94.神殿への入口
ただし、あくまで神殿までたどり着くことが出来たというだけだ。
ノルン達は今とてつもない程大きくて重厚な石の扉に阻まれていた。扉の左右はそびえ立つ丘陵。そこに隙間などはない。
「…なるほどなぁ〜。これが神殿に入れねぇ理由かぁ〜」
「……………はい」
重々しい石の扉を見上げてノルンとブランは言う。
いつの時代に誰がこんなものを作ったのだろうか。
道中歩いてきた石畳の道は崩れかけているところもあったが、ほとんどは綺麗な状態のまま残っていた。
神殿へはほとんど行く人はいないとバルトは言っていたが、放置されていたためにここまで状態よく残っていたのだろうか。
「………」
無言のままノルンは目の前にそびえ立つ扉を見上げる。
「なぁノルン。お前だけでも飛んで向こう側に入れねぇのか?」
「……それは難しそうです」
ノルンは空を見上げたまま言う。
「なんでだ?」
首を傾げるアトラスに、ノルンは目を細めて空を見たまま口を開いた。
「…どうやら防御結界がかかっているようです。飛んで行ったところで中には入れないでしょう」
「マジか…!なんでまた…」
ノルンの言葉にアトラスは驚いたように目を見開いて、どこか呆れたように自分には何も感じ取ることの出来ないただの空を見上げる。
「つまり神殿に行くにはこの扉から行くしかないってことかぁ」
アトラスの言葉にノルンは頷く。
そして、無言のままお互い重苦しい石の扉を見つめる。
「…無理だな」
「…はい」
どう考えても無理だ。
小柄なウールに年端も行かない少女。
例え大柄な大男がいたとしても無理だろう。
何百人。いや、何千人いたらこの扉は動くのだろうか。
どれだけノルン、アトラスが力を入れて扉を押すマネくらいした所で扉はうんともすんとも言うことは無いだろう。もはやこれはもうただの壁としか言えない。
一応やってみるか、と扉を力いっぱい押したアトラスだが、すぐにはぁ、とため息をついてダメだこりゃと首を振った。
結果は目に見えていた。
しかしアトラスが扉を押す様子を改めて見てノルンは肩を落とす。
「んー、困ったなぁ。本当に神殿にすら入れないとは」
「………はい」
ノルンは眉を寄せる。
そして、何も考えつかないままにそっと片手を石の扉に当てた。
ひんやりとした石の冷たさがノルンの手のひらに伝わる。
しかしそこで、ノルンはぴくっとなにかに気づいたかのように俯いていた顔を上げる。
「…ん?どうかしたか?」
「………」
ノルンは無言でじっと石の扉を見つめる。
そして…ノルンはアトラスに答えないまま手の平に魔力を込めた。
するとその瞬間___。
「なっ…なんだっ…!?」
「…!」
ノルンの魔力に反応したようにノルンの手のひらから中心にぶわっと淡い光が広がると、緑の線で魔法の紋様が石の扉にどんどん広がっていく。
そして、気づけば石の扉の全体に大きな魔法の紋様が刻まれていたのだった。
「…これは…」
「………」
アトラスが驚いたまま石の扉を見渡す。
ノルンがそっと扉から手を離す。
ノルンもまた突然の出来事に驚いているようだった。
「…どうやら魔法がかかっていたようです。扉封じの魔法が…」
ノルンは隅々まで扉に刻まれた魔法の紋様に視線を移す。
(…これは…)
いつの時代の魔法なのだろうか。
刻まれた紋様を見る限り、かなり古い時代に刻まれたものだということしか分からない。
所々に刻まれた文字は古代文字だろうか。
考えられる時代としては少なくとも700年から1000年前の物だろうか。
思わずノルンは胸をときめかせる。
ノルンはどきどきと高鳴る鼓動のまま紋様を指で滑らせる。
(…なんて綺麗な魔法陣___)
こんな魔法は見たことがない。
思わず唾をこくりと飲み込む。
そしてこれはノルンの直感だが、恐らくこの扉は正しい開け方をしなければ開くことは無い。
どれだけ怪力自慢の男たちを集めてこの扉を開けさせようとしたところでこの扉が空くことは無いだろう。
ノルンがほうっと息をついて、ノルンにしては珍しく瞳を輝かせて、魔法陣を見つめる。
その様子に思わず隣にいたアトラスは呆れたように半目でノルンを見る。
そしてアオイを連れてこなくて正解だった、と心の中で思う。
(…珍しく活き活きしてるなぁ。こんなノルンは俺も見るのは初めてだが…これを若い男どもに見せる訳には行かねぇなぁ…)
こんな姿のノルンを見た日には老若男女問わず一瞬で恋に落ちてしまうかもしれない。本人はそんなつもりは一切なければ恋愛なんてれの字も今のところ興味無いであろうに。
ここに居たのが自分で良かったとアトラスは思う。
アトラスの中でノルンは妹の様なポジションだ。
放っておけない子。恩人。
それがアトラスの中でのノルンだ。
それ故に見捨てられないし、最近ではついアラン、ソフィアほどでは無いが甘やかしてしまう。
けれど、ここに居たのがアオイであったならば今頃顔を真っ赤にしてもしかすると鼻血でも出していたかもしれない。
それだけ今の姿のノルンはある意味刺激が強かった。
普段表情変化が乏しいだけに普段のノルンを知っているものであれば今の姿は超絶レア物だろう。
アトラスはやれやれと思いながらしばらく魔法陣を見てぶつぶつなにか呟くノルンを見て、ノルンに魔法陣を堪能させた後でやっと別世界に行っているノルンに声をかけたのだった。
「お〜い。ノルンお楽しみのとこ悪いがそろそろ扉の開け方について考えようぜ〜」
「…………ぁ」
そこで小さく声を漏らして気まづそうに視線を逸らして、口を紡ぐノルンはアトラスから見ても可愛らしかった。
 




