話し合い その3
「見ての通りだ。」
燕宅にて。用事を済ませた鵙は依頼していた件について聞きに来ていた。
部下は外で待たせている。以前、部下を引き連れていこうとしたら携帯に連絡が入り、「1人で来なきゃ殺す」などと物騒なことを言われた為、いつも1人で向かっていた。後で聞いたところ、至る所に監視カメラが配置されており、車から降りてくる様子がはっきりと見えたそうだ。さらに、燕は基本人嫌いの為、ある程度気を許している場合で無いと、部屋に入る事すら許されない。
現時点で入る事を許されているのは鵙、石投命、日比野千種のみである。千種の場合は、玄関までだが。
「・・・ばっちり映っとるやん。これ、マジか?」
「いや、合成だ。映像加工っていうか・・・腕利きの奴しかわからねぇくらいだな。」
「やっぱ、お前に頼んで正解やったわ。ま、向こうはお見通しってところやけど。」
部屋中に置いてあるパソコンの中で、中心にある一番大きな画面に2人の視線は集まっている。
映っているのは、先程の会合にもあった六角神雀の部下、生栁の姿だ。雀と鶯に言われた通り、鵙は燕に2人で会っていた日の料亭の映像。確かにそこには、鶯、その部下の焔。そして雀、死吊、そして生栁の姿。
だが、燕も知っているがAMC全員は天ケ原野菊のパーティ会場で生栁と一戦交えている。それは紛れも無い事実だ。
となると残された可能性は一つ。映像がいじられているのだ。
「向こうさんにもハッカーはおったからな。あ、違うわクラッカーか。」
「けど、六角神雀は俺に調べさせろって言ったんだろ?こんなん、すぐにばれるって分かるだろ。この映像は嘘であるくらい、簡単に証明できるぜ。」
「簡単に説明できるからこそ、やろな。寧ろ、これくらい分からなきゃ駄目やって試されてんのかもな。」
「相っ変わらず性格の悪ぃ女・・・。」
「この映像を調べさせてその間に、とも思ったけど時間が短すぎる。あいつらの企みは難しいからなぁ。今頃作戦会議中か?」
「・・・或いは、もう始める気だな。この映像がお前に嘘だと分かっても、もう止められないってことだ。」
「その映像の加工を無しにして、お姫さんに見せてもどうせしらばっくれるやろからなぁ。のらりくらりとよう交わすわ。」
「・・・・っち。梟には連絡は?」
「表裏に頼んどいた。AMCにはお前から連絡するんやろ?」
「まぁな。」
「じゃあ、もいっこ依頼頼んでええか?AMCに。」
「・・・・なに企んでやがる。」
「平和的解決法ってとこやな。1%の成功にかけるしかないっちゅう危険なもんやけども。やってみる価値はある。」
「・・・・危険ね。」
「安心しいや。お前の大事なあの子は今回はサポート側に回ってもらう。」
「サポート?・・・・・おい、お前まさか。」
ぎ、と燕は鵙を睨みつける。その睨みに怯むことなく鵙は口元だけ笑みを浮かべる。
あの女も嫌な奴だが、目の前の男はもっと嫌な奴だ、と燕は大きく舌打ちした。
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とある廃工場にて。人が死んでいた。それも大勢。
全員が体中に切り刻んだ跡があり、大出血している。流れすぎて、大きな赤い水溜りが出来ていた。工場内には鉄の匂いがん満ちている。
勿論生きている人間などいない。唯一人を除いては。
「・・・・・・にゃはは。」
何年も使っていない錆びたベルトコンベアに寝転がって、その男は笑っていた。
顔には返り血であろう赤い後が付いている。それは服にも、靴にも。手にだけはそれが滴り落ちるくらいまで付いていた。
やがて男は起き上がり、倒れている死体を見下す。その目は冷たい。
よっ、と勢いよくベルトコンベアから飛び降りる。足元の水溜りがはねて、再び血を浴びた。
「うっわー・・・こりゃ新しいの頼まなきゃだにゃ。このブーツ気にいってたんだけどなー・・・。」
