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連作<Counsellor K>【症例1】

作者: 北川 圭

<症例 1>


#1


駅前というのに人通りも少ない場所に、そのオフィスビルはあった。クリーム色の外観はまだ新しく、出入りする人々もまた、洗練された雰囲気を醸し出していた。

その二階の隅に、ひっそりとプレートが掛けられている。


『カウンセリングルームK  室長 片倉恭介』


まずはその看板をクリーニングダストで一撫でしてから、アリサはドアを開けた。

室内に流れるは、美しい旋律のバロック音楽。窓辺には華やいだ色を添える鉢植え。白を基調としたルーム内は、一見、本格的なカウンセリングルームに見えなくもなかった。


……せめて、もうちょっと先生がなあ……


アリサは自分の定位置である受付の椅子に座り込むと、頬杖をついた。

プレートだってホームセンターで私が買ってきて手作りよ、手作り!

BGMは、どっかのスーパーで安売りしてた『これであなたもクラシック通 vol.2』とかだし、鉢植えはこの私が球根から育てたんですからね!!

文句を言おうにも、当の本人である室長は未だ出勤してくる気配もなかった。

室長と言っても、担当カウンセラーは唯一人。そう、片倉恭介しかいない。

転職先を間違えたか。アリサはここへ勤めだして何度目かの後悔で、胸をいっぱいにしていた。


がちゃり。

ドアがのろのろと開き、物憂そうな長身の男が入ってくる。

ぼさぼさの髪に白衣を羽織り、その下はよれよれのデニムにかかとを踏みつけたスニーカー。彼は頭をかきむしりながら大あくびをした。


「おっはよう。いつも早いねえ、アリサさんは」


「先生が遅すぎるんです!!今何時だと思ってるんですか!?それに、言いましたよね私!?白衣のまま出勤するの止めてください!!」


だって、下に何着ようが全部隠れて楽なんだもん。

ずっと年下であろう事務員に対し、恭介はすねてみせた。もちろん大あくびも忘れずにだ。


「眠い、激しく眠い。寝ても許されるだろうか」


「そんなに遅くまで、まさかと思うけど仕事とか……勉強?」


だったらちょっとは見直してやろうかなと思ったアリサに、彼は顔を近づけた。

髪こそぼさぼさで、こまめにひげを剃るようなタイプでもないが、切れ長の澄んだ瞳は整った面立ちとあわさって、年頃の女性なら胸をときめかすかも……しれない。ひょっとしたら。


「いいことを教えてあげよう、アリサさん。世の中にはだな『モンスター・ハンター』という悪魔のゲームがあって、夜な夜な狩りをしなければ生きてゆけない者どもが……」


恭介に最後まで言わせず、アリサは近くのボードで思い切り頭をはたいた。


「いい加減にしてください、先生!!本当に大丈夫なんですか?このカウンセリングルームって。今月こそ、私はちゃんとお給料をいただけるんですよね?」


いやあのだからその。歯切れの悪い恭介に、アリサはさらに詰め寄る。


「いいですか!?このご時世に、医療事務の資格を持ってて電話対応もそつなくこなし、雑務一切をイヤな顔一つせずすべてやれる若くてキュートな事務員なんて、滅多に雇えませんよ!!特にここみたいに沈みかけじゃなくて沈みきったクリニックなんて!!」


若くてキュートって、そりゃ容姿は採用時の最大条件だったけどさ。母集団ってものを考慮に入れないとねえ。口の中でぶつぶつ言う恭介に、もう一度ボードが振り下ろされる。


「見てください、このスケジュール表!!大学四年生の時間割ですか?空きコマばっかりでちっともクライアントが入ってないじゃないですか!?とうとう出入りのMRさんは営業にも来なくなっちゃったし、おかげで今年のカレンダーもらえなかったんですよ!?提携先の調剤薬局だって、来月には契約を打ち切らせてもらいたいって、最後通牒突きつけられてるんですからね!聞いてるんですか!?片倉室長!!」


アリサの声と反比例するかのように高い背をちぢこませて首をすくめていた恭介は、そうだ!と叫んだ。


「こう見えてもだよ、アリサさん。僕だって営業努力くらいしたんだ。そうだった、忘れてた。ちゃんと考えているんだよ、大事な社員である君の待遇も向上していかなくてはとね」


熱意を込めて語る恭介を、アリサは冷ややかに見据える。


「もう、人を信じる心は大事だよ?僕は正月早々、名刺交換会なんてものまで出席して、宣伝広報活動をしてきたんだから」


「名刺、って。そこにあるプリンターでちまちまと私が作ったヤツですか?」


アリサの声に温かさは戻りそうもない。恭介はあわてて付け加えた。


「あ、でもね。そこですんごいおもしろいカウンセラーに会ったんだ。羽織袴でさ、立派なひげなんか生やして。おもしろそうだったから名刺渡したんだ。ついでに流派は何ですかって訊いたらさ……」


もったいぶって恭介はそこで言葉を切った。悔しいけれど話術でかなうはずもない。相手は専門家だ。ついついアリサは身を乗り出した。


「『私は眉毛カウンセラーだ。眉の形を見ればその人の心などお見通しだ』だってさ!!おっかしいだろ?」


自分の言葉に身を折って笑う恭介に、聞くんじゃなかったとアリサは後悔した。ホントにこの雇い主と来たら……。


「本当なんだってば。どなたに師事されたのですかって訊いたんだ。そしたら眉毛親父は『大山東雲先生だ』って言うんだよね。誰それって訊けないから、寡聞にして存じ上げませんがどちらの大学の……って言いかけたら、『人の心を救うのに学問など要らん!!』って怒り出しちゃってさあ」


それじゃ顔つなぎにならないじゃん。はあと大きなため息をつくアリサに、だって眉毛だよ?眉毛、と恭介は笑い続けた。



「それで?眉毛カウンセリングの予約状況はどうなんですか!?」


途端にばつの悪そうな顔をした恭介は、ぼそっと……三ヶ月待ちだって……と呟いた。

アリサの顔がみるみる怒りで赤くなる。


「眉毛だろうが尻毛だろうが!!それほどの人たちを救っているだけ先生より立派です!!」


……そんな、アリサさん。そういうのパワーハラスメントって言うんだよ……僕、診断書を自分で書いて労災に出そうかなあ。


もちろん恭介のこの言葉は、火に油を注ぐだけだった。



二人でギャアギャアもみ合っているそのとき、カウンセリングルームのドアが音を立ててゆっくり開いた。

思わず二人がそちらを見ると、そこには清楚な女性が驚いた顔で立ちすくんでいた。


「あ、あ……えっと、『カウンセリングルームK』へようこそ!お一人様ですか?」


狼狽して思わずそう口走った恭介に、「おのれはファミレスのバイトか!?」とアリサは蹴りを入れた。


あっけにとられていた女性は、それでも意を決したように口を開いた。


「あの、予約がないとダメです……よね?」


おずおずと言う彼女に恭介が「もう全然っ、がら空きっすから」と言いかける。その口をふさいでおいて、アリサはにっこりと微笑みかけた。


「お客様!?本当に運の良い方でらっしゃいますねえ。たった今!ちょうどキャンセルが出まして。これからすぐにでもカウンセリングが行えますよ」


客である彼女が目を見開く。すぐに見ていただけるんですか?と。


「でも、お高いんでしょうね……。持ち合わせがあまりなくて」


受付の定位置に座り、すっかり仕事モードに入ったアリサは、保険証はお持ちですか?と優しくたずねた。


「持ってますけど、あの、どうして保険証が?」


「あー、うちの先生はですね、こんななりはしていますけれども医師免許を持っているんですよ。いっちょまえに」


いっちょまえは余分だ。小声で文句を言ってから、今度は恭介が彼女に話しかける。



「ここで行われるカウンセリング、つまり精神療法は医療行為です。医師または医師の処方により臨床心理士が協同で行う精神療法は保険適用なんです。ですから普通の内科に掛かるのと料金は変わりませんよ」


