2.わからないよ
今回は、少し長いですが、読んでいただけれる嬉しいです。
瞬きをする。――そこは学校でも俺が住んでいるところでも無い場所だった。見た事が無い生き物達が行き交う道。誰がどう見ようとも、現実世界からかけ離れた。――戦争や魔物、魔法の異世界ファンタジーな世界だ。
* * * * * * * * *
亀のような頭をした巨大な生物や、ラピュトルみたいな恐竜に似ている生き物が馬車を引いたり荷物を運んだりしている。
「え。は?」
瞬きした瞬間に、世界が変わった。そんな俺が、周囲の環境に困惑している時、少し冷静になるまで考えると答えはひとつしかない。
「これって、異世界召喚ってやつか!」
異世界という言葉に心を踊らせていると、突然、大声がどこからか上がる。
『きゃぁ!! 魔女よ!!』
女性の悲鳴が、辺りの空気を氷漬けにして、周囲の人々や馬車は止まる。
(来たな。異世界第一イベント。さてと、俺のスキルは??)
「スキルっ!」
特に何かが出る訳でもなく。俺はただ手をかざしただけで、悲鳴がした方向から逃げてきた女性に、走りながら触れられる。
「……?」
すれ違いざま、ふとこちらを見た気がした。――まるで、興味深い物でも見るような目で。振り返ると女性の姿は無く。俺はその場に立ち尽くす。
『コイツが魔女よ!! 衛兵!』
(は? 魔女なら……さっき、俺の後ろを――)
衛兵が集まると、俺のことを包囲し始める。厳しい目で睨みつけて来る彼らは、まるで、学校の時の視線に似ていた。俺は声を発するが、発した声はいつもの俺の声とは程遠く、俺は少し驚く。
「だ、だから誤解ですって!!」
『お前の言葉なんて信じるか! 忌まわしき魔女め』
一瞬、コイツらが何を言ってるのか理解ができなかった。衛兵が持つ長槍は鋭く、一突きで人を殺せる様な殺傷力があった。
「だから、魔女じゃ……」
喋れば喋るほど自分の声にに違和感を覚える。こんなに俺の声は高かっただろうかと、それでも、必死に弁明しようと衛兵に話しかける。
「魔女じゃないんです!」
弁明の途中、ようやく気づいた。俺が今、いるこの体は――俺のものじゃない。綺麗な薄色の細い手に、深い蒼色の髪の毛が、さっきから目の前にチラつく。――信じたくは無いが、どれもこれも、さっきちらっと見えた女性の容姿に似ている。
(一言で表すなら、俺は彼女に魔女という罪を擦り付けられたのだろう)
俺は、弁明している自分が馬鹿らしく感じ、その場に崩れ落ちる。
「おいおい、嘘だろ? 異世界もこんなにクソなのかよ!」
(異世界召喚でこれから始まるって時に、勝手に体を奪われて、危機的状況に陥る。異世界召喚ってもっと夢がある展開じゃないのかよ!! ステータスとかチートとか来る流れじゃねぇの!?)
