黒幕 その2
すっかりと日が暮れてしまった帰り道。中々タクシーも通らないので俺と隼さんは歩いて帰る事にした。
最初は鶯さんが送ってくれようとしていたのだが、俺だけ車で隼さんが歩きというのもなんだか悪い気がして、お断りした。
だが今は思う。俺だけでも車で帰った方が良かったかもしれない、と。
俺と隼さんは並んで談笑して歩いている訳でもなく、ずっと無言の隼さんの後ろを俺が追いかけるという形だ。いつもの隼さんならここで何かアニメの話題でも話しそうなものだが、生憎とそういう気分ではないんだろう。
俺から何か話題でも降ろうかと思ったが、如何せん隼さんの機嫌があまりよろしくなさそうなので止めた。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
なんだろう、一里さんは普段無口なのでけっこう平気なんだが、隼さんがこう無口なのはちょっと・・・うん。何と言えばいいのか分からないが、やりづらいというか、何と言うか。
・・・・けど、仕方が無いのかもしれない。久しぶりに実家に戻って、何か思うところがあったんだろう。あれだけ実家に帰りたがらなかった隼さんだ、俺が思ってるよりずっと重い気持ちを抱えていたのかもしれない。
そして、俺は少しだけ、隼さんの過去を知ってしまった。
隼さんとしては知られても何の支障もないんだろうけど、やっぱ隠してた過去を知られるのって、気分悪いよなぁ・・・。
「・・・・・千種さん。」
「うえい!?」
突然話しかけられて、思わず変な声が出てしまったので慌てて口を押さえる。そんな俺に笑う事も無く、隼さんは俺の方を向いて立ち止った。俺もその場で立ち止まる。
「すみません、下手に気を使わせてしまって。」
「え?」
「・・・・鶯から聞いたんでしょう、炎の件。」
「あ・・・・。はい、少しだけ。」
「鶯の言った事は真実です。俺はこの手で炎を殺しました。」
「!」
「今更言い訳なんてありませんよ。あれは確かに俺がこの手で、やったことです。鶯に恨まれても仕方が無い。」
「・・・・・本当ですか?」
「何がです?」
「俺にはどうしても、隼さんが炎さんを殺したっていうの、納得できません。」
そう言うと、隼さんは少し驚いたような顔をした。
鶯さんの話を聞いていたときから、俺には何故だか違和感が生じていた。
俺と隼さんは付き合いが長い訳じゃないけど、けどわかる。隼さんは理由も無しに誰かを殺したりはしない。
いつだってこの人は、所長を守るために戦ってきた。AMCのために戦ってきた。そんな人が、何の理由も無しに大切な人を殺す事なんて、絶対にしない。
「・・・隼さん、一体何があったんです?」
「・・・・。」
「このままじゃ、鶯さんにも焔さんにも誤解されたままですよ。鶯さん言ってました、『言ってくれれば、よかった。』って。」
「・・・・いいんです、それで。」
「よくないですよ!このままじゃ一生・・・!」
「事実は変わりません。俺はこの手で炎を刺し殺した。これは紛れもない事実です。」
「だから、それが・・・!」
「炎との、約束ですから。」
「・・・・・やく、そく?」
「あいつの最期の願いを、主である俺が守らない訳にはいかないでしょう。・・・・この約束は、他言無用なんです。所長にも話していません。」
「所長にも・・・?」
「・・・・俺が話せるのはここまでです。これ以上は、もう勘弁して頂けないでしょうか?」
「・・・・。」
俺は気が付いていた。隼さんが炎さんの名前を口にする時、少しだけど、目が揺れていた。
隼さんは神八代を捨てた。同時に、過去も捨てたんだろう。悲しみも何もかもも一緒に。
・・・・確かに、俺がこれ以上深入りしてはいけなさそうだな。
「・・・・いえ、俺こそずけずけとすいません。隼さんの気持ちも考えず・・・。」
「御気になさらず。俺こそ、大したことも話せなくて申し訳ありません。・・・・ですが、ありがとうございます。」
「え、何が・・・?」
「俺を信じてくださって、ありがとうございます。そう言ってくださったのは、千種さんだけですよ。」
そう言って隼さんは笑う。その笑顔は、なんだか少しだけ悲しそうに見えた。
その時、目の前に一台の黒塗りの車が通りがかった。俺達の傍で止まると、窓が開く。そこにいたのは、鶯さんの部下達だった。