ここぞと言うときに見せる、恭介の知的ぶった微笑み。これで騙されるんだよなあ……アリサは心の中で毒づいた。


「でも、他のカウンセラーさんのところでは一時間一万円とか一万五千円とか言われて、私とてもそんなに払えなくて」


大丈夫、ご安心ください。恭介はゆっくり頷いた。ほっとしたように彼女は勧められた椅子に座る。

アリサが差し出した初診票に書き込むペンの音だけが、カウンセリングルームKの室内に響き渡った。


#2


クライアントが部屋に入っていくのを見送ってから、アリサはいつものごとく頬杖をついた。


先ほどの初診票は恭介に渡したけれど、必要事項はメモってある。転院前のかかりつけは『山田メンタルクリニック』かあ、あそこの院長って性格悪いんだよなあ。

ここ、『カウンセリングルームK』は…実はれっきとした精神科のクリニックだ。全くの初診患者は受け入れず、他の医院で精神療法の方が効果的であると診断された患者だけが紹介されてくる。


こう書けば聞こえは良いが、要は他のセンセイがさじを投げた患者さんばかりというわけだ。

投薬治療の限界、もしくはあまりにそりが合わない。理由はさまざまである。大抵はきちんと紹介状を持って予約を入れてくる場合が殆どだけれど、山クリに限っては飛び込みも珍しくない。


……たぶんまた、あの院長と揉めたんだろうなあ……


山クリの院長は恭介の大先輩らしい。らしいけれども恭介に負けず劣らず……変わっている。

相性が合えば「神」のように崇められ、いったんこじれるとボロかすに言われまくる。

できれば関わりになりたくないのになあ。


心と裏腹にアリサの手はてきぱきと書類を作り始めていた。


恭介には何度か言ったことがある。


「どうしてまともな精神科なり、心療内科なりの看板を出さないんですか?」と。


待合室に人が混むのを見るのは嫌いなんだよねえ。

オニのように忙しい他のクリニックからしたら、頭が煮えかえるほどのことを恭介は涼しい顔で言い放った。


「だったら!!保険なんか使うの止めて自由診療にすればいいじゃないですか!?医師であり、カウンセラーでもあったら、一時間に二万出しても診てもらいたいってお客さんも来ますよ?ちゃんと看板も広告もばんばん出して!!」


ネット広告どころか、このビルの外壁にさえ看板一つ掲げていない。電話帳にももちろん載せていない。口コミで偶然知ったという希望者も、言葉は丁寧だがあっさり断ってしまう。


アリサは、内心ではこの変わり者すぎるカウンセラーの腕を認めていた。それはそうだ。どの患者も、来たときと帰るときの表情が違いすぎるから。

彼だとてその昔は、総合病院の精神科に専門医として勤務していたと聞く。

恭介さえその気になれば、良質で金回りのよい顧客くらいすぐ付きそうなものなのに。


しかし、彼はいつものようにだらけた白衣のボタンを留めもせず、鉢植えに視線を向けて呟いた。


「……税金で人の命が助かれば安いもんじゃない……」


その声があまりに寂しげで、さすがのアリサも何も言えなくなってしまった。

彼が直後に「あ!そんなことより大事なことがあるんだけど!今日は早じまいして早退してもいいかなあ。優木まみちゃんの番組、どうしてもリアルタイムで見たいんだよねえ」と浮かれた声を出したときには、もちろんはり倒したが。


……何考えてるんだろう、うちの先生は……


まあ、終わったら美味しいコーヒーでも出してやるとするか。アリサの手は作業のピッチを上げていた。




実際にカウンセリングを行うのは、小さな窓にブラインドが掛けられている採光の良い部屋だ。ここをとりあえずセッション・ルームと呼んでいる。

恭介に案内されて足を踏み入れた新患のクライアントは、病院やクリニックとは違う内装に少々たじろいだ。

小さなテーブルには、これもまたアリサの心づくしの鉢植え。テーブルクロスは百均で。しかしとてもメモすら取れる状態ではない。目立つのは大きなデジタルの置き時計くらいか。


ゆったりとした革張り風の椅子に彼女を座らせて、恭介は小さいパイプ椅子へと腰掛けた。待遇改善を申し入れてはいるが、常にアリサから却下され、しぶしぶ使い続けている彼専用のスチールチェア。


「あ、あの……いいんですか?私がこちらに座ってしまって」


やはり他の患者と同じように、彼女はオドオドとした表情を浮かべた。


「いいんですよ、気になさらないでください。お客様の方が大切にされるべきです。どうかゆったりとお座りください」


恭介は行儀悪くテーブルに肘をつくと、長く細い指を組んで彼女を見つめる。とびっきりの笑顔も、しかし今日は不発に終わりそうだった。


彼女は目も合わせることなく、下を向き続けていた。伏せ気味のまぶたが艶っぽい。髪は綺麗に巻いてあり、化粧も品がある。服装からすればどこにでもいる都会のOLといったところか。

さっき眺めた書類では、<佐伯ゆかり・未婚>とあった。年齢は二十六。しかしもっと年上に見えるな。


恭介はわざとゆっくり話し出した。


「ここのことは、山田院長先生からお聞きになったのですか」


答えの代わりに彼女が頷く。紹介状がないから服薬状況がわからない。


「お薬は飲んでらっしゃるんですよね。急に止めるのは望ましくありませんから、とりあえず同じものを出したいのですが……」


あとどれくらいストックがあるかと訊くと、二週間分は残っているとか細い声で答えた。

こりゃ、山田センセをとっつかまえて頼み込むしかないな。心のつぶやきを面に出さず、恭介は「では次回までにこちらで用意しておきます」とだけ伝える。


不意に彼女が顔を上げた。それでも視線は合わない。合わせようとはしない。


「あの!!やっぱりあたしは山田先生に見捨てられたんですよね!?」


今までの中で最大の音量で叫ぶ彼女に、見てないとわかっていても精一杯微笑む。


「そんなことありませんよ。佐伯さんの場合は、おそらく時間を掛けてカウンセリングを受けた方が良いと判断されたのでしょう。山田先生は名医です。信頼できるお医者様ですからね」


「そうです!!名医です!!信頼できるんです!!……でもあたしは、もう来なくて良いと。今度から片倉ってとこへ行ってカウンセリングでも何でも受けろって。怒鳴られて。こんなところへ……」


