説得 その1
家の中に入りこれまた広い玄関に驚きつつ、案内されるがまま広い廊下を進む。
今現在、俺は隼さんと2人である。車で一緒に来ていた2人も着いて来ようとしていたが、隼さんに止められた。
「巻き込まれたくなきゃ警備でも固めてろ」と言われると、2人は納得したように引きさがった。
巻き込まれるって、一体この人は何をする気なのだろうか。その答えは、1分39秒後に分かる事になる。
長い廊下を進み、角を曲がろうとしたその時だった。
「止まってください」と言われたので、言う通りにする。緊張感が立ち込める。
その時、角から勢いよく誰かが飛び出してきた。それはいきなり隼さんに襲い掛かる。
きん、と金属がぶつかり合う音が聞こえた。咄嗟の事に俺の頭はついていけていない。
「・・・随分な挨拶だな、焔。」
「気安く呼ぶの止めてもらえます?」
金属のぶつかり合う音、それは日本刀とシルバーのナイフだった。
隼さんは一体それを何処に隠していたのか、斬りかかって来たのをそれ一本で受け止めた。あんなちっぽけなナイフで止めることが出来る隼さんは、本当に凄い人だと思う。
しばし受け止め合った状態で膠着していたが、日本刀を使っている人が俺の姿を確認すると、軽く溜息をついて日本刀をしまった。それに続けて隼さんもナイフを袖にしまう。成程、そこに隠してあったのか。
斬りかかってきた人は隼さんを無視し、俺の方へと歩いてくる。
「あんたが日比野千種?」
「は、はい・・・。」
「安心しろ、一般人は斬らない。あんたは歓迎するよ。」
「・・・・どうも。」
「俺は真愚鍋焔。よろしく。」
手を差し出されたので、俺も差し出し握手する。成程、この人が真愚鍋焔さんか。
背は高い。隼さんと同じくらいある。一番驚くべき所は、なんというか突っ込みどころが満載だった。
銀色のさっぱりとした短髪、俺から見て右についている和柄の眼帯。そして格好は何故か深緑色の軍服だった。
ロングコートくらい長い上着と言うのだろうか、を着ており、下は白シャツと黒ネクタイ。足元は室内なのに黒のロングブーツを履いていた。
そして腰にはさっきまで隼さんに斬りかかっていた日本刀。今は鞘に収まっている。
「それで・・・一体何の用なんすか?」
俺との握手を終えると、焔さんはぎろりと睨みつけるような形で隼さんを見た。
「聞いてないのか?」
「あんたが客連れてくるって言っただけで鶯様が大変だったんで。落ち着けるのに苦労してたんで詳しい事は何も。正直、あんたは帰ってもらいたいくらいなんですがね。」
「残念だが、それは無理だな。俺がいなくなったら、客人にさっきみたいな暴力行為をするのを抑える人がいなくなるだろう?」
「あれはあんただからなんだけどな、冗談通じないってほんと面倒な人間すね。」
「野蛮に変わりはないだろ。」
ばちばち、といった効果音が俺の上で聞こえた気がした。・・・マジで仲悪いな。
にしても、外見とは裏腹に焔さんは意外とだるそうに話す。軍人のイメージってはきはきしてる感じだったからな。
しばらく睨みあっていた2人だったが、このままでは埒が明かないと思ったのか焔さんの方から切り上げ、「こっち」と道案内してくれた。俺と隼さんはそれに着いていく。
おそらくこの家の一番奥であろう場所の前に着く。入口の障子には、綺麗な桜の絵が施されている。
「鶯様、来ましたけど。」
「・・・・通せ。」
中から了解が出て、障子が開かれる。
目の前に広がったのは、広い和室だった。高そうな壺や盆栽、掛け軸などが置いてある。
その中央に鎮座する1人の男。間違いなく、あれが神八代当主の神八代鶯だろう。
焔さんに案内され、鶯さんの前に並べてある高級そうな座布団に座らされる。ちなみに隼さんには用意されていない。なので立って壁にもたれかかっていた。案内をし終わると、焔さんは鶯さんの後ろに座った。
「まずは自己紹介を。自分が神八代家当主、神八代鶯です。後ろにいるのが、既に存じていると思われますが、部下の真愚鍋焔です。」
「は、初めまして。日比野千種です。」
鶯さんを見ての印象は、隼さんとは全く似ていないということだった。