「あれ?なんで・・・。」
「鶯様から命を受けまして。やはり日も暮れて寒くなっているので送って行けと。」
「いや、でも・・・。」
「千種さん、遠慮なく乗っていって下さい。」
「え、隼さんは・・・。」
「俺は、歩いて帰ります。1人で、ゆっくりと、帰りたいんです。」
怪我させるなよ、と運転手に一言告げ、俺は無理やり車に乗せられた。俺が乗り込んだのを確認すると、車は発進する。俺は窓から、再び歩き出した隼さんの背中を見つめる事しか出来なかった。
車の中には運転席、助手席、俺の両隣りにそれぞれがたいのいい男達が4人。どこかで見た事ある様な・・・と思ったら、そういえば操られて俺達を襲ってきた人たちだった。
俺の視線に気がついたのか、右隣の人が頭を深々と下げる。
「先程は、大変失礼いたしました。操られていたとはいえ、鶯様のご友人にまで・・・。」
「え、いやいや、あれはしょうがないですから!それに、大した怪我もしてませんし!」
俺が首を勢いよく横に振ると、左隣の人も申し訳なさそうに話しかけてきた。
「いえ、操られるなんて失態をしでかしてしまった我々に責任があります。今後はこんな事が無いよう、しっかりと修行に努めるつもりです。」
「・・・・すごい思いつめてません?鶯さんだって、怒ってないんでしょう?」
「・・・はい。『次にまたかからないようにすればいい』とだけ。ですが、それでは我々の気持ちが・・・。」
「いや、でも鶯さんがそう言うなら、それでいいと思いますけど・・・。変に思いつめちゃうと、あの人気にしますよ多分。」
なんて、先程知り合ったばかりでそこまで知っている訳じゃないけど。けど鶯さんはそういう人間だと思う。あの人は本当は当主というよりは、俺みたいに普通の生活をしていたかもしれない優しい人なのだから。
俺がそう言うと、2人は顔を見合わせ、口元を綻ばせた。
「やはり・・・鶯様のご友人なだけありますな。有難うございます、少し気持ちが楽になりました。」
「鶯様もまたぜひ会いたいと仰っておりました。その時はまた我々が迎えに参ります。」
「いやいやいや迎えとかいいんで!俺歩いていくんで!」
「しかしそれでは・・・。」
「だーいじょーぶですって!ほら、家までの道とかも覚えたいし?」
正直な気持ち、実家や大学にこの車で迎えに来られたらたまったもんじゃない。次の日から質問攻め間違いなしだ。
おまけにこの人達、見た目はその・・・うん。あれだから。勘違いされるに決まってる。
と、その時だった。急に車が止まった。何事かと前の運転手を見る。
「おい、どうした?」
「・・・・なんか倒れてるのか?人影が見えるんだが・・・。」
「おいおい、酔っ払いでも倒れてるのか?」
「俺が見てくる、ここで待っててくれ。」
助手席に座っていた男が、車から出て行った。俺も後部座席から前を見ようとするが、特殊なガラスなのだろう、よく見えない。けど、と腕にはめている時計を見る。時間はまだ午後6時半、酔っ払いが出るには早すぎると思うのだが・・・。
・・・・まさか死体、なんてことないよな。流石に1日で3体は耐えられんぞ。
「っ逃げろぉ!!!!!!」
叫び声、後に悲鳴。まるで天気予報のようだ、何て言ってる状況じゃないらしい。
運転手は急いで車を引き返し、急発進する。両隣の男たちもそれぞれ銃を構え出した。
「罠か!?」
「だろうな!千種様、少々運転が荒くなりますがご容赦願います!」
「は、はい!」
俺はとにかく身体がぶれないよう椅子にしっかりとつかまる。状況は確認できないが、危ない事だけは確かだ。
勢いよく車は進んでいく。時速制限とか、言ってる場合じゃないなこれは。しかしながら、見事なドライブテクである。
曲がり角を曲がり、進もうとした。その時だった。
がん、とフロントガラスに勢いよく何かが落ちてきた。俺は左隣の男に頭を押さえられ伏せの姿勢になる。
その何かが落ちてきたせいで車は止まる。運転席の男もナイフを構え、外に飛び出した。
「千種様も外へ!下手に車に乗っていては爆破される可能性もあります!」
「は、はい!」
俺を守るように両隣の男達と一緒に外へと飛び出す。広がった光景は、狭い一本の道だった。ビルとビルの間の路地裏みたいな、そんな道。
しかし、敵の姿は見えない。鷹さんみたいな、狙撃手なのか?
