話し合い その2
「・・・一体、どういうつもりですか?」
鵙が出て行った部屋には、鶯と雀の二人だけが残された。
足跡が遠ざかるのを確認し、鶯は雀に尋ねる。
「何故、生栁殿がいたという嘘を言わねばならなかったのですか?」
「必要だったからですわ。」
そう言って、雀はいつものようににっこりと笑う。鶯はその笑顔に、それ以上は聞けなかった。
確かに、天ケ原の事件の時、鶯は雀と食事をしていた。前々から約束していた件で、お店は雀が選んでくれたのだ。予約制の料亭なのだが、2人でよく利用する所なので特別に案内された。
そこで、自分の部下である焔と、雀の部下の死吊が一緒だった。だが、生栁の姿はどこにもなかった。
今日の会合が始まる前、先に着いてしまった鶯は部屋で待っていた雀と会うと、開口一番こう言われた。
『今日、鵙殿が質問してくると思われます。聞かれたら、料亭にいたのは私と鶯様、そして部下の焔殿、死吊、生栁が一緒だったと言ってくださいまし。』
最初は、何故そんな嘘をつかねばならないのか疑問だった。だが、今まで一緒にいた雀の判断が間違った事は一度も無い。
それを信じて、鶯は鵙に言った。生栁は自分達と一緒だったと。そんなに気になるのなら防犯カメラを確認しろと。
そう言ったものの、2人の会話を聞いていた鶯は、鵙の態度に疑問を感じた。まるで、生栁を会場で見たような発言だったからだ。
恐らく鵙はそれを勘づいているだろう。嘘がばれてしまうのではないか、と内心鶯は怖かった。
「・・・・っ雀殿。」
「はい?何でしょう?」
「・・・・自分に何か隠している事は御有りですか?」
そう聞くと、雀は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、再び笑う。
「うふふ、ありませんよ。先程嘘をついてもらったのは、私の部下が疑われるという事を無くしたかったからです。」
「部下を、疑う?」
「鵙殿は最初から私の部下、生栁を疑っておいででした。確かにその日、生栁は同行していなかったので何をしていたのか分かりませんが・・・それでも、私の部下を容疑者などにしたくはなかったのです。」
「・・・・。」
「私にとって、生栁は大切な部下ですから。守りたかったのです。」
その言葉に、鶯は安堵する。やはり、雀は優しい女性だと。
六角神の当主である彼女は、危険な仕事も引きうけているという。その度に、鶯に「部下が怪我をしたらどうしよう」などといった電話をしてくるのだ。鶯はそうしていつも心配している雀を見て、優しく、信頼できる女性だと思った。
雀が怒る所を見た事が無い。いつだって笑い、悲しみ、上品で、鶯にとっては理想の女性だった。
だから婚約の話が来たときは、二つ返事で了承した。この人といれば、きっと大丈夫だと思っていたからだ。
「・・・やはり、雀殿は素晴らしいです。」
「・・・有難うございます。婚約者殿にそこまで褒めて頂けるなんて、光栄ですわ。」
「では、自分もそろそろお暇します。また後日、お食事でも。」
「ええ。お正月に両家揃っての大宴会でも楽しそうですわ。」
「考えておきます。それでは、また。体調崩されませんよう。」
「鶯殿も。」
鵙とは違って、静かにふすまを閉める。当初、鵙に緊急の会合と言って呼び出された時は身体が固くなっていたが、雀と話して緊張がほぐれた。微笑みそうになるのを我慢し、玄関で待っている部下の元へと向かう。
玄関まで着くと、相変わらず気だるい顔をして、あくびを噛み殺しながら待っている焔の姿があった。
焔は鶯の姿に気が付くと、ようやく壁から背を外し、耳につけていたインカムに話しかける。
「鶯様が帰るんで、車お願いします。」
『了解です』
「お疲れでーす。どうでしたー?なんか進展ありですか?」