青と黒が混ざり合った髪は短く、よく見ると少し後ろで結わえている。紺色の紋付き袴を着ている。顔立ちはかっこいいというよりも幼い、という方が正しいかもしれない。俺と年が変わらないように見える。
「貴殿を心から歓迎いたします。して・・・。」
と、途端に鶯さんの目つきが険しくなる。その視線は、俺の後ろにいる隼さんの方を向いていた。
この人、焔さんといいほんとに歓迎されてないんだな・・・。一体何をしたのだろうか。
「・・・そう睨まないでくれると助かるんだがな。お前も焔も。」
「黙れ。よくもまあ顔を出せたものだな。その神経が信じられない。」
「どこぞの誰かが余計な事しなきゃ俺だって二度と来るつもりはなかったよ。」
その言葉に焔さんが日本刀を構えたが、鶯さんがそれを制す。
「斬りかかってきてもよかったんだぞ?生憎、お前に殺られる程弱くは無いが。」
「・・・ほんっと、性格悪いっすよねーあんた。」
「自覚はあるよ。さて、とっとと帰りたいから本題に入るぞ。六角神との関係を切れ。それだけだ。」
「・・・・いきなり来て、その一言だけか?」
「決まってるだろ。お前たちの話はこっちにも筒抜けだ。よりにもよって六角神と仲良くなってどうするつもりだ?戦争でも始める気か?」
「戦争はしない。六角神だってそこまでは・・・。」
「相も変わらず人を疑う事を知らねぇな、お前は。先代に習わなかったか?何があっても神八代は中立を保つべし。それが九神岳を敵とみなし中立の立場を守らないとは・・・それくらい習わなかったか?」
「・・・っ貴様に何が分かる!」
鶯さんは立ち上がり、肩を震わせている。怒りと憎しみを混ぜたような目で隼さんをきつく睨んでいた。
それは後ろにいる焔さんも同様で、さっき止められたもののいつでも日本刀を抜く準備をしている。
それに対し隼さんはあせる訳でも何でもなく、ただ冷静に2人を見つめていた。
間に挟まれた俺は何もすることが出来ない、少しでも話を理解するために耳を傾ける事しか出来なかった。
「・・・・当主たるもの、冷静さは失うな。それが教えだろ。」
「黙れと言っている!貴様が先代を語るな!裏切り者のくせに、神八代を捨てたくせに、今さら意見なんかするな!」
「俺だってそうするつもりだった。けど、事態は急変したんだ。気は進まないがお前らを説得しろとの依頼が入ってね、悪いが意見させてもらう。」
「依頼、だと?・・・ふん、相変わらずAMCの犬だな、貴様は。あの馬鹿な女の命令に従って毎日毎日平平凡凡と暮らして、それはそれは愉快な毎日だろうな!」
「・・・・おい、俺の主を馬鹿にするなよ。」
それまで冷静に対応していた隼さんも、流石にかちんときたらしい。
前もそうだったが、この人は所長の悪口を聞くとどうも冷静にはいられないらしい。生栁さんが言ったときだっておもいっきりぶっ飛ばしてたしな・・・。
両者熱い火花が弾け飛ぶ。流石に間に挟まれて居た堪れなくなった俺はとりあえず手を上げてみた。
すると、意外にも鶯さんは気付いてくれたようで、暫くは隼さんと睨みあっていたが、ゆっくり視線を外すと俺の方に向いてくれた。
「・・・・日比野殿。何かご意見でも?」
「えっとー・・・その特には無いんですけど。・・・俺、席外した方がいいですか?」
「・・・・すいません、見苦しい所を見せてしまいましたね。本来は、貴殿と話すつもりだったのですが・・・。」
「あ、いや。俺も途中で止めて申し訳ないと言うか・・・。」
「・・・焔、隼を連れて何処かへ行ってくれるか?自分は日比野殿と話す。」
「1人でいいんすか?まあ、見た感じ大したことはなさそうですけど・・・。」
「大丈夫だ、何かあれば呼ぶ。それより、そいつをどうにかしてくれ。正直、視界に入るだけでも気分が悪い。」
「同感だな。千種さん、そういう事なので、お願いしますね。」
え、と言う前に焔さんと隼さんは部屋を出て行ってしまった。出て行って直ぐに口論が聞こえたので、近くに待機はしているのだろう。焔さん、鶯さんの護衛みたいなもんだしな。
さて、急に2人きりになってしまった。なんだか変な緊張感が流れる。これは、俺から口を開くべきなのだろうか。
