第六話
私は昼間のやり取りを思い出し、大きく溜め息をついた。
「おい、溜め息なんかついてないで早く行けよ」
後ろにいる司が声をかけてくる。
「じゃああんたが先に行けばいいでしょ」
いちいち振り返るのも面倒なので壁を見ながら応じる(出るときも入るときと同じように魔力を注ぎ込むのだ)。
「お前にみたいなヘボが部屋から出られなくなったときにフォローすんの俺なんだよ。いいから早く行けよ」
いかにも面倒だというオーラが出ている司をまだまだ下っ端なのかと勝手に解釈した私は、壁に手を押し当て魔力を注ぎ込んだ。
結局部屋を出るまで振り返らなかった私には、司がどんな表情をしていたのかを知る術はなかった。
***
「さあ着いたよ」
ここまで無言でついてきた私はついたという言葉に疑問を感じた。
なぜならそこは、生徒会室のように特殊な壁ではなく正真正銘ただの壁に囲まれた行き止まりだったからである。
「先輩……ここは……?」
上目遣いで架院先輩を見ると考えを察したらしく、
「そういえば結界のことは話していなかったね」
と、説明をはじめてくれた。
「いくら学校とは言っても、悪い生徒や先生がいることは生徒会の制度を見ても分かるよね? それにダイヤモンドの存在自体が国の最高機密事項。簡単に保管部屋に人を入れることは出来ないんだ」
架院先輩のしゃべり方は人を落ち着かせる効果があるらしく、私は自分の心が静まっていくのを感じていた。
「だから代々、青嵐の生徒会長が部屋に結界を張り、ダイヤモンドを守る役目を負っているってわけ」
「結界――って結界魔法の事ですか!?」
が、心が静まっていたのは少しの時間だけだったらしい。
「その通りだよ。でも……どうしてそんなに驚いているんだい?」
「は?」
架院先輩は怪訝そうな顔を見せる。もしかしたらとメンバーを見ると架院先輩と同じ顔を全員がしている。
怪訝な顔をしたいのはこっちだ。何せ結界魔法は、無数にある魔法の中で一位二位を競う習得の難しさなのである。
いくら架院先輩が優秀なS級魔導師だとしても、さらっと言えるレベルの魔法ではない。
私が目をパチクリさせていると、
「詩音ちゃん、勘違いしてるようだから言うとくけどな」
腕を組んでいる要先輩が何かを言い出した。
「生徒会長だから魔法が使えるんやないで」
「?」
しかし何を言っているのか分からず首をかしげると、
「結界魔法が使えるから生徒会長になるねん」
それで私にも言っていることが分かった。
「ちょっと、待って下さい。じゃあもし結界魔法を使える人材がなかったらどうするんですか? 早々都合良く天才が現れるわけじゃないですよね?」
分かったが納得が出来ない。
要先輩の言っていることが本当だとしたら確実に生徒会長の席が空いている状態が出来てしまうのではないか?
「九条、毎年留年する奴が一人や二人いるだろう。お前が言っている事が起こったときは生徒会長も留年するんだ」
私の質問に梓先輩が手を腰に当て、左に体重を傾けつつ答えた。
「生徒会長が、留年!?」
「そうだ。通常の学校では有り得ないことが起こるのがこの青嵐学園だ。生徒会に所属している以上、そのくらいは覚悟しておいた方が身のためだぞ」
私は改めて生徒会執行部の厳しさを知ることになった。まさか生徒会長にそんな重い責任があったとは……
などと考えていると、
「心配しなくてもお前は生徒会長にはなんねぇよ」
司が横から口を出してきた。小馬鹿にしたようなその言い方が頭にくる。
「何よ。もしかしたらなれるかもしれないじゃない」
私は司を睨みつける。どうしても私が生徒会長になれないと決めつけるのか。すると、
「お前は生徒会長にはならない」
「え?」
司はさっきとは全く別の声色でそう言った。しかし私が驚いたのはそこではない。
「司、どうして――」
「はいはい、雑談はそこまで。詩音も結界が理解出来たみたいだし、次の段階にいくよ」
架院先輩が私の言葉を遮るように言った。
気を取り直して集中しようと架院先輩の方を見るが、司に言おうとしたことが頭から消えない。
司、どうして――
――どうしてそんなに泣きそうな顔をしているの?