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話し合い その1

12月26日。午前11時26分。とある和室にて、その会合は開かれた。

クリスマスに降った雪がまだ残る庭は広い。主人の趣味なのかは分からないが、盆栽がいくつか飾られている。

池では、水面は氷が張っているものの、中にいる鯉は元気そうに泳いでいる。

やがてその景色も、ふすまによって閉じられた。和室の中には3人だけが残る。静かだ。

未だ誰一人として口は開かない。ただ全員黙って座っているだけだ。どれくらいの時間が流れたのか―――最初に口を開いたのは、九神岳鵙くかみたけもずだった。


「・・・いやー、しっかし。相も変わらず広い御屋敷で。俺ん所が小さく見えるわ。」

「・・・御冗談を、鵙殿。貴殿の所も、同じくらいでしょう?謙遜なさらずに。」

「謙遜ちゃうって、お姫さん。」


鵙にお姫さんと呼ばれた少女は、にこりと笑う。可愛らしい笑顔だ。


「その呼び方は、好きではありませんわ。私にはちゃんと、六角神雀という名があるのですから。」

「悪い悪い、でも俺こっちの呼び方の方が好きやねん。かあいらしいやろ?」

「褒めて頂けるのは嬉しいですが、正式な会合です。きちんとお呼びくださいませ、鵙様。」

「・・・しっつれいしました、六角神当主、雀殿。」


目の前の少女、六角神雀むつのかみすずめはそう言われると満足したように笑う。

豪華な着物を身に纏い、腰まで長い漆黒の髪は痛み一つない。前髪は所謂姫カットのようになっている。

可愛らしい顔立ちとは裏腹に、若干18歳で六角神の当主を務めている雀は、既に立派な風格を漂わせている。


「・・・・あー、それと。神八代当主、神八代鶯殿。」

「・・・・・。」

「ちょ、シカトすなや。そんな態度やと、いつもみたいに坊ちゃんって呼ぶぞ。」

「・・・・・雀殿も申したでしょう、正式な会合だと。次にくだらない事を仰るのであれば、席を外させていただきます。」

「ほんっま頭固いなぁお前は・・・と。頭が固くていらっしゃるな、鶯殿は。」

「・・・・お褒め頂き光栄です。」


3人だけの空間が、一気に張り詰める。

現在3人の当主達がいるのは、六角神本家である。広い庭と家屋のとある一室に、3人は集められていた。

広い和室の真ん中に鎮座するのは、六角神雀。彼女から見て右隣には九神岳鵙、左隣には神八代鶯かみやしろうぐいすの姿がある。

正式な場、という事で、全員が着物を着ている。代々、御三家の会合は和装で行うと決められている為、普段は洋服の鵙や鶯もこの場は着物を着用する事にしている。


「って、こんな話しに来たんと違うって。そろそろ本題、入りましょか。」

「そうですわね。本来ならば、会合は3カ月に1度だけ。先月行ったばかりなのに、どうしてまた会合を?」

「嫌やなぁ雀殿。おわかりやろ?」

「あら、私が何か知っているとでも?」


そう言って雀は笑うが、これが本当に心から笑っていない事を鵙は分かっている。

ほんま、嫌な女やなと内心鵙は思いながら、こちらも笑いつつ話を進める。

ちらりと鶯を見れば、押し黙って目をつぶっている。普段の会合からこうなのだ。自分の意見はほとんど言わない、何か聞かれた時くらいしか、ほとんど口を開かないのだ。

だからいつも雀と鵙のやり取りになってしまう。神八代の話題となっても、その話は関係の無い六角神がしゃしゃり出てくるのだ。その原因を、鵙は理解していた。


「なあ、鶯殿。婚約者である貴殿は知ってるんやろ?何せ、婚約者の事やしなぁ。」

「・・・。」


そう、六角神雀と神八代鶯は婚約関係を結んでいる。それもつい最近のことだ。

元々鶯は当主になった時に大問題にぶち当たり、それを助けたのが雀だった。それをきっかけに2人の仲は発展し、時には鵙抜きで話し合いをしていると聞く。

助けてもらって以来、鶯は何かあるたびに雀を頼る。雀も喜んで鶯を手助けする。実質、神八代は六角神のおかげで現状維持できている様なものだった。

だが、その裏に何かあると鵙は踏んでいる。あの雀が、六角神が、無償で手助けをする?そんなことは絶対ない、と言い切れる自信が鵙にはあった。