もうすでに涙ぐみかけている。こんなところで悪かったな。恭介の顔も引きつりかける。


「見捨てられたんです、あたし。信じてたのに。もう治らないからって」


「佐伯さん」


今度ははっきりと彼女の名を呼ぶ。ゆかりの声も動きも一瞬止まる。

恭介の落ち着いた穏やかな声だけが、セッション・ルームに静かに流れた。


「医師は患者を見捨てません。カウンセラーもクライアントであるあなたを見捨てません。これだけははっきりと言えます。ただし……」


ただし……?ようやく彼女の目が恭介を捉えた。


「守っていただきたい約束があります。一つは、この時間はあなたのものです。あなたの治療のために保証されていますし、僕は全力でそれを支援します。しかし、時間が来たらカウンセリングは終わりです。それはご了承ください」


……あたしが…いつ…も…山田先生のところで…ずっとずっと泣いて…ばかり…いたから……


彼女の声が涙に重なって聞き取りづらい。


「ここでは、一時間ずっと、泣いてらっしゃってもかまいませんよ」


彼女がまた、すっと視線をそらす。皮肉られたとでも思ったのか表情が硬い。


「もう一つの大切な約束は」


恭介は言葉を切った。ゆかりが緊張で両手を握りしめる。


「死なないでください。これだけは必ず、どうしても守ってください」


彼女の身体が、少し震えた。

しばしの静寂。かすかに待合室のBGMが聞こえてくる。



恭介はふっと笑うと、いきなり背伸びをした。


「なあんて、僕なりにシリアス路線で行こうと思うんですけど、どうでしょうかねえ。似合いますかね」


「は、はあっ!?」


態度を豹変させたカウンセラーに、ゆかりは目を白黒させた。どう反応を返して良いかわからないようで、恭介の顔と床を交互に見つめる。


「いえね、いろいろこちらもコースを取りそろえてあるんですよ。松・竹・梅と。松はですね、ゆっくりじっくりシリアスコース。まあ時たまオプションで、和やかな談笑タイムとかも交えて。竹は、すいすいコース。談笑タイム抜きでお得感はありますが、せわしないかなあ。梅はえっと、ダイジェストコースで……」


言いかけた恭介をさえぎって、彼女は「竹でお願いします!」と叫んだ。

……何、この先生……。ほんの小さなつぶやきを聞き逃す恭介ではない。しかし、敢えて知らん顔をした。


「それでは改めまして、『カウンセリングルームK』へようこそ。室長の片倉恭介です」


彼はすました顔で、頭を下げた。


#3


珍しく硬い表情のままのクライアントが帰った後、恭介は大きくのびをしながら待合室に座り込んだ。


「あ”--------」


「先生。お疲れ様です」


普段どれだけこき下ろしておいているとは言え、一応上司であり雇い主だ。アリサはにっこりと淹れたてのコーヒーを差し出した。

しかし、恭介は心ここにあらずといった風で天井を見据えている。急に心配になって、彼女は手をひらひらとさせてみた。


「大丈夫ですか?センセ?ひさびさの新患さんで疲れ果てちゃったんじゃ……」


「ミルク入れといて」


もう入れてありますってば!アリサは憤慨して口を尖らせた。開設して以来の付き合いだというのに。恭介がブラックも飲めないお子ちゃまタイプなことくらい知っている。ミルクもポーション一個では全然足りない。


「某唐揚げチェーンは素晴らしいよなあ。ファスト・フードのくせしてミルクを二つもつけてくれる」


ケンチキを唐揚げって言うの、恭介センセくらいです。言いかけた言葉をアリサは飲み込んだ。まあいつもぶっ壊れてはいるが、恭介の様子があまりにも変に見えたから。


「そんなに大変な患者さんだったんですか?今の方」


「アリサさん、医師にもカウンセラーにも守秘義務ってものがあるんだよ」


確かにそうだ。一大決心で打ち明けた悩みを、病院のスタッフ同士でおもしろおかしく話されていたとしたら、二度と患者なんて来ないだろう。

さすがにおバカな恭介先生であっても、職業倫理は無意識に身についてしまっているものらしい。


いくら、相互カウンセリングを定期的に受けているからと言って、カウンセラーって大変だわといたく同情しようとしたアリサに、恭介は身を乗り出した。


「でもさ、アリサさんはまあここの大事かつ唯一の職員だし、ちょっと聞いてくれる?」


はあっ!?少しでも見直した己を悔いつつ、アリサは持っていたお盆で恭介を思いきりはたいた。



頭を抱え込んでいるのは難しかったであろう仕事のせいではなく、明らかにアリサの攻撃によるこぶのせいだと思われた。


「氷で冷やさなくて大丈夫だろうか。CT、いや大事を取ってMRIの検査をオーダーすべきか」


恭介は恨めしそうな表情でアリサを見上げ、一人ぶつぶつ言っていた。


「言いたいことがあるんなら!大きい声で言ってください!!もう、男らしくないんだから」


アリサの機嫌は直らない。次の予約は夕方だからしばらくここも静かなはずだ。今みたいに飛び込みの患者が来ない限り。


「……言ってもいいの?」


「どうぞ!!」


噛みつかんばかりに怒鳴る彼女に、叱られた子どものような視線を送りながら恭介は口を開いた。


「ペットロス、症候群らしいんだよね、彼女」


言いたいことってそっちかい。アリサは仕方なくきちんと椅子に座り直した。雑談と聞き流すより、スタッフとしてのケース会議だと思えば良心も痛むまい。


「ペットロスって、家族同様に可愛がっていた犬や猫を亡くして落ち込んでしまうんでしょう?お辛いでしょうね」


彼女も実家に置いてきた老犬に思いを馳せ、そう答えた。


「もう、一年も引きずっているらしいんだ」


可哀想に、よほど可愛がっていたんだわ。ずっと犬を飼い続けていた自分にも経験があるからアリサは切なくなった。

殆どの動物は短命で、いつか別れが来る。あんなにも可愛がって懐いて。それなのに自分は何一つできない。子どもの頃に感じた無力感と悲しみがよみがえりそうで、彼女はあわてて呼吸を整えた。


「そう、だね。よっぽど可愛がっていたんだろうね。金ちゃんを」


金ちゃんって言うんですか。男の子なのかな、ワンちゃんですか?しんみりと訊くアリサに、もっと沈痛な声で恭介は答えた。


「いや、オスかメスかは最後までわからなかったらしい。金魚だから」


「はっ!?」


「金魚だけに金ちゃん。安易な発想だけど、愛情込められた」


避ける間もなく、恭介の頭にはもう一つたんこぶが作られたのは言うまでもない。



「生き物の命に優劣はないんだよ!?」


情けなさそうに叫ぶ恭介に、ものの言い方を考えてください!!とアリサは怒鳴り返した。


「金魚だって立派なペットだ」


「それはそうですけど!!」


言ったら悪いですけど、彼女、変じゃない?喉元まで出かかっている言葉を押しとどめる。

それでもここでたくさんのクライアントと接してきた。今まで総合病院と近所の内科しか勤めたことのないアリサにとっては、驚かされることばかりだったが、心を病む人たちは人知れぬ多くの荷物を抱えているのだと気づき始めていたから。