そう考えていると、鶯さんは小さく溜息を零し、深々と頭を下げた。
「本当に、申し訳ないです。客人の前では冷静でいたつもりだったのですが・・・。」
「いやいやいや頭上げてください!何一つ悪くないと思いますから!寧ろ俺の方が・・・。」
「いえ、貴殿が止めてくれなければもっと大変な事態になっていたと思います。・・・・助かりました。」
そう言ってほっとしたような顔をした鶯さんは、何と言うのだろう、似合っていた。
似合っているという言葉はおかしいかもしれないが、何故だかそう思えてしまった。
・・・もしかしてこの人、本当は無理してるのかもしれない。当主としてそう振る舞わなければいけないという思いから、常に肩に力が入った様な感じだった。
「・・・貴殿の用も、隼と同じなのでしょう?」
「へ?」
考え事をしていたせいで、思わず変な声が出てしまった。
俺のその態度を見て、鶯さんは首を傾げる。
そうだ、本来ならば俺が六角神との縁を切ってくださいと言いに来たのに、隼さんが先に言ってしまったので中々出るタイミングを失ってしまっていた。
慌てて、俺は姿勢を正し鶯さんの目を見つめる。
「そ、そうなんです。何とかならないかなーと思いまして・・・・。」
「・・・何とかは、ならないでしょうね。自分は、意見を変えるつもりはありません。」
「・・・・・理由、聞いてもいいんですか?」
流石に初対面でここまで立ち入っていいものか判断に悩んだが、ここまで来たんだ。言うしかない。
俺の質問に、鶯さんは暫く考えるような仕草をしたが、やがて口を開いて話してくれた。
「自分は六角神当主、六角神雀殿を敬愛しております。あの方は素晴らしいお方だ。それに、あの方は言いました。この婚約で、2人で裏の世界の秩序を守っていこうと。2人で説得すれば、きっと鵙・・・九神岳鵙殿も協力してくれると。自分は、彼女が皆が言うような悪い人ではないと思っています。もし彼女が悪い人ならば、あんな言葉・・・・。」
「・・・う、噂では世界を壊そうとしてるとか・・・。」
「在り得ません。自分が話している限り、雀殿は決してそのようなことは考えていない。あの方は、優しくて、強くて、美しい・・・素晴らしい女性です。」
ここまで話してみると、正直俺にはどうしようも出来ないと思った。
鶯さんは雀さんを信じている。それはもうとてつもなく。きっと大好きなんだろう、雀さんの事が。
そんな人に「あの人は悪い人なので手を組まない方がいいです」とは言いづらい。言ってしまえば話を聞いてくれるどころじゃなくなってしまうだろう。
ううん、どうしたものか・・・。
「・・・・・・日比野殿?」
「あ?え、あ、すいません、何度も!考え事する癖がよくあって・・・。」
「はあ・・・。」
「あ、あと日比野殿じゃなくてもいいですよ。俺のが下っ端なんだし、そんな丁寧な対応しなくても・・・。」
「ですが、日比野殿は自分よりも年上でしょう?」
「え?」
「年上の方には丁寧に、先代の言いつけです。自分は今年成人したばかりなので。」
「成人、ってことは20歳なんですか?」
驚いた。当主ってそんな若い歳でやれるのか。・・・いや、まあうちの事務所の所長も見た目15歳だしな・・・。
だが、久しぶりにこう、年上扱いというものをしてもらえた気がする。今まで出会ってきた人達全員年下なのに、全員年上として接してくれなかったし。
・・・・・もしかしてこの人、今まで会ってきた人の中で一番の常識人なのかもしれない。
「・・・・俺。」
「はい?」
「鶯さんと出会えて本当よかったです・・・!」
「ひ、日比野殿急にどうされ・・・?な、泣いてます?」
「あ、これは感動して・・・。」
「感動・・・?よ、よくは分かりませんがこちらお使いください。」
そう言って鶯さんは俺にティッシュを差し出してくれた。俺は有難くそれをもらう。
さすがお金持ちだけあってティッシュも一味違う。庶民にはあまり手の出せない鼻セレブだろうか。うちで使ってるのは5個入り198円のやつだからなぁ・・・。
・・・・ん?あれ、俺さっきなんて言った?
