無宗教
朔の日が近付くにつれて孤独地獄の餓鬼どもが奈落の底から悲鳴をあげる。
幻声ざざめく歯車の世の中、ぼんやりとした不安を帯びたたったひとつの河童が死んだ。
母の乳を凋落せしめんとす無辺の闇は水槽に似ている防衛的幻声の色で落ちる。
飛散する凝血こそが我が乳房、髄液圧の象徴たる心情の焼き重ね。
「さらば!我々全教徒の手脚を貪る他界王よ。僭称すべき犠となって鬱ぎこめ。」
「さらば!我々全教徒の完膚無き咀嚼音よ。陽炎の心臓を犯意の庖丁で剔出せよ。」
「さらば!我々全教徒の魚臭の染みた甲殻類よ。間断なく茫乎とした沼地で捧げよ。」
赫蜘蛛の群れが一颯と草を薙いで、連綿と続く鳥黐の草原が旺に萌えた。
「さらば!我々全教徒の携える堆積岩よ。その黒瞳から永遠の睡眠を吐逆せよ。」
「さらば!我々全教徒の欣然と哄笑う犬畜生よ。水母じみた亜硫酸を塗りたくった忘恩を隠せ。」
「さらば!我々全教徒の重く肥った薄ら暗い全暗黒よ。可死的非在なる亡霊を永劫に拾いたまえ。」
砂の意識は空漠なりて、もの問いたげな真空の拡がり。遁れる黙想の尖に見うる茶黄色い芒の群れだ。
屑菓子をちぎりながら頬張り喰らう両の口から廃棄されるは胎盤の絆、終焉のさてはて。
一層凄愴の度合いを嵩ねて天へ高める聖なる音域と愛狂いの欠片を波及させたるは干潟の泥海。
凡て煩悩的な獨りぼっちよ。鳥渡善さげな、けれど不細工な頬笑みをくれないか。
「さらば!我々全教徒の口走った葛藤の芽よ。冥々として水鶏に譬える神経叢を断ち切れ。」
「さらば!我々全教徒の臆面もない深甚な恐怖感よ。子宮の王国に至る道上で偽悪を司る天使に審かれよ。」
「さらば!我々全教徒の夕嵐分娩なさる偉大なる太母よ。硬脳膜の千切れて賛美者の面前で崩折れよ。」
黝んだ煉瓦屋根のひとつ家、その中反響するは可愛そうな毒の飲み物、蟲の杯。
聖球体の胚芽状態はますます順調、破滅ヶ丘に佇む一本の羅列神の大痣。鳳凰の牙。
薄れていった月の魔法は少年の窒息感情を各々の夕暮れに意識を飲んで記憶づかせていく。
見当らない菩薩驟雨、そこ果敢となく丸い地球は淑やかさを孕んで湖水の底に沈んでいくにちがいない。
「さらば!我々全教徒の怠惰に鎔けた迷彩色の無愛想よ。其は遠い景色に揺らめいた蜜柑の幾筋の馨りであった。」
「さらば!我々全教徒の虚構に啼いた現実の夢よ。深遠たる暗澹に失神する活字に及ばない。」
「さらば!我々全教徒の一片の詩を認めた羊皮紙よ。その厖大にして孤高の知識を瓦礫図書館に注いでくれたまえ。」
乾ききった仙人草の食い込む荊。これはまさに神経症じみた抜け殻の涯。再び辿ることはできるだろうか。
嗚呼。空に耀く口移しの蠍火たちが蚯蚓が這った万能快楽の輪郭をぼかしていく。
其処に凛然と燃ゆるは皎い輪廻転生の塊り。真事方舟に載れない亡びた尸だ。
冠から死の呪いを抓み出せば紡錘形の高圧鉄塔の天辺から昏がる処女が身を投げた。
脂肪の袋がひとつ墜ちていた。墜ちていた。そこにあるのは画鋲の如き意識のせりあがり。夭い文字霊。
黎く膿んだ戯詩がどこからともなく湧き出して空を幾瞬見上げれば一匹の悪魔の顔が。
「さらば!我々全教徒の白装飾たる神々しき恋心よ。嘘を吐く慈愛の界いを黙して迎合せよ。」
山峡から流るる颶風、魍魎、狐狢狸の囃子、そして犯し合う恋人たちの覚束ない交媾。
死に至る血腥い顛落の結果、ただ一つの神様が幾雫かの蚯蚓酒を撒いた。
そう。そうして我々の世界が開闢したのだ。拓かれた大地と日華は縛めもなく出来上がった。
布かれた胤の真実なる壮大さよ。山襞の合間から今すぐにでも薄長い翳が曳いている。
これから三足動物が創造されるのだ!砂利を含んだ拙い嚢。空恐ろしい天国の始まりだ。