黒幕
六角神雀は頬笑みを崩さず、目の前で血を流し続けている朝霧の姿を見つめる。
本来、目の前で血を流した人がいた時、普通の少女ならば、心配した表情だったり驚いた表情を浮かべるだろう。
けれど六角神雀は普通ではない。例え目の前で男が血だらけで立っていようが、目の前で事故に遭おうが、目の前で自殺されようが、なんてことないのだ。そういったものは彼女にとっては異常ではなく、正常にしか見えない。幼いころよりそういった教育を受けている彼女にとって、それが当たり前で日常的なものなのだ。
その態度に、朝霧は若干の苛つきを覚える。そして再び雀に問い掛けた。
「作戦では、夜露の能力で全員を操り、私達3人で真愚鍋焔を殺害し、最後に神八代鶯を殺害するということでした。まあ、1人くらいは欠けるだろうとは思いましたが、ほぼ壊滅とは思いませんでしたよ。ねえ、これはどういうことです?貴方は私達を雇っておきながら、何故死吊をあの場所によこしたのです?まるであれは私達を敵として、死吊はそれを退治すべく来たみたいじゃないですか。勿論、神八代鶯は思うでしょうね、六角神が助けてくれたと。これでまた自分達の株を上げようといったとこですか?ねえ、答えてくださいよ。雀さん、六角神雀さん。」
そこまで捲し立てたところで、朝霧は咳込んだ。手のひらには血がつく。これだけ出血しているのに、まだ血が出てくるかと内心で朝霧は嘲笑った。
その様子を見ていた雀は、ようやく口を開く。
「・・・・・それだけの怪我を負いながら、よくしゃべるお口ですわね。縫ってしまおうかしら。」
「・・・・生憎と、おしゃべりなものでしてね。ただ縫うだけでは黙れませんよ。」
「あら、残念。」
この雰囲気では場違いだろうと思うくらい、雀は楽しそうに話す。それも微笑みながらだ。
「・・・・さすが、18歳で当主を務めているだけありますね。大した度胸です。」
「お褒めに預かり光栄ですわ。」
「褒めているつもりもないんですが・・・・さて、いい加減立ち話もなんですし、答えてくれますか?先程の質問。冥土の土産に答えくらい頂いても構わないでしょう?」
「そうですわね・・・もうそろそろ限界のようですし。」
雀の言う通り、朝霧は立っているだけで精一杯だった。正直、話す事すらも傷に障るので避けたいくらいだ。
それでも彼が生きていられる理由は、唯一つだけ。
「貴方の仰る通りですわ。言うなれば、自作自演とかいう奴ですわね。」
「自作自演、ねえ。」
「鶯様の信頼を得る為にも、一芝居打っておこうかと思いまして。あの方は実に単純でいらっしゃいますもの、きっと騙されてくれると思いまして。噂で、鵙様が鶯様を懐柔しようというのを聞きましてね、これはいけないと思い貴方達を雇った訳ですの。」
「そして、私達を捨て駒にして死吊殿に解決させ、見事鶯様の信頼を勝ち取ろうと。」
「その通りです。あわよくば、隼もまとめて始末出来たらよかったのですが・・・意外にも貴方達が弱いので、そこは軌道修正の作戦を考えなければなりませんね。」
「そうですか・・・。」
ここに来るまでに朝霧が思っていた答えとほぼ一致した。やはり自分達は捨て駒扱いだったらしい。
それにしても、と朝霧は思う。こんな笑顔で捨て駒だと言いきれ、あまつさえ弱いと言われ、やはり大した度胸の持ち主だと再び思った。
さらには婚約者である鶯に対してもあの態度だ。少しだけ、鶯に同情を覚えてしまった。
「まあ、今回の結果はこれでいいでしょう。及第点、といったところですわね。」
「・・・・。」
「それでは。落第点の貴方は、もういりません。さっさと野たれ死ぬか自害するか、してくださいな。」
「・・・・・・うふふふふふふふふふふ。ええ、そのつもりですよ。・・・貴方と共にね!!!」
朝霧は最後の力を振り絞り、隠し持っていたチャクラムを握りしめ雀に向かって突進する。
ここに来るまでずっと考えていた事だ。もうこうなってしまった以上、自分には死しかない。ならばいっそ、雇い主である雀を巻き込んで死んでやると。
雀は誰一人部下を引き連れてはいなかった。さらに、夜露の情報によれば雀は一切戦えないらしい。
手負いであるが、それなりの殺し屋である朝霧にとっては敵ではない。
目前まで迫っても、雀の表情は変わらない。もらった、と朝霧は雀の首元へチャクラムを突き付ける。残り数センチ、朝霧は
ほくそ笑んだ。
が、次の瞬間、そのチャクラムは自分の手から消えていた。
咄嗟の事に反応できなかった朝霧は次に、自分の右手首が無くなっている事に気がついた。左を見ると、左手首も同じ状態だ。
「え。」
そして胸には鋭い痛み。数秒経ってようやく自分の胸が刃物で貫かれている事に気がついた。
朝霧は視線だけ後ろに向ける。
「お、まえ・・・。」
「・・・・・。」
「ち、くしょう・・・・・。」
意識を失う直前、朝霧が最期に見たのはやはり微笑んだままの雀の姿だった。