鶯さんって普通に呼んでしまったが、これって結構失礼な事なんじゃあ・・・。
「・・・すいません!」
「え、え?今度はなんです?」
「いや、俺今どさくさに紛れて鶯さんって・・・!普通だったら鶯様とか神八代殿とかですよね!ほんとすいません!」
「あ、ああ・・・・。別に、構いませんよ。日比野殿の方が年上なのですから、寧ろ敬語など使って頂かなくても大丈夫です。気軽に名も呼んでください。」
・・・・・嬉しい。何と言えばいいのだろう、久しぶりにまともな人と出会えた。
AMCに入って、個性的な面々と出会って、これまで常識的な人は誰一人としていなかった。
あれ、なんか涙が止まらない・・・。
「じゃ、じゃあ俺も敬語とか無しでいいですよ。その方が慣れてますし・・・。」
「それは・・・。」
「歳も近いんですし、いいですって。年上っていっても俺22歳なんでそんな変わりませんし。お互い敬語無しにしましょうよ。」
「・・・・よいのですか?」
「はい、じゃなくて・・・中々敬語無しで話すのって難しいな・・。もっと、こう友達同士みたくフランクに行きましょうよ!」
そう言うと、鶯さんの顔がまるで鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情をしていた。
驚いているように見えるが、やがて俯いて「ともだち、ともだち・・・?」とぶつぶつと呟いている。
・・・しまった、急に馴れ馴れしくしすぎてしまっただろうか。軽い気持ちで言ってしまった事を後悔する。
やがて、鶯さんが勢いよく顔を上げた。
「日比野殿!」
「はい!?」
「その、友達というのは、あれですよね?仲良く遊んだり、勉強したり、時に励ましあったりする・・・。」
「た、多分その友達じゃないかと。」
「・・・・・・ともだち。」
そう呟く鶯さんの顔は、なんだか照れているように見えた。
あれ、俺はそんなおかしな事を言ったのだろうか。
「・・・・自分と、友達になってくれるのですか?」
「へ?」
「あ、いえこれはその・・・!・・・自分は今まで、そのような者がおりませんでしたので、急に言われてもどうしたらいいのか分からず・・・・すいません。」
「あ、いや別に謝る事では・・・。」
その言葉に、さっきまでの鶯さんの態度が理解出来た。嬉しかったのか、この人。
思うに、こういった家柄の人って学校とかにも行かなそうだもんな・・・。家に家庭教師がいて、さっき話していた先代が色々教えてくれたりしたんだろう。部下の人とか焔さんだっているけど、「友達」という括りではないもんな。
外部の人間と触れ合う機会も無い人にとって、やっぱり友達と言うのは憧れる存在なのかもしれない。
「俺は、あんまりこっちの事理解してないんですけど。」
「・・・・?」
「なんつーか、久々にまともな人と話せて嬉しいです。今まで出会って来た人、俺の常識をことごとく裏切ってくれたんで。だから、鶯さんみたいな人と出会えてよかったです。」
「・・・・日比野殿。」
「いいですよ、千種で。俺も鶯さんって呼んでるし。なりましょうよ、友達。俺なんかでよければ。」
俺は近付いて鶯さんに手を出す。鶯さんは最初は戸惑いはしたが、やがて俺の手を握ってくれた。
「・・・・自分も、とても嬉しいです。よろしくお願いします、千種殿。」
そう言って笑う鶯さんの顔は、当主ではなくて年相応の、優しい笑顔だった。