「そうなんだよ。変なんだよ。アリサさんがたぶん心に思っているようにね」


まっすぐに恭介は彼女を見据えた。ぼさぼさの髪にくたびれた服。なのに瞳だけは純粋な。


「先生……」


「今の自分の状況がおかしいと、彼女は十分自覚している。それでも涙は止まらない。まあ山田先生のところにかかり始めたのは、金ちゃんを亡くすもっと前だったらしいんだけどさ」


よっぽど大事な思い出があったとか?彼氏が縁日で取ってくれたとか。

アリサの思いつきに、なあるほど!と恭介は大げさに感心した様子を見せた。


「それって、私を思いっきりバカにしてません?」


「いや!アリサさんに言われるまで気づかなかった。すごいねえ、君。女性の気持ちは女性でないとわからないのかなあ。僕の代わりにカウンセリングやるかい?」


もう一度アリサがお盆を振り上げるのを見て、恭介はすぐさま逃げ出した。



「お忙しいところ恐れ入ります。『カウンセリングルームK』の横峰と申します。いつも大変お世話になっております。今回こちらにお見えになった<佐伯ゆかり>様についてお伺いしたいのですがお時間の方は」


水を得た魚のようにアリサがてきぱきと問い合わせの電話を掛けるあいだ中、恭介は待合室に置いてあるぬいぐるみで遊んでいた。

両手を持って、盛んに動かしている。これで独り言を言うようになったら、逆に新患として山田クリニックに強制通院させてやる!あの院長に徹底的に鍛えられればいい!


子ども専門でもないのに、というアリサに「ちゃんと意味はあるんだよ。安い物でいいから買っておいて」と言ったのは恭介だ。

しかし今のところ、このぬいぐるみたちが活用されたところを見たことはない。


よくわかんない職場。一日のうちに何度思えばすむんだろう。アリサはあきらめの境地で、さくさくと仕事をこなしていた。


「片倉室長、山田先生がお話しくださるそうです」


精一杯よそ行きの声でアリサは受話器を渡した。名残惜しそうにぬいぐるみを離すと、恭介は「ご無沙汰しております」と、院長の山田に切り出した。


「彼女か。私の手には負えん、片倉が何とかしろ!!」


でかい院長の声がもれて聞こえる。恭介も思わず受話器を少しばかり離した。


「佐伯さんは山田先生をたいそう慕ってらっしゃいましたよ?信頼されてるのですねえ」


「慕われようが何しようが!一人あたま15分で何ができる!?彼女に一時間診察室を占拠されて、おかげでいつも待合室は大混雑だっ!!こっちにだってな、できることとできねえことがあるんだ!!」


大混雑……今となってはあこがれだわ。アリサはそっとため息をついた。

確かに予約制のクリニックならばあくせくせずに仕事ができるとは思ったけれど、ここまで暇だとは想定外だったからだ。

向こうの事務担当に聞き出した必要事項をこちらのパソコンに入力しようとしたアリサは、不意に訪れた沈黙に顔を上げた。


おちゃらけた恭介の顔が引き締まる。

聞くとはなしに聞こえてくる、電話越しの山田の言葉。


「彼女はな、金ちゃん可哀想と泣き続けて、自分の親の葬式にも出なかったんだ」


……よく診てやってくれ。


電話を切ってからもしばらく、カウンセリングルームには静寂だけが残されていた。


#4


佐伯ゆかりは律儀に二週間後に現れた。ドタキャンなどありふれている精神科系のクリニックだから、ましてあの頑なな表情だったからどうかなと、アリサは内心危ぶんでいたのだ。


門前の小僧とまでは行かなくとも、ここ「カウンセリングルームK」の受付に座っているだけで、かなりの人生経験が積めるような気がしてくるから不思議だ。

アリサはわざと事務的に診察カードを受け取り、待合室で待つよう彼女に伝えた。

そもそも完全予約制であり、その予約自体がろくに埋まっていないのに待ち時間も何もあったものではないのだが、何しろ相手はあの恭介なのだ。

静かにセラピー・ルーム脇の室長室をノックすると、のんびりとした返事が返ってきた。


「センセ!恭介センセ!!佐伯さんお待ちかねですよ!?」


あれ?まだあと三分あるんじゃないの?


恭介はのんびりと、水槽にエサをやっていた。アリサのわざとらしいため息。

もちろん、不安げに待っているゆかりに聞こえぬよう、ドアをしっかりと閉める。


「また妙きちりんなもの買ってきて!!経費じゃ落としませんからね!!何ですかその、えっとあの」


「ああこれ?」


小振りの水槽の中には緑色の藻が揺れていた。アリサにはそのワカメのような海草しか見えない。海草にエサをやる気なのか、この精神科の医師は。


「まだ子どものグッピーだよ。金魚を手に入れようと思ったんだけど、エサ金だと言われて何だか哀しくなってね」


エサ金?アリサが首をかしげる。


「大きな熱帯魚の中には小魚を食べるものもいるでしょう?そのためのエサなんだそうだよ」


食べられるために飼われて売られているんだ。それが自然の摂理とはいえ、切ないね。


しんみりとした口調の恭介に、だったら先生が一匹でも買ってあげれば少なくともその金魚は助かるのに、と言ってしまった。

一度アリサに視線を向けると、柔らかい目でどこにいるかもわからないグッピーを見やる。


「大勢のエサ金の中からたった一匹誰を助けるか、それを僕が選ぶの?そりゃまた……さらに切ない話だねえ」


優しいんだか優しくないんだか。アリサは恭介の言葉のあやに取り込まれないようにと、頭を振った。


「とにかく!さっさと仕事してください!!いいですね!?」


セラピー・ルームにお通ししますからね!!彼女はどう表現して良いのかわからぬ感情を振り切り、声を押し殺して怒鳴った。

廊下に出て大きなため息。うちのセンセは何考えてるんだか。

オドオドと顔を上げたゆかりと目が合ってしまい、アリサはあわててにっこりと笑った。



セラピー・ルームに入ったゆかりは、前回と同じように落ち着かない様子で視線を下に向けた。

見れば手にはハンカチが握りしめられ、目はすでに潤んでいる。

投薬継続のために型どおりの診察を終えると、恭介は改めて彼女に向き合った。

言葉少なに受け答えしていたゆかりを、静かに観察する。カウンセリングも精神科の診療も、大切なのは発せられた言葉だけではない。

ダブル・バインドという用語があるほど、人の言葉と態度には落差があるのだ。

そして言外に含まれる言葉にならぬ思いの方が、実は真実を語ることの方が多い。


「元気です」と、悲しげに言われたらどう思うだろうか。逆に「元気です」と元気いっぱいに言われても、心ここにあらずといったふうで目が泳いでいたら……。どちらがより、病理は深いだろうか。