「なんなんだよ……ふざけんじゃねぇ!!」
俺はその場で不満をぶちまける。衛兵達はその状況に恐怖を覚え後退りをするが、奥から別の衛兵が増援としてやって来る。俺はその場に崩れて落ちる。
(異世界に来ても、現実と何も変わらない。演者として上手く行かなければ残るは死だけだ)
涙を地面に零しながら、そう思う。衛兵達は、俺にどんどんと詰め寄り、長槍の範囲に入ったのか一斉に俺の体を突き刺す。
痛い。痛い。痛い――体に無数の槍が刺さり俺の体は穴だらけになる。地べたに滴る血液が生温かく、体の中の血がどんどん無くなっていくと同時に俺の意識も薄くなっていく。
『燃やせ!!』
俺が動けないのを見計らい、衛兵は油を撒き火を放つ。焦げた皮膚の匂いが、鼻にこびり付く。俺はゆっくりとその場に焼け落ちるのであった。
* * * * * * * * *
俺は目をゆっくりと開ける。そこは、俺が異世界召喚された最初の地点だった。
眩しさと喧騒が、俺を現実に叩きつけるように耳に入る。
「……夢じゃ、ない?」
慌てて胸元や腹をまさぐる。シャツ越しに肌を触るたび、あの槍が突き刺さる感覚が、ズキズキと蘇る。
「よかった。開いてない……」
それでも、鼓動は早く、息は浅い。手の平に汗が滲む。胸の奥からこみ上げてくるのは、安堵とも、恐怖ともつかない重苦しい感情だった。
「しかし、夢にしては……だいぶリアルだったな」
首筋を伝う冷や汗を拭おうとしたその時だった。
『きゃぁ!! 魔女よ!!』
――まただ。
耳にこびりついた叫び声。既視感。いや、これはもう「既知」だ。
(同じ流れ……。また始まったのか)
辺りを見渡す。人々の動き、馬車の止まり方、誰かが叫ぶタイミング――全部同じ。これはただの夢じゃない。ループしてる。あるいは、あの「死」の後に、俺だけが巻き戻された。それとも、「実体験型未来視」ってとこだろうか。
「……どちらにせよ」
あの女。すれ違いざまに俺の体を乗っ取って、魔女の罪を擦りつけていった女。彼女は今、叫び声の方から逃げてきて――
――来た。
人混みをかき分けるようにして、彼女が走ってくる。蒼い髪が陽光に揺れて、一瞬、目が合う。
俺は息を呑む。
(間違いない、あの時の女……)
身体が反応するより早く、俺は一歩退く。すれ違う瞬間、彼女の指先が俺の腕にかすかに触れ――
「……!」
ゾクリと、背筋を冷たい風が走る。感覚が一瞬だけ、遠のいたように錯覚する。
(今のは……また入れ替わりか!?)
しかし、俺の視界は変わらない。自分の体のままだ。
(何か仕掛けた? それとも、見ただけ?)
彼女はそのまま何事もなく通り過ぎていった。今度は何も起きない――のか?
「くそっ……!」
俺は叫び声を聞いた瞬間に走り出していた。まるで追い払うように頭を振り、考えるより先に、足が動いていた。
(同じ展開なら、あの後……俺が魔女にされる。じゃあ、今回は……)
混乱の中、衛兵たちが群衆をかき分けて現れる。彼女の方へと殺気を抱えた視線を向けていた。
「……!」
(あの時の女は罪を擦り付け、俺を殺した。……でも、今回は何かがおかしい。あの時見た未来と少し状況が変わっている)
怒りと困惑が胸の中でぐしゃぐしゃに渦を巻く。だが、その奥に、どうしようもなく気になる感情が引っかかっている。
(今度は、確かめてやる。お前が何者なのか、何を考えてるのか――)
俺は気づけば、衛兵の後ろをこっそりと尾行していた。節度に距離を保ちながら、彼女の行方を見失わないようにゆっくりと。
* * * * * * * * *
ある程度行った場所に、衛兵達が魔女と思わしき女性を取り囲んでいた。
『動くな!! 魔女!』
長く鋭い槍。あの時俺に向けられたものと一緒だ。
(あれに、もう一回刺されるとか勘弁してくれ)
彼女は、焦りながらもその場に崩れ落ち周囲をキョロキョロとしながらも。
『わ、わたしは魔女なんかじゃない!! 魔女ならさっき私の横を通っていきました!!』
魔女は、体を入れ替えることができる。すなわち、あの子の言ってることは正しいだろう。
「どこまで、卑劣で卑怯なんだ……」
俺は小声でそう呟く。
『お前の言葉なんて信じるか!! 忌まわしき魔女め!』
聞き覚えのある言葉。あの時も同じ言葉を聞いた。
この後の展開は、俺が良く知っている。知っているはずなのに……。それに、魔女が演技をしている可能性だってある。俺はおかしくなったのだろうな。俺は群衆の中から抜け出し、衛兵の一人をロックオンする。
「さっきは、よくも殺してくれたなぁ゛!!」
拳を握りしめ、躊躇なく衛兵の頬に俺の全身全霊の乗せたパンチをお見舞いする。手応えと共に衛兵がよろめいた瞬間。俺は魔女の手をつかみ。その場から人混みに身を投げるのであった。