【最終章】約束の、その先へ。
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桜のつぼみがほころび始めた三月下旬。
季節は冬から春へと、ゆっくりと歩みを進めていた。
進級を目前にした放課後の教室で、青斗は静かに窓の外を見つめていた。
日差しは少しずつ暖かくなってきたはずなのに、胸の奥はどこか落ち着かなかった。
「ねえ、青斗くん」
その声に振り向くと、春花が立っていた。
いつもの制服姿、そして、いつものように白く光を帯びた髪がやさしく揺れている。
「……何かあったの?」
春花は、少しだけ表情を曇らせて、小さくうなずいた。
「……実は、少し前にお父さんの転勤が決まって、家族で引っ越すかもしれないの」
その言葉は、思いがけないほど静かに、けれど確実に青斗の胸に突き刺さった。
「いつ……?」
「まだ決まってないけど、早ければ新学期から」
教室に流れる空気が、急に冷たく感じられた。
再会して、ようやく昔の記憶を分かち合えて、心がつながったばかりだったのに。
——また、離れてしまうのか。
青斗の喉が乾いて、言葉がうまく出てこなかった。
「嫌だ、なんて……言ってもいいのかな」
春花の言葉に、青斗はゆっくり首を横に振った。
その瞬間、春花の目が潤んだ。
静かに流れる涙が、白い頬を伝った。
「離れたくない……。やっと、また会えたのに……」
「離れたって、俺たちの気持ちは変わらないよ」
青斗は、震える春花の手を取った。
「春花。君がいなかった間、俺はずっとひとりだった。でも今は、君がいる。それだけで毎日が変わった。笑うことも、泣くことも、誰かと分かち合えるってことを、君が教えてくれたんだ」
春花は、そっと青斗の胸に顔を埋める。
「私も、同じ気持ち。ずっと探してたの、青斗くんのこと。夢の中でしか会えなかった君に、また会えた。それだけで奇跡みたいだった」
その日、ふたりは手をつないだまま、夕焼けの街を歩いた。
青斗は立ち止まり、春花の方を見つめた。
「将来、俺達ちゃんともう一度一緒になろう」
「え?」
「大人になって、自分で人生を選べるようになったら、俺……春花と結婚したい」
その言葉に、春花は目を見開いた。
「ほんとに……?」
「本気だよ。だから、そのときが来るまで、離れていても、俺は君のことを想い続ける。今度こそ、ちゃんと約束を守る。二度と、離さないって」
春花は目を閉じ、ぎゅっと手を握り返した。
「ありがとう、青斗くん。私も、信じて待ってる。どんなに離れても、心はそばにあるって思えるから」
ふたりはもう一度、小指を絡めて誓いを交わした。
今度は、忘れない。決して。
──そして時は流れた。
大学卒業後、青斗は就職して数年の歳月が過ぎた。
忙しい日々の中でも、春花との連絡は途切れることなく、ふたりの絆は年月を重ねて、深く、確かなものへと育っていった。
そして、約束どおり——
彼らは再会し、社会人三年目の春に結婚式を挙げた。
白無垢姿の春花は、あの日の記憶のままに、清らかで美しく、そして、少しだけ大人びていた。
——数年後。
春の陽射しが降り注ぐ休日の午後。
青斗と春花は、穏やかな風の吹く公園でベンチに座っていた。
ふたりの間には、小さな女の子がいる。
ふわふわの白い髪を揺らし、無邪気に笑うその子は、まるで春花の幼い頃のようだった。
「パパー、ママー、見て見て! お花!」
そう言って駆け寄ってくる娘を、ふたりはやさしい目で見つめた。
「……本当に、生まれてきてくれてありがとう」
春花がつぶやき、青斗はそっと肩を抱いた。
「俺たちも、ここまでよく頑張ったよな」
春花は頷く。
「約束、ちゃんと守ってくれたね」
「君だって」
ふたりは笑い合い、小さな命の笑顔に、再び心を重ねた。
——あの約束の先に、こんな未来があるなんて。
あの日の少年と少女は、確かに今も、ここにいる。
手をつなぎ、愛を知り、また、新たな未来をつくっていく。
それが、ふたりの“幸せ”のかたちだった。
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