彼ら専門家は、それらの兆候を見逃さない。

だからよほどのぼんくらでもない限り、たとえ三十分でも一時間でも患者が黙りこくろうが、精神状態は見て取れる。


……まあ、よほどのぼんくらが多いことが問題なんだけどねえ……


恭介は態度に表さぬよう、心の中だけで苦笑いした。

彼女の全体像を広角のレンズで見るように、ゆっくりと観察する。

ほんの僅かな違和感。前回と違う。恭介にはそれが何なのかは、今の段階では掴め得なかった。

身なりも態度も、生真面目なほどきちんとしているのに……やはり何か違う。

追求することを止め、そのことだけを頭にメモしておく。

もちろん、カウンセリングの最中に彼は記録などを一切取らない。その後の記録は義務づけられていることでもあり必須でもある。病院勤務の際はわずかな隙を見て、今は、のんびりと想起しつつ。


彼女が口を開くのをじっと待つ。

静かに泣いていた彼女が、とうとう沈黙にたまりかねてぽつりと言った。


「……やっぱり先生も、やっかいな患者だと思ってるんでしょうね。私のことを」


「やっかいな患者だとねえ。どうしてそう思われるのですか」


恭介は否定も肯定もしない。なぜならばカウンセラーは鏡だから。極端なことを言えば、カウンセリングを行う彼の感情も理屈も要らないのだ。

彼女はここに、有り難くもご高尚な説教を聞きに来ているのではない。

カウンセリングとはあくまでも、受ける本人の意志と意識が大切なのだから。

むやみやたらな共感が危険なのも、理由は同じだ。もし彼女が共感を欲していたとすれば、なぜ今、そうされたいのか。心の動きを丹念に探っていく必要がある。


「金ちゃんのこと、ずっと忘れられないのは……おかしいですよね」


「佐伯さん自身が、おかしいと思ってらっしゃるのですか」


ゆかりは、そこで黙りこくった。


恭介は敢えて視線を外し、自ら持ち込んだ水槽に目をやった。小さなグッピーが狭い場所で身をひるがえす。つられて彼女もそちらを見る。みるみる浮かぶ大粒の涙。


「無神経で申し訳ありません。片付けておくべきでしたね」


静かに恭介が呟く。今朝あわてて買ってきたとは言ってはいけない。別に誘導尋問をしたくて置いたわけでもない。このセラピー・ルームにも生命あるものがあれば、少しは気持ちも潤うかと思い立ったのだ。

じっと水槽を見つめていた彼女は、グッピーですか、と小さい声で問うた。


「ええ、グッチと名付けてみました。可愛いものですね」


魚の飼育には慣れていなくて。苦笑いの恭介に、手間は掛かりませんよとゆかりは応えた。


「佐伯さんは、よくお世話をされていたのでしょう?」


ゆかりはしばしの沈黙のあと、そっと首を横に振った。エサをやってたまに水替えをするくらいでした。簡単なんです。なのに。


「水槽のふたが外れていたのに気づかなかったんです。あんなに跳ぶとは思ってもみなくて。帰宅してみると金ちゃんは」


そこまで言うと彼女は泣き崩れた。


干からびてた?金魚の干物?

確かに悲しいことには違いないだろうが、目の前の彼女の反応とうまくかみ合わない。

生命としての重さは変わらない。確かにアリサにはそう言った。けれど例えば人は、自分を刺そうとした蚊を殺すことにためらいはしない。うっかり踏んでしまった蟻に、気づくものも少ない。

失ったのが犬ならばいいのか。猫ならば正常なのか。イルカはどうだ。鯨は食べてはいけないが、牛ならばいくらでも食べても良いのか。


どこまでが正常でどこからが異常な反応なのか。恭介には判断がつかなかった。

はっきりとわかることは、彼女はあきらかに自分の現状をもてあましているということ。


……思ったより長く掛かるのかも知れないなあ……


彼女の気が済むまで泣かせていたら、一時間はあっという間に過ぎた。

会計を済ませ、静かに出てゆく彼女の後ろ姿を見送ると、前回同様恭介は長いすに身体を投げ出した。


「はああああああああ」


珍しいですね、恭介センセもかなわない相手がいるなんて。どことなく、いやあからさまに嬉しそうにアリサは声を弾ませた。苦々しく彼女の方を見やると、恭介は「敗北宣言をした覚えはないけどねえ」と負け惜しみを言った。


「でも、今日の彼女は変ですよね」


小首をかしげるアリサに、目を見張る。


「君もそう思った?さすがだねえ。何か違和感があるんだ。金魚の金ちゃんで嘆き悲しむのはいいさ、もう慣れたよ。でも、何て言うかその」


「先生、気づかなかったんですか?」


逆にアリサは驚いた顔で恭介をまじまじと見た。あんなに変だったのに、と。

ぽかんと、室長であるカウンセラーは、一介の受付事務員を見つめ返した。


「僕に気づけなかったことで、アリサさんに気づけたこと?」


教えてくれないか!?意気込んで訊く恭介に、今の言い方むかついたんで絶対にイヤですと、アリサは舌を出した。


「ごめん。失礼な物言いだったら謝るよ。そうじゃなくて、きっと年齢の近い若い女性の立場じゃないとわからない何かが」


必死に弁明を始める恭介をさえぎるかのように、アリサはぴしっと言った。


「見ればわかるじゃないですか!?彼女、あれだけの完璧メークしてたくせに、眉を描いてなかったんですよ!あり得ますぅ!?」


「ま、眉……?」


恭介の脳裏に眉毛カウンセラー大山東雲の愛弟子の顔が浮かび上がり、いつも呑気な彼らしくもなく、その端正とも言えなくもない表情を引きつらせた。


#5


「いいかね、片倉くん。顔相学というものはだな、決してあやふやなまじないとは違うのだよ。当たらぬも八卦などではない、れっきとした統計学と言っていい。日本では古来より『観相学』と呼ばれてな、優れた学者が多く輩出した。もともと東洋では中国の現存する中国最古の医学書と呼ばれる『霊枢経』まで遡る。もちろん、人の顔に着目したのは西洋とて例外ではない。インドのアーリア文化に片鱗は見られるのだし、有名どころとしては例の、ほら、あれじゃよ、アリストテレスだ。かの賢人が古代西洋人相学の礎を築いたのだ。そう思えば、あながち驚くことでもなかろう。我が大山東雲先生の『眉毛カウンセリング』というのもな」


東雲の弟子を自称する大山西流は、アリサの心尽くしの緑茶をうまそうに飲み干した。

真っ昼間の待合室で、大の大人が三人額を付き合わせ、大まじめで眉毛カウンセリングについて語り合ってていいものなんだろうか。


……まあ、私はこんな手合いに引っかかるようなアホでもありませんけど……


すっかりアリサの中では、西流は自己啓発セミナーの教祖か寄付を募るエセ宗教家の扱いだった。

なのにうちのセンセと来たら、にこにこ愛想よく聞くだけじゃなくてそりゃもう興味津々って態度で聞き入っている。

全く、あれだけさんざん笑いこけてたくせに。

こうなったらいっそ、恭介も東雲に弟子入りして、免許皆伝でもしてもらえばいいのに。

少なくともこんな地味で実入りの少ないカウンセリング室よりは流行るだろう。アリサにだって自分の勤務先には愛着がある。少しでも予約が埋まり、もうちょっと人気が出ればと思わないこともない。

