96.古代の栄華
“扉の解錠の魔法”と書かれたページを見てノルンとアトラスは顔を見合わせる。
「…これ、か?」
「…おそらく」
そこのページには目の前に広がる魔法陣と類似している魔法陣が描かれていた。
ノルンはそこに書かれている文章をなぞりながら読み込んでいく。
アトラス、ブランはノルンが魔法を読み込んでいる間大人しく二人でじゃれて待つ事にしたようだ。
ノルンが本に顔を落としている間、改めてアトラスは目の前に聳え立つ山の中に植え付けられたような石造りの扉を眺める。
扉の石柱だけでも人5人分はありそうな太さだ。
アーチ状になった扉部分が特徴的で、その表面は時間経過により風化している。
細部に施された彫刻は見事で、職人の腕の高さが伺えた。
この扉ひとつをとっても、今まで歩いてきた石畳の街道についてもそうだが、美しく、富の象徴であるような建造物達。
それでも今はここを訪れるものはいないという。
(…不思議な話だ。こんだけすごい神殿なんかありゃあ多くの人が見に来そうなもんなのに)
そこまで考えて、いや、と首を振る。
そもそもそんな場所にこれだけ大規模な魔法をかけた者がいるのだ。
その者は一体何のためにここを封印するような真似をしたのだろうか。
一瞬不吉な事がアトラスの頭をよぎる。
(…そうだ。まるでここは封印されているみたいだ。誰かがこの神殿に近付かないように封印した…。もしそうだとしたらこの中には何があるんだ…?)
もし何か凶暴な魔物や、人物が閉じ込められているのだとしたら。
アトラスは猫目を細める。
するとそんなアトラスに気づいたのかノルンが落ちかかっていた髪を耳にかけながら顔を上げる。
「…アル?」
あどけない声がアトラスを呼ぶ。
「…なぁ。ノルン。なんでここはこんな封印じみた魔法がかけられているんだと思う?」
アトラスの問いかけに座って魔法書を読み込んでいたノルンは上体を起こしてアトラスを見た。
そして、一度瞬きをすると静かに石の扉を見つめた。
「…分かりません。けれど、誰かにとって外に出したくなかったものがこの中にあるのは確かかと思います」
ノルンの瞳は扉のその先を見つめているようだった。
ノルンが立ち上がる。
「…それが悪いものか良いものかは分かりませんが」
「そうだな」
頷いたアトラスが立ち上がったノルンを見上げる。
「…今更だが、どうする?入るか?」
そして、いつもの様にニヤリと笑ってどこか挑発的にノルンに問うのだった。
ノルンは悩む隙もなく頷く。
「はい」
アトラスも分かっていたように笑う。
「だよな。ここまで来て帰る選択肢はねぇよな」
ノルンもアトラスと同意見のようだ。
アトラスの言葉に少し口元が緩む。
再びノルンは石の扉の前まで近づくと、高く高く聳え立つ石の扉に手を当てる。
そして___。
「扉よ解錠せよ」
と唱えた。
すると扉に描かれた魔法陣がノルンの声に反応するように一瞬鋭く光り輝く。
そして、ぶわっと一瞬強い風がノルン達を襲ったかと思えば魔法陣が描かれていた緑色の線が瞬く間に美しい蝶に変わりノルン達を覆うようにして飛び立っていった。
「うおおっ…!?」
「…っ…」
思わずその美しい光景に目を見開く。
そしてノルンとアトラスが呆気にとられていると蝶が飛び去っていった直後、地響きのような重たい音が耳に届いた。
ゴゴゴゴゴゴ…という音に反応するようにノルンとアトラスが目の前のビクともしなかった石の扉を見れば、扉は勝手に内側に少しずつ開き始め、ある程度大きく開くとそこまでだと言うようにガコォンッ、という音を立てて、停止した。
その振動に少し地面が揺れる。
思わず突然の出来事にノルンもアトラスもすぐには動けなかった。
しかし扉が止まったと同時に二人は顔を見合せた。
するとアトラスはキョトンとした顔から一転口元を釣り上げた。
「…行くか!」
細められた目元はとても好奇心に満ちている。
それはノルンも同様だった。
顔は変わらないが、今起こった出来事にノルンもまた胸を高鳴らせていた。
そして、アトラスの言葉に頷くとノルン、アトラス、そしてブランは神殿の入り口の扉へと足を進めるのだった。
中に入ってノルンとアトラスは目を丸くする。
「…なんだこれ。すげぇな」
時間が経ち、神殿内は柔らかい草があちこちに生えていた。
そんな中、時間が止まったかのようにそれは静かに佇んでいた。
思わずノルンは小さく感嘆の吐息を漏らす。
入口を抜けた先には目を見張るような、壮大で美しい神殿がそびえ立っていた。
石畳の道が神殿まで続いており、ノルンたちはゆっくりと足を進める。
アトラスもあちこちを興味深そうに見渡す。
ノルンもまた同じように今渡っている石造りの橋の手すりに手をかけてその装飾の美しさに目を奪われていた。
今は何も流れていないが橋の下にはくぼみがあって、そのくぼみが沿うように作られている。
昔はここに水が流れていたのだろうか。
所々他にも水を流していたかのような建造物、オブジェクトが目に入る。
まるでこの建造物全てが古代の栄華を物語っているようで、ノルンはいつまでも目を奪われていた。