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朝霧は死んだ。勿論、昼顔も夜露も。
雀は朝霧の死体に近付き、見下しながら呟く。
「・・・・下種如きが私に刃向かうからですわ。」
そして雀は、目の前に立っている人物に先程までの笑みではなく、心からの笑みを浮かべる。
「相変わらずの手際の良さですわね。私、惚れ惚れいたしました。」
「・・・・褒め言葉として受け取っておく。」
「ええ、褒めているんですもの。流石は、私のわんこさんですわ。」
うふふ、とまるで恋をしている少女のように頬を赤く染めて雀は笑う。その姿は、年相応の少女だ。
その頬笑みを向けられている人物、【狗】はちらりと朝霧を見る。
「あれはどうする?」
「適当にバラしておいて。いりませんもの。」
「分かった。・・・・おい、腕にしがみつくな。仕事出来ねぇだろ。」
「あら、たまにはいいじゃありませんこと?私、ここのところ忙しかったんですもの。少しくらい癒しを頂いてもいいんじゃありません?」
そう言って雀は恋人にするように、自身の両腕を【狗】の腕に絡みつけた。
ちなみに、婚約者である鶯にはしない。どころか、手すら未だ繋いでいないのだ。
理由は、鶯が照れ屋だという事もあるが、雀が触れたくないのだ。
極度の潔癖症である彼女は、触れることを嫌う。それも男性にだ。少しでも触れようものなら、その男はすぐさま殺されるだろう。
そんな彼女が唯一触れる事が出来る男性、それが【狗】なのである。
「私、初めてですの。自分から男性に触れたいと、大丈夫と思えたのが。」
「・・・・・それが何で僕なんだ?」
「さあ、分かりませんわ。」
「・・・いい加減、仕事してぇんだが。」
「貴方は私の飼い犬でしょう?きちんとご主人様の命令は聞かねばなりませんわ。もうあと2分だけ、お願いします。」
「・・・・・・・了解。」
雀と【狗】、仲睦まじい2人の様子を、遠巻きから2人の人影が見ていた。
お互い距離を取って立っているのは、雀の部下である生栁と、同じく飼い猫である【猫】だった。
「あーらあーら、らぶらぶだにゃーあの2人。あれでご主人様の自覚症状が無いってのがまた凄いよねー。」
「・・・・覗き見とは、悪趣味にも程があるな。」
「そういう生栁サンだってそうでしょー。つーか、羨ましいだけかにゃ?」
「・・・・・・何だと?」
張り詰めた空気が2人を包む。元より、この2人は相性が最悪同士なのだ。
お互い正反対の性格をしているということもあるし、何より生栁の方が【猫】を毛嫌いしているのだ。言ってしまえば、一緒に仕事をしたくもないし顔も合わせたくないくらいに。
生栁はその場を離れる為に、雀のいる方向と違う方へと歩き出した。その後を、何故だか【猫】が追いかけてきた。
「あれあれ?護衛はいい訳?」
「・・・【狗】がいれば問題は無かろう。・・・・それに、雀様は2人きりを望んでおられる。」
「にゃはははは、無理しちゃってー。」
その言葉に、生栁は歩んでいた足を止める。【猫】も同じく立ち止り、続ける。
「本当は邪魔したくて邪魔したくてたまんないんでしょ?俺っちと【狗】サン邪魔で仕方がにゃいって。」
「・・・・・何が言いたい。」
「隠さなくても大体わかっちゃうんだにゃー俺っちって。そうだよにゃー、俺っち達が来てから、ご主人様【狗】さんにかまいっきりだもんにゃー。全然相手にされなくてさみしーんでしょ?」
「・・・・・・・黙れ。」
「生栁サンさー、もうちょい正直に生きれば?俺っちそういうの偏見にゃいからだいじょぶよ?まあ、ご主人様に知られたらあれかもだけど。だあってねえ、一番信頼している部下が自分の事を愛して愛してやまないんだもん!好きで好きで好きでどうしようもにゃいんだもんね、生栁サン。」
「黙れっ!!!!」
生栁が抜いた日本刀が、【猫】の頬をかすめた。【猫】の頬からは、赤い血が流れ落ちる。
荒く息を立てる生栁は、憎しみと怒りに満ちた目で【猫】を睨みつける。しばしお互い膠着状態が続き、ようやく落ち着いた生栁が日本刀をしまう。
「・・・・・今は雀様の飼い猫だから大目に見ているが。」
「んにゃ?」
「野良に戻ってみろ、真っ先に貴様を切り刻んで殺してやる。」
そう言い残し、生栁は早足で歩いて行った。
残された【猫】は頬から流れてきた血を舐め、にやりと笑う。
「恋する乙女は、素敵だにゃー・・・あー、たまんねえなあ、殺意向けられるのって。まああれだけじゃ全然足りにゃいんだけど。」
【猫】も、生栁と同じくその場所を離れ歩き出す。もうそろそろあの2人がこっちへ戻ってくる頃だろう。見られていたと知れば【狗】に文句を言われるかもしれない。
「あー・・・・足りにゃい、殺意とか、憎しみとか、そういうの足んにゃい。早く殺し合いたいにゃー・・・石投サン。」