「特には無い。・・・ああ、そういえば雀殿が正月に両家が揃って大宴会もいいと言っていた。」
「ん、じゃあ覚えときます。あー、足元気を付けてくださいね、段差あるんで。それと、これ着てください。そんな和服じゃー風邪引いちゃいますよ。唯でさえ鶯様風邪引きやすいんですから。」
「お前は自分の母親か・・・。」
焔に分厚いコートを差し出されたので、礼を言って着る。正直、普段は普通の格好をしているので、和服は肩がこるし、寒くて大変だった。毎日毎日着物を着ている雀を尊敬する。
車が目の前に止まるので、焔と共に乗り込む。今日の予定は会合だけなので、このまま帰るだけだ。
車内でも、相変わらず焔の過保護は収まらない。
「はい、コート脱いでください。中で着てたら外出た時大変なんで。あー、なに飲みます?あったかいのがいいっすか?それとこれ、車の中ではブランケットで足元をあっためるのも忘れずに。」
「・・・・・焔。」
「はい?」
「いい加減、そこまで過保護にならなくていい。自分だってもういい大人だ、それくら・・・・くしゅ!」
「ほら早速くしゃみしてるじゃないっすか。いいんですよ、別に。鶯様には過保護くらいが丁度いいんですから。」
はい、とティッシュを渡される。一瞬考えたが、有難くもらう事にした。
昔から、焔は鶯に過保護だった。何をするにも片時も傍を離れず、常について周っていた。
それなりに大人になるにつれて、もうそんなに過保護になる必要は無いと言っても、言った瞬間転んでしまったり、先程の様にくしゃみをしてしまったりするので、結局意味がない。
雀は鶯よりも年下なのにしっかりしているので、見習って頑張ろうとは思っているのだが、未だ実行できていない。
「そーいや、鵙さんに会いましたけど。」
「何か言っていたか?」
「特には。世間話ってところです。俺あの人そんな好きじゃないんで、宣戦布告はしときましたけど。」
「堂々と言うなお前は・・・。・・・・なあ、焔。」
「はい。」
「自分は、このままでいいと思うか?」
頬をついて、窓の外の景色を見ながら鶯は質問する。焔は一瞬考えるようにするが、直ぐに止めた。
「俺は主様についてくだけなんで。考えるの、めんどくさくて苦手なんです。」
「・・・お前らしいな。」
焔の方へ顔を向けてはいない為、その表情は読み取れない。だが、長年の付き合いの焔には、鶯が呆れて笑っているのが分かった。いつだって、焔が面倒くさいと言うと、鶯は呆れたように笑うのだ。
「そういえば、彼女には会ったのか?」
「がん無視されました。やっぱ俺の味方は鶯様しかいないみたいっす。」
「・・・・そうか。」
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「行っちゃいましたねー、婚約者さん!」
六角神家、先程とは違う和室にて。楽しげな声が中から聞こえてくる。
和室の中には、女性だけがいた。畳の上には沢山のお菓子が並べられている。
寝っ転がってポテトチップスを食べるゴスロリ服の少女、パソコンをずっといじりつつも片手には板チョコを握っている兎耳パーカーにマスクの少女、壁に背を預け、刀を握り締めている少女。そして中央には、凛と正座している六角神雀の姿があった。
「いやー、相変わらず大変ですね主様!あんな弱っちいのが婚約者って・・・。」
「そういうことは言わないの、死吊。あれはあれで可愛らしいですわよ?」
「ばかでまぬけでてんねんだから?」
「苦老も相変わらずですわね。生栁、貴方もこちらへいらっしゃい。たまには肩の力を抜いて、のんびりしましょうよ。」
「・・・主の前でここまでくつろげる程、不真面目じゃないんだがな・・・。」
「ちょっと、それ私らのこと馬鹿にしてない?」
「羨ましいだけだ。のんびりというのは、どうにも苦手だからな。」