恭介先生だってそれなりに、いえかなり腕の立つカウンセラーには違いないのに。


悔しいから口には出さないけれど、アリサ自身も「カウンセリングルームK」を思う気持ちは一緒だった。



「非常に興味深いですねえ。それにさすが西流先生だ。お話がわかりやすく説得力がある」


まんざらお世辞ではなく本気で感心しているふうの恭介に、西流は破顔一笑した。


「して、大山流はなぜ眉に焦点を当てられたのでしょうねえ」


恭介が水を向けると、我が意を得たりと年配のカウンセラー(には違いない)は身を乗り出した。


「人の幸せは眉毛次第という言葉もあるほどでな。眉を見れば感情と現在の運気がわかる。そして一番大事なことはだ」


語気も荒く中途半端に言い切ると、今度はアリサがその辺のチェーン店で買ってきた団子にかぶりついた。この先生もまあ、いろいろと忙しい人だ。

口をもごもごとさせながらも、西流は手振りで何とか伝えようとする。大して長くもない腕がばたついているのを面白いなあとしばらく眺めてから、仕方なさそうにお茶をつぎ足してやった。


「これはこれは。やはり美しい女性に入れてもらう茶が一番うまいな」


そりゃあ、うちの受付嬢は美人過ぎる事務員として有名で。恭介の言葉に何か引っかかるものを感じたけれど、敢えて無視した。

アリサだって、西流の話の続きだけはとりあえず聞いておきたい。気にはなるもの。


「いいか、片倉くん。目の形を変えることはできるか?鼻はどうだ。口は。整形手術という大ごとになってしまうだろう。ましてや人相的に大切な額は変えるとしたらえらいことだ。それはわかるだろうて」


……ああ……


恭介は、一人で頷くと満足げに腕組みをした。

何このセンセ、一人で納得してないで説明しなさいよ!

アリサの焦りをものともせず二人で話し出そうとするので、彼女はあわてて口を挟んだ。


「待ってください!それで眉毛はどうだっていうんです!?」


男二人はアリサに視線を向けると、目を見開いた。


「な、何ですか!?私の顔に何かついてます!?」


もはや逆ギレである。それを見た恭介は、ああごめんねえとにっこりした。


「いやあ、うら若き女性であるアリサさんが一番わかっていると思ってしまってねえ。君だって熱心にやっているでしょう?」


だから何がって。言いかけてアリサは無意識に眉に手をやった。

そうか。二重まぶたにする整形手術はどんなに簡単なものでも糸で縫い止めるんだし、鼻なんか高くしようと思えばシリコンか何かを入れるんだっけ。


でも、眉は。


「おわかりだろうて、娘さん。特にカウンセリングにかかりたいと願うのは、いつの時代もあなたのような若い娘さんだ。眉は変えられる。化粧筆と剃刀でいくらでも、な」


開運メイクってヤツですか?最近よく聞く言葉ではあるけど。


「まず私らは、入ってきた娘さんの顔をじっくりと見る。もちろん眉を見る。その日の体調も精神状態もそこには現れる。上がっていれば気分もいい。下がっていれば逆だ。非常に単純でわかりやすい。何故かと言えばだな、人の表情というのは目が大事だと思われるが、目は動かせるか?主に動くのは眉ではなかろうか」


説得力ありまくり。確かにただの『眉つばもの』じゃ済まない話かも。アリサさえ西流の説に引き込まれていった。


「まあ、詳しい話は省くとしてもだ。もし悪い相が出ていれば、それを一番楽に変えてやれるのが眉なのだよ。人生も運命も変えられないと嘆く娘さんに、そうではないと知らしめてやれるのが眉毛カウンセリングなのだ」


はあああ。アリサさえすっかり感心してしまっている。一緒になって見下して悪かったかも。

でも、恭介先生は医学部を出て医師免許も持ち、さらに精神療法の専門家としてずっと研鑽を重ねてきたプロ中のプロだ。羽織袴で白髭をたくわえた、いかにも胡散臭いおじいさんの説を、何故ここまで素直に聞いてるんだろう。

アリサは不思議で仕方なかった。いくら恭介が規格外の異端者であっても(酷い言われようだが)、非科学的と切り捨てるのが通常の医師の反応じゃないんだろうか。


それに。


さすがは有能な受付嬢だ。アリサが気になっているのは、もうすぐ佐伯ゆかりの予約時刻になってしまうのではないか、ということだった。

こんなところに西流を呼び出したのは、恭介自身だった。

是非とも来てくれと懇願し、西流も予約で縛られている自分のスケジュールをやりくりしてまで来室したのだ。

のんびりと団子なんか食べてていいのかどうか。


……センセ、恭介センセ……


アリサも目で必死に合図を送る。簡単なアイ・コンタクト。恭介の顔をじっと見つめてから視線を壁掛けの時計に向ける。

その仕草をしながら、彼女ははっとした。ホントだ。眉ってこんなに動かしてるもんなんだ、と。


どうやら気持ちは伝わったようだが、恭介は動じない。反対ににこにこと「それで?」とさらに西流に話させようとしている。

アリサ一人がやきもきしていた。

佐伯ゆかりは敏腕カウンセラーの恭介でさえ手を焼くクライアントじゃなかったのか。

それに時間には正確だし、対人恐怖の気も持っているって言ってなかったか。

こんなアホみたいな話題でにぎやかな待合室を見たら、帰るどころか足がすくんで倒れちゃうんじゃ。


まあ恭介のことだ。何か考えが、あるのかなあ。アリサはあきらめて二人のお茶を取り替えだした。



かちゃり。ドアノブが回される軽い音。

茶碗を載せた盆を握りしめたアリサと、思った通りにびっくりして声も出ないゆかりの視線がぶつかる。

必死に愛想笑いをしようとする受付嬢のその向こうから、呑気にも程があるという声で恭介が笑いかける。


「ああ、どうぞどうぞ佐伯さん。今ちょうどいいお話を伺っていたところでね」


失礼します。頭を下げて帰ろうとするゆかりに恭介は「時間通りですよ、さすがですね。さあお入りになってください」と、今度は立ち上がって彼女を迎え入れる。


「でも、お客様が」


尻込みするゆかりに、ここぞとばかりの例の笑顔を向ける。


「ああ、今日は臨時休業にしました。我がルームの従業員の福利厚生も考えてやらなくてはね。一国一城の主も楽じゃないというところですかねえ」


何が従業員!何が福利厚生!?アリサはむかつく思いを何とか抑えて、プロの笑顔で一緒に彼女を招き入れる。


「佐伯さんもどうですか、一緒にお茶など。もちろん今日のお代はいただきませんから安心してくださいな。団子もありますし、アリサさん、わらび餅もあったんですよねえ」


ゆかりのためにもう一つお茶を用意し、席を作る。わらび餅には返答せず、アリサはまあまあとゆかりを座らせた。


全身で緊張しているのが伝わってくる。無理もない。

何故こんな怪しげなじじいといきなり初対面でお茶しなきゃならないの?アリサならぶち切れである。

声も出せずに震えているゆかりに、恭介は穏やかに微笑みかけた。


「この方がかの有名な眉毛カウンセラー、大山西流先生ですよ」


「ま、眉毛です……か?」


とまどいに目を大きく見開くゆかりと対照的に、西流は威厳を出すかのように軽く咳払いをしてから、ゆっくりと居住まいを正した。 


#6


眉毛カウンセラーを自認する大山西流は、先ほどまでの偉そうな態度から一気に孫を見るかのような柔和な表情でゆかりに向かった。


はあん、これが接客業ってヤツよねえ。うちの恭介センセに足りないのは医師としての威厳か、この営業用スマイルのどっちに徹して欲しいってとこだわ。

アリサの胸の内など素知らぬ顔で、当の恭介はニコニコにしながら二人を眺めていた。へたをすれば客が取られてしまうかも知れないってときに、もう!


