表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第2話「じいちゃん、バク宙で再起する」

 桜井善朗は、しばらく天井を見つめていた。

(……ありゃ? 転生は?)


 心臓の痛みもない。呼吸も楽だ。体はやたら軽い。

 だが、手の甲はしっかりしわくちゃ。腕も細く、白髪もそのまま。

 どう見ても「奇跡的に回復した老人」である。


(まあ、ありがたいことではあるが……老い先は、そう長くもなかろう)

 ここから先、せいぜい数年。

 死ぬ予定だったはずが「延長戦」になったのだろう、と善朗は勝手に結論づけた。


「……困りましたな」

 思わず口から漏れる。


 この年齢、この外見で、今さらなにを新しく始めるのか。

 家族もいない。

 まとまった貯金も、ほとんど寄付してしまった。

 施設への入所を勧められていた矢先だ。

 延長されても、たいして変わらないのではないか——と、ほんの少しだけ、珍しく弱気な考えがよぎる。



『なにをしれっと締めに入ってるんですか』

 頭の中に声が響いた。


「……神様?」

『はい神様です。さっきぶりですね』


 声の主は、間違いなくあのコーヒー片手の神である。

 善朗はきょろきょろと病室を見回すが、それらしい姿はない。

 代わりに心の中に、軽い咳払いが落ちてきた。


『まずはご報告を一つ。生きてます』

「まあ、この様子ですと」


『次にお詫びを一つ。盛大にやらかしました』

「やはりですか」


『はい。予定ではですね、“別世界で若くてチートでモテモテ人生”コースに送るはずだったんですが、送信先の世界線の指定をですね、こう……ちょっと……』

「聞きたくない予感がしますな」

『ミスりましてですね。同じ世界、同じ場所、同じ見た目でリスポーンしました』

「全のっけというやつですかな?」


『ただし!』

 声が、やたら明るくなる。

『そのままだとさすがに私のメンツが持たないので、調整を入れております』


「調整?」

『まず、見た目はそのまま八十歳前後。しかし中身、性能面はフルメンテ&フルチューンです』

「フル……めんて?」


『寿命メーター、ゼロ歳からリセット。はい拍手。もう一回分生きられます。ちゃんと健康に過ごせば、今の外見のまましばらく維持で、その後も普通に歳は取りますが、今度は“本来の寿命”まできっちりお届けします』

「……は?」

 思考が二歩ほど遅れてよろける。


『要するに、今のあなたは、“見た目老人体で中身はスタートラインに戻った人間”です。もう一周できます。おめでとうございます』


「いや、待ちなさい神様。私の見た目をご覧なさい」

『見てます。味わい深いです』


「今さらこの顔で、人生をもう一周と言われましても」

『そこですよね。なので、もう一つオマケがあります』

 神の声が、さらりと言う。


『頭脳、反射神経、筋力、持久力、すべて常人の比じゃありません。』

「…………はい?」


『今のあなた、本気出したらそこそこのスポーツ漫画が打ち切りになるくらいの記録、量産できます。文学賞も、ちょっと頑張れば全部いけます。学問も芸術も、だいたい習得可能。まあ、やるかどうかはあなた次第ですけどね』


「いやいやいや、ちょっと待ってください」

『あ、ちなみに病気耐性と回復力も上げときました。前回盛りすぎた試練への反省会の結果です』

「だから若い人にそういうのを……」


『譲らない。これはあなたの、ご褒美です。今回は絶対に譲り禁止。反則です』

「……神様、反則と言うなら、そちらの手違いの方が」

『それはそれ。これはこれ』


 理不尽だった。

 が、善朗も八十年の人生で、上からの理不尽には耐性がある。



 ふと、自分の体が「軽い」と思った感覚を思い出す。

(そんな馬鹿な……)

「神様、試しに少し動いても?」

『どうぞ。暴れすぎると医療スタッフがバグるのでほどほどに』


 善朗は、ベッドの上で上体を起こした。

 するすると、驚くほどスムーズに腹筋が起きる。息も上がらない。

(ほう……?)


 そっとベッドから足を下ろす。

 立ち上がる。ふらつきが、ない。

 足が、若い。膝が笑わない。


「ふむ」

 病室の片隅、点滴スタンドをどけてスペースをあける。


『ちょっと待ってちょっと待って』

「神様。少し、失礼して」


 善朗は一歩下がり、軽く膝を曲げ——

 その場でバク宙した。


 くるり、と。

 実にきれいな弧を描き、天井に触れそうなほどの高さで、ふわりと一回転し、そのまま音も立てずに着地する。

「…………」


『おお〜〜〜〜〜〜〜〜〜』

 神の素の歓声が聞こえた。


「……これは、すごいですな」

 膝が痛くない。腰も無傷。息も切れていない。

 なんなら、もう何回でもいけそうだ。



 その瞬間——

 ガラッ!

 ドアが勢いよく開いた。


「さ、桜井さん!!な、なんで起き上がって……!? え、どういう——」

 担当医と看護師が飛び込んできた。

 彼らは、ちょうど善朗が静かに着地したところを目撃してしまう。


「……」

「……」

「……」

「い、今、バク宙……されました?」

 若い看護師が、信じたくないものを見た顔で問いかける。

 担当医はカルテを落としながら、口をぱくぱくさせている。


「いえいえ」

 善朗は穏やかに笑った。

「少し体が軽いような気がしたので、つい」


「“つい”でバク宙できる八十代いませんからね!!?」

 医師の悲鳴に近いツッコミが、病室に響き渡った。


 モニターは異常なし。

 むしろ健康優良児のような数値を叩き出している。

 先ほどまで心肺停止のはずの男が、ピンピンどころか体操選手顔負けのムーブを決めているのだ。


 医師は額を押さえた。

「……すみません、一度、検査をフルセットでやり直させていただいても?」

「もちろん。お手を煩わせて申し訳ありませんな」

「いやいやいやいや、謝るのはこちらです!」


『いいですねぇ、善朗さん。順調にカオスです』

 軽く笑う神の声に、善朗は心の中でだけ、ため息をついた。

(……本当に、どうしたものか)


 けれど、その胸の内には、確かにあった。

 ——もう一度、生きてもいいのかもしれない。

 そんな、ほんの少しの、高鳴りが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