【第3章】忘れられた約束
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週の半ばの水曜日。午後の授業を終えて、青斗はいつものように教室を出た。
廊下を抜けて昇降口へ向かうと、靴箱の前に見慣れた白髪が立っていた。
「……春花」
彼女は顔を上げて、青斗に気づくと、嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、ここで会える気がした」
「待ってたの?」
「うん。ちょっとだけ……一緒に帰りたいなって」
その言葉が、俺の心に灯をともすように、温かかった。
青斗は黙って頷き、ふたり並んで校門を出た。
その日の帰り道は、少し遠回りをした。
通学路を外れ、川沿いの遊歩道を歩く。小さな花壇やベンチが点在するその道は、放課後の時間帯でも人はまばらだった。
「ここ、なんか落ち着くね」
春花がベンチに腰を下ろしながらそう言う。
「……そうだな。俺、こういう静かな場所、好きかも」
青斗も隣に座る。川のせせらぎが、遠くでかすかに聞こえていた。
ふたりの間に流れる沈黙は、どこかやさしい感じがする。
「ねえ、青斗くん。小さい頃のこと、覚えてる?」
突然の問いに、青斗は少し驚いた。
「……小さい頃って?」
「まだ、幼稚園とか、小学校の低学年とか。それくらいの記憶」
「うーん……あんまり覚えてないけど、たまに、夢の中で昔のことが出てくる」
「夢の中で?」
「うん。白い景色の中で、誰かと手をつないでる夢。誰だったかは思い出せないんだけど……。でも、その人の笑い声とか、手の温かさは、なぜかはっきり覚えてて」
それを聞いた春花は、静かに目を伏せた。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「私もね、よく見るの。似たような夢」
青斗は彼女の顔を見た。春花は少し寂しそうに笑っていた。
「小さい頃、病気で入院してたことがあるの。そのとき、毎日のように一緒にいてくれた男の子がいた。名前は……もう思い出せないけど。でも、その子のこと、ずっと覚えてる。夢の中に出てくるのも、その子」
「それって……」
言いかけて、青斗の中で何かがかすかに引っかかった。
白い部屋、絵本、笑い声。ベッドの横で、小さな手を握っていた記憶。
——まさか。
「……もしかして、それって……俺だったりして」
冗談めかして言ったその言葉に、春花はゆっくりと青斗の方を向いた。
その瞳の奥に、何かが揺れていた。
「……ありえる、かもね」
ふたりは視線を合わせたまま、しばらく何も言わなかった。
でも、その沈黙が、何か大切なものを確かめ合う時間のように感じられた。
その日の夜、青斗は布団に潜りながら、昼間の会話を思い返していた。
——もし、本当に春花があのときの子だったとしたら。
何かがつながった気がして、胸が少しだけ熱くなる。
そして夢を見た。
白い天井。花柄のカーテン。小さなベッドに座る少女。
自分はその横にいて、手を握っていた。
「ねえ、また来てくれる?」
夢の中で、少女が聞いてくる。
「うん。絶対に来る。約束するよ」
小指を重ねて、ぎゅっと結んだ“約束”。
そこで夢はふっと途切れた。
翌朝。
目を覚ました青斗は、妙に胸がざわざわしていた。
——あの夢の女の子は、春花だったのかもしれない。
そう思うと、不思議な運命に導かれているような気さえした。
その日も、学校の帰りにふたりは並んで歩いた。
「……夢、見たよ」
青斗が言うと、春花は驚いたように目を見開いた。
「白い病室で、小指で約束する夢。あれって……」
春花はゆっくり、でも確信を持ったようにうなずいた。
「やっぱり……青斗くんだったんだね」
ふたりは立ち止まり、見つめ合った。
「ありがとう。あの頃のこと、覚えていてくれて」
「忘れられるわけないだろ。あのとき、春花が笑ってくれるのが、俺の一番の喜びだったんだから」
その言葉に、春花の目が潤んだ。
「……また、こうして会えて、本当によかった」
「もう、今度は離れないよ。何があっても」
春花が、そっと青斗の手を握る。
その手の温かさは、あの記憶と同じだった。
ずっと探していた“何か”が、ようやく見つかったような、そんな感覚。
過去が、未来へとつながった瞬間だった。
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