「あ、あの……」


お嬢さんは何も言わんでいいのですよ。西流はあくまで穏やかに言った。この片倉先生と意気投合してな、すっかり茶をごちそうになっておるだけなのでな、と。


「どれ、せっかくのご縁じゃ。わしがお嬢さんの眉をちと拝見させてもろうてもよいかな」


西流の声は優しげだったが、なぜかイヤとは言えぬ雰囲気をも持ち合わせていた。


……カウンセラーなんて、どんな人もまあ芝居っ気がなくっちゃやってられないのかも。


元々そのつもりだっただろうに。それにしてもまさか、ゆかりのことを恭介は西流に話したとでも言うのだろうか。同じ職場のスタッフに伝えるのとは訳が違う。それこそ守秘義務違反になるんじゃなかろうか。

アリサは一人やきもきしながらその様子を見ているほかなかった。


しばらく西流は、ゆかりの目ではなくその上側だけをじっと見つめていた。彼女は下を向いてこそいたが、目を合わせずにすむ安堵感か、思ったより素直に大人しく座っていた。目の前のお茶が冷めてゆく。もちろんわらび餅に手はつけられていない。


「ふむ、お嬢さんは今、非常に悩んでおられる」


そりゃそうでしょうよ!アリサの毒を含んだ心の声。じゃなきゃこんな辺鄙なカウンセリングルームになんて来ないわよ!


「それも……対人関係について、かの」


人の悩みで対人関係以外の何があるって言うんだろう。でも残念でした。ゆかりの心を占めているのは人ではなく、金魚の金ちゃんなんだから!

しかし、そんなアリサの心と裏腹に、恭介はいつになく真剣な面持ちでそのやりとりをじっと見据えていた。何をそんなに?これはカウンセリングというより雑談に近いんじゃなかったっけ?


しかしゆかりは、一度目を見開いてから大粒の涙をすっと流した。


「わかってしまうんですね、先生には何もかも」


小さくはあったけれど、ここへ来てから一番しっかりとした声だったかも知れない。ゆかりはきっぱりとそう言うと顔を上げた。


「まあまあ。わしのことはカウンセラーと言うよりも、片倉先生の茶飲み友達というところの、言うなればジジイの戯れ言として聞き流してくれんかのう」


そう言うと、西流は笑い声を上げた。せっかくゆかりが何かを言い出しそうだったのに。


「お嬢さんの眉は、間が非常に狭くなっておる。眉間にしわを寄せるという言い方があるが、観相学ではそれを『印堂』が狭まっていると申してな。実は眉間は天地の恵みが流れ込んでくる大事な場所であるのだよ」


一口茶をすする。もう冷めただろうから取り替えた方がいいのか、有能な事務員であるアリサは気が気でならない。でも、きっと今は……何も動かない方がいいのだ。



「人の相というものは、過去の念の集積が形にあらわれたものなのだよ。その人がもし、過去に過ちを犯したとする、もしくは非常に辛い過去を持っていたとする。それらが今の顔を作っていると言っても過言ではない。けれどな、それを読むのは何も、決して目の前のお嬢さんを責める為でも何でもありゃせん。無理もないことよと許しつつ、あんたが前に進めるようにヒントを与え、不幸より救い、良い念を集めてさらに幸せに導かんとする努力のきっかけになればということにすぎぬ。ちと、言葉が難しすぎたかの」


「過去は変えられるんでしょうか」


ゆかりの過去は、金魚を見殺しにしたこと?それとも些末なことにとらわれて他の生活ができなかったこと?アリサにはとうてい判断できないことだったし、そもそもそれをやるのは……恭介の仕事のはず。


「お嬢さんは変えたいと思うておられるのかな?」


ゆかりは今度は力強く頷いた。目には相変わらず涙をためながらも。


「私は、買っていた金魚を見殺しにしました」


いつの世も小さき者は儚き生命よの。西流の呟き。


「私は……父親と同じことをしたんです」


そう言うと、今度はうつろな目を漂わせた。



恭介の顔色が変わる。もちろんそれは精いっぱい自制され、ふだんから見慣れているアリサにしかわからないほどの変化だったけれど。




「お父様はご存命かな」


いえ、死にました。逢いにも行きませんでした。ゆかりの心は今ここにあらずという感じで彷徨っているのが、一介の事務員に過ぎないアリサにも伝わってくる。

ふわっと彼女は立ち上がり、待合室に所狭しと並べられてる雑多なぬいぐるみを目で探し始めた。

そして、白く柔らかそうな犬を見つけ出すと、彼女はそれをしっかりと抱きしめた。


「眉に過去が映し出されてるなんて知りませんでした。自分ですら忘れていたのに。私は薄情なんです。大切に大切に飼っていたコロちゃんを……今の今まで思い出すこともしなかったのだから」


コロちゃんの代わりに私が死ねば良かったのに。それが私の過去の過ちなんだわ。

ゆかりは静かに涙を流し続けた。



「一つ伺ってもよろしいですか」


それまで一言も発しなかった恭介が、ゆかりへと言葉を掛ける。彼女は目を堅くつぶったままそっと首を縦に振る。


「コロちゃんはどうして亡くなったのです?」


父がバットで……。ゆかりはそれだけを口にした。

あなたもお父様から暴力を振るわれていた、そう思ってもいいでしょうか。恭介の質問になぜかゆかりは、今度はいやいやをするような仕草をした。


「父は何一つきちんとできないわたしに、正しいことを教えてくれていたんです。暴力なんかじゃありません。口で言ってもわからないから、コロちゃんを可愛がると言いながらちゃんと世話をしなかったから」


一瞬浮かんだ、恭介の痛ましげな表情。しかし次の瞬間、彼はいつもののんびりとした口調に戻ると、朗らかと言っていいほどの声を出した。


「じゃあ、その何ですか。開運メークというヤツをやってみませんか?」


はあっ!?その場にいた恭介以外の三人は、彼の顔をまじまじと見つめた。

特に慌てたのはアリサだ。まさかこの結果を恭介は最初からすっかり予測していて、あらかじめ私を百均に走らせたんじゃないでしょうね!?