ぶつくさと呟きながら男―――【猫】は水溜りを進んでいく。
既に仕事は終了した。ここに集まった九神岳グループの連中を殺すことだ。恐らくもう少ししたら鵙に連絡が入るだろう。
この廃工場にて何やら制作していた模様なので、全員殺してこいとの命令をご主人様に命じられたから、殺した。
応戦はしてきたが、【猫】の敵ではない。彼らは殺し屋では無くて、単なる科学者達だったからだ。
護衛用に何人か強そうなのはいたが、【猫】を楽しませれる程の人材では無い。
応援が来ないうちに、とっとと帰ってシャワーでも浴びようと思っていた。その時、コートのポケットに入っていた携帯が鳴る。電話だった。
【猫】は血まみれの手でそれを取り出し、通話ボタンを押した。
「はいはーい、こちら可愛い可愛いにゃんこでーす。どちらさん?」
『・・・自分で可愛いなどと、よく言えるものだな。』
「なーんだ、生栁サンか。えー俺っち可愛くない?」
『・・・・雀様からの用件を伝える。一度しか言わないからその阿保な頭に叩き込んでおけ。』
「辛辣だにゃー。んで、何の用?」
近くにある重なっていた死体の上に座り込み、【猫】は生栁の話を聞く。
5分ほどして、話は終わった。その時の【猫】の顔は、今まで以上の嫌な笑顔だった。
「さいっこうじゃん!ようやっとか、ご主人様!にゃっはははははは!」
『・・・耳元で笑うな、喧しい。』
「にゃはは、悪い悪い。だぁって、楽しみだったんだからさー。今までこんな雑魚ばっか殺してさ・・・やっと手ごたえありそうにゃのが出てきたんだ。喧しくもなるさ。」
『用件は以上だ。一先ず、戻ってこい。直ぐに仕事を言い渡す。』
「はいはい了解だにゃー。ところで生栁サン。」
『まだ何か?』
「オニーサマとはお話ししたー?」
勢いよく切られた。予想するに、生栁が電話を床に叩きつけたのだろう。【猫】には分かりきっていたことだが。
さて、と死体の上から立ち上がり、出口までへと歩いていく。
「いよいよ、いやようやくだにゃ。俺っちが唯一楽しめる相手。にゃはははは!!石投サン、バトれるぜ、俺っちとバトれるんだぜ!!楽しみでしょうがないにゃ!こんな赤い色じゃにゃい、もっと綺麗な色が見れる!あの目に俺っちが映る!あのナイフで俺っちを刺す!今から興奮して仕方がねーよ!!!」
狂ったように、叫ぶように【猫】は笑う。血が付くのもお構いなしで、水溜りを駆け回る。
少ししてようやく落ち着いたのか、それでも静かに怪しく【猫】は笑い続ける。
「あー・・・狂いてぇ。早く殺し合いたい。待ち遠しいにゃあ・・・。・・・あんたもそう思うだろ?【狗】サン」
【猫】はいつの間にいたのか出口付近に立っていた人影にそう問う。
人影は何も答えようとしない。唯無言で立っているだけだった。
そんな様子を見て、【猫】は拗ねたように続けて話しかける。
「相変わらず反応うっすいにゃー。あれ?もしかしてこの仕事俺っち一人で全部殺しちゃったから怒ってんの?怒るような人だっけあんた。」
「・・・。」
「しゃべれよ。まーそれにしても!ようやくだにゃ【狗】サン!あんたも大量に人殺せるぜ!ご主人様からとうとう戦争開始の合図が出たからにゃ!あ、先に言っとくけど石投サンは俺っちのだから手出すなよ。出したらあんたでも殺す。」
「・・・・五月蠅ぇよ。」
人影がようやく口を開く。その様子を見て、【猫】は楽しそうに笑う。
「俺っちがしゃべんないと無言の会話ににゃっちゃうでしょうが。それより、口開いたってことはようやく俺っちとしゃべってくれる気ににゃったのね!」
「・・・・戦争だとか、んなもんはどうでもいい。」
「・・・へええ?」
「僕は、与えられた仕事をする。それだけだ。それ以外はねぇよ。」
人影―――【狗】はそう言った。その答えに、【猫】はさらに笑みを深くした。