である炎火殿は家を出ていますがね。」
「え、家を出てる?」
「はい、5年前に名前も家柄も捨てて出て行きました。元々仕えるべき主がいなかったのもあったんですがね。炎殿は隼に、焔は自分に仕えてはおりましたが、炎火殿にはおりませんでしたので。」
「それじゃあ・・・ってあれ?隼さんに仕えてるって・・・。」
「・・・・仕えていた、と過去系で言うべきですかね。」
「それ、って。」
「身内を殺した、と言ったでしょう。・・・5年前、炎殿は隼に殺されました。自分も、焔も、炎火殿も見ております。真っ赤な血が流れ出て横たわって動かない、炎殿の傍で、血まみれの刀と返り血を浴びた隼を、自分は見ました。」