六角神は神八代を味方に引き込んで、九神岳を潰す気だ。邪魔ものが消えれば、後を牛耳るのは六角神雀だろう。

そうして、神八代を利用して、よからぬ事をする気なのだ。

それをさせない為に、鵙は2人を呼び掛け、今日会合をする事になったのだ。


「答えへんのか?え、まさか婚約者殿ともあろうお方が、相手の事を何一つ知らんのか?それは無いやろ、なあ鶯殿。」


たたみかけるようにそう言う。鵙も我ながら意地悪な言い方だとは思ってはいたが、やむを得ない。

鶯の性格は知っている。彼は単純なところがあるし怒りやすい、それに少なからずとも雀に対しては好意を抱いている。そこをつけば、流石の鶯も黙るのを止めて、反撃をするだろうと呼んでいた。

だが、鶯は答えない。ちらりと横目で雀を見るだけだ。雀はその視線に気が付くと、「ふふ」と着物の袖で口元を隠しながら笑う。


「無理もありませんわ。私たちは婚約者といっても、そう頻繁にはお会いできませんし。鶯殿もお仕事が忙しいのです。お仕事の邪魔をしてまで会いたいと言うほど、私我儘ではありませんわ。」

「はーん・・・つい先週も会っとったみたいやけど、それは頻繁にはならんのかいな。」

「先週・・・?生憎、覚えがありませんわ。私もしっかりしないといけませんね。つい、物忘れが激しくて。」

「・・・くだらん前置き止めとこか。お前には直球で言った方がよさそうや。」

「あら、何でしょう?」

「天ケあまがはらカンパニーの件、人身売買について。じっくり聞かせてもらおか。」


張り詰めていた空気が、更に強くなった。相変わらず雀は微笑んではいるが、目の向こうは笑っていない。鶯も、分かりやすく身体を強張らせている。重い沈黙。最初に口を開いたのは、雀だった。


「・・・確かに、天ケ原は私の傘下にあります。」

「お、認めるんや。」

「ええ、ですが。私、あの騒動を知ったのは生憎と新聞ですの。天ケ原のした事は許されない事です。私も、自分の傘下に入っているのに気が付けなかったなんて・・・。当主失格ですわ。」

「・・・それはつまり、『自分は関係ない』って言いたいんか?」

「関係ないとは言っておりません。もう少し早く私が気が付いていれば、このような事態防げたのに。残念ですわ。」


眉を下げてさも困ったかのように雀は言うが、鵙は分かっている。この言葉の意味は、「六角神当主がしっかりと天ケ原を見ていればこんなことにはならなかった。つまりは、天ケ原が勝手にやったことで、六角神は何にも関わっていない。」と言っていることに変わりなかった。

普通の人間が見れば、まだ18歳の少女だし、目が行き届かないのも仕方が無いと思うだろう。

だが、鵙にはそう思えない。これが演技で、上っ面で言っているということは分かりきっていた。


「あれー、おかしいなー?俺の知り合いの証言によれば、なんか雀殿のとこの部下が来てたっちゅう話やねんけど。それも、目撃者は多数。これ、どういう意味でっしゃろ?」

「・・・鵙殿は、私が本当は知っているのに嘘をついていると思っていらっしゃって?」

「じゃなきゃ会合なんか開かんわ。んで、実際のとこどうなん?別に言ってもええと思うでー。人身売買の子供は自分らで用意したとか、天ケ原にぜーんぶ罪着せて自分は知らんぷり決めこんどるとかなぁ。」

「・・・・いい加減にしないか、鵙殿!」


予想通り、雀を詰問していると、まるで自分が言われたかのように鶯が激昂した。鶯は立ち上がり肩を震わせ、その目は鵙をきつく睨みつけている。

かかった、と言わんばかりに鵙は今度は鶯へと標的を変える。


「なんや、鶯殿。事実やで、これぜーんぶ。信頼なる情報屋からの提供や、嘘はあらへん。」

「それは、貴殿の信頼だけでしょう!?最初から雀殿を疑ってかかって・・・!」

「お前はほんま人を疑わんなぁ。けどな、いくら婚約者だからってそこまで庇わんでも・・・。」

「鶯殿、落ち着いてくださいまし。」


2人が言い争いになっている所に、静かに声が落とされた。雀からは笑みが消えている。鶯は言い足りなそうな顔をしていたが、やがて大人しく座る。おそらくこのまま続いて入れば、鶯がうっかり口を滑らせてしまうだろう。それを恐れて、雀は鶯を制したのだ。