「うーん。予想以上に多い人数だー。これは大変かもしれないー。」
と、そこへ間の抜けた声が響き渡る。声のする方を見ると、そこに立っていたのは1人の少女だった。
上で一つにまとめた大きなお団子頭、だがほどけてきているのかぼろぼろと毛が落ちている。そして懐かしいというのか、あずき色のジャージ上下に、上に白衣を羽織っている。ジャージの胸元には何故だか「3年A組」のロゴ入りだ。
八分丈まで捲くったジャージの足元は白のハイソックスにスリッパ。顔は童顔、だがやる気の欠片が微塵も感じれない。
異様な雰囲気を持った女だった。
「えっとー、えっとー、どれが日比野千種ー?」
どうやら狙いは俺らしい。鶯さんの部下達が一斉に武器を構える。
「ふうんー、君かー。うーん、タイプー。」
「・・・・・はい?」
「うちー、結構君みたいな子タイプー。」
・・・・いやまあ顔は可愛らしいから、嬉しいっちゃ嬉しいけど・・・・なんつーか、棒読みだ。てゆーか、俺を狙うんなら俺の顔くらい覚えておけ。
・・・正直、とても強そうな雰囲気には見えない。これだけの屈強な男たちなら、簡単に勝てるんじゃないか?
「てめぇ、何者だ?どこの差し金か、答えてもらおうか?」
「うーん、それはねー、無理なんだよー。内緒ってー、言われてるからねー。」
「っ馬鹿にしてんのか!?」
「馬鹿にねー、してるかもねー。だってー、うちー、頭良いしー。てへぺろー。」
「・・・・てへぺろ?」
なんつーか・・・脱力感?しかもてへぺろって。一体何なんだこの人。
あの白衣の下に武器でも隠し持っているような雰囲気でもないし、何か秘策がありそうな顔もしていない。
・・・・ただ足止めに使われただけなのか?でも一体・・・・・。
と、俺の思考はそこで止まりかけた。一瞬、意識が飛んだからだ。
「あ、れ?」
気が付けば、俺は倒れ込んでいた。俺だけじゃない、周りの部下達もだ。
なんだこれ、身体も動かない。意識を保つのがやっとだ。
そしていつの間にか、ジャージ女がしゃがんで俺の顔を見つめてきた。
「おしまいー。じゃあいこっかー。えっとー、流石にうちは運べないからー、助っ人呼ばないとー。」
「・・・・っなに、し?」
「んー?あー、えっとねー、この辺りにー、薬撒いたのー。身体が言う事きかなくなる薬ー、をめっちゃ濃くしたのー。・・・他の人はー、後で殺してもらえばいいかー。」
「あん、なに・・・。」
何者なんだ、と聞こうとしたけれどそこで気を失った。薄れゆく意識の中で、俺は確かに女の名前を聞いた。
「病無たんだよー。雀様のー、忠実なる部下だよー。」