「あいかわらずだね、生栁は。すこしくらいはめはずしたっていいのに。」
「・・・・。」
マスクの少女、苦老に言われた生栁は、刀を下ろし、雀の横に並ぶように座る。足は崩しにくいので、同じ正座の姿勢を取った。そんな生栁に、ゴスロリ服の少女、死吊がクッキーの箱を渡す。生栁はそれを受け取ると、雀と一緒に食べ始めた。
「どー?それ、新作なんだけど?」
「・・・・旨い。」
「ええ、とても。死吊は美味しいお菓子を沢山知っているのね。」
「えっへへー、趣味なんで!こっちのポッキーもおいしいですよー。期間限定で、今しか食べられないんで。」
「・・・・ふたりともおちゃ。」
「ありがとう。」
「・・・・そういえば、病無は?」
「相変わらず怪しげなの造ってるわよー。顔出せ、って言ったんだけど。」
「おしごとみたい、なんだよね雀さま?」
「ええ。病無にはとっておきのモノを作るように命じたので。後で差し入れ持っていってさしあげてね。」
「はーい。」
傍から見れば、同じくらいの年の少女達が集まって仲良くお菓子を食べながら会話しているように見える。
ただしそれは一般人から見た姿であって、分かる人から見たら分かるかもしれない。
彼女達は、くつろいでいるようにみえて残酷な事を考えているからだ。
「それで、次はどうするおつもりで?鵙殿のことだ、また何か仕掛けてくるでしょう。」
「ったく面倒よねー。さっさと殺しちゃいたいくらいよ。駄目ですかー雀様?」
「まだよ。まあ、多少痛めつけてはみたいけど・・・そっちの方が面倒ですもの。後で沢山殺させてあげるから、待っていてね。」
「鶯さまはどうするの?」
「ああ、あれね・・・・。」
何処から見ても高級感漂う湯呑に入っている緑茶を飲み、雀は一息おく。
そして、傍にあった大福に、これまた傍に会った爪楊枝をおもいきり突き刺した。
「全く、使い物になりませんわね。あれで当主とは・・・鼻で笑ってしまいそうね。あんなに騙し甲斐のある大馬鹿は初めてですわ。」
「ころす?ころす?」
「そうしたいのは山々だけど・・・あれにはまだ使い道がありますの。利用できるだけ利用させてもらおうかしら。」
「きゃー、悪女!でもそんなところが好き!」
「有難う。・・・それと、AMCはどうなっていて?」
「動きはありませんが、こちらを警戒しているのは間違いありません。刺客でも送りましょうか?あの3人はともかく、日比野千種とかいうただの一般人なら、簡単に殺せますが。」
「・・・・日比野千種、ねえ。苦老に調べてもらったけれど、本当にただの男性なのよね・・・。何故、彼雇われたのかしら。」
「あー、あいつですか。死体見てグロッキーになってた。んー例えば、石投命の恋人とか!」
「もしそうなら、ひとじちにはとれるよね。【猫】のはなしだと、だいぶしゅうちゃくしてるみたいだし。」
「あら、そうでしたの。なら、人質に取るのも悪くない話ですわね。」
「唯、問題が。日比野千種の周りには、梟の部下が張っているようです。本人には知らせていないみたいですが、知り合いに頼んで厳重警備状態と。」
「梟の。・・・そうまでして守る価値が、その子にあると言う訳ですね。あら、面白い事になりそう。」
「あっは、じゃあ決まりですねー。」
「ええ、病無の仕事が終わり次第、こちらから仕掛けます。それまでは、各々準備をしておくように。苦老、例の件、大丈夫ですね?」
「うん、かんぺき。」
「ご苦労様です。さて・・・・もうすぐですわね。」
雀は湯呑を置き、生栁の持っているクッキー缶からクッキーを一枚取り出すと、片手で握りつぶした。
畳には粉々になったクッキーの欠片、雀の掌にもクッキーのかすが付いている。生栁がすぐに持っていたハンカチを渡す。
「世界が壊れてしまうのは、もうすぐです。」
ハンカチで汚れた手を拭きながら、黒い笑みで雀はそう言った。