92.東の神殿
ノルンの言葉にバルトは考えるように目を瞑って唸るがしばししてゆっくりと首を振った。
「…すまないが、心あたりがある場所は知らない」
「そうですか。…こちらこそ急にすみません」
ノルンもまた小さく首を振る。
「う〜ん。魔力が豊富なところな〜」
アトラスも考えるように顎に手を当てる。
ノルンもまた思考をめぐらせる。
そこでふと、昔フローリアに聞いた話を思い出した。
確かフローリアはこう言っていた。
___神聖な場所にはどういう訳か魔力が充満しやすいそうなの。
(…神聖な場所)
ノルンははっとして顔を上げる。
「バルト様。それではこの辺りに何か教会や祭事を執り行う場所などはありませんか」
「教会?」
「祭事?それが魔力と何か関係があるのか?」
ノルンの言葉にアオイとアトラスは首を傾げている。
バルトもまたノルンの意図は掴めていないようだったが、少し考えるように唸ると、「あぁ、そういえば」と口にした。
「ここから東に行ったところに神殿があったな」
「神殿、ですか」
「あぁ」
バルトは頷く。
「誰も近寄ることはねぇが、何百年も前のでかい神殿があったはずだ」
そんな大きな建造物があるというのにバルトの発言は曖昧だ。
「ん?そんなでかい神殿があるのあんまり知られてないのか?」
アトラスも不思議に思ったのかバルトに疑問をぶつける。
「…ああ。何せ神殿には入れねぇって話だからな」
「入れない、ってどういう事ですか?」
今度はアオイがバルトに問う。
バルトは足元に走ってきたリナの頭を撫でながら言う。
「そのまんまだ。詳しくは知らねぇが神殿に宝なんかを求めて行くやつもいるみてぇだが、今まで誰かが神殿に入れたっていう話は聞いたことがねぇ」
「神殿に宝探しかよ。罰当たりなヤツらがいたもんだな」
「はっはっは。宝探しをする奴らはそんなこと気にする奴らじゃねぇさ。ま、とにかく思い当たるのはそれくらいだな」
そこまで言うとバルトは突然咳き込む。
リナが心配そうにバルトをのぞき込む。
「分かりました。ありがとうございます。バルト様は少しお休みになってください」
「…すまねぇな」
丁寧に礼を述べたあとノルンはバルトを支えるようにしてベッドに向かう。
そしてバルトが横になったところで、アオイとアトラスの元に戻った。
「それで?」
「…?」
アトラスの何か含みのある笑顔にノルンは首を傾げる。
「その神殿に行くんだろ?」
「…………」
ニヤリと笑うアトラスにノルンは少し驚いたように動きを止める。
「でもなんで神殿なんだ?教会とかも言ってたな」
その答えには先程ノルンがフローリアから聞いて思い出したことをそのままアトラスに伝えた。
「昔師匠から聞いたことがあります。神聖な場所には魔力が充満しやすいことがあると」
「そっか。それで神殿かぁ」
アオイも納得したように頷く。
「なるほどな。よし、そうとなれば早いとこ行くか!」
驚くほどあっさりと言うアトラスに今度はノルンが目を丸くした。
それを察したようにアトラスが首を傾げる。
「ん?行くなら早い方がいいだろ?」
「それはそうかもしれませんが…」
神殿に行ったとしても星蒼花が咲いている可能性は限りなく低いだろう。それどころか魔力が充満しているかも分からない。そして、そもそもあの手記に書いてあることが事実なのかも分からない。本当に瘴気に効く魔法薬となるのかさえも。
不確定要素が多すぎる。
それでもここでじっとしていても変わらないのでノルンは神殿という言葉を聞いてから行くつもりにはなっていたものの、アトラスやアオイ、ポーラを連れていくことは考えていなかった。
そのため、行く気満々のアトラスに驚きたじろぐ。
「…アル。星蒼花は幻の花です。実在しているかも定かではありませんし、そもそも神殿に魔力が充満しているのかも分かりません。そして、たまたま見つけた手記の内容が正しいのかさえも__」
眉を寄せて話すノルン。
しかしそれでもアトラスが表情を変えることは無い。
「ん?でも、それでもノルンは行くだろ?」
思わずアトラスの言葉にノルンはきょとんとしてしまった。固まるノルンを見てアオイがくすくすと笑う。
そして優しい眼差しでノルンを見つめ口を開いた。
「ノルンちゃん、結果がどうであったとしても誰も君を咎めることはないよ」
「…………」
アオイの言葉にも、心を見透かされていたようでノルンは驚いたように口を閉じる。
「そういうこった!…ん?まさかノルンお前…一人で行くつもりだったんじゃねぇだろうなぁ…?」
アトラスの目が怪訝なものに変わり、ノルンは何故か分からないが気まづく感じて視線を下にそらす。
「…いえ。ブランは連れていこうかと思っていました」
名を呼ばれたことに気づいたのかブランがノルンの腰元から手に擦り寄って甘えている。
「おいおい…。何のために俺が着いてきたと思ってるんだよぉ…。もしノルンを一人で行動させたなんてあいつらに知られたら…」
アトラスは耳を垂れさせて軽く身震いする。
「とにかく、だ!ノルンが行くなら俺達も行くからな。姫さん一人で向かわせる騎士が何処にいるって話だぜ」
釘を刺すようにノルンに言うアトラス。
ふんす、と豊かな毛並みの胸をはって息をはく。
そんなアトラスに思わずノルンはきょとんとしていた顔を緩めてしまったのだった。
 