ちっ、と鵙は心の中で舌打ちする。もう少し囃したてれば、鶯がぼろを出していた筈なのにと。


「鵙殿も、私を詰問するのはよろしいですが、関係の無い鶯殿は巻き込まないでくださいまし。」

「関係無いとは、酷い言い種やな。」

「さて。ご質問にお答えしますわ。この件、私も鶯殿も一切関わり合いがありません。断言します。私の部下を見た、と仰いましたが・・・証拠はありますの?」

「証拠?ああ、会場のカメラにばっちり映っとったで。」

「そうですか。ではこうも申し上げます。私、その日は鶯殿とお会いしてましたの。そして、私は自分の部下の行動を全て把握している訳ではありません。おそらく、勝手に会場へ行ったのでは?」

「・・・・鶯殿?」

「・・・・ええ、その通りです。夕方の6時から3時間、料亭花白で食事とお話を。その時、確か部下の生栁殿と、死吊殿がいらっしゃったかと。・・・誰かと連絡を取り合ったりとかはありませんでしたよ。」

「・・・・は?じゃあ、さっき何で言わんかったん?」

「言えば鵙殿がまた意地悪をしてくると思ったので。とにかく、雀殿は自分と一緒でした。何なら、料亭に確認していただいてもよろしいですよ。その時の領収書もありますし、贔屓にしている店なので、女将が証言してくれるでしょう。」


鶯の発言は、嘘には聞こえなかった。だが、鶯は言ったのだ。「生栁殿が一緒だった」と。

燕に見せてもらった映像は、確かにちゃんと生栁は映っていた。あの時、カメラは一気に壊されたので、隼と戦っている生栁の姿は捉えられてはいないが、会場に入る所の映像はまだ残っていた。燕にも確認してもらったが、あれは間違いなく生栁だった。

生栁双子説が一瞬頭をよぎったが、それは無いと断言できる。ならば、鶯が嘘をついている事になる。


「・・・・その時の映像とかないんか?」

「鶯殿、あのお店って防犯カメラはありましたかしら?」

「ええ、入口と廊下にそれぞれ。確か、鵙殿の知り合いにいい腕のハッカーがいたでしょう?確認してみては如何ですか?」

「・・・・それで無実証明ってとこか?流石にそれにのるほど、馬鹿じゃないで。認めろや、六角神雀。お前がこの件に全て関わっている事を、いい加減認めろや。」

「私は何も存じ上げません。・・・今日の会合はこれくらいでよろしいかしら?鵙殿は、お仕事が出来たみたいなので、この辺りで切り上げた方がよろしいのでは?」

「・・・・。」


このまま問い詰めたところで、雀は何も知らないの一点張りだろう。やはり侮れない女やな、と鵙は内心で毒づいた。

あのままうまくいっていれば、ぼろは出ていたかもしれない。だが、雀はそれを止めた。作戦失敗である。

諦めがついたのか、鵙は立ち上がる。2人は座ったままだった。


「なら、帰るわ。忙しい中呼び出してすまんかったなぁ。ほな、また近いうちに。」

「来年、の間違いでは?」

「んな長い事待っとれんわ。今日中に、お前のぼろを出したる。」


そう言って、ふすまをあけて廊下へと出る。鵙の所と違って、廊下は暖かい。そのまま、叩きつけるようにふすまを閉めてやった。玄関まで向かうと、そこには男が一人立っていた。


「お、ほむら。」

「・・・・どーも。」


立っていたのは、鵙もよく知っている男だった。真愚鍋焔まぐなべほむら、神八代鶯の部下である。

代々真愚鍋家は神八代に仕えることになっており、その中でも焔は当主の側近という立場だ。会合の時もだが、常日頃から鶯の傍を片時も離れない。しかし今回は当主のみの話し合いということなので、中の話も聞こえないよう玄関で待機させていたのだ。