「あ、あのでも私、メイク道具は化粧直し程度しか……」


慌てたのはゆかりも同じだ。スタイリストでもないのに、すべてを持ち歩いている女性なんてそうそういない。


「大丈夫。うちには非常に有能で美人過ぎると評判の事務員がおりまして」


あとで覚えてろ!言葉遣いの悪さは自覚していたけれど、だったら先に説明して置いてくれればという恭介への怒りを何とか抑え、アリサはにっこりと笑った。


「私は別に、何の資格もないですから。お友達のメイクをお手伝いするって感じでいいですかあ?」


誰に向かってというわけでもなく、法に触れないように自分を守ろうとアリサは瞬時に計算した。友達同士でメイクの研究くらいなら、それこそ高校生辺りからの定番のコミュニケーションであり、アリサの得意中の得意分野なのだから。



泣きに泣き崩れたクライアントさんがカウンセリング終了後に使えるようにと、けっこう立派なドレッサーが置いてある。そこに彼女を座らせ、アリサは百均でそろえた新品の化粧道具を並べ始めた。


「えっと、眉カットばさみと細めのカミソリね。これはガードがついてるし小さいから使いやすいよ。で、アイブロウペンシル、たぶんゆかりさんってブラウン系の方が似合うと思うんだ。で、ブロウブラシとコーム。これくらいあればいいかなあ」


あのこれ、全部新品じゃあ。尻込みするゆかりに「経費で落ちるから安心してね」と笑いかける。本当は全部、恭介にレシートを押しつけてあるから大丈夫。百均でいい物を見つける有能な事務員の腕に感謝しなさいよね!


「眉と眉との間は伸びやかに艶々としてあげなさい。それが良い運気を引き寄せるのじゃからな」


どうやら今度は、西流はせんべいに手を伸ばしたらしい。パリパリというよりモゴモゴという不規則な音が聞こえてくる。


「じゃああん!これ使ったことあるでしょ。今はあんまり見ないけど、左右対称が気になるときは、アイブロウステンシルを当てて好きな形を決めちゃえば、ふだんも楽に描けるから」


そう言いながらアリサは、さっきの西流の言葉通り、わざと眉間が広いシートを選び出した。自分で広くしようと決断するにはけっこう勇気が要る。かといって美容関係の資格もないアリサが勝手に眉をいじるわけにも行かない。

こういうときは、何かのせいにしてしまえばいいのだ。これも恭介から教わったちょっとした気持ちの持ちよう。



すうっと息を吸い込むと、ゆかりはペンシルを使ってやや広めに左右の眉を描き始めた。シートを外して、今度は慎重にコームとはさみで整え始める。眉間は思い切ってカミソリで産毛状のところまで剃り落とす。もちろん、手慣れたもので、その変化は微かに広がったかなという絶妙のバランスで抑えていた。


しかし眉を剃るなんてふだんしない行為には、必ず眉間をしっかりと広げないわけにはいかなかった。それまでずっと、しわがそのまま定着してしまうんじゃないかというくらい悲しそうにひそめられていた表情が、気づくと外側へと引っ張られていく。


「うまーい、ゆかりさん。ねえ今度私にも教えてもらえません?その引き方は手慣れてるわ」


本気で感心したアリサの感嘆の声に、ゆかりがわずかに微笑む。艶々という言葉通り、眉の間にさっとハイライトのシャドウを入れてみる。

鏡に映る自分の顔をじっと見つめる彼女に、もう涙は光ってはいなかった。




「片倉先生?」


さっきよりずっとはっきりした口調で、ゆかりは鏡越しに恭介へと言葉を投げかける。


「はい?」


にっこりと応える恭介に、私……もう一度山田院長先生の診察が受けたいんです、と彼女は言った。


「いいと思いますよ。僕もその方がきっと、ね」


「もう泣かずに、今の苦しさを伝えられると思うんです」


「そうでしょうねえ」


「でも、コロちゃんの話がしたくなったら……ここに来てもいいですか?」


どうぞどうぞ。いつでも大歓迎ですから。恭介は嬉しそうに、けれど静かにそう付け加えた。





西流とゆかりの使った茶碗を片付けながら、アリサはため息をついた。


「あーあ。せっかく二週に一度は来てくれる固定客を。いいんですか?あんなにあっさり佐伯さんを山田クリニックに戻しちゃって」


「開運メークってヤツで、何か晴れ晴れとしてたじゃない、彼女」


恭介は片付けを手伝うでもなく、ゆかりの抱きしめていた白い犬のぬいぐるみで遊んでいた。


「開運メイクって、あのおじいさん先生はただ当たり障りのないこと言ってただけじゃない!」


アリサは自分で散々文句を言いながらも、そう言えば西流はゆかりの過去も症状も何一つ訊かなかったことに気づいた。個人情報なんて何も伝えてなかったんだわ、きっと。それでも彼女は自分の口から、かつて飼っていた犬を親に殴り殺された過去を話した……。


「今回、一番活躍してくれたアリサさんにだから正直に言うよ。佐伯ゆかりはまだ、本当の過去に向き合う時期じゃない。それ以前に投薬治療すらまともに進んでなかったんだ。まずは彼女の今の症状が落ち着いて、しっかりと過去に向き合えるようになったら。そのとき初めて彼女のカウンセリングが始まるんじゃないかな」


そんな呑気な。

口では言い返してみたけれど、恭介が深い意図を持ってやっていることだけはアリサにも十分伝わった。

とにかく、問題は「金魚の金ちゃんじゃない」ってことに、彼女自身が気づいたことが大事なんだわ。

何だかゆかりなら、きっとこの先に進める気がする。柄にもなくアリサはそんなことを考えてみた。

それから、有能な事務員として釘を差しとかなきゃいけないことに改めて気づいた。


「そ、そんなことより!!あの眉毛カウンセラーにはそれ相応の謝礼とか払ったんですか!?」


だとしたら、あれは保険ではとうてい処理できないから事務仕事がたいそうめんどくさいことになる。

勢い込んで訊ねたアリサに、恭介はのんびりと応えた。


「ああ、美人の若い女性にお茶をごちそうになった。いい息抜きができたわい、と満足して帰られたよ。一応、包んだものを渡そうとしたけれど、若造が生意気なと大笑いされて終わりだ。こっちも言葉に甘えることにしたよ。すごく勉強にもなったしね」


恭介にも西流にも「美人」と言われても嬉しくも何ともない。

今回のカウンセリング料は払ってもらえなかったし、次回の予約はもちろん入ってはいない。


「全く、またお客様が減ったってのに、経営者には危機感の一つもないし!」


グッピーの世話だって、結局は私がやる羽目になるんでしょうが!?嫌味と愚痴と文句を全部まとめて、この変人カウンセラーにぶつけてやった。


「あの子にはちゃんとグッチって名前までつけてやったんだよ!?」


「だったら、ちゃんとした水槽ポンプと循環装置を取り付けるか、水替えはセンセがやってくださいねっ!!」


一銭にもならないことに一生懸命なんだから。




ギャアギャア言い合いが始まったところに、か細いノックの音。

ハッとしてアリサがドアを開けると、そこには見知らぬ女性が不安げに立ちすくんでいた。


「あの……これが紹介状です。それで、ここに通えと前の先生から……」


今にも泣き出しそうな女性に、アリサはにっこりと営業スマイルで微笑んだ。


「ようこそ、カウンセリングルームKへ!さあどうぞ!こちらの主任カウンセラー兼所長は、それはもう凄腕ですからご安心を!」



部屋の奥で、くしゅんと恭介が立てたらしいくしゃみの音が聞こえてきた。


          < 症例1 了 >


北川圭 Copyright© 2009-2010  keikitagawa All Rights Reserved

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