「相変わらず気だるそーな顔してんな。やる気みせぇや、やる気。」

「生憎と主意外にやる気出す相手いないんで。」

「・・・お前といいあいつといい、最近の部下はご主人様にべったりやな。」

「そりゃあもう。俺は可愛いわんこなので。一生ご主人様についていきますよ。わん。」

「お前どっちかっつーと大型犬やろ。んな可愛らしないわ。」

「つーか、俺に構ってないでとっとと行ったらどうです?車、待ってますけど。」


焔が見る先には、鵙の部下が運転する黒塗りの車が待っていた。あまり待たせるのも悪いか、と鵙は焔に軽く挨拶をし、車へと向かう。焔はまた壁に背中を預けるように立って主の鶯の帰りを待っていた。

と、鵙は進む足を止め、焔の方へと振り返る。焔はその視線に気が付くと、姿勢はそのままに聞く。


「まだ何か用すか?」

「止めんのか?」


その一言は、周りの人からすれば何の事かと思うだろう。だが、焔はその意図を理解していた。

本当にこのままでいいのか。神八代と六角神が結婚しても良いのか。このまま一生六角神に金魚のフンのようについていくのか。鵙のたった一言には、これだけの意味合いが詰まっていた。

焔は一瞬考えるように腕を組んで、直ぐに外す。


「俺は鶯様についてくだけっすよ。主なんで。」

「・・お前が止めたんなら、鶯も考え直すと思うけどな。」

「主が決めた事に逆らう気さらさらないんで。俺はただ、主に害なす敵を排除するだけです。」

「尊敬する忠誠心やな。」

「勿論、あんたが敵になったら排除します。なんで、よろしく。」

「・・・・上等や。ま、成るべく敵にならんことを祈っとく。」


今度こそ別れを告げ、車に乗り込む。車の中で鵙は携帯を取り出し、ある場所へと連絡をする。


「あ、もしもし俺やけど。・・・いや、オレオレ詐欺違うって。つーか分かるやろ。いやいやいや電話切らんとって!ったくお前は冗談通じひんやっちゃなー・・・。ん?用件?あー、ちょっとハッキングしてほしい場所あんねん。料亭やねんけどな、そこの監視カメラの映像ちょっと見てくれへん?俺はちょっと用事あるから行くの遅れるけど、調べといて。報酬?望む金額払ったるわ。ん、んー。じゃ、頼むで。」


通話を止める。鵙は運転手に行き先を告げると、柔らかい座席に寝転んだ。特別発注で頼んだ車なので、窓は防弾ガラス、中の座席は全てアルパカの毛で作ったシートを付けている。ふわふわと気持ちいい椅子が、眠気を誘う。

だが、鵙は寝ない。これからどうするか、作戦を考える事にした。


「・・・動き出すんも時間の問題か。あー・・・めんど。なー表裏ひょうりぃー、俺頑張るん疲れたんやけど。」


鵙は隣に座っていた女性、表裏に話しかける。表裏は持っていた資料を読みながら、鵙に答える。


「普段頑張っていらっしゃらないのだから、これくらいは頑張ってください。」

「いーやーやー。俺こんな頑張るキャラちゃうもん。」

「いい年こいて『もん』だの止めてください。」

「表裏が冷たい・・・。ちょっと運転席の天地てんちと交代してや。」

「天地も同じ意見だと思いますが。それより、きちんと考えてください。」

「あー・・・。一先ずは出方を見る。恐らくお姫さんはまた仕掛けてくる筈や。今度はどうくるかわからんけど、とりあえずAMCに連絡はしといた方がええかもなー。」

「ではそのように。」

「梟には勝手に知られるやろ。それより問題は・・・神八代や。焔にも忠告はしたけど、やっぱ鶯が変わらんことには攻略しようがないって。けど、俺嫌われてるしなー。」

「それは鵙様が嫌われる事をしているからだと思いますが。」

「知ってる、自覚あんねん。そうなると・・・AMCにどうにかしてもらうしかないんやけど。けど、まあ、無理やろな。」

「無理でしょう。AMCに彼がいる限りは、絶対あり得ません。」

「そやな・・・。あー・・・もうどないしよ。」

「一先ずは、目的地である花白料亭で女将の話を聞く事が最優先事項かと。」

「りょーかい。着いたら起こして、一旦寝るわ。考えすぎて頭痛なってきた。」

「分かりました。」

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